木走日記

場末の時事評論

タミフル狂騒曲〜『達成できない計画』と『保証されない効果』の二重奏

新型インフルエンザ治療薬:タミフル備蓄率0.15%

 昨日(20日)の毎日トップ記事から・・・

新型インフルエンザ治療薬:タミフル備蓄率0.15%
 新型インフルエンザの治療薬として有効とされる「タミフル」の備蓄量が18日現在、栃木県を除く46都道府県で計1万5800人分しかないことが毎日新聞の全国調査で分かった。政府の行動計画は、国と都道府県に各1050万人分の備蓄目標を設定しており、都道府県側の達成率は0.15%。厚生労働省は今月中に約7万2000人分を備蓄する見通しで、国側は来年度中の実現を目指すが、財源確保や購入方法などで不安感が強い都道府県側は、「国の助成がなければ達成は不可能」との声が大勢だ。厚労省は今月中にも支援策を明らかにする方針だが、その内容次第では備蓄計画が「机上の空論」になる恐れもある。

 ◇本紙調査…政府目標は達成困難 46都道府県は「財源が不足」

 タミフルの備蓄を巡っては、厚労省は昨年末ごろから都道府県に対し、新型インフルエンザ対策として、人口比に応じて計440万人分(1人分を1日2錠の割合で3日分と計算)の備蓄を要請していた。

 しかし、購入財源や方法などをすべて丸投げしたため、「国の責任において確保や備蓄を行うべきだ」(岡山県)「備蓄は本来は国の業務。県が負担する場合は財政支援をしてほしい」(埼玉県)などの要望が出されており、今回の全国調査でも明らかなように、ほとんど進んでいない。

 そんな中、厚労省が今月14日に公表した「新型インフルエンザ対策行動計画」では、都道府県の備蓄目標が計1050万人分(数百億円相当)に引き上げられた。さらに1人分を3日分から5日分へと、国際水準と同一に設定し直したため、金額の負担は事実上約4倍になった。タミフルの薬価は1錠約363円。

 この行動計画に対し、「備蓄目標を増やした理屈も調達のめども分からない。唐突な上、不明な点が多くて対応できない」(北海道)「都道府県が各自で備蓄することになると、自治体間でタミフルの奪い合いが起きないか心配」(新潟県)「タミフルの輸入量を増やさないと地方まで回らない」(三重県)「県ごとにばらばらでいいのか。国内生産など、国が確保の方法を考えるべきではないか」(福岡県)など、不安や疑問を訴える自治体は多い。

 川崎二郎厚労相は19日、津市内で会見し、都道府県が財源負担を要望していることに対し、「補正予算も含め、財政当局と話し合う」として、支援策に前向きな考えを示した。厚労省結核感染症課も「タミフルの調達方法や製造元との交渉なども地方にすべてを任せず、国としても協力していく」と話している。【まとめ・玉木達也】

◇「タミフル」備蓄量

   (18日現在)

北海道    ゼロ
青森県   300人分
岩手県   100人分
宮城県   500人分
秋田県    25人分
山形県   180人分
福島県    ゼロ
茨城県  1000人分
栃木県    回答保留
群馬県  1200人分
埼玉県   300人分
千葉県    ゼロ
東京都   400人分
神奈川県   ゼロ
新潟県   300人分
富山県  6000人分
石川県    55人分
福井県    ゼロ
山梨県    ゼロ
長野県   390人分
岐阜県    ゼロ
静岡県    ゼロ
愛知県    ゼロ
三重県   200人分
滋賀県    ゼロ
京都府   520人分
大阪府   600人分
兵庫県    ゼロ
奈良県   100人分
和歌山県   ゼロ
鳥取県    60人分
島根県    ゼロ
岡山県    ゼロ
広島県  1550人分
山口県   500人分
徳島県    ゼロ
香川県   300人分
愛媛県   100人分
高知県   300人分
福岡県    ゼロ
佐賀県    ゼロ
長崎県    60人分
熊本県   300人分
大分県   200人分
宮崎県    ゼロ
鹿児島県  100人分
沖縄県   160人分
計  1万5800人分

毎日新聞社調べ。備蓄は原則買い上げで、目的は鳥インフルエンザ対策なども一部含む。

毎日新聞 2005年11月20日 3時00分 (最終更新時間 11月20日 8時08分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20051120k0000m040132000c.html

 新型インフルエンザの治療薬として有効とされる「タミフル」の備蓄量が18日現在、栃木県を除く46都道府県で目標の1050万人に対しわずか計1万5800人分しかないことが毎日新聞の全国調査で分かったのであります。

 政府が発表した「タミフル」の備蓄計画では、合計2500万人分を確保しその内訳は政府1050万人分、自治体1050万人分、民間400万人分とあるのですが、全くタミフル狂騒曲〜『達成できない計画』と『保証されない効果』の二重奏であることが早くも露呈しつつあるわけです。
 この毎日記事では主に財政面と調達方法からの不安感から「国の助成がなければ達成は不可能」との自治体の声を取り上げていますが、厚労省は今月中にも支援策を明らかにする方針だそうですが、その内容次第では備蓄計画が「机上の空論」になる恐れもあるとしています。

 前回のエントリーでも指摘させていただきましたが、そもそも日本政府の2500万人分の「タミフル」を備蓄する計画ですが、財政面と調達方法を完全に無視した無責任で脆弱な計画なのであります。

●日本政府の行動計画の脆弱性〜抗ウイルス剤「タミフル」に頼っていいのか?
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051113/1131868226

 世界各国政府の「タミフル」備蓄計画が相次いで発表される中で、この薬の争奪戦の様相を呈し始めているのですが、そもそも「タミフル」自体、急激な需要増に応えられる増産などしづらい薬品であり、スイスの一民間会社・ロシュ社が独占製造(日本では子会社の中外製薬が独占販売)している薬であります。

 ロシュ社自身も渋々認め始めたライセンス生産の動きも中国やベトナムでようやく候補選定に入ったばかりなのです。

スイスのロシュ、ベトナムに「タミフル」製造ライセンス供与=ラジオ
2005年11月09日16時55分 朝日新聞
http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200511090040.html

上海医薬(中国)、「タミフル」製造ライセンス申請=新聞
2005年11月 2日 (水) 13:40
http://news.goo.ne.jp/news/reuters/keizai/20051102/JAPAN-192745.html?C=S

 世界的な需要増にスイス・ロシュ社側も遅まきながら製造ライセンス供与を検討し始めてはいますが全くロシュ社以外の増産の目途は立っていないのはロシュ社自身認めているところであります。



タミフル狂騒曲〜『達成できない計画』に踊らされる各国政府

 備蓄計画達成に焦る各国政府からスイス・ロシュ社に対する発注は増大する一方なのです。

仏当局が「タミフル」を追加発注、鳥インフルエンザ対策で

 [パリ 10日 ロイター] 仏当局は10日、鳥インフルエンザの予防に有効とされるインフルエンザ治療薬「タミフル」を1000万投与分追加発注したことを明らかにした。

 グザビエ・ベルトラン保健・連帯相は仏パリジャン紙に対し、英グラクソ・スミスクラインの「レレンザ」も追加発注すると語った。

 フランス当局による2005年の「タミフル」発注は、1380万投与分に上っている。
2005年11月10日12時45分
http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200511100036.html

 スイス・ロシュ社は一切発表していませんが、ここ数ヶ月における「タミフル」受注数は尋常な数量ではないはずです。

 昨日の毎日新聞の記事からだけでも先進数カ国の政府計画だけでも1億人以上の発注が見込まれているわけです。

解説:タミフル備蓄 都道府県への丸投げ、無責任

(前略)

 タミフルはインフルエンザウイルスが体内で増殖するのを妨げ、死滅させる。新型インフルエンザに有効な治療薬と期待されているため、厚労省によると、▽米国8100万人分▽英国1460万人分▽カナダ1600万人分▽豪州480万人分−−など世界各国も備蓄目標を掲げ、準備を始めている。唯一の製造元ロシュ社(スイス)には注文が殺到している状況だ。

(中略)

 だが、タミフルの備蓄は今や国際競争になっている。国が都道府県に丸投げするのは無責任だ。国が備蓄ルートを確保し一定の財源負担を担うのは当然で、実効性のある支援策が期待される。【玉木達也】

毎日新聞 2005年11月20日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20051120ddm041100151000c.html

 この記事だけでも、米・英・カナダ・豪だけでも、1億1500万人分ですが、ここに揚げられていない日本2500万人分やフランス1380万人分、そして先進国以外の東南アジアや中国の需要を総計すれば、おそらく軽く2億人分以上の需要なわけです。

 この2億人分以上という試算すら、中国などの需要が本格化(先進国並に人口の四分の1分確保)したならば一気に5億人以上に跳ね上がってしまうことでしょう。

 ・・・

 生産が追いつけるはずがありません。

 前回のエントリーで私が調べた限り、過去一年のロシュ社の年間「タミフル」販売量は実績ベースで年間約2000万人分であります。

インフルエンザ治療薬:タミフルで異常行動死 服用の2少年、副作用か

(前略)

 タミフルはスイス・ロシュ社が開発した。ウイルスの増殖を妨げ熱がある期間を1日程度縮める効果がある。国立感染症研究所の医師によると日本での年間販売量は1500万人分で、世界の8割以上を占める。

(後略)

毎日新聞 2005年11月12日 東京朝刊
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/medical/news/20051112ddm001040003000c.html

 年間2000万ほどの製産量であったひとつの薬を、世界中から製産量の十倍以上の発注が殺到しているのです。

 ロシュ社は年間2000万以上に製産拡大する余力はあると声明を出していますが、原料の八角の供給不足の問題を筆頭に、製薬工場の生産ライン数の問題も含めて、この尋常でない需要をすべて満たすように「タミフル」を供給することなど不可能なことです。

 誰が考えても自明なことでありますが、おそらく先進諸国のただ一国すら来年度に「タミフル」備蓄計画量を達成できる国などないでしょう。

 ・・・

 これはまさに世界規模のタミフル狂騒曲です。

 各国政府は『達成できない計画』に踊らされているとしか思えません。

 昨日のニューヨークタイムス社説でも、悲劇的なアメリカ政府の備蓄計画をなげいています。

Editorial
The Perplexing Pandemic Flu Plan
Published: November 20, 2005
http://www.nytimes.com/2005/11/20/opinion/20sun1.html

 「The Perplexing Pandemic Flu Plan」(複雑怪奇な世界的大流行インフルエンザ計画)と題した社説ですが、アメリカ政府の計画では、大流行に間に合わないかもしれないと批判しております。

Although President Bush promised a "crash program" for vaccines, the target dates are distant. The date for stockpiling enough vaccine for 20 million people is 2009. The date for converting the drug industry to more modern manufacturing techniques that could expand production quickly in an emergency is 2010. These lag times will be fine if no pandemic materializes soon, as seems likely, or if a pandemic arrives that is as mild as the 1968 version, which was not much worse than a typical flu season. But if a flu strain as lethal as the one that killed some 20 million to 100 million people around the world in 1918 were to hit before a vaccine is widely available, the nation's health care system would be overwhelmed.

 「crash program」とは辛辣な表現でありますが、アメリカ政府の計画はあまりにも「the target dates are distant.」(目標達成は遠方)であり、達成が予想される2010年までに、大流行したら対策は間に合わないと指摘しているわけです。

 繰り返しますが、別に対策が間に合わないのはアメリカ政府だけではないでしょう。



タミフル狂騒曲〜『達成できない計画』と『保証されない』効果の二重奏

 世界各国政府が政府調達で動きを早めている中で大きく出遅れた日本政府ですが、この出遅れは早期計画達成という意味では致命的失敗になりましょう。

 現在政府がいまだ正式発注をしていない日本に、予定量の「タミフル」が供給できるのは、いったいいつになるか想像すらできません。

 また、日本政府の行動計画の内容自体、あまりにもずさんであると指摘しておきます。
 各都道府県個別で発注しても意味はないですし、そもそも政府分1050万人分、自治体分1050万人分という半々の配分自体何の根拠があるのでしょうか。

 自治体同士で競わせても意味はないですし、もし国内で流行が始まればその端緒となる起点地域とその周辺地域に集中的に運用することが望まれているわけですから、政府が確保する分と各自治体が確保する分が50%づつというのは、運用上からもおおいに疑問なのです。

 断言はできませんが、日本政府の行動計画は、日本政府が自治体に財政支援したところで、おそらく現状ではいつ達成できるか見当も付かない備蓄計画であり、『達成できない計画』といっても言い過ぎではないと考えます。

 そして達成したところで運用面が不安な計画なのです。

 ・・・

 そもそもタミフルがパンダミック(世界的大流行)が予想される未知の新型インフルエンザウィルスに有効かどうかも保証されてはいないのです。

 タミフルが「新型」抑制の切り札でもなんでもない、効果も保証されてはいない薬であることは、厚生労働省も認めているところであります。

タミフル:期待と懸念 どんな薬? 服用はどのように?

(前略)

 肺炎などの合併症を減らす効果を示した海外の論文もある。ただ、厚労省がインターネットで公表している解説資料には「合併症などの重症化を予防できるかどうか、まだ結論は得られていません」と記す。

 厚労省タミフルを承認した際、重症化が心配される高齢者や慢性の病気がある人などについて、タミフルの有効性と安全性の調査実施を承認条件とした。同省によると、輸入販売元の中外製薬は昨冬までにタミフルの使用者約3000人のデータを集めたが、うち高齢者らは数十人で調査として不十分だった。同社はこの冬、改めてこれらについて調査する。

(中略)

 インフルエンザにかかると4日程度、発熱が続くことが多い。日ごろ健康な人なら、薬を飲まなくても回復する。日本小児科学会で感染症担当の理事を務める、加藤達夫・聖マリアンナ医大横浜市西部病院長は「タミフルが必要なのは、熱が4日続いたら困るという人だ」と説明する。

 これらに該当するのは発熱期間が長引くと病状が悪化しやすい高齢者、心臓病や慢性の呼吸器病の人などだ。また、健康状態とは別に「入試が近い」「忙しい」など一日も早く治りたい場合も考えられるという。

 加藤院長は「これ以外の人には必要性はあまり高くない。でも最近は自分からタミフルを希望する患者が多い。医師は必要ないと考えても、断りにくい。飲んですぐ治る万能薬ではない」と話す。

 厚労省の解説資料はタミフルが効かないインフルエンザウイルスが現れていることも指摘し、「むやみな使用は慎むべきだ」と書いている。

(中略)

 ただ、新型ウイルスがどう変異するのか予想はつかない。このため同省結核感染症課は「本当にタミフルが効くかどうかは分からない。有効な可能性がある手段は準備する、との考えで備蓄を決めた」と説明している。

(後略)

毎日新聞 2005年11月21日 0時34分 (最終更新時間 11月21日 0時48分)
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20051121k0000m040111000c.html

 各国が争奪戦を繰り広げるタミフルは、実は新型に対して効果が必ずある保証などないのですが、「本当にタミフルが効くかどうかは分からない。有効な可能性がある手段は準備する、との考えで備蓄を決めた」という同省結核感染症課担当員の説明が、各国政府の思惑を端的にあらわしているのでしょう。

 ・・・

 『達成できない計画』に各国政府を翻弄させているタミフルですが、効果のほどが実は何も『保証されてない』点で、この騒動、二重にむなしいのであります。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
●日本政府の行動計画の脆弱性〜抗ウイルス剤「タミフル」に頼っていいのか?
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20051113/1131868226