木走日記

場末の時事評論

朝鮮半島歴史問題をメディアリテラシーしてみましょう。

まずは一月ほど前の読売新聞の記事です。

検定済み英語教科書、朝鮮半島記述巡り訂正…三省堂

 三省堂(本社・東京都)が発行する中学生用英語教科書「ニュークラウン3年」の朝鮮半島に関する内容の一部に、誤解を招く記述があったとして、同社が英文を訂正したことが25日、わかった。

 同社によると、文部科学省の検定済み教科書で、本文の訂正はあまり例がないという。
 訂正したのは、日本の植民地時代の朝鮮半島に関する記述で、原文は「日本政府は韓国・朝鮮の人々に日本語だけを使うよう強制した」などとする内容の英文。

 昨年10月、複数の個人から、事実と異なるとの指摘があり、同社が専門家の協力を得て検討。文科省の承認を得て訂正することにしたという。

 同社は昨年12月上旬から、教科書を採択した全国の市町村教委などに連絡。各中学校に対し、「韓国・朝鮮の学校の生徒は日本語を『国語』として習わなければならなかった」などの内容に変更した2ページを印刷して配布したほか、ヒアリング用CDの訂正版も送付した。

 この教科書は2000年度の検定に合格し、現在、全国で約30万人の生徒が使用している。

 同社英語教科書編集部は「使用途中で訂正を出し、大変申し訳ない。今後は、調査をしっかりして対応したい」としている。

(読売新聞) - 1月26日3時15分更

 今回の改正が異例なことなのかそれとも当然の対応なのか、はたまた、そもそも、「日本政府は韓国・朝鮮の人々に日本語だけを使うよう強制した」ことは事実なのか誤りなのか、一部で熱い論争が繰り広げられています。

 私が記者登録しているインターネット新聞JANJANにおいても、以下の記事で激論バトルが展開してますので関心のあるかたは参照下さいませ。

三省堂英語教科書の朝鮮記述[訂正]問題・続報』
http://www.janjan.jp/culture/0501/0501222852/1.php

 ここの議論にはちょっと素人が加わる余地がないくらい専門的になっておりますが、みなさん休日返上で図書館で調べたりして、貴重な資料が示されていてたいへん勉強になります。

 私としては、この問題で考え方が参考になるのは、『朝鮮半島をどう見るか』(集英社新書:木村幹著)に述べられている木村神戸大学教授であります。

 木村氏は朝鮮半島に対し「否定的な見方」にも「肯定的な見方」にも与していない冷静な学者さんだと評価しています。まあ、どっちつかずで双方から批判されているようですが・・・

 この三省堂教科書改正問題は、あちらの議論にお任せするとして、ここでは日本の朝鮮半島植民地支配をめぐる一般的議論をメディアリテラシー的に解剖してみましょう。

 まずは朝鮮半島「否定的な見方(=日本の植民地支配肯定派)」代表として、ご存じ新しい歴史教科書を作る会の『国民の歴史』から引用してみます。

(前略)
両班(朝鮮王朝の支配者層。筆者注)が支配していた時代の司法は、無法な逮捕や苔打ち、賄賂による量刑が横行していた。総督府時代になって医療の改善と鉄道の施設、港湾の建設や各種工場の設営整備など、工業化社会への前身を少しずつ可能にするあらゆる手が打たれていた。こんな植民地は当時世界にひとつもなかった。
(後略)

西尾幹二著、新しい歴史教科書をつくる会編『国民の歴史』708頁

 このような主張に対して、朝鮮半島「肯定的な見方(=日本の植民地支配否定派)」の側は、同じ植民地支配を次のように描写します。

(前略)
 朝鮮人が米を食べるのは贅沢で、雑穀を食っておればよいというのが総督府の農政であった。したがって、普段は栗飯を噛み、それすら底をつくと、木の根や草の芽で露命をつなぐ者がたくさんいたという。
(後略)

藪景三著『朝鮮総督府の歴史』1994年161頁

 前者は植民地支配を薔薇色に描き、後者はそれを悲惨なものとして描き出す。どちらの主張が間違っているのでしょうか?

 メディアリテラシー的に経済面に絞り検証してみましょう。論点を整理して日本による植民地支配下で、朝鮮半島の人々の経済状態が改善されたか否かであります。

 この点について<植民地支配肯定論者>は、「この時期の朝鮮半島において経済成長が存在していた」ということをその根拠としようとします。
 木村氏の専門的な知見の力を借りて、結論から言うなら、一人あたりの統計上の域内総生産が増大するという意味で、日本植民地支配期の朝鮮半島では経済成長が存在していました。当時の朝鮮総督府は物価や賃金などについて比較的詳細な統計を残しており、それに依拠する形で、現在の学者による当時の経済成長率の様々な推計が行われています。

 溝口敏行/梅村又次編『旧日本植民地経済統計』8頁を見ると、「大日本帝国」全体を激しい不況が襲った第一次世界大戦直後の時期こそマイナス成長になっているものの、そのほかの時期においては、朝鮮半島の経済は成長を続けているのです。そしてそれは、時期によっては日本本土の経済成長の速度を大きく上回るほどだったのです。

 公平を期するために、今度は<植民地支配贖罪論者>が示すデータも見ておくことにしましょう。
 河合和男『朝鮮における産米増殖計画』134頁から、「日本植民地期の朝鮮半島における米の生産高と輸移出量」がわかります。
 日本植民地支配期の朝鮮半島における経済発展の原動力のひとつになったのは、朝鮮総督府によって強力に推進された「産米増殖計画」でありました。この政策の結果朝鮮半島における米の生産は大きく上昇し、朝鮮半島の域内総生産を大きく底上げすることとなりました。
 しかし、朝鮮半島の人々、特に一般民衆の生活は向上しませんでした。
 河合和男『朝鮮における産米増殖計画』170頁から、「日本植民地期の朝鮮半島における一人あたりの種類別穀物消費量」がわかります。
 個々に示されているのは、米の生産が増え、総体としての域内総生産が増えているのと正に同じ時期に、朝鮮半島の人々が消費する一人あたりの米や穀物全体の量が減少している事実です。

 メディアリテラシー論として、ここで重要なのは、それぞれのデータ自体に基本的な矛盾は存在しないことです。二つの資料から実証できることは、『経済成長が存在し。米の生産も増えている。しかし、人々の生活はむしろ貧しくなっている』ことです。木村氏によれば、この事実から帰結する結論は、『経済が成長する一方で、貧富の差が拡大していった』という単純なものです。

 こうしてみると、<植民地支配肯定論>の主張する朝鮮半島の経済成長と、<植民地支配贖罪論>が主張する人々の困窮は、実はひとつの大きな現象の部分でしかないということがわかります。

 メディアリテラシー的に経済論に絞り日本の朝鮮半島植民地支配をめぐる一般的議論を解剖してみました。

 どうでしょうか。みなさんはどう判断されますでしょうか?

 重要なことは、最終判断をするのはオーディエンス(読者)であり、メディア(記者・記事)は、事実と読者の媒介者にすぎないということです。

 最後にこの件について、以前違う場所で、木走が書き込んだテキストを紹介します。以下はあくまで個人的オピニオンであり、記事ではありません。

 私見を述べさせていただきます。

 民族とか言語の問題は世界中に紛争の種となっているわけでして、ややこしい事柄であるのは承知の上であえてざっくりと言わせてもらえば、朝鮮半島と日本の関係で拗れたのはたかだかここ100年のことであります。高句麗百済や初期大和王朝など古代国家間の争いを視野に入れてもたかだか1500年前のことです。一説には日本の天皇家も半島ゆかりの渡来人の流れに関係しているとの研究もあるようですが、その説の真贋はともかく、日本民族(厳密に申せば単一民族ではないのですが)自体、南方海洋民族と北方民族、そして大陸・朝鮮半島からの渡来人の混血であるという学説に異を唱える学者は、もはやいないようです。

 時間軸の物差しを1年単位で刻み細かく史実を議論することは必要ではありましょうが、時に1000年単位、万年単位の大きな物差しで、大局観をもって眺めてみることも無駄ではないでしょう。

 朝鮮民族とそもそも混血種でもある日本民族は、人種的にはともにモンゴロイドの中の極めて近い位置にありいわば親戚のような関係であります。

 長い大きな物差しでとらえれば、朝鮮半島と日本は相互に関わりながら共存してきたわけで、これからも地政学的位置関係からもうまく折り合いを付けながらつき合いあうしか方法はありませんのでしょう。

 将来の友好関係のためにも歴史的事実は事実として冷静に議論すべきでありましょう。
 さてここでの議論を拝読させていただき、私としては、時間軸を絞り詳細の過去の史実の扱いはやれやれ本当にデリケートでやっかいな問題であると再認識させられております。

 しかし、少しばかり想像力を持ち合わせれば、日本人として朝鮮半島の当時の人々の立場、すなわち隣国に40年近く実効支配され戦争に巻き込まれた立場に、自らの視点を置き換えたとき、彼らの複雑な感情を理解することは容易なことなわけです。そのような感情に配慮をすべきであることは、私個人としてはたえず心がけたいと思っております。

 つまり史実として事実の実証は正確におこなうことを第一に重視することは当然でありますから教科書の内容に事実誤認があったならば修正するのはそのこと自体理解できます。が、そのような事実の科学的検証と違い、人々の感情・想いまでは検証できないわけですから、ここでの議論では双方配慮が必要だろうと思うのです。

 さて、以下の論は、日本の植民地支配に否定的である方々にはお耳触りでしょう。

 ハングルの使用だけでなく、鉄道敷設・教育普及・基幹産業育成・農地改革など、日本の植民地政策は征服者の抑圧というマイナスの面だけではなく、朝鮮半島の近代化に少なからず貢献したプラスの面があったとする説は、今日、欧米など世界で広く認められており、一部韓国人学者の中にもその説を部分的ではあるにせよ肯定するグループが出現しています。
 そもそも日本が韓国を併合したいきさつも、当時のロシアをはじめとする欧米列強のアジア進出を目の当たりにして、富国強兵路線を遮二無二にひた走り、日清戦争日露戦争の勝利の後、ロシアの南下政策に対抗するための帝国主義的自己防衛政策でありました。
 その帝国主義的政策を今の価値観で善悪を議論してもしかたがないのでしょうが、日本の台湾および朝鮮半島の植民地統治は、実は英国がインドや他の英領植民地で上手に行ったような「本国への資源搾取」の面は弱く、逆に当時の資料で明白であるのは、投資額を回収できない赤字経営であったわけです。日本は欧米的植民地政策を台湾や朝鮮半島には施行できませんでした。

 しかしです。事実として、日本が一時期、朝鮮半島を実効支配していたことだけは否定しようがありません。どのようなプラス面がその政策にあったにせよ、私達日本人はその事実の前には謙虚であるべきでしょう。


(木走まさみず)

長文失礼しました。(汗