木走日記

場末の時事評論

イラク日本人拘束事件〜問われる日本の外交戦略

 またイラクで邦人が武装ゲリラにより拘束されたようです。木走としては正直なところまたなのかというやり切れない感情を持ってしまいますが、経過の詳細がいまだつかめていませんですし、まずは無事に解放されることをお祈り申し上げます。

 さて、当ブログでは意識して中東問題は避けてきたのですが、今日はアメリカの世界戦略と日米同盟のあり方というグローバルな視点からこのイラク問題と北朝鮮問題を絡めて、日本マスメディアの報道ぶりをリテラシーしながら考察してみたいと思います。

 各紙ともこの件では、電子版において何本かの記事が載っておりまして現段階で入ってくる情報をほぼリアルタイムに更新しているようです。その中でリテラシーしておくべき2本の象徴的記事を取り上げてみましょう。



●毎日報道に見られる憶測報道

 まずは毎日の邦人人質報道の記事群のなかからひとつ・・・

邦人拘束:多国籍軍と一体視、狙いは自衛隊撤退要求か

 【カイロ高橋宗男】イラク西部で英国の警備会社に勤める齋藤昭彦さん(44)がイスラムスンニ派過激派組織「アンサール・スンナ軍」の襲撃を受けて重傷を負い、拘束されたとみられる事件で、10日午前現在、要求は明らかになっておらず、武装勢力側の狙いは不明のままだ。

 しかし、12人のイラク人と5人の外国人を拘束し、日本人1人を除いて即座に殺害したとする犯行声明が正しければ、武装勢力側が米軍主導の多国籍軍に揺さぶりをかける点で、日本人人質の利用価値が高いと判断したとみることができる。

 武装勢力イラク南部サマワで復興支援活動にあたる自衛隊を「占領軍の一員」とみなしており、今月に入って拉致されたことが判明した豪州人技師のケースでも、武装勢力側は豪軍の撤退を要求している。豪軍は自衛隊の安全確保のため450人を派遣しており、武装勢力側が豪軍と自衛隊を一体視している可能性が極めて高い。このため今後、武装勢力側が自衛隊撤退要求を突きつけてくることが想定される。

 また、今回の事件では、人質になったとみられる齋藤さんが米軍と契約する民間警備会社に勤めている点が事態を複雑にしている。武装勢力側が常に攻撃対象としている組織に属し、これまでの日本人人質事件とは性質が異なるため、武装勢力側が自衛隊の撤退要求を出した場合、日本政府は難しい対応を迫られることになる。

 昨年10月にイラク香田証生さんが拉致、殺害された事件でも、武装勢力側は自衛隊の撤退を人質の解放条件として出した。同年4月の日本人ボランティアら3人の拉致事件(後に解放)でも自衛隊撤退要求が出されたが、日本政府はいずれの事件でも要求を拒否している。

毎日新聞 2005年5月10日 10時18分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050510k0000e030023000c.html

 いちおう、イラクにて邦人がゲリラに拘束された事実経緯はおさえていますが、タイトルからして「狙いは自衛隊撤退要求か」という、当記事作成時においては憶測にすぎない未確認情報を載せて、読者の判断をある方向に誘導しようとしている意図が伺われます。
 読む人によっては、自衛隊を派遣したが為に邦人が今回の拘束を受けたという印象を持つかも知れません。真偽はともかく、もともと自衛隊イラク派遣には否定派である毎日ではありますが、すこしメディア側のオピニオンが全面に出過ぎと感じるのは私だけでしょうか?



●産経報道に見られる詳細報道

 一方産経の邦人人質報道の記事群のなかからひとつ・・・

スンナ軍犯行声明の全文 日本人拘束か

 イラクで日本人を拘束したとする「アンサール・スンナ軍」を名乗る組織が9日、ウェブサイトに掲載した犯行声明の全文は次の通り。

 激しい戦闘の末、聖戦士が米軍基地「アイン・アサド」(ライオンの目)で治安担当者として働く日本人を拘束、彼の身分証のコピーを添えて掲載。

 慈悲あまねく慈悲深き神の御名において。

 十字軍と背教者に対する聖戦士の勝利を認めてくださった神のおかげをもって。笑う戦士、預言者ムハンマドと教友(ムハンマド接触した世代)の上に平安あれ。

 全知全能の神いわく「彼らと戦え。神はあなた方の手によって、彼らを罰して屈辱を与える。彼らに対し(打ち勝つよう)あなた方を助け、信者の人々の胸を癒やす。また神は、彼らの心中の激怒を除き、御心にかなう者の悔悟を許すであろう。神は全知にして英明であられる」(聖典コーラン)悔悟章14、15。

 神は偉大なり。神は偉大なり。神は偉大なり…。西側情報機関員や契約雇員を乗せた何台かの車が、小型四輪駆動車に乗った私服の背教者部隊に守られて、米軍基地「アイン・アサド」を出たとの情報を得た後、聖戦士の兄弟は(西部)ヒート近くで(車列を)待ち伏せた。

 彼らが到着した時、聖戦士は彼らをライオンのように攻撃した。(車には)12人のイラク人背教者に加え、最新鋭の機関銃と手りゅう弾で武装した5人の外国人がいた。背教者と外国人が米軍の応援を要請している間、激しい戦闘が起きた。

 即座に応援部隊が聖戦士に対して送られてきたが、十字軍(米軍)のヘリコプターが到着する前には、聖戦士は大規模な攻撃を実行、彼らの多くに重傷を負わせ、投降を余儀なくさせた。

 その後、米ヘリコプターが到着したが、聖戦士は彼らを拘束、証拠書類によれば、日本人である1人を除き、即座に殺害した。彼は今、聖戦士が捕らえており、重傷に苦しんでいる。

 われわれは彼の映像を撮影し、近く公表するだろう。さらに、われわれは、殺害した者の証拠書類や写真も公表するだろう。聖戦士に関して言えば、神は彼らの勝利を認めてくださった。彼らの誰もけがをしていないのだ。聖戦士が撤退したとき、米ヘリコプターは彼ら(犠牲者)の遺体を路上から運び去った。

 神は偉大なり。神と、預言者と信者に誇りを。

 預言者ムハンマドと教友の上に平安あれ。

 アンサール・スンナ軍軍事部門

 (イスラム暦)1426年3月1日

 (西暦)2005年5月9日(共同)

(05/10 08:02) 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/050510/kok034.htm

 各紙の中で人質の犯行声明文の詳細をここまで報道しているのは産経だけです。これを一般の日本人の読者が読めば、犯行グループが極めて狂信的集団であるというような印象を持つことでしょう。

 もちろん、産経はイラク自衛隊派遣には支持派でありますから、この拘束が自衛隊派遣との因果関係があるような記述は、この記事以外の報道にもいっさい見られません。



●しなやかにしたたかに外交戦略を打ち立てる時

 上記の毎日や産経の報道からは、読者はしっかりリテラシーしないとなかなか本質的な考察にはいたらないと思いました。

 ここからは個人的意見を述べます。

 自衛隊がすでにサマワに駐屯している現実をふまえて冷静に議論したいのですが、この問題について私が考えるポイントは2つであります。

①人質を取られたのを理由にした自衛隊撤収という策は断じてとってはいけない。
②しかし、イラク戦争だけに限らず日本政府としての長期的外交戦略を確立すべきであり、特に日米同盟とアメリカ以外の諸外国との外交関係のバランスを再評価・再構築すべきである。

 私は無条件に自衛隊イラクから撤収する意見にも、アメリカに追随して無条件に駐留を続けていく意見にも与しません。

 日本に関わる外交問題で最重要視して冷静に考えたいのは国際世論の動向です。このように書きますと、日本自身がその政策を自主的に決定すべきという正論が返ってきそうですが、それは当然のこととして貿易立国である日本が自らの外交戦略を国際動向を見極めながら冷静に決定することは何らおかしいことではないと私は考えています。

 たとえば、国際動向を正しく認識しないで、日米安全保障条約を無視したかたちでの国際信義を裏切るような自衛隊撤収は現在の日本に取り極めて愚かな選択だと考えています。机上の空論として反米戦略を論じることはかまいませんが、戦後60年良きに付け悪しきに付けアメリカの核の傘の下で経済的繁栄を成したことはまぎれもない事実であり、その日本がこれまでの外交戦略を180度変更してしまうことはできません。

 しかしまた、日米同盟関係を重視するあまり米国追従最優先の外交戦略も、個人的にはとても危うさを感じてしまいます。イラク問題は、必ずしもアメリカに大義がなかったという批判が、国際的にはフランス・ドイツやロシアを中心に今持ってくすぶっているわけです。それらの意見は決して少数派ではないのです。
 また、アメリカ・ブッシュ政権の不人気ぶりは、いうまでもないのですが軍事大国アメリカだから許されているその身勝手とも言える外交政策が主因なわけでありまして、日本が安易に全て同調するわけにはいかないと思うのです。

 このような論説を述べると、かたや北朝鮮などの東アジア問題を取り出して、日本はアメリカと同調して対処していくしか方法はないという現実論がでてくるでしょう。

 しかし、本当に日本の国益を最後までアメリカは守ってくれるのでしょうか?



●すれちがうアメリカの国益と日本の国益

 今、北朝鮮の核開発疑惑が大きく取りあげられていますが、はたしてもし北朝鮮の脅威が取り外されたとしたら、それはもちろん現状では可能性の薄いことなのではありますが、どこの国にとり一番利益があり、又どこの国が一番不利益を被るのでしょう。

 私は、一部北朝鮮擁護派のような極論を述べようとは思っていません。ただ、一部対米追随派が論ずるようにアメリカを完全に信用していいのかは大いに疑問なのです。

 昨日の夕刊フジには、実はアメリカと北朝鮮の利害が一致しているのではないかという驚くべき以下のような記事も載っております。

あうんの呼吸の米・北朝鮮

 アメリカのブッシュ大統領北朝鮮金正日総書記を「危険人物」と決めつけた。一方で北朝鮮核廃絶のための六カ国協議に北朝鮮を引っぱり出そうとアメリカは中国に説得を求めてきたが、やっと北から回答が来た。5月2日の日本海向けミサイル発射実験が答えだ。
 実験の後、アメリカは北朝鮮が核実験をした場合、ペンタゴン国防総省)はB2ステルス爆撃機とF15戦闘機で北の核施設を爆撃する計画(作戦計画5029)を(昨年9月以来)持っていると発表した。
 北朝鮮のような約束も法も通用しない国が言うことを聞く国はいつでも相手の意志で自国を抹殺できる国だけである。いま北朝鮮がどんな要求にも応じる国はいつでもピョンヤンを火の海にできるアメリカだけということである。
 事実上北朝鮮の同盟国であり日米共通の仮想敵国の中国に日米の要望(六カ国協議参加)を求めるのは、北朝鮮に対して最も説得力のない選択である。六カ国中で中国は北の同盟国、ロシアは同盟国中国への武器供給国、韓国は同胞。だからすべて北の見方で全く怖くない。日本は国権の発動で武力行使ができない国だから論外で無視。北の相手になれる国はアメリカ一国だけである。
 北朝鮮は常に「米朝二国交渉」を求め続けている。それは「アメリカに核廃絶と引き換えに安全保障をしてもらい、一日も早く国際社会の一員になりたい」からだ。
 アメリカが米朝二国交渉に応じず、北に対して全く説得力のない六カ国協議を主張し続けるのは、表では北朝鮮を「ならず者」呼ばわりして核保有を非難し、本音では北の核保有と開発を望んでいるからである。ミサイル実験後すかさず「作戦計画5029」を持ち出したのは、北の軍事脅威を世界にあおる絶好のタイミングと見たからだ。
 それはちょうどテロの脅威をあおりながら中央アジアに米軍基地を拡大しているのと同じことだ。もし、アジアから北朝鮮の核の脅威がなくなれば、日韓の米軍基地維持の理由がなくなり、アメリカのアジア軍事覇権態勢にひびが入ってしまうからだ。

夕刊フジ 本日の目からウロコより(増田 俊男) 5月10日

 この記事の意見が正しいかどうかは読者のみなさまにご評価いただくとして、日本政府には、この記事のような視点も含めて、多様で冷静な考察をした上で慎重に外交戦略を検討していただきたいものです。

 読者のみなさまはどのように考えられますでしょうか?



(木走まさみず)