木走日記

場末の時事評論

ポークスープスキャンダル〜「われわれは蛇口をひねるだけでポークスープが飲める」(上海市民)

●「水道局の取水口は川底に近いところにあるから大丈夫」(中国当局

 ことの発端は、上海紙「新民晩報」の公式サイト“新民網(ネット)”の3月9日付記事であった。

 上海市を流れる黄浦江の上流域で大量に漂っている豚の死骸が発見されたと報じたのである。この記事の内容は国営通信社「新華社」や国際通信社「ロイター」によって全世界に配信され、大気汚染のPM2.5に続く、中国の新たな環境汚染として世界中を驚かせることになる。

 「新民晩報」記事によれば、大量の豚の死骸が見つかった現場は、上海市の南西部に位置する“松江区”を流れる“横潦芤(おうろうけい)”と呼ばれる流域であり、松江区の関係部門が同区内の黄浦江流域でローラー作戦を展開して豚の死骸を探索し、3月9日までに929頭の豚の死骸を回収する。

 この段階で、上海市は関係部門による緊急会議を招集して対策を検討中とし、また、豚の死骸については、松江区が人員を配備し、全力を挙げて引き上げ作業を行っており、回収された死骸は市内の“奉賢区”にある「上海動物無害化処理センター」へ移送して処理していると説明する。

 しかし、横潦芤流域で最初に漂っている豚の死骸が発見された3月5日には回収された豚の死骸は45頭であったが、それが9日には累計で929頭にまで増大、翌10日には1200頭を超え、11日3323頭、12日5916頭、13日6601頭、14日7545頭、15日8354頭、16日8965頭、17日9460頭、あっという間に1万3千頭の死骸が引き上げられてることになる。

 メディアのインタビューに答えた上海市市“市容緑化局(市外観緑化局)環境衛生水上管理処”の“処長(部長)”である“朱錦則”は、「黄浦江に豚の死骸が漂うのは偶然の事ではない。過去10年来ずっと途絶えることなく、毎年春と夏、夏と秋の境目には決まって死骸の数量が増大する」と発言、庶民の大反発を買うことになる。

 この段階での中国行政府の対応や見解は、まるで火に油を注ぐような市民の不安心理をかえって動揺させてしまう。

 この事件をめぐり市民の間に様々な憶測が飛び交いくすぶり続けることになる。


 ブタの死骸が浮んでいた水源の水質は本当に問題ないのか、問われた上海市衛生局は、「それは、プールに落ちた数匹の蝿のようなものだ。気持ちが悪いのは確かだが、水質には大きな影響を与えない」と発言したことを証券時報が伝える。

 京華時報によれば、上海市政府は、これまでの厳しい検査の結果により、水質は基本的に正常であると発表している。

 3月10日以降、上海市水道管理当局は毎日、関連する水道局の水質を徹底して検査し、併せて、その結果を公開している。

原水(取水口から取る水)と水道水(水道局から出る水)の水質を検査し、確認した上で、一般市民に水道水を供給している。

上海市水務局の瀋依雲副局長は「水道局から出た水をそのまま飲んで平気だ」と述べた。

 問題水域の水質が「ほぼ正常である」のはなぜか。上海市水務局によると、上海市では国家標準に従って、9項目の水質一般検査(汚濁度、色度、臭気・味、肉眼可視物など)を行ったほか、今回の事件を意識し、ブタサーコウィルスなどの微生物指標を新たに検査し、更にはブタ連鎖球菌サルモネラ菌大腸菌0157、耐熱性大腸菌なども検査した。その結果、9項目の一般検査は国家標準の基準をクリア、大腸菌や耐熱大腸菌は検出されなかった、という。

 上海水務当局の責任者は「ブタ死骸や水草、漂流物は水面に浮かぶか、あるいは土手に乗り上げ、しかも、多くの細菌は生存できる期間があり、生きた動物から離れるとすぐ死ぬものもある。水道局の取水口は、ほとんどが川の中心部、または川底に近いところに設置しており、流れが急であるため表層水より、水質は良好だ」と述べた。

 つまり「豚の死骸は腐乱して水面にプカプカ浮かんでいるが水道局の取水口は川底に近いところにあるから大丈夫」という理屈である。

 疫学的衛生学的により重大な関心を呼ぶ事実は、豚の死骸をサンプル検査した「上海市動植物疫病予防コントロールセンター」によれば、多くのサンプルから“猪圓環病(豚サーコウイルス病、略称:PCVD)”のウイルスが検出されたことである。

 つまり発見された死骸の多くがウイルス性感染症つまり伝染病に冒されていたのである。

 これについて“上海市農業委員会”は、豚サーコウイルス病は「豚サーコウイルス2型(PCV2)」の感染によって引き起こされる豚の伝染病で、近年中国でも比較的多く発生しているが、人間には感染しないと述べている。

 ここから考えられるのは豚がPCVDに感染して大量に死亡し、その処理に困った農民が豚の死骸を黄浦江に捨てた可能性である。

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●「寒さに対する抵抗力が弱い子豚の死亡率が高まった」(嘉興市政府)

 19日付けの人民日報(電子版)は「『豚の死体数は捏造』と浙江省嘉興市の船乗り=すでに数万頭が埋められた」と題した記事を報じている。

 当該記事によれば、上海市政府が回収した死体はすでに1万3000頭を越え、上海市だけではなく上流の自治体でも多数の死体が回収、養豚業が盛んで、漂流する死体の発生源と目されているのが上海南部の浙江省嘉興市だが、同市政府は「この1週間で3601頭の死体を回収した」と発表した、という。

 しかし、現地の船乗りは「発表は明らかに捏造」と証言、養豚農家が多い新豊鎮などの地域では川に豚の死体や糞便を廃棄する行為が以前から常態化、河川は汚染され魚が消え、魚ではなく豚の死体を回収することを仕事とする漁師も多い、政府は川辺に大きな穴を掘り死体を集めているが、その数は数万頭に達するはずだと話していると報じている。

 嘉興市政府は緊急の記者会見を開催し、副市長である“趙樹梅”が以下の内容を報告している。

 ・過去1週間、15日までに投棄されていた3601頭の豚の死骸を回収、そのうちの80%は子豚であった。

 ・豚が死んだ原因と考えられる1番目の理由は、嘉興の養豚規模が非常に大きく、死亡する豚の絶対数が多いこと、2番目の理由は、死亡した豚に占める子豚の割合が極めて大きいこと、昨年の冬から今年の春にかけて嘉興市の気温は低かったので、寒さに対する抵抗力が弱い子豚の死亡率が高まったことによるものである。

 ・3番目の理由は、嘉興市には豚の死骸を自由気ままに捨てる悪習を改めることができない養豚農家が一部存在することである。近頃の気温上昇に伴い、河川の底に沈んでいた豚の死骸が次々と浮かび上がっているが、回収された豚の死骸から見て、死亡時期は半月あるいはそれ以前であり、時間的な間隔から考えて、死骸の投棄は一時期に集中して行われたものではない。

 この副市長の説明によれば、死骸に子豚が多いのは、「昨年の冬から今年の春にかけて嘉興市の気温は低かったので、寒さに対する抵抗力が弱い子豚の死亡率が高まったこと」からであり、今回絶対数が多いのは「近頃の気温上昇に伴い、河川の底に沈んでいた豚の死骸が次々と浮かび上がっている」からだというのである。

 こうして黄浦江の上流域で回収された豚の死骸は、規則を守れない不心得な養豚農家が周辺の河川に不法投棄したものであること、その一部は嘉興市を根源としていることが明確になったのである。

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●「こうして育ったブタの体中は毒だらけ」(米中の共同研究チーム)

 今回の大量豚死骸投棄事件であるが、ここでおぞましい憶測に触れておく必要がある。

 今回の大量豚死骸投棄に昨年来中国当局が上海郊外で展開した病死豚肉違法販売業者摘発強化が影響しているのではないか、という根強い憶測である。

 中国報道によれば、中国浙江省の温陵市人民法院(裁判所)で13日、2012年に摘発された病死した豚の肉の違法販売事件をめぐる裁判が行われ、被告46人に最も重いもので禁固6年6月、罰金80万元(約1230万円)の刑が言い渡されている。

 これら病死した豚肉の違法販売業者摘発により、行き場の無くなった死骸が今回大量に川に投棄されたという憶測である。

 そもそも中国の養豚は国際的に比較しても死亡率が高い、それはなぜか。

 中国国内養豚業ではブタに抗生物質発がん性物質を濫用しているとの調査結果が出ており、「毒だらけのブタだ」と指摘されているのである。

 中国「財経ネット」は11日、米中の共同研究チームによる国内養豚場への調査結果を報じている、同チームは北京、福建省莆田地区、浙江省嘉興地区(今回のブタ死骸の投棄場所)にある3つの1万頭以上の大型養豚場を調べた結果、計149種類の薬剤耐性遺伝子が検出された。その内の63種類の濃度は原生林の土壌の耐性遺伝子含有量の100倍〜3万倍に達する。

 薬剤耐性遺伝子が大量に発生する原因について、同研究チームは、ブタへの抗生物質の濫用だと指摘した。「病気のないブタにも抗生物質を、病気のブタにはさらに多種の抗生物質を投与することが原因」とある。

 耐性遺伝子は遺伝子が突然変異を起こし進化したものである。大量かつ長期にわたって抗生物質を摂取すれば、その突然変異が加速化する。

 養豚場から大量の薬剤耐性菌がブタのし尿を介して外部に拡散すれば、人体に健康危害をもたらす多剤耐性菌を生み出す恐れがあると専門家は危惧している。
 
 さらに、ブタの色艶をよくするため、毒性の強いヒ素を投与する養豚業者も少なくないと、同研究チームは報告している。

 「こうして育ったブタの体中は毒だらけ」と指摘する専門家。ブタの感染症が非常に蔓延しやすい状況が作られ、今回のブタ大量死は、大規模なブタ感染症による結果ではないかと示唆されているのだ。

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●「過剰な抗生物質や成長促進剤を投与し、孵化(ふか)して45日程度で成長させて大量に出荷」(KFC中国店舗)

 最近の中国では「速成鶏」という造語がある。

 昨年のことだが、ファストフード大手のケンタッキー・フライド・チキン(KFC)の中国の店舗で、過度に成長を早めた「速成鶏」が使われていたと地元メディアが報じている。KFCの運営を手がける米ヤム・ブランズ社の中国事業部は10日、「問題を外部に迅速に知らせなかった」などとして消費者に謝罪する文書を発表した。

 問題の鶏肉は、山東省の業者が出荷した。中国メディアによると、養鶏場でえさをより多く食べさせるため24時間照明を点灯。過剰な抗生物質や成長促進剤を投与し、孵化(ふか)して45日程度で成長させて大量に出荷していたとみられている。上海市の食品安全当局などによると、KFC側は2010〜11年に検査機関に依頼して調べた鶏肉から基準を超える抗生物質が検出されたにもかかわらず、当局への報告や公表をしていなかった。また、12年夏まで同じ業者から鶏肉を調達することをやめなかった。

 KFC側は、問題が表沙汰になっても、「自主的な検査の結果を当局に報告したり公表したりする法的義務はない」と反論していたが、今回、批判の高まりを受け、全面謝罪する姿勢に転じている。

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●「われわれは蛇口をひねるだけでポークスープが飲める」(上海市民)

 現代中国では所得が増加して食生活も欧米化・「肉食化」し豚肉・鶏肉の消費量が急速に増加している。

 その消費を賄うために、大都市近傍では大量の抗生物質を投与したかなり無理のある養豚・養鶏が行われている。

 この大量の抗生物質の投与に誘引された高い死亡率と、中国行政府の無策により、病死豚肉の違法販売業者の跋扈があり、それを摘発したことにより、今回の大量の豚の死骸の投棄のに至ったと推測できる。

 中国のネットではこの事件を自虐的に「豚江」という言葉が使われているそうだ。

 また、15日付けのWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)誌社説は、"What's in China's Water?"(中国の水に何が居るの?)と題して、今回の騒動を「ポークスープスキャンダル」(「豚汁騒動」)と呼んでいる。

 中国で起こっている事態の深刻さを考えるとスキャンダルという表現ではいかにも軽すぎるが、「ポークスープスキャンダル」とは上手い表現ではある。

 中国のネットで流行っているジョークより。

 ある北京市民が言った。「窓を開けるとただでタバコが吸えるのだから、われわれは最も幸運な市民だ」。すると、ある上海市民が反論した。「だからなんだよ。われわれは蛇口をひねるだけでポークスープが飲めるんだぞ」

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(木走まさみず)



<参考記事>
■豚の死骸漂う川の水質...専門家、「プールの蝿と同じ。広いし問題ない」―中国・上海市
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130320-00000026-xinhua-cn
■漂流する豚の死体数、政府発表は“嘘っぱち”=「実は数万頭」と漁師らが証言―中国
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=70488
■1万頭もの豚の死骸が漂った上海の黄浦江
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20130320/245309/?ST=world&rt=nocnt
■ブタ死骸が7550頭に 専門家「毒だらけ」
http://www.epochtimes.jp/jp/2013/03/html/d60939.html
■中国KFCで「速成鶏」 抗生剤・成長剤を過剰投与
http://digital.asahi.com/articles/TKY201301110367.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201301110367
KFCマクドナルド向け中国サプライヤー、鶏に成長促進剤 ハエも死ぬほどの劇薬?
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121128-00000016-xinhua-cn
■アングル:上海の豚大量死は氷山の一角、業界のずさんさ露呈
http://www.asahi.com/international/reuters/RTR201303180025.html
■【社説】根深い中国の環境汚染
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887323893104578361591896272094.html
■結局は教育の問題?中国で発生する”トン”でもない事件。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0319&f=column_0319_012.shtml