中国「影の銀行(シャドーバンキング)」問題〜中国の統計情報が「加水」される構造的要因について検証
21日付け時事通信記事から。
中国、資金繰り難相次ぐ=不動産開発会社の破綻も
時事通信 2014/3/21 14:56【北京時事】資金繰りの悪化でデフォルト(債務不履行)危機に見舞われる企業が中国で相次いでいる。バブルの様相を呈していた不動産分野では、一部地方で住宅価格が下落に転じ、中堅開発会社が実質破綻に追い込まれた。景気減速の兆候が出ているさなかだけに、不安が広がっている。
中国各紙によると、浙江省の中堅不動産開発会社、浙江興潤置業投資が負債35億元(約570億円)を抱えて行き詰まった。経営者父子が今月11日、違法な資金集めに手を染めたとして起訴されており、立て直しのめどは付かない。債務総額の約7割が銀行からの借り入れで、銀行や地元政府が資産処分などの協議を進めているという。
今年1月には、山西省の石炭会社が信託会社組成の金融商品を通じて調達した資金で返済が困難になった。銀行、地元政府が救済に動いたとみられ、償還期限直前にデフォルトが回避された。通常の銀行融資と異なる「影の銀行(シャドーバンキング)」を使って苦境に陥ったケースだった。http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140321-00000024-jijnb_st-nb
うむ、浙江省の中堅不動産開発会社、浙江興潤置業投資が負債35億元(約570億円)を抱えて行き詰まりました、バブルの様相を呈していた不動産分野では、一部地方で住宅価格が下落に転じ、中堅開発会社が実質破綻に追い込まれたわけです。
通常の銀行融資と異なる「影の銀行(シャドーバンキング)」を使って苦境に陥ったケースが多発しております、資金繰りの悪化でデフォルト(債務不履行)危機に見舞われる企業が中国で相次いでいるわけです。
この中国の「影の銀行(シャドーバンキング)」問題は、輸出入ともに対中国が第一位を占める日本経済にとって他人事で済ますことはできない目の前の深刻な経済リスクとなりつつあります。
23日付け読売新聞は社説にてこの問題を取り上げています。
中国経済リスク 「影の銀行」収束への険しい道(3月23日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20140322-OYT1T00750.htm
読売社説は、中国当局は従来の企業や投資家を救済してきた政策を、「デフォルト容認は、場合によってはデフォルトもあり得ることを示し、投資家に警告するのが狙い」と転換したとの分析をしています。
中国当局は従来、危機に陥った企業や投資家を救済してきたが、市場のモラルハザード(倫理の欠如)を助長した面は否めない。
パネルメーカーのデフォルト容認は、場合によってはデフォルトもあり得ることを示し、投資家に警告するのが狙いだろう。
背景には、銀行を介さない金融取引であるシャドーバンキングが膨張し、中国経済を蝕(むしば)んでいることへの危機感がうかがえる。
投資家はノンバンクなどの高利回りの財テク商品に群がった。地方政府傘下の投資会社がそれらを原資に不動産開発を進めたり、銀行から融資を受けにくい企業が社債を発行し、ノンバンクが引き受けたりする例が目立つ。
巨額債務を抱えた地方政府や企業が行き詰まると、投資家に被害が及ぶことが避けられない。
さらに厄介なのが、シャドーバンキングの不透明な実態である。総額が国内総生産(GDP)の半分に達するという推計もある中、膨張マネーに歯止めをかけようとする政策判断はもっともだ。
「背景には、銀行を介さない金融取引であるシャドーバンキングが膨張し、中国経済を蝕(むしば)んでいることへの危機感」があるわけですが、根本的な問題として、「さらに厄介なのが、シャドーバンキングの不透明な実態である。総額が国内総生産(GDP)の半分に達するという推計もある」という点であります。
シャドーバンキングの規模、その中で不良債権化する可能性のある取引の割合、すべてが藪の中、信頼できる統計数値情報がないという、中国固有の正確な情報がないという問題が、この経済リスクを実態不明のまま大きな不安材料として投資家に心理的な悪影響を与えています。
中国の経済統計があてにならない、改ざんされているという問題は、実は中国国家統計局も認めているところです、2月12日付けロイター記事から。
経済データの改ざんは「最大の腐敗」=中国国家統計局長
[北京 12日 ロイター] -中国国家統計局の馬建堂局長は、中国経済統計の信頼性に疑念の声が上がっていることを念頭に、統計の改ざんはいかなるものであれ調査し、処罰するために努力するとの姿勢を示した。
同局が12日、内部会議での発言をウェブサイト上に掲載した。
馬局長は政府による腐敗撲滅活動に触れる中で、「統計分野における改ざんは最大の腐敗だとみなせる」と指摘。「調査を強化し、腐敗案件を厳格に処理しなくてはならない」と述べた。
国家統計局はこれまで、経済データを改ざんしたとして、複数の地方政府に警告を与えている。
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYEA1B06P20140212
当ブログとして今回は、なぜ中国において経済統計が正しく取られることなく、改ざん(基本的には水増し)されてしまうのか、その要因を検証・分析してみます。
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まず重要な経済指標であるジニ係数について、中国中央政府が取ってきた姿勢について検証していきます。
2年前、中国の西南財経大学(四川省)の調査によると、中国の最終ジニ係数が0.61となったという報道がありました。
当ブログでも「中国のジニ係数がとんでもない異常値な件」と当時エントリーして検証しています。
2012-12-11 中国のジニ係数がとんでもない異常値な件
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20121211
ジニ係数は社会の所得格差、不平等さを測る指標・インデックスとして有名であります。
ジニ係数(ジニけいすう、Gini coefficient, Gini's coefficient)とは、主に社会における所得分配の不平等さを測る指標。ローレンツ曲線をもとに、1936年、イタリアの統計学者コッラド・ジニによって考案された。所得分配の不平等さ以外にも、富の偏在性やエネルギー消費における不平等さなどに応用される。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%8B%E4%BF%82%E6%95%B0
ジニ係数は0から1の範囲の値を取ります、0に近いほど平等で1に近いほど不平等、所得格差が顕著であることを示します。
ちなみにOECD諸国では、日本が0.329、ドイツが0.295、アメリカが0.378などとなっております。
社会実情データ図録 所得格差の国際比較(OECD諸国)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4652.html
ジニ係数にはカラクリがあります、日本のジニ係数0.329ですがこれは「直接税、社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数でありまして、当初所得のジニ係数は当然ながら0.4を超えているのです。
■図1:ジニ係数の推移と社会保障と税による改善
・赤線は「直接税、社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数
・青線は「社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数
・緑線は当初所得のジニ係数
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jpgini.png
一般に社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4と言われております。
日本も社会保障と税による再分配で改善されていなければ社会騒乱レベルにあるわけです、所得格差の固定化が問題となりつつあるアメリカでは改善後のジニ係数が0.378ですので、0.4越えも時間の問題のレッドゾーンにあるわけです。
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さてここからはジニ係数の計算方法に踏み込みます。
難しい数式は登場しませんのでご安心ください。
以下にジニ係数の計算式とジニ係数の計算例(その1)を示します。
ご覧のとおり、150万、200万、300万の例ではジニ係数は0.23であります、最小所得と最大所得は2倍の差が有りますがこの例ではジニ係数はOECD諸国平均より低いですね。
では、300万の所得の人を3000万として格差を拡大したジニ係数の計算例(その2)を示します。
■図3:ジニ係数の計算例(その2)
ご覧のとおり、150万、200万、3000万の例ではジニ係数は0.85に跳ね上がります、もちろん現実にこんな高い値の国はないでしょうが、この例のような国があれば間違いなく社会騒乱が頻発し下手をすれば革命が起こりかねないことでしょう。
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さて社会保障と税による改善後のジニ係数が0.6という格差の意味について数式でしっかり検証しておきます。
最終ジニ係数が0.6という異常値はおそらくごく一握りの人に富が偏在している状態のはずです。
そこで標本数10人で各所得が9人は100万、一人だけがX万として、Xがいくらならばジニ係数が0.6という異常値を示すのか計算していきます。
まず平均差ですが、これは次式でもとまります。
平均差=(X−100)*18/90=(X−100)/5 ・・・式(1)
次に平均値は次式となります。
平均値=(X+900)/10 ・・・式(2)
式(1)、式(2)より、ジニ係数は以下の式になります。
ジニ係数=平均差/(平均値*2)=((X−100)/5)/((X+900)/10*2)・・・式(3)
式(3)で示されるジニ係数が0.6に等しいですので次式が成立します。
0.6=((X−100)/5)/((X+900)/10*2)・・・式(4)
式(4)を解けばXが求まります。
X = 1600
最終ジニ係数が0.6という異常値は、10人の標本で9人が100万の所得のケースでなら最後の一人に1600万の所得が集中していることになります。
すごい所得格差、不平等な社会なのです。
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2012年12月11日付け日経新聞の地味な記事から。
中国の所得格差、危険域 暴動頻発の背景に
ジニ係数、世界平均を大きく上回る
2012/12/11 2:18中国の西南財経大学(四川省)の調査によると、中国の所得格差が深刻になっている実態が明らかになった。1に近いほど所得格差が大きい「ジニ係数」は2010年で0.61となり、警戒ラインとされる0.4だけでなく、社会不安につながる危険ラインとされる0.6も突破。中国各地で地元政府に対する暴動が頻発する状況を裏付けた格好だ。
(後略)
http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM10079_Q2A211C1FF1000/
中国の西南財経大学(四川省)の調査によると、中国の最終ジニ係数が0.61となったという報道です。
最終ジニ係数0.61ということは、所得不平等が顕著で一部の人に富が極端に集中しているわけです、でなければこのような数値は出てきません。
普通の国ならばもうこれは社会騒乱必至の数値です。
異常値といっていいでしょう。
実は中国では改革解放直後の1980年代初めは0.2程度だったのが2000年には0.41まで上昇してしまい、その後は中国政府はジニ係数を発表しなくなってしまい、「格差を隠している」との批判を受けていたのであります。
さてこの大学のジニ係数調査報道により、中国政府は13年ぶりにジニ係数を公表することを再開いたします。
ところがです、中国政府の公開したジニ係数は0.474と、西南財経大学(四川省)の調査した0.61よりも14ポイントも低い値で、しかもここ十年ではジニ係数が下がりつつある、つまり所得格差が縮小しつつあるという、中国経済の体感実態とはかけ離れたものなのでありました。
大和総研の公開しているレポートより。
■図4:国家統計局が公表した中国ジニ係数推移
出典:中国ジニ係数公表の波紋(大和総研レポート)
http://www.dir.co.jp/library/column/20130201_006758.html
なぜこのような違いが発生しているのでしょうか。
富士通総研のレポートでは政府公表のジニ係数は政府に都合が良いように「都市部の所得格差がさらに拡大しているのは明白であるが、このことは考慮されていない」と分析しています。
危険水域にある中国社会と中国のジニ係数
中国では、所得格差が拡大しているといわれているが、長い間、中国政府はジニ係数を公表していなかった。かつて、中国国家統計局は1回だけ2000年のジニ係数を0.412と推計し発表したが、明らかに過小評価されているといわれている。ちなみに、世界銀行は2008年の中国のジニ係数について0.47と推計している。
今年の1月、中国国家統計局は2003年以降のジニ係数を発表した。それによると、2003年のジニ係数は0.479だったが、2008年に0.491とピークに達し、それ以降徐々に低下し、2012年のジニ係数は0.474だったといわれている。
統計局が推計したジニ係数の値でも、警戒ラインを超えている。中国政府は正式に所得格差の拡大を認めたことになる。振り返れば、2003年は胡錦濤政権が誕生した年だった。胡錦濤政治の目玉の一つは「和諧社会」(調和のとれた社会)作りだった。しかし、統計局が公表したジニ係数が2008年以降低下しているとはいえ、中国社会は依然として調和が取れていない。
中国国内の一部の専門家は2008年以降、ジニ係数が低下に転じているという推計の結果を疑問視している。それについては、温家宝首相が推進し実現した農業税の廃止によって農民の実質所得が上昇したことが背景としてあげられている。それに対して、都市部の所得格差がさらに拡大しているのは明白であるが、このことは考慮されていないようだ。
実は、中国政府は長い間、ジニ係数を公表していなかったが、中国国内の大学と非政府系の研究機関は独自にジニ係数を推計し発表している。そのうちの一つは四川省にある西南財経大学研究チームが行った推計であり、それによると、2010年のジニ係数は0.61だったといわれ、今回、統計局が行った推計(2010年0.481)よりも遥かに高い値になっている。出典:中国の所得格差の拡大とジニ係数(富士通総研レポート)
http://jp.fujitsu.com/group/fri/report/china-research/topics/2013/no-164.html
このジニ係数の例が典型ですが、中国では、経済統計情報の一部を中央政府に批判が集まらないように「政治的」に隠蔽するか、水増しして操作することが常態化しているのです。
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さて「影の銀行(シャドーバンキング)」問題に戻りましょう。
中国のシャドーバンキングは2種類あります。銀行がある企業に資金を貸し付け、銀行は資金需要者にその企業を紹介し、資金需要者はその企業から高い金利で資金を直接借り入れる「委託融資」と、貸出債権を小口化した「理財商品」であります。
どちらも、資金需要者には地方政府が傘下に抱える投資会社「融資平台」が多いのです。
融資平台は、調達した資金を地方政府の指示に沿って道路建設やダム工事などのインフラ開発に使っています。
そこに、地方の「隠れ借金」があり、それが不良債権化しているようなのです、ところが、その統計はほとんどわからず、不良債権の実態は闇の中なのです。
なぜ正確な統計情報が得ることができないのか、東洋経済オンラインの野嶋剛氏の以下のレポートがくわしいです。
中国の統計が歪んでいくカラクリ
「客観的な正確さ」よりも「政治的な正確さ」
http://toyokeizai.net/articles/-/14204
中国では中央政府の発表しているGDPと31の省・市・自治区などが発表するGDPの合計値では、スウェーデンやイランのGDPに匹敵する「架空」の水増しが発生しているのです。
スウェーデン、イランに匹敵する「架空」経済
中国の統計で最もいびつな姿を見せるのが、国家統計局が発表する国としてのGDPと、31の省・市・自治区などが発表するGDPの合計値との大きな乖離である。
2011年、地方政府は合計で51.8兆円のGDP合計値を発表した。これは中央政府の発表である国のGDPを4.6兆元上回った。この4.6兆元は日本円にすると150兆円となり、経済体としての規模は国第2の経済力を持っている省の江蘇省に等しく、外国ではスウェーデンやイランに匹敵する「架空」の経済力が出現していることになる。中国では経済成長について「保8」、つまりどうやって年率8%を維持するかが大事になっているが、地方合計値のGDPでは今も年率10%の成長を続けている形だ。
原因は、中国語で「加水」と呼ばれる現象のためで、文字どおり地右方政府が数字を水増ししているからである。
地方のGDP関連の数字は地方の郷や鎮から県や市に上がり、そして省や直轄市がまとめ、中央政府に送られる。省や主要市のトップは政治任命なので中央から派遣された未来の指導者候補たちが着任している。前任者よりも低い数値になれば、その人物の将来に汚点がつく。上をおもんぱかって、省レベルの統計部門のトップは下部機関の県や市に「よい数字」を出すように求める。
その意向はさらに下に降りる。「よい数字」が出てくれば上の覚えがめでたくなるので、作為的数字を出すことのメリットが全体に共有され、粉飾された数字がいつの間にか客観的数字として生まれ変わるという仕組みである。末端から頂点まですべて数字を粉飾している構図なので、誰も本当の数字がわからないのが実情だろう。
中国語で「加水」と呼ばれる現象のためで、文字どおり地方政府が数字を水増ししているのです。
国際機関によるおおよその推計では、中国の銀行の理財商品は、2010年末に3兆元だったものが2013年6月末において9兆元まで急拡大、その他のものも含めて、中国版シャドーバンキングの規模を合計すると、2010年末に11兆元だったものが、2013年6月末では31兆元(496兆円)と約3倍に拡大し、対GDP比では6割になっているとされています。
しかし今検証したとおり、中国中央政府もその正確な規模を掌握できていません。
地方政府の公表している「影の銀行(シャドーバンキング)」規模が、「加水」されている(この場合は実態より少なく積算されている)ことは間違いなく、正確な規模がわからないのです。
今回は、中国の統計情報が「加水」される構造的要因について検証いたしました。
このエントリーがこの問題を考察する上で読者の参考になれば幸いです。
(木走まさみず)