木走日記

場末の時事評論

TPPにより復活が懸念される「ホワイトカラーエグゼンプション制度」をどうして誰も報じないのか?

 13日付け読売新聞記事から。

TPP、日・米政府発表に大きな食い違い

 【ホノルル=中島健太郎】12日の日米首脳会談について、米ホワイトハウスが文書で発表した概要によると、野田首相は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について、すべての物品やサービスが対象となる考えを示した。

 米側の発表によると、会談で首相は「TPP交渉への参加を視野に、各国との交渉を始めることを決めた」とオバマ大統領に伝えた。大統領は「両国の貿易障壁を除去することは、日米の関係を深める歴史的な機会になる」と歓迎する意向を明らかにした。

 その上で、大統領は「すべてのTPP参加国は、協定の高い水準を満たす準備をする必要がある」と広い分野での貿易自由化を日本に求めた。首相は「貿易自由化交渉のテーブルにはすべての物品、サービスを載せる」と応じた。

 大統領は首相に、日本のTPP交渉参加に向け、米議会との交渉開始をカーク通商代表に指示すると明言した。同時に、米国内の農業、サービス業、製造業の関係団体との交渉を始める方針も示した。

     ◇

 これに関連し、日本政府は12日、「今回の日米首脳会談で、野田首相が『すべての物品およびサービスを貿易自由化交渉のテーブルに載せる』という発言を行ったという事実はない」とのコメントを発表した。

 日本側が米側に説明を求めたところ、「日本側がこれまで表明した基本方針や対外説明を踏まえ、米側で解釈したものであり、発言は行われなかった」と確認されたとしている。

(2011年11月13日17時38分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111113-OYT1T00394.htm

 笑止、早くもアメリカの本音が出ましたね、

 米政府の解釈として「野田首相は環太平洋経済連携協定(TPP)交渉について、すべての物品やサービスが対象となる」と文書で発表、あわてて日本政府が「そうした発言を行ったという事実はない」とこれを否定しています。

 この記事のポイントはそうした発言の事実関係にあるのではなく、少なくとも米政府は日本に対して「すべての物品やサービスが対象となる」ことを大前提にしている点です。

 TPP推進派はよく「TPP反対派は『TPPアメリカ陰謀説』を唱えるがその時点で説得力ゼロである」などといいますが、冗談じゃない『TPPアメリカ陰謀説』など唱える必要などまったくないです、陰謀とは影で企むことですが今回もそうですがアメリカという国はいつも日本にはこと経済問題に関しては堂々と自己主張してきますよ、エゴ剥き出しで自国利益のためなら日本には何の遠慮も無く正面から要求してきます、それがアメリカです。

 今回のTPPは単なる非関税同盟ではなく、経済連携つまり域内のサービスや法体系までグローバルスタンダードに統一しよう
という目的を持っています。

 やっかいなことに多くの分野でアメリカはグローバルスタンダード(世界基準)=アメリカンスタンダード(アメリカの基準)と信じ込みそれを押し付けようとしていることです。

 日本人は忘れっぽいこともあり、また経団連のポチである在京マスメディアはまったくいっさい報じませんので、あえて一点だけ大いなる懸念を指摘しておきます。

 TPPで対象となる21分野のひとつ、「労働」分野です。

 メディアは誰も報道しませんが、私はアメリカが強く主張してきた自己の制度「ホワイトカラーエグゼンプション制度」をこれを機に一気呵成に日本に押し付けてくるだろうことを懸念しています。

 これは陰謀論でもなんでもない、これまで経過した事実からのただの科学的推測です、しかも確度は高いのです。

 4年前、当時の安倍首相が突然一定条件下で会社員の残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を表明して国民を驚かせましたよね。

 当時の朝日新聞記事から(リンクは切れています)。

残業代ゼロ 首相「少子化対策にも必要」
2007年01月05日22時01分

 安倍首相は5日、一定条件下で会社員の残業代をゼロにする「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入について「日本人は少し働き過ぎじゃないかという感じを持っている方も多いのではないか」と述べ、労働時間短縮につながるとの見方を示した。さらに「(労働時間短縮の結果で増えることになる)家で過ごす時間は、例えば少子化(対策)にとっても必要。ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を見直していくべきだ」とも述べ、出生率増加にも役立つという考えを示した。首相官邸で記者団の質問に答えた。
 首相は「家で家族そろって食卓を囲む時間はもっと必要ではないかと思う」と指摘。長く働くほど残業手当がもらえる仕組みを変えれば、労働者が働く時間を弾力的に決められ、結果として家で過ごす時間も増えると解釈しているようだ。
 ただ、連合などはサービス残業を追認するもので過労死が増えるなどとして導入に猛反対している。このため、夏の参院選をにらんで与党内でも慎重論が広がっている。
 しかし、首相は通常国会への法案提出については「経営者の立場、働く側の立場、どういう層を対象にするかについて、もう少し議論を進めていく必要がある」と述べるにとどめた。
http://www.asahi.com/politics/update/0105/007.html

 結局、この突然の残業代ゼロ法案ですが、野党・国民の大顰蹙(ひんしゅく)を買い法案提出にまでは至りませんでした。 

 問題はこのときなぜ唐突に安倍首相が「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を言い出したのか、その点です。

 当時当ブログにて、ホワイトカラーエグゼンプション制度がアメリカからの押し付けであり、外資企業及び大企業以外誰も利益を得ないことが自明なその胡散臭い経緯をエントリーしました。

2007-01-07 ホワイトカラーエグザンプションで露呈した安倍政権の限界
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20070107

 2005年の「日米投資イニシアチブ報告書」にてアメリカ政府は公式にアメリカの制度であるホワイトカラーエグゼンプション制度を日本に採用するよう要求しています。

 重要な点なので少し長いですが当時のブログより当該箇所を抜粋いたします。

(前略)

●まず今回のホワイトカラーエグゼンプション制度が外資企業及び大企業以外誰も利益を得ないことが自明なその胡散臭い経緯を押さえておく
 まずホワイトカラーエグゼンプション制度がなぜ今この時期に導入が検討されているのか、その経緯についてしっかり押さえておきましょう。

 ここに昨年6月に発行された日米投資イニシアチブ報告書である「成長のための日米経済パートナーシップ」というレポートがあります。

 このレポートにはアメリカ政府が正式に「ホワイトカラーエグゼンプション制度を日本に導入するよう要請」したと報告されています。

 「成長のための日米経済パートナーシップ」より該当箇所を抜粋引用。

(3)労働法制
米国政府は、労働移動を促すことが組織の価値の極大化を図る上で重要であると指摘し、この観点から次の四点を挙げた。
第一に、米国政府は、確定拠出年金制度の拠出限度額の引き上げ、給与天引きではない従業員拠出を認めること、及び従業員が最適な投資戦略を決めることや適時、ポートフォリオのリバランスなどの適切な行動を確保することを助けるために、投資助言サービスを任意で利用できることを認めるよう要請した。米国政府はこれらの変更が確定拠出年金制度をより魅力的なものにし、従業員、事業主双方に利益があると述べた。
第二に、米国政府は、解雇紛争に関し、復職による解決の代替策として、金銭による解決の導入を要請した。
第三に、米国政府は、労働者の能力育成の観点から、管理、経営業務に就く従業員に関し、労働基準法による現在の労働時間制度の代わりに、ホワイトカラーエグゼンプション制度を導入するよう要請した。
第四に、米国政府は、労働者派遣法による規制については、限られた時間の仕事や職場(選択)の自由を希望する者を含む労働者により多く雇用の機会を提供する必要があるとの観点から、これを緩和すべきであると指摘した。
成長のための日米経済パートナーシップ 10ページより抜粋
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/n_america/us/data/0606nitibei1.pdf

 つまりアメリカ政府が世界的に進めるグローバル資本主義導入の一環として日本国政府に対しホワイトカラーエグゼンプション制度を導入するよう要請したわけです。

 このレポート自体、それ以前よりのアメリカ政府の日本における自国企業の収益性・効率性を上げるための日本の親米保守派に対するグローバル資本主義導入圧力の結果なわけですが、実はこの昨年6月のレポートは、その一年前2005年6月に公表された日本経団連の提言を受けてのものであります。

 日本経団連は、2005年6月21日付けで「ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言」というレポートを公表しています。

ホワイトカラーエグゼンプションに関する提言
2005年6月21日
(社)日本経済団体連合会
http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/042/teigen.pdf

 この17ページに及ぶ小レポートに今日国会で検討されている日本版ホワイトカラーエグゼンプション制度の骨子が始めて登場したのであります。

 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』がわかりやすくレポート内容をまとめていますので抜粋しましょう。

日本経団連の提言内容
2005年6月21日付けで公表された日本経団連の提言するホワイトカラーエグゼンプション制度の内容は以下の通り(概要[2]・本文[3])。
■適用対象者(年収条件は例示)
・現行の専門業務型裁量労働制の対象業務従事者(賃金要件を問わない)
・法令で定めた業務の従事者で、月給制か年俸制、年収が400万円か全労働者の平均給与所得以上の者
・労使委員会の決議により定めた業務で、月給制か年俸制、年収が400万円か全労働者の平均給与所得以上の者
・労使協定により定めた業務の従事者で、月給制か年俸制、年収が700万円か全労働者の給与所得上位20%以上の者
■除外内容
・労働時間・休憩・休日・深夜業の規制からの除外
■届出義務
・労使合意により対象業務とされた場合には、所轄の労働基準監督署に届出が必要
■賃金控除
・遅刻・早退・休憩時間に関する賃金控除は行わない。欠勤は賃金控除の対象
■労働者の健康への配慮
・企業の業種・業務・職種内容に応じ、産業医の活用方法・取り組みなどを自主的に労使で決定
■規定方法
労働基準法第41条(労働時間規制の適用除外)に追加
出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%AF%E3%82%A4%E3%83%88%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%A8%E3%82%B0%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

 ここに条件付きながら年収400万円以上の労働者の一切の残業賃金除外(労働時間・休憩・休日・深夜業の規制からの除外)がはじめてうたわれたのであります。

 しかも都合のいいことに「■労働者の健康への配慮」では、「・企業の業種・業務・職種内容に応じ、産業医の活用方法・取り組みなどを自主的に労使で決定」とし、経営側がその労働者の保護を放棄できる逃げ道まで設けられたのであります。

(後略)

 ご覧のとおり、このアメリカの要求は、経団連をはじめとする財界は大歓迎したのです、その目的は財界側がどんなにきれい事を並べても、企業側としてのその真の目的は、残業や休日出勤の割増賃金を払わなくて済み、試算では11兆5,851億円もの人件費が削減できる点にあるのは明らかです。

 また達成すべき成果をもとに時間という概念を考えないで人員配置などの経営計画をたてやすくなり、残業の多寡による給与変動がなくなること、さらには、対象従業員の健康管理義務が無くなることも経営側の大きな狙いのはずです。 

 安倍政権は国民の顰蹙(ひんしゅく)を買い法案提出を見送りましたが、アメリカ側はこのグローバルスタンダードの仮面をかぶったただのアメリカンスタンダードであるホワイトカラーエグゼンプション制度を世界各国に要求する考えを放棄したわけではありません。

 今回TPP推進派の経済学者や在京マスメディアは、二言目には「自由貿易は大きな消費者利益をもたらす」との教科書的なことしか述べませんが、労働市場を開放しグローバル基準(実際はアメリカ基準)の制度を導入すれば、日本の労働者所得はさら10兆円以上減少する可能性があることは誰も問題視していないし、報道すら一切されません。

 TPPにより奪われるのは関税自主権だけではなく、いわば交易自主権といいましょうか21分野においてこのようなルールを強制されることなのです。

 ・・・

 アメリカは日本に対して『すべての物品およびサービスを貿易自由化交渉のテーブルに載せる』ことを堂々と公式に要求しています。

 一方の日本では姑息にもマスメディアは個別具体的なTPPの問題点をいっさい報道していません。

 そしてアメリカのいくつかの主張が実は日本の経団連が大歓迎であることも報道されていません。

 再度言いますが、このままではTPP参加は大企業のみが肥え太るだけです。

2011-10-25 経団連にだまされるな!〜TPPは大企業のみが肥え太るだけだ
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20111025/1319524112

 ・・・

 TPPにより復活が懸念される「ホワイトカラーエグゼンプション制度」をどうして誰も報じないのか、私には理解できません。



(木走まさみず)