木走日記

場末の時事評論

メディア批評を主テーマとする当ブログとしてはこだわりたい〜産経記事の「日系カナダ人ジャーナリスト」の表記は正しいのか?

 俳優のきたろう(1948年8月25日 - )氏は、千葉県立国府台高等学校を経て、中央大学文学部卒業とのことですが、文才もおありで以前月刊誌にコラムを連載されていたこともあります。

 千葉県市川市国府台出身の彼ですが、以前エッセイで子供の頃の家の近所にあった「在日朝鮮人の居住区」についてのエピソードを語っています。

民族意識、それはろくでもないものです
「夜を賭けて」 / 梁石白(NHK出版)

 もう、目茶苦茶面白い。久々興奮する本を見つけた。映画「月はどっちに出てる」の原作者と帯になかったら、地味なタイトルだけに『夜を賭けて』を私は手に取らなかったかも知れない。1人1人の人物がよく描かれている訳ではないが、そんな事はどうでもいい。小説全体の持つリアリティーと迫力の凄さ。ページが終りに近づくにつれ「もっと、もっと行かせて、まだまだ興奮できる」と心の内で叫んでいた。
 全体を流れるのは、戦後まもなくの在日朝鮮人と警察官の攻防なのだが、教科書ではもちろん、日本の大人も教えない歴史がダイナミックに蘇り、今につながって来る。
 私は千葉県市川市国府台に育ったのだが、家の近くに在日朝鮮人の居住区があった。小学生の頃、そこに住む親しい友人が数人いたが、なんであんなバラックに住んでるのとは聞いてはいけない事と暗黙の内に分かっていた。彼らも生きるために闘っていたのだ。
 ある日、同級生の顔立ちのはっきりした美形の女の子が「祖国に帰るんだ」と学校を去っていった。その時は先生から何の説明もなく「へえ〜そうなんだ」と転校するぐらいにしか考えてなかった。今、歴史が一直線につながった。彼女は2度と帰って来れない北朝鮮に向かったのだ。不安よりも希望をいっぱい抱え、民族意識に燃えて。当時、北朝鮮の内実は夢とか希望とは掛け離れたものだったらしい。幸せに暮しているのだろうか。
 もうひとつ、今になってはっきりした事がある。小学校5、6年だったと思う。私はバラックに住む友人達と野球チームを作っていた。ユニホームもない雑草チームだ。リトルリーグに所属する全員がユニホームを揃えたボンボンチームと対戦した時だ。守っている我々にヤジが飛んだ「チョーセン、ゴーホーム!」。その言葉を聞いた途端、野球は中断、殴りあいの喧嘩になった。私には何が何だか分からず、ただただ呆然としていた。日本でも朝鮮民族は北か南かで争っていたのだ。在日の友人は子供心に大人達の苛立ちを肌で感じ、その節操のないヤジに「てめえらに何がわかるんだ」悔しさではち切れてしまったのだろう。私は呆然としながらもチームメイトを応援していた。
 だいたい、民族意識ってなんだろう。子供電話室に相談してみたい。日本人、韓国人、ドイツ人、ユダヤ人。ただそこに生まれただけなのに、人間はどうしてそうした認識を持つのだろう。憎悪は遺伝ではない筈だ。子供のようになってしまったが、私が電話室の先生ならはっきり答えよう。
民族意識、それはろくでもないものです」と。
 ともかく、この本は私の今年のベストワンの推薦。「人はパンのみで生きるに非ず」そんな言葉が空しく響く。
( 協力 / 桃園書房・小説CULB '96年11月号掲載)

http://www.kitarou.net/book59.html

 戦前から千葉県市川市国府台の江戸川沿いに大規模な”朝鮮人部落”がありましたが、48年生まれのきたろうさんが
「小学校5、6年」ということは、1959年か60年、昭和34、35年の頃のエピソードでありましょう。

 文中に「彼女は2度と帰って来れない北朝鮮に向かったのだ」との表現がありますが、人道的側面もありながら、当時はしかし一方で「厄介払い」の側面もあったのは事実であります。

 この市川の部落だけでなく当時は在日朝鮮人の人々の生活の多くは困窮を極めていました、在日朝鮮人には就労機会の困難さなどから生活保護を受ける者が多く、1958年10月時点で8万1千人、在日朝鮮人全体の13.3%とされています。

在日朝鮮人の帰還事業
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%B8%B0%E9%82%84%E4%BA%8B%E6%A5%AD

 彼らが日本を去ることによって社会保障費を削減することができたわけです。

 また在日朝鮮人の犯罪率が非常に高く(当時の日本人の6倍といわれた)、戦後の一時期に在日朝鮮人日本共産党の指導下で暴動事件をしばしば起こしていたことから、彼らを帰国させることが治安向上につながったとも言われています。。

 その後も北朝鮮だけでなく少なからずの在日の方々が家族ぐるみで海外を目指すわけですが、その動機には生活苦もあったものと思われます。

 ・・・

 さて、28日付け産経新聞電子版速報記事から。

45歳男性ジャーナリストは陰性 リベリア滞在

 西アフリカ・リベリアに滞在していた45歳の男性が東京・羽田空港で発熱し、エボラ出血熱などの1類感染症に対応する国立国際医療研究センター(東京都新宿区)に搬送された問題で、28日早朝、ウイルスは陰性だったことが確認された。国立感染症研究所村山庁舎(同武蔵村山市)による男性の血液検査の結果を、厚生労働省が明らかにした。

 関係者によると、男性は日系カナダ人ジャーナリストで、8月18日にエボラ熱の取材でリベリアに入国。首都モンロビアに滞在し、今月18日に出国した。

 その後、ベルギー・ブリュッセルに滞在していたという。

 27日午後3時35分ごろ、ロンドン発全日空278便で羽田空港に到着。検疫所でリベリア滞在歴を自ら申告し、空港で体温を測ったところ37・8度あったため搬送された。リベリア国内では病院に行ったり、患者と接触したりしたことはないという。

 塩崎恭久厚労相は27日夜「万が一を考えて搬送し、検査を行っている。冷静に受け止めてもらいたい」と話した。

 厚労省は24日以降、検疫を行っている国内30空港で、流行地に最近滞在したことがあるかどうか、すべての入国者に確認する措置を始めている。

 国立国際医療研究センターの前には27日夜、多くの報道陣が詰めかけた。近くに住む女性(62)は「怖いとしか言いようがない。男性に何もないことを祈りたい」と話していた。

http://www.sankei.com/life/news/141028/lif1410280008-n1.html

 うむ、この「西アフリカ・リベリアに滞在していた45歳の男性」「日系カナダ人ジャーナリスト」でありますが、年齢、国籍、滞在期間からして、当該人物はニューヨークタイムス社のノリミツ・オオニシ記者であろうと推測されます。

 この期間にノリミツ・オオニシ氏は現地から多くのエボラ関連の記事をNYT紙面に投稿しております。

 NYTのウェブサイトで"Norimitsu Onishi"のARTICLESで直接彼の一連の記事が確認できますのでご紹介。

Norimitsu Onishi

http://topics.nytimes.com/top/reference/timestopics/people/o/norimitsu_onishi/index.html?action=click&contentCollection=Africa&module=Byline®ion=Header&pgtype=article

 産経記事には「リベリア国内では病院に行ったり、患者と接触したりしたことはないという」とありますが、上記の一連の記事では、病院を直接取材して写真を掲載していたり、患者や病院関係者の取材も直接行ってコメントを取っている模様ですので、ちょっと疑わしいのです。

 さてノリミツ・オオニシ氏(日本名:大西 哲光)でありますが、2009年まで東京朝日新聞本社内の同紙東京支局に支局長として就任しておりましたが、その飛ばす記事が極めて親中国・親韓国に偏向しており反日的であったことが有名であります。

 当ブログでも当時ノリミツ・オオニシ氏の偏向記事を名指しで批判したエントリーをいくつかしております、お時間の許す読者はご一読あれ。

■NYTノリミツオオニシ記事には気を付けろ!〜「安倍、日本の戦争セックスの記録を否認」
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070304
■ほらね、産経社説が敵地攻撃能力を主張すればNYTでノリミツ・オオニシの記事が載っちゃうんです(爆)
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060711
■朝日とニューヨークタイムスのすばらしいシンクロ(同調)〜両紙の麻生氏批判社説を徹底比較検証する
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060215
■中国反日デモ〜ニューヨークタイムスのマッチポンプ報道を検証する
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050418

 で、産経記事の「日系カナダ人ジャーナリスト」との表現ですが、もし大西氏が在日朝鮮人であり日本名の「大西哲光」が本名ではなく通名であった場合、現在カナダ国籍の彼が日本国籍を有していたことはないわけで、「日系」というのは誤りとなるのですがいかがでしょうか?

 千葉県市川市に住んでいた彼の一家が、カナダに移住したのは彼が4歳の時のことです。

 帝京大学高山正之教授はオオニシ氏を「帰化人」とメディアで明かしています。

 8年前の古いコラムでネット上リンクがありませんが、読者にご紹介。 

「似非日本人」

 米国と同じに豊かで教育の高い日本にもアジア、とくに朝鮮などから多くの人が流れ込んできた。

 ただ彼らは米国でのようにグリーンカードで苦労することはない。

 日本に留学すれば、週二十八時間のアルバイトが許されるが、それを無視してフルタイムで働いてもだれも文句は言わない。

 卒業すれば、希望者のほば半数が就職でき、そのまま居つくこともできる。

 日本人学生の就職率が七割前後だというのに。

 さらに市民権、つまり帰化するのに試験もない。日の丸を振って日本に忠誠を誓う儀式もない。

 民団幹部は「米国で市民権を得たら親族中でお祝いする。それが日本だと、まあそれもいいかくらいの受け止め方」だと。

 感謝の気持ちもなしに帰化した彼らは、芸能界やマスコミなどで多く活動している。

 あるときのNHK紅白歌合戦では北島三郎ら五人を除いてすべて外国系だったという話もある。

 ハリウッドでのユダヤ系の活躍にも近いが、米国とは違って日本ではその出自をなぜか隠したがる。

 日本人はそれを気にしないが、ただそれが犯罪となると話は変わってくる。

 帰化韓国人の織原城二がルーシーさんを殺害した事件で、NYタイムズが「日本人は白人女性に変態的な欲望をもつ」と濡れ衣を着せてきたときもそうだ。

 もっと問題なのは同紙東京特派員N・オオニシのようにマスコミ界にも帰化人がいて、日本人の名を使って日本を非難する。

 こんな賢(さか)しい輩を排除するには米国と同じにその出自を明らかにし、発言させるべきではないか。

 筑紫哲也氏もこの問題を多事争論でじっくり扱ってみたらどうだろう。

コラム 高山正之の「変見自在」
週刊新潮2006年7月13日号より

 ・・・

 彼が一般人ならば、別に国籍などどうでもよろしいのですが、ノリミツ・オオニシ氏の場合、もし在日朝鮮人が事実ならば、高山教授も批判しているとおり、日本名を使い「元日本人」と偽ってNYTに反日的偏向記事を書き連ねてきたことになります。

 反日的記事がほかならぬ「日本人」が書いていることが彼の「ノリミツ・オオニシ」という名前から想起されたことは、一連の彼の記事が注目を集めた要因のひとつであるわけで、だとすればこの際彼が「日系」であるかどうかには、メディア批評を主テーマとする当ブログとしてはこだわりたいのです。

 はたして産経記事の「日系カナダ人ジャーナリスト」の表記は正しいのでしょうか?



(木走まさみず)