木走日記

場末の時事評論

国内政局で揉めている間にアジア港湾戦争で完敗する日本

 永田町ではなにやら郵政民営化法案がらみで、国会議員たちがざわついているようですが、日本の国会議員の先生方の何割の方が、統計資料を読み解く力を有しているのでしょうか、そんな素朴な憂いを感じぜずにはいられないある記事から、世界の中で台頭著しい中国の前で取り残されそうな日本の置かれている状況について考察してみたいです。



●戦略的な港湾造り急げ−−日本、英国の没落に酷似

 毎日新聞の名物特集「記者の目」シリーズは、時々鋭い論説が載ることがあり、私もまめに斜め読みしておりますが、昨日の「記者の目」は、とても良記事でした。

記者の目

アジア港湾戦争を見て=玉置和宏(論説室)

◇戦略的な港湾造り急げ−−日本、英国の没落に酷似

 アジアの港湾戦争は年々激しさを増している。先日駆け足で各地の港湾を取材した。そこで得た結論は日本の「港湾力」は質も量も対外競争力を失い既にアジアの二流に陥落しているということだ。貿易立国日本の没落を先導しているのは戦略なき日本の港湾政策だと感じた。

 「日本の港湾も少しは民営化して競争したらどうなんだ」。説明してくれた港湾会社のブライアン・ポールさん(マーケティング部長)がさらっとこう言う。ここはマレーシアのタンジュン・ぺラパス港だ。と言ってもほとんど知っている人はいないだろう。2000年に開港したばかりだが、わずか5年で世界のコンテナ港のベスト20に入る驚異的な躍進を遂げた新興の港だ。しかしその秘められた戦略はすごい。形は民間会社だが国策企業そのものだ。

 そのロケーションは何と世界トップクラスの中継貿易港シンガポールの鼻の先にあるジョホールバルのそばにある。ここはマラッカ海峡に面していて欧州から来る大型船の荷物をここでトランシップ(積み替え)するというのだ。積み替えた後、アジアの諸港に配る。これでは中継港で世界的な地位を占めていたシンガポールはたまったものではないだろう。

 現地ではマンゴー畑と熱帯雨林を伐採しさらに拡張工事を進めていた。2年後にはさらに6バース(岸壁)が完成し合わせて14バースに増える。これは日本のトップコンテナ港である東京港とほぼ同規模だ。

 いま世界で驚異的な発展地域が中国の上海であることに異論を挟む人はいるまい。それを象徴しているのは物流の玄関口である上海港である。恐らく20世紀初頭のニューヨーク港をほうふつとさせる世界一の設備と潜在力を持っている。

 ここを運営しているふ頭会社のシャン・ソンハン企画部長は一通り説明してから、さあ何でも聞いてくれと自信満々だった。

 「昨年の荷扱いは世界で3番目だったが今年は400万TEU(1TEUは長さ20フィート型コンテナ)増える見込みなのです」とさりげなく言う。そうであればあと数年で香港、シンガポールを抜いて世界一に躍り出るだろう。400万TEUとは、日本でトップの東京港の年間扱い量(336万TEU、世界20番目)より多いから驚く。

 それに世界の港湾関係者が注目しているのが上海港のすぐ近くに建設中(50バース)の新港だ。揚子江の河口沖にある小島を利用した港湾だが先日そこまで結ぶ全長31キロの長大橋(東海大橋)が完成したばかりだった。残念ながら取材できなかったがこの港が上海港と一体化すると世界一の巨大な港になることは確実だ。何のための拡張か。  一例だがあと5年で中国は年間1000万台という日本に肩を並べる世界の自動車生産国になると予測される。上海近辺の各国メーカーの生産工場がその一大拠点になりここからクルマを輸出することになる。

 かつて七つの海を支配した英国経済の凋落(ちょうらく)は港湾の没落から始まった。物は市場原理という「神の手」で港を選ぶ。そのひそみに倣うなら日本経済の衰退は既に始まっている。

 四半世紀前にコンテナ取り扱いが世界4位だった神戸港が30位台に陥落し、日本のトップは東京港の20位にまで落ち込んだ。それを埋めるようにアジアの諸港が上位を占めているのが現状だ。

 国土交通省は年間約2700億円の港湾予算を支配する。しかしアジア港湾の驚異的な勃興(ぼっこう)を見据えた港湾戦略を練るセクションにはなっていない。GHQ(連合国軍総司令部)時代に意図的につくられた地方分権を装ったばらばらな港湾行政が裏目に出ていると指摘する識者が多い。これではグローバルな時代の戦略的な港湾投資は難しい。

 今年1月に提言団体、総合政策研究会(田中洋之助理事長)は「国家戦略としての物流改革に取り組め」として港湾を中心とした国際物流対策への危機感を表明した。北側一雄国交相はこれを受け国際物流対策本部を省内に設置した。だがまだ具体的なアクションは起こっていない。

 しかし現実は、その後一層進行している。最後にシンガポール港のオペレーター責任者らに取材してこう思ったものだ。彼らは「港を制するものが世界経済を制する」とばかり反撃の準備に出ている。グローバル経済の戦場は効率的、機能的な港湾にあると一番知っているのは「港湾立国」のシンガポールだからだ。

毎日新聞 2005年7月19日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/kishanome/news/20050719ddm004070073000c.html

 ・・・

 いや、とても参考になる良記事ですね。劇的に急発展するアジア経済の現状を港湾とコンテナ取扱量という側面から鋭く検証しています。

 かつて七つの海を支配した英国経済の凋落(ちょうらく)は港湾の没落から始まった。物は市場原理という「神の手」で港を選ぶ。そのひそみに倣うなら日本経済の衰退は既に始まっている。

 うーん、このような数字を突きつけられると返す言葉はないのです。

 「昨年の荷扱いは世界で3番目だったが今年は400万TEU(1TEUは長さ20フィート型コンテナ)増える見込みなのです」とさりげなく言う。そうであればあと数年で香港、シンガポールを抜いて世界一に躍り出るだろう。400万TEUとは、日本でトップの東京港の年間扱い量(336万TEU、世界20番目)より多いから驚く。

 四半世紀前にコンテナ取り扱いが世界4位だった神戸港が30位台に陥落し、日本のトップは東京港の20位にまで落ち込んだ。それを埋めるようにアジアの諸港が上位を占めているのが現状だ。

 やれやれなのですが、本当なのかよということで、すこし、ここに出現している数字を調べて検証してみようと思いました。



●憂鬱なThe Institute Shipping Economics and Logisticsの統計数字

 少しネットで調べましたら、すぐに出所は突き止められました。Institute of Shipping Economics Logisticsの「Shipping Statistics and Market Review」というリポートが元のようですね。

ISL Shipping Statistics and Market Review
http://www.isl.org/products_services/publications/ssmr.shtml.de

 The Institute Shipping Economics and Logistics (ISL)というのは、国際的な船舶海運会社等が会員の非営利団体で、海運に関わる国際的な動勢の統計を取ったり分析を行っている組織のようですね。定期的にリポートを発行しているようです。

 で、日本では「社団法人日本船主協会」が会員でありまして、そこの公式サイトに邦訳された統計資料が掲載されています。

社団法人 日本船主協会
http://www.jsanet.or.jp/shipping/index.html

 で、ここに「世界の港湾におけるコンテナ取扱量」が載っております。

世界の港湾におけるコンテナ取扱量
http://www.jsanet.or.jp/data/excel_data/data7-3.xls

 毎日記事の数値はISLから直近の数値を引用していますが、この「社団法人日本船主協会」の統計資料はそれより一年前の2003年資料ですので、東京がまだ19位ですが、まあ、読者のみなさま上位10位の港湾の顔ぶれをご覧下さい。

(2) 世界の港湾におけるコンテナ取扱量 (単位:千TEU)
順位 港名 国・地域          取扱量
1 香 港 香 港          20,449
2 シンガポール シンガポール  18,411
3 上 海 中 国          11,280
4 深圳 中国          10,650
5 釜山 韓国           10,247
6 高 雄 台 湾          8,843
7 ロサンゼルス 米 国      7,179
8 ロッテルダム オランダ     7,107
9 ハンブルグ ドイツ      6,140
10 アントワープ オランダ     5,445

 香港、シンガポール、中国、中国、韓国。台湾、米国、オランダ、ドイツ、オランダ、
 世界に冠たる貿易立国日本はと言えば、

19 東 京 日 本          3,075
26 横 浜 日 本          2,503
30 名古屋 日 本          2,074
31 神 戸 日 本          2,046

 ・・・

 うーん、正直かなりショッキングな統計数字でありますね。
 東京、横浜、名古屋、神戸のコンテナ取扱量を束にしても970万TEUほどでありまして、一位の香港の2045万TEUの半分にもならないし、3位の上海の1128万TEUにも届かないのです。

 2年前の数字でこれですから最新の数字がリポートされたならばさらに差は開いているのでしょう。すでに海運物流面では、「勝負あった」って感じですねえ。

 経済が活性化されれば、当然物流が発生し、モノが流動するわけですから、中国経済が発展すればそれだけ海運物流も増大するのは当然ですが、深刻なのは日本側にこの激しいアジア港湾戦争に対する国家的長期戦略がないことであります。

 前述の毎日記事でもこう指摘しています。

国土交通省は年間約2700億円の港湾予算を支配する。しかしアジア港湾の驚異的な勃興(ぼっこう)を見据えた港湾戦略を練るセクションにはなっていない。GHQ(連合国軍総司令部)時代に意図的につくられた地方分権を装ったばらばらな港湾行政が裏目に出ていると指摘する識者が多い。これではグローバルな時代の戦略的な港湾投資は難しい。

 ・・・



●牧歌的な地方分権されたばらばらな日本の港湾行政

 たとえば、石川県港湾課のHPではこんな感じですね。

1)みなとが支える私たちのくらし

世界有数の貿易大国・日本に集まる品物は、海を越えてやってくる。

わが国は、GDPが世界でトップクラスという経済大国です。天然資源が乏しく、国土もさほど広くないわが国が、このように高いレベルの経済活動を維持するためには、貿易が必要不可欠です。

英語では、輸入をIMPORT、輸出をEXPORTと言いますが、どちらもPORT、すなわち“みなと”という単語が入っています。この言葉が示す通り、みなとは古くから世界各国の貿易にとって、大きな役割を果たしてきました。とくに、国土を海で囲まれたわが国では、輸出入品のほとんどすべてが港を経由して世界のいろいろな国々とやりとりされており、港なしでは貿易が成り立たないのです。

多くの輸出入品を扱う港は、貿易の要として、わが国と世界を結んでいます。

■貿易大国・日本

日本は、世界のあらゆる地域と貿易を行っており、その貿易量は、一年間で約11億トンにのぼります。この11億トンのうち、じつに99.7%は港湾貨物が占めており、また、貿易額で見ても全体の70%を港湾貨物が占めています。つまり、わが国に輸出入される貨物は、ほとんどすべてが港湾を経由しているのです。世界有数の貿易大国であるわが国にとって、港はまさに貿易拠点といえます。

石川県港湾課ホ−ムペ−ジ
http://www.pref.ishikawa.jp/minato/1-1kurashi.htm

 へええ、一年間で約11億トンも貿易してじつに99.7%は港湾貨物が占めておるのですかあ、「世界有数の貿易大国であるわが国にとって、港はまさに貿易拠点といえます。」ってなるほどです。

 ・・・

 なるほどって関心している場合じゃないでしょう。(汗

 世界じゃあ激しく「港湾戦争」してるのですが、なんか、日本国内はのどかで牧歌的なのですよね(苦笑



●中国の核使用 看過できない軍人の発言

 話は少し飛びますが、今日の産経社説から・・・

■【主張】中国の核使用 看過できない軍人の発言

 米国が台湾海峡での武力紛争に軍事介入し、中国を攻撃した場合、中国は核兵器を使用し、対米攻撃に踏み切る用意がある−。

 中国人民解放軍国防大学幹部である朱成虎教授(少将)が先週、中国政府が北京に招いた外国人記者との公式記者会見でこんな趣旨の発言をした。

 朱少将はまた、米国との軍事衝突が起きた場合は、「中国は西安以東のすべての都市が破壊されることを覚悟する。もちろん米国も数多くの都市が中国によって破壊されることを覚悟しなければならない」とも述べた。

 朱氏は、個人的見解であり、中国政府の政策を代表するものではないと断り、英紙報道によると、中国政府も二日後、同じ考えを示した。しかし、影響力を持つ軍幹部の公式記者会見での発言であれば、個人的見解として看過できるものではない。

 タカ派で知られる同氏は以前、「中国は米国に届く長距離ミサイルを持っている」と発言したことがあると伝えられる。今回は、核兵器を使ってでも台湾を併合するとの本音が出たのか。あるいは米軍への牽制(けんせい)か、何らかの観測気球を揚げたものか。朱氏の発言の意図は定かではない。

 しかし、中国では最近、軍人の政治的発言が目立っている。中国空軍の戦略理論家として知られる劉亜州中将による反日アピールや軍改革発言も論議を呼んでいる。

 独裁政権下で軍人の政治的発言力が増していることは、胡錦濤政権の国内統率力の脆弱(ぜいじゃく)性を物語っているとの指摘がある。軍人らの相次ぐ政治的発言は、胡政権に対する何らかの不満の表明、圧力と見る向きもある。

 いずれにせよ、中国軍人らによる強硬発言は、中国軍事予算の十七年連続二ケタ増という異常な軍備拡張とともに懸念を抱かざるを得ない。

 ラムズフェルド米国防長官が先月、シンガポールで中国の軍備拡張に強い警戒感を表明し、先週、中国を訪問したライス国務長官が重ねて中国の軍拡の規模とペースに懸念を伝えたのも当然である。

 胡主席の当初の「平和的台頭」の理念はどこへ行ったのだろうか。このままでは中国脅威論は中国政府の意向に反して高まるばかりである。

平成17(2005)年7月20日[水] 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm

 米国との軍事衝突が起きた場合は、「中国は西安以東のすべての都市が破壊されることを覚悟する。もちろん米国も数多くの都市が中国によって破壊されることを覚悟しなければならない」との発言ですが、もうきな臭くて鼻血が出そうです。(苦笑

 高まるばかりの中国脅威論に拍車を掛けそうですが、彼の国は長期高度経済成長をバネに国防予算は年々増え続けており、急速な軍近代化が計られている事実も、このような過激発言のバックボーンとしてあるように思われます。



●中国軍、国防予算は公表の2―3倍・米国防総省

 それを裏付けるような今日の日本経済新聞の報道です。

中国軍、国防予算は公表の2―3倍・米国防総省
 【ワシントン19日共同】米国防総省は19日、中国の軍事動向をまとめた年次報告を発表、国防予算が公表されている額の2―3倍と推定されると指摘、急速な軍近代化が継続すれば長期的には周辺地域の確実な脅威となると警告した。

 報告書は、急激な成長を続け地域大国として台頭しつつある中国に関し、議会などを中心に高まる軍拡への警戒感を反映した内容となっている。

 報告書は、中国がエネルギー資源確保に向けて中南米や中東、ロシアへの急速な接近を図っていると指摘。エネルギー資源の確保問題が中国の戦略決定上の大きな要素となっていると述べている。

 さらに中国の軍拡が周辺地域の軍事バランスを危険にさらし始めていると警告した。
(08:51)
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20050720STXKD002720072005.html

 ふう。

 ・・・

 つまりですねえ、日本の国会でつまらない国内物流問題でもある郵政民営化などで揉めている間に、アジアではダイナミックに港湾戦争が勃発しており、国家戦略のない日本は、づるづると物流ハブ拠点としての地位を中国らに奪われつつあり、経済成長に裏付けられた中国は、ますます居丈高に自己主張するようになってきている、ってことなんじゃないでしょうか。

 もちろん、「港湾戦争」などは一断面に過ぎないのであり、起こっていることはもっと多面的多角的「経済戦争」なのでありましょう。

 が、しかし「港湾」ひとつとっても、いかに今の日本に国家戦略が欠落しているのかがわかろうというものであります。

 私としては、「靖国参拝問題」も「郵政民営化問題」も全て国内政局になってしまうところに、近視眼的で国家戦略を打ち立てることが出来ない日本の政治の不毛を感じてしまうのです。

 読者のみなさまは、いかがお考えでしょうか?



(木走まさみず)