木走日記

場末の時事評論

天安門前自爆事件の背景にある民族格差は氷山の一角〜中国の経済格差は国家体制を揺るがすほどの危険なレベル


 3日付け日本経済新聞の記事から。

中国・ウイグル自治区漢民族との格差が対立招く
2013/11/3 0:17

中国・北京の天安門前で自爆テロを実行した容疑者らの出身地、新疆ウイグル自治区カシュガル市内や郊外では経済開発が急ピッチで進む。そのために次々取り壊されているのは、古くからウイグル族が住むイスラム式住居や農地だ。従来の宗教上の摩擦に加え、こうした経済問題が地元政府を仕切る漢民族への反発に拍車をかけている。

(後略)

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM02025_S3A101C1FF8000/

 天安門前で発生した自爆テロの背景として、ウイグル族漢民族との経済格差の拡大を指摘している興味深い日経記事であります。

 記事によれば、中国中央政府は、新疆ウイグル自治区に年間約1500億元(約2兆4000億円)もの膨大な財政支援をしていますが、恩恵を被るのは漢民族ばかりなのであります。

 中央政府は、新疆ウイグル自治区の経済発展に年間約1500億元(約2兆4000億円、2011年)の財政支援をし民族融和をアピールする。だが、恩恵を被るのは漢民族資本の企業ばかり。開発を主導する漢民族と、土地を奪われたウイグル族との経済格差は広がるばかりだ。

 うむ、確かに中国の抱える深刻な民族対立問題には、チベット問題でも当てはまりますが、拡大の一途である漢民族と他民族間の経済格差が要因のひとつでありましょう。

 しかしながら中国の経済格差問題が真に深刻なのは、民族間格差に留まらず国全体規模で格差が急拡大をしている事実であります。

 9月29日付けの産経新聞の記事によれば、「世帯所得で上位5%の富裕層と下位5%の貧困層の年収格差が、2012年時点の全国平均で234倍に達した」というのです。

「貧富の格差」中国234倍 一段と深刻化 上海支局長・河崎真澄
2013.9.29 12:59

 ■不満爆発と社会不安に懸念

 中国経済のアキレス腱(けん)である「貧富の格差」が一段と深刻化している。北京大学の中国社会科学調査センターの調べでは、世帯所得で上位5%の富裕層と下位5%の貧困層の年収格差が、2012年時点の全国平均で234倍に達した。2年前の10年段階の調査では129倍だった。既得権益層とも重なる富裕層の世帯所得の伸びが貧困層を大きく上回ったものとみられる。

(後略)
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130929/chn13092913000005-n1.htm

 記事によれば、社会の所得格差や不平等さを測る指標として有名なジニ係数が、中国人民銀行中央銀行)の調査で0・61に達して関係者に衝撃が走ったのだそうです。

 一方、中国人民銀行中央銀行)は昨年12月、10年段階でジニ係数が0・61に達したとの調査を発表し、関係者に衝撃が走ったことがある。

 北京大学、国家統計局、人民銀行など権威的組織が、これまで国内でタブー視されがちだった所得格差問題を正面から指摘し始めたのは、昨年11月の党大会で総書記に就任した習近平氏や新指導部の意向と受け止められる。

 ジニ係数0・61という値は、社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4と言われておりますから、異常値と言ってよいでしょう。

 ちなみにOECD諸国では、日本が0.329、ドイツが0.295、アメリカが0.378などとなっております。 

社会実情データ図録 所得格差の国際比較(OECD諸国)
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4652.html

 ジニ係数にはカラクリがあります、日本のジニ係数0.329ですがこれは「直接税、社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数でありまして、当初所得ジニ係数は当然ながら0.4を超えているのです。

■図1:ジニ係数の推移と社会保障と税による改善

・赤線は「直接税、社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数
・青線は「社会保障給付金、現物支給」の再分配を考慮した所得のジニ係数
・緑線は当初所得ジニ係数
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jpgini.png

 日本も社会保障と税による再分配で改善されていなければ社会騒乱レベルにあるわけです、所得格差の固定化が問題となりつつあるアメリカでは改善後のジニ係数が0.378ですので、0.4越えも時間の問題のレッドゾーンにあるわけです。

 中国のジニ係数がとんでもない異常値であることは昨年当ブログでも取り上げましたのでご参考までに。

2012-12-11 中国のジニ係数がとんでもない異常値な件
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20121211

 ここからはジニ係数の計算方法と0.6という異常値について上記エントリーの説明を少し再掲いたします。

 ・・・

 難しい数式は登場しませんのでご安心ください。

 以下にジニ係数の計算式とジニ係数の計算例(その1)を示します。

■図2:ジニ係数の計算式とジニ係数の計算例(その1)

 ご覧のとおり、150万、200万、300万の例ではジニ係数は0.23であります、最小所得と最大所得は2倍の差が有りますがこの例ではジニ係数OECD諸国平均より低いですね。

 では、300万の所得の人を3000万として格差を拡大したジニ係数の計算例(その2)を示します。

■図3:ジニ係数の計算例(その2)

 ご覧のとおり、150万、200万、3000万の例ではジニ係数は0.85に跳ね上がります、もちろん現実にこんな高い値の国はないでしょうが、この例のような国があれば間違いなく社会騒乱が頻発し下手をすれば革命が起こりかねないことでしょう。

 ・・・

 さて社会保障と税による改善後のジニ係数が0.6という格差の意味について数式でしっかり検証しておきます。

 最終ジニ係数が0.6という異常値はおそらくごく一握りの人に富が偏在している状態のはずです。

 そこで標本数10人で各所得が9人は100万、一人だけがX万として、Xがいくらならばジニ係数が0.6という異常値を示すのか計算していきます。

 まず平均差ですが、これは次式でもとまります。

 平均差=(X−100)*18/90=(X−100)/5 ・・・式(1)

 次に平均値は次式となります。

 平均値=(X+900)/10 ・・・式(2)

 式(1)、式(2)より、ジニ係数は以下の式になります。

 ジニ係数=平均差/(平均値*2)=((X−100)/5)/((X+900)/10*2)・・・式(3)

 式(3)で示されるジニ係数が0.6に等しいですので次式が成立します。

 0.6=((X−100)/5)/((X+900)/10*2)・・・式(4)

 式(4)を解けばXが求まります。

 X = 1600

 最終ジニ係数が0.6という異常値は、10人の標本で9人が100万の所得のケースでなら最後の一人に1600万の所得が集中していることになります。

 すごい所得格差、不平等な社会なのです。

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 10月30日付け日本経済新聞の興味深い記事があります。

天安門前に車突入 中国政府が恐れるシナリオ
2013/10/30 9:41
http://www.nikkei.com/money/gold/toshimagold.aspx?g=DGXNMSFK30007_30102013000000

 記事によれば、中国には深刻な四大格差があり、そのひとつが1%の家庭が41.4%の資産を保有しているとの世界銀行の統計が示す「貧富格差」なのであります。

四大格差とは、中国の東部と西部の間の「東西格差」、都市と農村の「城郷格差」、国営企業と私営企業の「業種間格差」、そして「貧富格差」を指す。

 例えば、電力、電信、金融、保険、水道ガス、たばこなどの国有企業の職員は全国職員数の8%にすぎないが、全国職員の給料総額の55%を占めるという「業種間格差」の例。そして、1%の家庭が41.4%の資産を保有しているとの世界銀行の統計が示す「貧富格差」だ。

 「城郷格差」も構造的問題に根差す。農民は割り当てられた農地を売却したり賃貸したりする権利がない。地方政府が土地販売を独占することで、地方政府の重要な収入源となっているのだ。

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 中国中央政府は北京の天安門前自爆事件を「テロ」問題として国際的に宣伝し独立派を封じ込めようと躍起です。
 しかし彼らが本件で真に恐れるのは、この事件が、深刻な経済格差で爆発寸前までに充満している漢民族の一般大衆の不満に引火することでしょう。
 平等が謳い文句の共産主義国家であるのに、中国のジニ係数0.61とは皮肉なことです、異常な数値です、異常な富の偏在です。
 中国の拡大する格差問題は、国家体制を揺るがすほどの危険なレベルです、大衆の不満がいつ爆発してもおかしくない水準に達しています。
 日本としてもこの問題を軽視すべきではないでしょう。
 天安門前自爆事件の背景にある民族格差は氷山の一角だということだと思います。


(木走まさみず)