木走日記

場末の時事評論

日本は中国という大過から距離をもて〜中国経済がどのように失速してもその渦に巻き込まれないことが肝要

■変調する中国経済

 日本経済新聞が「変調 中国経済」と題する特集を紙面及びウェブサイトで掲載しています。

 ウェブサイト上の「指数に異変」タグでまとめられた記事の一覧はここ2ヶ月でこんな感じです。

特集:変調 中国経済[指数に異変]

・中国の景況感、9月も低迷 製造業指数、2カ月連続50割れ
・中国、12年は8%成長保てず 現地エコノミスト予想は7.8%
中国リスク、市場揺らす 景気減速、世界で関連株下落
・中国の電力消費量 景気実態映し中国関連株に影響 (9/25)
・中国むしばむ需要鈍化 8月輸入、7カ月ぶり減 (9/11)
・中国の生産、一段と鈍化 需要低迷と能力過剰響く (9/9)
・中国、輸入2.6%減 8月、7カ月ぶり減少 (9/10)
・中国、生産の伸び鈍化 8月8.9%増、3年ぶり低水準 (9/10)
・中国の新車販売、8月は8.3%増 前月と同水準 (9/10)
・中国株、資金流出止まらず 上海3年7カ月ぶり安値圏 (9/7)
日銀総裁中国経済「減速やや長引いている」 (9/6)
・中国大手銀、不良債権が拡大 製造業の業績悪化で (9/3)
・中国の景況感、悪化鮮明 製造業指数50割る (9/1)
・中国、輸出競争力が低下 (9/1)
・中国BYDが正念場 電気自動車販売、1〜6月300台のみ (8/31)
・中国の鉄鋼、苦境 宝山鋼鉄1〜6月6割減益 (8/29)
・中国スポーツ用品不振 消費鈍化、2桁減益 (8/27)
・中国、ビール減速 大手3社、増収増益は維持 (8/20)
・7月の対中投資、2カ月連続で減少 欧州危機など映す (8/16)
・中国、資金流入細る 外為残高減少 追加緩和の要因に (8/16)
・中国の外食企業、経営環境が悪化 (8/14)
・中国、輸出が急減速 7月1%増どまり (8/10)
中国経済、我慢の夏 需要減り在庫の山 (8/10)
・中国の新車販売、伸び率鈍化 (8/10)
・中国消費者物価7月1.8%上昇 2年半ぶり2%割れ (8/9)
・中国成長「西高東低」に 1〜6月 重慶14%、上海7.2% (8/7)
・中国の家電販売急減速 量販大手、軒並み業績悪化 (8/6)
・中国景況感が悪化 製造業、3カ月連続で伸び悩む (8/1)
中国企業、業績伸び悩み 上場300社の今年、欧州危機が影 (7/28)
・中国、最低賃金19.7%上昇 16省市平均、最高は深セン (7/26)

※[有料会員限定]記事が多いので個々の記事のリンクは省略しています。
http://www.nikkei.com/news/special/side/?uah=DF041020114826

 多くの経済指標がここへ来て中国経済の急な減速を示しているわけですが、BLOGOSにおいても龍谷大学経済学部教授の竹中正治氏が、ひょっとするとこの先に待ち受けているのは「100年に一度のこと」かもと、警鐘を鳴らす記事を書かれて多くの読者の注目を集めています。

中国経済の変調、ひょっとするとこの先に待ち受けているのは「100年に一度のこと」かもしれない
http://blogos.com/article/47972/

 記事より抜粋。

コメント:上記記事、商業ビルや住宅を国有銀行からの借り入れで莫大に建設し、そのレントを財政収入にして、大判振る舞いしてきた市町村が、経済失速でレント収入の急減に直面し、財政赤字となり、返済不能になりつつあるという事例紹介。おそらく紹介事例は氷山の一角
 開発依存型不動産バブルが大規模で崩壊しつつある・・・ある意味では典型的なバブル崩壊だが、途方もない展開になりそうな気がしてきた・・・・もしかすると「100年の一度のこと」がこれから先に待ち受けているのかもしれない(^_^;)

 ソフトランディング可能なのかハードランディングを覚悟する必要があるのか現時点では見通せませんが、少なくとも中国が12年は中国経済を正常に保つために必要とされる最低ラインである8%成長を割り込むこと(現地エコノミスト予想は7.8%)は確実のようです。

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■不可逆的相転移で悪化した日中関係

 さて中国経済の悪化に尖閣諸島問題を抱える日本としてどう対処すべきなのか、考察します。

 私は今回先鋭化した尖閣問題で日中両国政府及び国民の感情は、「不可逆的相転移で悪化した」と考えています。

 科学用語で相転移とは、「化学的、物理的に均一な物質の部分である相 (Phase) が他の形態の相へ転移することの熱力学あるいは統計力学上の概念」であり、例えば液体であった水が外部から冷却されると水の凝固点0℃を越えて冷やされたとき、一気に個体である氷に形態を一変させます、これが「相転移」です。

 エネルギーの外部からの投入(もしくは外部への放出)により、全く別の性質の形態に物質が一斉に変移する相転移が、少なくとも両国政府・国民の感情部分で発生したと考えています。

 しかもそれはもはや後戻りができないほどの激しい変化が生じたと考えています。

 中国政府の日本に対する多種の制裁はエスカレートするばかりですし、日本国民の対中感情も戦後最悪となっており、日中間に修復不可能なほどの大きな力が発生したと考えます。

 官製メディアも中国の国民を煽り続けています。

 中国の『環球時報』は社説で、政治・経済・外交・軍事・歴史を含めて日本と全面的対決に突入する“心の準備”を国民に向けて次のように訴えています。

 「闘争は長期化し、複雑化する。それは中国人にも犠牲をもたらすだろう。その経済損失に耐えられず、かつ途中で意志を緩めてしまうかもしれない。だからこそ真実の団結が必要なのだ──」

 これはもう経済闘争であり、日本の経済界も中国に淡い期待は今後抱くことは危険でしょう、中国市場からの撤退を真剣に視野に入れた戦略も必要となるでしょう。

 私は今回「相転移で悪化した日中関係」はもう元には戻らない科学用語で言うところの「不可逆変化」だと考えています。

 水が氷に相転移しても熱を与えればやがて水に戻ります、これは「可逆変化」です、しかし例えば金属棒に曲げるように力を入れていくとしばらくはバネのように元に戻るが、ある力以上をかけると二度と戻らなくなります、これを「弾性限界」と言いますが、「弾性限界」を越えれば一気にそれまでの力より弱い力で形を変え続けてしまいます。

 日中関係が不可逆的相転移で悪化したとするならば、我々日本人も中国に対して覚悟が必要です。

 7日付け朝日新聞社説のような「ぬるい論説」はこれからは意味をなしませんでしょう。

日中経済―「一衣帯水」だからこそ
http://www.asahi.com/paper/editorial20121007.html

 社説の結び部分。

 問題は日本企業にもある。欧米企業に比べ、中国人社員の処遇が悪く、就職先として不人気だ。現地化を進め、中国の人々に支持される努力を怠るべきではなかろう。

 「遠慮近憂」という孔子の言葉は「先々のことを考えないでいると、必ず身近に問題が起きる」という意味だが、下から読み替えてみても示唆深い。

 すなわち、当面の問題を克服するには、中長期の大局に立って相互信頼を取り戻すことこそ大切なのではないか。

 日系企業に「中国の人々に支持される努力を怠るべきではなかろう」とありますが、そのようなポーズをとることは個々の企業の経営戦略上有りでしょう、しかしそんな小細工で「中長期の大局に立って相互信頼を取り戻すこと」はありえないことは誰の目にも明らかです。

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■日本は中国という大過から距離をもて〜興味深いエコノミスト誌記事が示唆すること

 ここにエコノミスト誌の8月25日付けの大変興味深い記事があります。

Teenage angst
The implications of China’s slowdown
Aug 25th 2012 | HONG KONG | from the print edition
http://www.economist.com/node/21560890

 記事を要約しますと、悪化することが懸念される中国経済ですが、まず中国の投資の伸び率が2ポイント下がった場合を景気のソフトランディングと定義してそれが成長に与える影響を、中国そして世界各国経済の成長率を予測しています。

 次に、2008年の金融危機当時の水準と同じ3.9ポイントの減速と定義したハードランディングの影響も描いています。

 結論から見ますと「中国がハードランディングすれば、韓国はよろめき、台湾の経済成長は急停止する」と予測しています。

 中国経済がハードランディングした場合、韓国経済は今年春時点の予測である3.5%成長から1%強へと大きくダウン、台湾に至ってはゼロ成長へと転落します。

 一方で、中国経済の影響をあまり受けないのが資源国であるブラジルとオーストラリアです。

 「(両国の)経済成長は、驚くほど堅調に推移するだろう。恐らくは、両国の通貨が下落し、衝撃がいくらか吸収されるからだ」

 さて、日本はといいますと、韓国や台湾とは全く異なり、オーストラリアやブラジルとまではいかないまでも悪影響の度合いはかなり軽微であり、影響が少ないと見られているドイツ経済よりも被害は少ないと予測されています。


http://www.economist.com/node/21560890

 これは当然の予測です。

 なぜ中国経済がハードランディングした際の影響が日本では軽微と見られているのか、それはまず日本のGDPに占める輸出の割合が減っていることです、実は日本は貿易依存率が低い国であり、さらにここ数年日本企業が中国以外への対外投資を増やしてリスクを分散してきたことが要因として挙げられるでしょう。

 実際、日本の貿易額に対する中国の比率はこのところ頭打ちから減少傾向にあります。

 その意味ではチャイナリスクを日本の経済界はいち早く織り込んできたと言えます。

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 中国経済は、ソフトランディングかハードランディングかは別として厳しい減速状況を迎えていることは間違いありません。

 また今回日中関係は不可逆的相転移で悪化してしまいました、そう簡単には修復は不可能でしょう。

 危機感のまったくない朝日社説の論ずるように「相互信頼を取り戻すこと」は容易なことでは有りません。



 幸い、今の日本経済は経済界で言われているほど中国経済に依存してはいません。

 逆に、日本企業が中国から日本国内復帰や東南アジア諸国などに転出すれば、実は変調をきたしている中国経済にとって悪影響は必至でしょう。

 ならば日本は中国という大過から距離をもつべきです。

 中国経済がどのように失速してもその渦に巻き込まれないことが肝要です。



(木走まさみず)