日本政府は北朝鮮核問題を科学的にリスクマネジメントすべき
●どうにも箍(たが)が外れたような一連の北朝鮮の国際社会に対する挑発的行為
26日付け朝日新聞記事から。
2009年5月26日23時24分
【ジュネーブ=前川浩之】国連欧州本部で開催中のジュネーブ軍縮会議で26日、北朝鮮の核実験を非難する日本や韓国などの代表に、北朝鮮政府代表が反論。「国連安保理が我が国の主権侵害をやめないので、核実験を含む追加の自衛的措置を取らざるを得なかった」と述べた。
核実験への非難は日韓のほか、ロシアやオーストラリア、ハンガリー、ブラジルなどから相次いだ。これに対し北朝鮮は、4月のミサイル発射を非難した国連安保理議長声明を「不公正」とし、「安保理側に望ましい動きがないので(核実験を)実行した」と主張。今後も「国益と主権を守るため、朝鮮半島の平和のために必要な措置を取り続ける」とした。
http://www.asahi.com/international/update/0526/TKY200905260368.html
北朝鮮の言い分は、「安保理側に望ましい動きがないので(核実験を)実行した」のであり、今後も「国益と主権を守るため、朝鮮半島の平和のために必要な措置を取り続ける」と反論しています。
それを裏付けるような27日付け朝日新聞記事から。
北朝鮮、短距離ミサイル1発を発射 核実験後計5発に
2009年5月27日9時1分
【ソウル=牧野愛博】北朝鮮は26日午後9時ごろ、東部の咸鏡南道咸興(ハムギョンナムドハムン)市の南方の地点から日本海に向けて短距離の地対艦ミサイル1発を発射した。韓国政府関係者が明らかにした。北朝鮮は同日午後にも同市付近から短距離ミサイルを2発を発射した。同関係者によれば、西側の黄海沿岸地域でも短距離ミサイルを発射する兆候があるという。
軍事関係筋によれば、北朝鮮は核実験をした25日にも、短距離ミサイル2発を発射。当初、同日には計3発を発射したとみられていたが、午後5時ごろに江原道元山(カンウォンドウォンサン)市付近で発射したとみられた1発がレーダーの誤探知とわかったという。北朝鮮が核実験後に発射した短距離ミサイルは計5発になった。
http://www.asahi.com/international/update/0527/TKY200905270021.html
核実験後も短距離ミサイルを発射し続けており、この後も「関係者によれば、西側の黄海沿岸地域でも短距離ミサイルを発射する兆候がある」ようです。
どうにも箍(たが)が外れたような一連の北朝鮮の国際社会に対する挑発的行為なのですが、日本国として憂鬱なのは、地政学的な近隣に常軌を逸しているような近所迷惑な住民がいたとしても、怖いから引っ越しましょう、というわけにはいかないわけです、列島ごと。
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●26日付けの主要紙社説を読み解く
で、時間的に一日戻りますが、北朝鮮の二度目の核実験強行を受け、26日付けの主要紙社説は一斉にこの問題を取り上げていました。
日経を除いては通常2本を掲げる社説を一本に絞っての力の入れようです。
【朝日社説】北朝鮮の核実験―米中の連携で暴走止めよ
http://www.asahi.com/paper/editorial.html【読売社説】北朝鮮核実験 度重なる暴挙に厳格対処せよ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090525-OYT1T01211.htm【毎日社説】北朝鮮が再核実験 安保理は断固たる対応を
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20090526k0000m070163000c.html【産経社説】北朝鮮の核再実験 断固たる制裁発動せよ 弾頭小型化に備えはあるか
http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090526/kor0905260339002-n1.htm【日経社説】北の核実験に安保理は厳しい制裁科せ
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20090525AS1K2500325052009.html
それぞれの社説の主張はほぼタイトルにそのまま表出しているのですが、朝日・毎日・日経あたりは、国際協調して北朝鮮の暴走をくい止めよ、という主張のようです、代表して朝日社説の結語部分だけ抜粋しますと、
【朝日社説】北朝鮮の核実験―米中の連携で暴走止めよ
オバマ政権にとっては、これから対話に取り組もうとしていた北朝鮮から早々と出ばなをくじかれた形だ。政権の対北姿勢への批判が米国内で強まる可能性もある。
だが、核の拡散による恐怖から世界を救い、閉鎖的な独裁国家を世界に開かれた国にするという大きな目標にとって北朝鮮は最大の試金石のひとつだ。北朝鮮の変化を促すことができるのは何と言っても米国だ。
中国の役割もはっきりしている。米国とともに東アジアの長い目で見た安全保障がどうあるべきかを考えてもらいたい。世界同時不況の中で米中の戦略的な連携が重みを増している。朝鮮半島の安定はそれを生かすべき最たる領域ではないか。
日本は、被爆国として「核のない世界」への取り組みに参画しようとしている。同時に、北朝鮮の核実験や拉致問題を深刻な脅威として受け止めざるをえない立場だ。現実には日朝の直接協議で事態を動かせる可能性は、いまは残念ながら乏しい。
米中の連携を促し、韓国とともに地域の安全確保へ積極的に後押ししていきたい。
米中が連携し北朝鮮の変化を促せ、日本・韓国は積極的にその動きを後押ししろ、と主張しています。
安保理中心に北に制裁をという主張は5紙共通ですが、読売・産経は加えて日本の防衛体制を見直せと主張してます、参考までに産経社説の該当部分。
【産経社説】北朝鮮の核再実験 断固たる制裁発動せよ 弾頭小型化に備えはあるか
日本の防衛力はこれまで「専守防衛」を基本とし、攻撃能力は米軍に委ねてきた。日本は自ら報復能力を持っていないが、自衛力の一環として北の核・ミサイル施設に対する先制破壊などの抑止能力を整えるべきだ。
同時に、日米同盟の強化も必要である。自衛隊と米軍の連携に不可欠な集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈の改定を急ぐとともに、米国の「核の傘」に安全を委ねる日本のあり方に関する議論も必要かもしれない。最低限、核抑止がどの程度機能しているかを日本政府は検証しなければならないだろう。
国連の場での制裁論議や日本独自の制裁強化もさらに検討する必要がある。そうした外交的対応と同時に、防衛・安全保障のあり方の検討も怠ってはならない。
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この問題、現時点で日本のとり得る対抗手段は極めて限られており、日本単独の経済制裁もすでに底をついているわけで、「異様な体制ではあるが、核兵器を使えば北朝鮮も破局を迎える。日本政府も国民も北朝鮮の暴挙に過剰反応せず、米中や韓国との協調を重視しつつ対応していくこと。それが当面、最善の選択肢であろう」(【毎日新聞社説】)ことは、同意するものであります。
たしかにアメリカや中国の責任は極めて重いのであり、「核の拡散による恐怖から世界を救い、閉鎖的な独裁国家を世界に開かれた国にするという大きな目標にとって北朝鮮は最大の試金石のひとつだ。北朝鮮の変化を促すことができるのは何と言っても米国だ」(【朝日新聞社説】)でしょうし、「現状では、北朝鮮が経済的に依存する中国の役割が、北朝鮮に核放棄への圧力をかけるうえできわめて重い。首相は、慎重な態度を示すと予想される中国、ロシアに積極的に働きかけるべきだ」(【読売新聞社説】)という意見も理解します。
しかしながら、「北朝鮮の6カ国協議復帰を含め、対話の道を閉ざす必要はないが、協議参加を条件に妥協的な態度を取るべきではない。重要なのは挑発が孤立を深めるだけだと、北朝鮮に知らしめる国際社会の結束である」(【日経新聞社説】)なのは、そのとおりながら、肝心の「国際社会の結束」がなんともこころもとないのも事実なのであります。
さらに、安保理でいかなる制裁決議をしたところで、あるいは仮に六者会議に北朝鮮の参加を復活させて核廃棄のロードマップを再構築して北朝鮮にそれを守らせるように援助等の妥協をある程度重ねたところで、そのような外交努力が実を結んで北の核廃棄につながるような結果が得られるのか、彼らが安易に「核カード」を手放すとは過去20年の狡猾な北朝鮮外交を省みれば、残念ながらその可能性は低いと考えざるを得ません。
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●北朝鮮が複数の核ミサイルで日本の主要都市に攻撃を加える可能性
北朝鮮が複数の核ミサイルで日本の主要都市に攻撃を加える可能性はあるのでしょうか。
もちろんその可能性はゼロに限りなく近いと思われます。
彼らの現段階での技術では、日本列島すべてを十分射程圏内におさえているノドンミサイルの弾頭に搭載するほどの核爆弾の小型化はまだ達成していないでしょうし、小型化のためには後何回かの実験を必要とするでしょう、またプルトニウムの増産手段も確立しなければなりません、第一、当然ながらアメリカによる報復の危険を冒してまでもそのような蛮行をする合理的な理由は現在は彼らにないと考えてよいでしょう。
しかし、日本にとって悪夢のシナリオは、国際社会がこれまで同様北の狡猾な外交政策に振り回され時間を空費し、その間に北が再度の核実験を繰り返し小型化に成功し、核兵器の材料となるプルトニウム増産手段を手にすることです。
そのとき、北朝鮮にすでに配備済みの150基あまりのノドンミサイルのうちの日本列島に向いている何基かに核弾頭が次々に実装されるとしたら日本にとって最悪の事態でしかありません。
将来、そのような状況になれば、北の体制に異変があったりあるいは朝鮮半島有事の際、自暴自棄的に北側が核ミサイルを日本列島に発射する可能性が現実の問題として憂慮されることでしょう。
現実の問題としては、何も日本列島にターゲットをあてている核弾頭は北朝鮮だけではなく、現時点でもロシアや中国の複数のミサイルがわが国内の米軍基地や自衛隊機地や主要都市に標準をあてて備えているわけで、ことさら北朝鮮だけをリスクとして取り上げるのは不合理でありますが、問題は北の不安定でかつ国際社会で孤立していてなおかつ先軍政治による極めて軍事に偏重しているその国情にあります。
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●リスクマネジメントとクライシスマネジメント
本件ではカードを使い切った感がある日本にとり、「日本政府も国民も北朝鮮の暴挙に過剰反応せず、米中や韓国との協調を重視しつつ対応していくこと。それが当面、最善の選択肢であろう」(【毎日新聞社説】)ことには異議はありません。
しかしながら、この問題では日本は独自に将来の北朝鮮の核攻撃リスクをしっかり分析して日本自身で科学的にマネジメントする必要があると思います。
ここでいう科学的なリスクのマネジメント・危機管理とは、人的災害や自然災害などの非日常的な危機事態に対して組織が採る対策と手順の全般のことでありますが、大きくクライシスが発生した後の対処法を確立しておくクライシスマネジメントと、危機事態の発生を予防するためのリスクの分析や対策を確立しておくリスクマネジメントに大別できます。
たとえば、国や関係自治体が来るべき「東海大地震」に備えて防災上の対策をしておりますが、その対策は、発生した時のリスクを軽減するための病院等公共施設や原発などの耐震補強策の促進や非常食や救急キットなど防災用の備蓄を用意しておくこと、被害を軽微にするという意味で大きくはクライシスマネジメントにあたり、災害発生時の避難誘導訓練や警察や消防・自衛隊による災害救助訓練なども同様です。
現段階の科学技術では大地震などの天災を未然に防ぐことは不可能であり、危機事態の発生を予防するためのリスクマネジメントは当然ながらできません。
一方、たとえば原発の建設・運用においては、当然ながら被害を軽微にするという意味のクライシスマネジメントよりも、危機事態の発生を予防するためのリスクマネジメントが最重要視されます。
原子力施設の安全性を議論する際の「リスク」とは、施設周辺の人々の健康や社会、環境に影響を及ぼす潜在的危険性、例えば、炉心が損傷し、放射性物質が放出され、人々等に被害をもたらす場合の発生確率と被害の積のことをいいます。
その際用いられる確率論的安全評価(PSA:Probabilistic Safety Assessment)とは、このようなリスクが顕在化する確率と影響を定量化する技術のことを言います。
具体的には、原子力安全委員会の安全目標専門部会は、平成15年12月の中間とりまとめにおいて、安全目標案として、「原子力施設の事故に起因する放射線被ばくによる、施設の敷地境界付近の公衆の個人の平均急性死亡リスクは、年あたり百万分の1程度を超えないように抑制されるべきである。また、原子力施設の事故に起因する放射線被ばくによって生じ得るがんによる、施設からある範囲の距離にある公衆の個人の平均死亡リスクは、年あたり百万分の1程度を超えないように抑制されるべきである。」という案を提示しています。
死亡リスクを年あたり百万分の1程度を超えないように抑制するというのは、リスクマネジメントとしてはかなり高いハードルと考えられがちですが、たとえば自動車事故で死亡するリスクが日本では年1億2千万人で8000人とすると百万分の67ほどですのでかなり低いですが、原発という人工物のリスク管理としては万が一にもそのような事故を起こしてはいけないのであり、ハードルを高くすることは当然といえましょう。
このように一般的には地震などの未然に防ぐことの不可能な自然災害では発生後のクライシスマネジメントに重しをおき、原発運用などの人工物など未然対策が可能な人的災害においては発生前のリスクマネジメントが重要になります。
なお、今問題になっている新型インフルエンザ対策は、ある種の天災に近いですがパンデミック(世界的大流行)を抑える、遅らせるという意味では、発生前のリスクマネジメントも大変重要であり、もちろん大流行後の備えという意味でクライシスマネジメントもしっかり計画しなければなりませんが、状況に応じてもっとも効果的な重点対策を変えていく必要があります。
このようにフェーズによって危機管理が変わる場合、リスクマネジメントでは事前にしっかりとした「行動計画」を立てておく必要があります。
今回の日本政府の新型インフルエンザ対策としての行動計画の「水際作戦」は、残念ながら失敗しましたが、もともと行動計画自体が強毒性の鳥インフルエンザ用に作成されており、今回は弱毒性ですので不幸中の幸いであったわけです。
新型インフルエンザのように再現性や継続性のある危機の場合、危機内再評価:危機発生中において、行動計画に基づいて実施されている点・または実施されていない点について効果の評価を随時行ない、行動計画に必要な修正を加えることは大変重要です。
危機対策にかかるコストとその効果を科学的に絶えず評価しなおす必要があるわけです。
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●日本政府は北朝鮮核問題を科学的にリスクマネジメントすべき
さて北朝鮮核問題です。
人がなせる危機という意味では明らかに人災ですが、彼の国が日本のコントロールの効かない状態であるという点では日本にとって北の核ミサイル飛来は天災に近いのかもしれません。
いずれにせよ、核ミサイルが飛来してきたら大変な事態になるのであり、その確率をゼロにするべく、未然の対策・リスクマネジメントが大変重要になると考えます。
ですので落ちた後のクライシスマネジメント(そんなことはあってはならないわけですが)はここでは議論から省きます。
北の核ミサイルを日本に飛来させないためのリスク・マネジメントですが、新型インフル対策と同様、状況の変化によりいくつかのフェーズに分けて「行動計画」を検討することが何よりも重要です。
究極的には北の核廃棄がベストでしょうが、ここは冷静に今後の北朝鮮の行動によりフェーズをわけて、日本のとる対抗策を考える必要があります。
現状(フェーズ0としましょう)から、たとえば次のような事象が確認できたときネクストフェーズに遷移すると定義します。
フェーズ0:2回目の核実験確認(現在)
フェーズ1:再度の核実験確認
フェーズ2:プルトニウム増産手段稼動の確認
フェーズ3:複数回の核実験確認(小型化成功の可能性拡大)フェーズ4:ノドンへの核弾頭搭載の確認(北による自発的発表、衛星情報等の物理的確認)
フェーズ5:クライシス発生(核ミサイル発射)
各フェーズが進行するごとにクライシスに近づきます。
そこで各フェーズにおいて日本がとる行動計画は、次のフェーズに移行しないように最大の効果が見込まれる対策を検討します。
検討段階では日本のとりうるあらゆる外交オプション、軍事オプションを排他しません。
それこそ北朝鮮と国交回復・資金援助という外交オプションから、日本の核武装といった極論までリスクマネジメントとして検討する価値があるなら検討すべきです。(現時点では私個人はいずれの策も現実的ではないと強く否定しますが)
ただし問題は費用対効果です。
たとえば、産経社説が訴えている「自衛力の一環として北の核・ミサイル施設に対する先制破壊などの抑止能力を整えるべき」という軍事オプションを採るとき、フェーズ0の現段階ですでに必要な対策なのか、あるいはフェーズの進行状況を見て、たとえばフェーズ3辺りで選択すべきなのか、それとも国際世論を考慮してフェーズに関わらず採用しない、あくまで日本は専守防衛に徹する方が結果としてこのリスクをマネジメントするのに有利なのか、その費用コストと効果予測を慎重にすべきです。
・・・
いずれにせよ、核実験やミサイル試射など一連の北朝鮮の挑発行為に、どうにも日本政府は振り回されてしまって、場当たり的な対応を余儀なくされている感じが否めません。
そろそろこの問題を正しく日本にとってマネジメントすべき危機(リスク)と定義し、冷静な行動計画を検討すべき時期だと考えます。
冷静にフェーズに分けて北朝鮮核問題を科学的にリスクマネジメントしておく、少なくともそのような思考実験は必要なのではないでしょうか。
(木走まさみず)