木走日記

場末の時事評論

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」〜連動型大地震発生リスクを無視してきた東京電力

 1日付けの産経新聞記事から。

「日米同盟や日本、米国人に誇り」キャンベル国務次官補
2011.4.1 10:47

 キャンベル米国務次官補(東アジア・太平洋担当)は3月31日、下院外交委員会アジア・太平洋小委員会の公聴会後、記者団に対し東日本大震災について「日米同盟や日本、米国人に誇りを持っている」と述べ、被災地支援における両国の連携に満足感を示した。

 キャンベル氏は「日本が直面している巨大な試練に対処するため、24時間働いているすべての人々を強く信頼している」と述べ、今後もできる限りの支援を行っていく考えを強調した。

 また同小委員会に提出した書面証言で、日本が地震津波原発事故の「三つの災難」に襲われ「いずれか一つでも国が屈服するような事態だ」と指摘。しかし「日本政府と国民は勇敢に対応し、より強い日本を築き上げる意志を示している」として、日本の対応を評価した。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/110401/amr11040110490007-n1.htm

 たしかにキャンベル米国務次官補の言うとおり、今の日本は「いずれか一つでも国が屈服するような事態」である地震津波原発事故の「三つの災難」に襲われている国難にあります。

 地震津波は天災であり、今回の津波によりすべての電源が失われた福島第一原発の事故も、「想定外」の大津波に襲われた天災であるとも言えましょう。

 しかし、この津波は「想定外」ではなく3年前から予測されていたとすれば、対策を怠っていた東京電力側の「人災」の側面が浮上することでしょう。

 まだまだ事故が予断を許さない現況で責任追及の話は建設的ではありませんが、完全に解決するのはおそらく年単位の時間が必要と思われます。

 今回の津波に警鐘を鳴らしていた人たちがいたことを忘れぬためにも、そして今後の原子力発電の安全対策に反映させるためにも、まとめておくことにします。

 ・・・

 豊浜トンネルは、北海道後志管内の余市町と古平町とを結ぶトンネルで国道229号線にあります。

 平成8(1996)年2月10日、古平町側の坑口付近において重さ27,000tと推計される岩盤が大崩落し、トンネル内を走行中だった路線バス(乗客18名、運転手1名)と後続の乗用車(1名乗車)の2台が直撃を受け、20名全員が死亡した惨事が起こりました。

 安全対策を怠ったとして北海道開発局の元幹部2名が書類送検されますが、不起訴処分となります。また遺族の一部は責任を追及しようと、道路管理者である国を相手取り民事訴訟を起こしまして、判決では賠償金の支払いは命じたものの、責任については明確にされませんでした。

 この事故を受けて国は全国の国道の危険箇所の見直しと総点検、あわせて国道防災管理の強化を建設省(当時)に指示、道路防災管理システムというITシステム化を目指すことになります。

 一言で言えば、国道ごとに、崩落、落石、亀裂などの危険箇所をその位置情報、画像情報、状況、地質資料等をデータベース化し、コンピュータで管理させ、画面上で地図情報とともに閲覧可能とするGIS(地理情報システム)であります。

 私は当時、IT技術屋として地質調査屋さんや建設省の技師とともに共同でこのシステム作成とデータベース化のお手伝いをしました。

 データベース化において、私は東北・北陸地区を担当しました、いくつかの国道の現地にて建設省の技師、国道管理者、地質調査技師とともに危険箇所を車で回り、危険箇所の状況に応じて写真撮影や必要ならば地質調査をしそれらの情報を電子化しデータベース化します。

 もちろんすべての国道の危険箇所を私たちが回ることは物理的に不可能ですから数箇所回っては、同行している現地の国道管理者にシステムの操作方法を習得していただき、後は現場にまかせて次の国道に移動するというスケジュールで、それでも一月ほど時間を要したと記憶しています。

 宮城県仙台市を基点とする国道45号(こくどう45ごう)は、太平洋沿岸を経て青森県青森市へ至る長い国道ですが、仙台から石巻にいたるこの国道の部分は、数多くの危険箇所がありましたが、地質屋さんがボーリング調査した柱状図を見せて教えてくれたのですが、この辺りの扇状地は堆積層がもろく「地盤がゆるい」とのことでした。

 柱状図には他の地層と明らかに異なる黒っぽい薄い層が何本かありましたが、「これは過去の津波堆積物、こっちのは火山噴火による火山灰」と教えてくれました、当然ながら下にいくほど古い時代の地層ですから一本の柱状図でその地点で過去どのような災害が発生したかがおおよそわかるのでした。

 今にして思えば、私はそのとき柱状図で貞観津波の痕跡を見たはずなのですが、当時はそのような知識も当然ながら私にはなく、ただずいぶん海から離れた内陸部まで津波がおしよせているんだな、素人ながら過去の津波の規模の大きさに驚いたのでした。

 ・・・

 今回の地震は、太平洋プレートが東北地方を乗せた北米プレートの下に潜り込むことによって起こる「海溝型地震」であります。

 政府の地震調査委員会では、宮城県沖、三陸沖南部、福島県沖で起こる海溝型地震については、マグニチュード(M)7・5規模を想定していましたが、しかし、今回の地震の規模はM9.0と想定を大きく上回ったのであります。

 1707年の宝永地震(M8・6)の4倍規模であり、国内ではもちろん最大級、プレート境界面が、気象庁によれば、地震によって、岩手県から茨城県に至る南北400キロ、東西200キロの断層帯が破壊された可能性が高いとみています。

 震源域が広域にわたる連動型大地震であります。

 しかしながらこの連動型大地震を「想定外」としていた政府・東京電力の、特に津波対策に今批判があつまっています。

 ここに活断層研究センターと東京大学地震研究所による、1100年前の連動型大地震である貞観地震による津波規模を、津波堆積物の分布状況をもとにコンピュータで精密に数値シミュレーションした3年前(2008年)の研究報告があります。

 「石巻・仙台平野における869年貞観津波の数値シミュレーション」
http://unit.aist.go.jp/actfault-eq/seika/h19seika/pdf/03.satake.pdf

 このレポートで、貞観津波の規模が海岸線から内陸部に場所によっては3km以上の距離まで津波堆積物がある非常に大規模なものであることと、地質調査からこの規模の大地震が約1000年規模で繰り返し発生している事実が明らかになります。

 浸水距離は仙台平野では当時の海岸線から1〜3km、石巻平野では3km以上であった。また貞観津波の下部にも数枚の津波堆積物が発見され、その繰り返し感覚は600から1300年程度と推定されている。

 彼らはシミュレーション結果から貞観地震震源域が広域にわたる連動型大地震であると特定します。

6.まとめ

 貞観津波による石巻平野と仙台平野における津波堆積物の分布といくつかの断層モデルからのシミュレーション結果とを比較した。プレート内正断層、津波地震仙台湾内の断層によるモデルでは両平野の津波堆積物の分布を再現することはできない。プレート間地震の幅が100km、すべりが7m以上の場合には、浸水域が大きくなり、津波堆積物の分布をほぼ完全に再現できた。
 本研究では、断層の長さは3例を除いて200kmと固定したが、断層の南北方向の広がり(長さ)を調べるためには、仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県茨城県での調査が必要である。

 しかも、この研究では「断層の長さは3例を除いて200kmと固定した」が、実際はもっと長い可能性があるとして「仙台湾より北の岩手県あるいは南の福島県茨城県での調査が必要」とまとめています。

 今回の大震災の400kmにわたる断層および被災地域までが「北の岩手県あるいは南の福島県茨城県」と重なっています。

 この3年前の研究レポートは、東北地方にて約1000年周期で連動型大地震が発生していること、さらに最後の連動型大地震である貞観地震から1100年の時間が経過していることを暗示しています。

 そしてこの規模の地震が起これば被害は岩手県から福島、茨城県にまで広域に及ぶ可能性も示唆しています。

 ・・・

 今回の大地震は想定できなかったという立場の原子力安全研究協会の松浦祥次郎理事長(元原子力安全委員長)は「何もかもがダメになるといった状況は考えなくてもいいという暗黙の了解があった。隕石(いんせき)の直撃など、何でもかんでも対応できるかと言ったら、それは無理だ」と話しています。

原発の全電源喪失、米は30年前に想定 安全規制に活用
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201103300512.html

 このように1000年に一度の災害に備えるなど無理だとの論説も散見しますがそれはまったく残念な非科学的暴論であると言い切っていいでしょう、科学的立場で言えば連動型大地震の発生リスクを無視することなどあってはならなかった、「隕石(いんせき)の直撃」などとは発生リスク、発生する確率がそれこそ桁違いに大きいのですからおよそ非科学的暴言だといわなければなりません。

 原発が連動型大地震に遭遇するリスクは、原発の使用年数および廃炉処理完了までの期間を約50年とすれば、時間単位で単純に考えても発生確率は50/1000、つまり5%と無視できないリスクであり、しかも貞観地震から1100年の時間が経過していることとあわせて考えればいつ発生してもおかしくない状況ともいえたわけです。

 しっかりとした科学的根拠も報告されているのであり「隕石(いんせき)の直撃」とはわけが違うのです。

 ・・・

 前述の研究報告を受け翌2009年6月24日、産業技術総合研究所活断層研究センター長(地質学)である岡村行信氏は原子力安全・保安部会ならびに東京電力との「耐震・構造設計小委員会」会議の席で、連動型大地震の危険性について強くその対策を求めます。

 ここに当会議の議事録が残されています。

総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会
耐震・構造設計小委員会 地震津波、地質・地盤
合同WG(第32回)議事録

日 時:平成21年6月24日(水)10:00〜12:30
場 所:経済産業省別館10階各省庁共用1028号会議室
出 席 者 :主 査 纐纈 一起
委 員 安達 俊夫
吾妻 崇
阿部 信太郎
岩下 和義
宇根 寛
岡村 行信
衣笠 善博
駒田 広也
杉山 雄一
高島 賢二
古村 孝志
吉中 龍之進
<敬称略・五十音順>
http://www.nisa.meti.go.jp/shingikai/107/3/032/gijiroku32.pdf

 議事録から岡村氏の発言部分を抜粋します。

○ 岡村委員 まず、プレート間地震ですけれども、1930年代の塩屋崎沖地震を考慮されているんですが、御存じだと思いますが、ここは貞観津波というか貞観地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのかということをお聴きしたいんです。
東京電力(西村) 貞観地震について、まず地震動の観点から申しますと、まず、被害がそれほど見当たらないということが1点あると思います。あと、規模としては、今回、同時活動を考慮した場合の塩屋崎沖地震マグニチュード7.9相当ということになるわけですけれども、地震動評価上は、こういったことで検討するということで問題ないかと考えてございます。
○ 岡村委員 被害がないというのは、どういう根拠に基づいているのでしょうか。少なくともその記述が、信頼できる記述というのは日本三大実録だけだと思うんですよ。それには城が壊れたという記述があるんですよね。だから、そんなに被害が少なかったという判断をする材料はないのではないかと思うんですが。
東京電力(西村) 済みません、ちょっと言葉が断定的過ぎたかもしれません。御案内のように、歴史地震ということもありますので、今後こういったことがどうであるかということについては、研究的には課題としてとらえるべきだと思っていますが、耐震設計上考慮する地震ということで、福島地点の地震動を考える際には、塩屋崎沖地震で代表できると考えたということでございます。
○ 岡村委員 どうしてそうなるのかはよくわからないんですけれども、少なくとも津波堆積物は常磐海岸にも来ているんですよね。かなり入っているというのは、もう既に産総研の調査でも、それから、今日は来ておられませんけれども、東北大の調査でもわかっている。ですから、震源域としては、仙台の方だけではなくて、南までかなり来ているということを想定する必要はあるだろう、そういう情報はあると思うんですよね。そのことについて全く触れられていないのは、どうも私は納得できないんです。
○ 名倉安全審査官 事務局の方から答えさせていただきます。産総研の佐竹さんの知見等が出ておりますので、当然、津波に関しては、距離があったとしても影響が大きいと。もう少し北側だと思いますけれども。地震動評価上の影響につきましては、スペクトル評価式等によりまして、距離を現状の知見で設定したところでどこら辺かということで設定しなければいけないのですけれども、今ある知見で設定してどうかということで、敷地への影響については、事務局の方で確認させていただきたいと考えております。多分、距離的には、規模も含めた上でいくと、たしか影響はこちらの方が大きかったと私は思っていますので、そこら辺はちょっと事務局の方で確認させていただきたいと思います。あと、津波の件については、中間報告では、今提出されておりませんので評価しておりませんけれども、当然、そういった産総研の知見とか東北大学の知見がある、津波堆積物とかそういうことがありますので、津波については、貞観地震についても踏まえた検討を当然して本報告に出してくると考えております。以上です。

 「貞観地震というものがあって、西暦869年でしたか、少なくとも津波に関しては、塩屋崎沖地震とは全く比べ物にならない非常にでかいものが来ているということはもうわかっていて、その調査結果も出ていると思うんですが、それに全く触れられていないところはどうしてなのか」と鋭く追及する岡村氏に対し、東京電力担当者は「まず、被害がそれほど見当たらない」と無知をさらしています。

 会議の最後で岡村氏はもう一度貞観地震規模の発生リスクを「無視することはできない」と警鐘を鳴らします。

○ 岡村委員 先ほどの繰り返しになりますけれども、海溝型地震で、塩屋崎のマグニチュード7.36程度で、これで妥当だと判断すると断言してしまうのは、やはりまだ早いのではないか。少なくとも貞観の佐竹さんのモデルはマグニチュード8.5前後だったと思うんですね。想定波源域は少し海側というか遠かったかもしれませんが、やはりそれを無視することはできないだろうと。そのことに関して何か記述は必要だろうと思います。
○ 纐纈主査 名倉さん。
○ 名倉安全審査官 先ほど杉山先生から御指摘いただきました1点目につきまして、事務局から説明させていただきますと、中間報告提出時点におきまして、双葉断層ですけれども、東京電力は47. 5kmで暫定評価としておりまして、それで地震動価を実施した結果を報告してきました。途中で37kmに切り替えたのですけれども、それは地質調査の追加調査結果を踏まえた双葉断層の評価として短くしたということであって、地震動評価結果につきましては、37kmの補正は実は行われていなかったんですね。そういうこともありまして、当初報告がなされた暫定評価の47.5kmで審議を進めてきたので、それでまとめたと。結局、双葉断層の37kmの評価をAサブグループで最終的な評価として妥当なものと認めたのが最後の回でしたので、地震動評価につきましては37kmの評価は実施されていない状況で、基本モデルだけは実施していただいたんですけれども、不確かさモデルについては実施していないということで、これを実はこの評価書の中にも少し書いてございますが、東京電力では、本報告までに37kmの評価を実施することにしておりました。したがいまして、 47.5kmというのは、あくまでも中間報告提出時の評価、暫定的なものに対して評価を保安院の方でしたということでありまして、最終的な確定した双葉断層の長さとは少し違いが出てきておりますので、もう少し地質調査と地震動評価のところで明示的にわかるような形、一応書いてはいるんですが、もう少しわかるような形に修正させていただきたいと思います。以上です。

 「貞観地震についても踏まえた検討を当然して本報告に出す」と言っていますが、この議事録を読んでもわかりますが岡村氏の発言を、東京電力および原子力安全・保安院側が真剣に考慮する姿勢はまったく見られませんでした。

 結果論になりますが3年前の技術レポートが真剣に扱われ、2年前の岡村氏からのアラームを東京電力および原子力安全・保安院側が真剣に検討して対策をはじめていれば、被害を少なくできた可能性があるだけに大変残念なことです。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」

 鉄血宰相と呼ばれたオットー・フォン・ビスマルク のこの言葉が、これほどあてはまる事例もないのではないでしょうか。



(木走まさみず)