木走日記

場末の時事評論

マイクロソフト「地上軍」に挑むグーグル「空軍」

マイクロソフト、米ヤフーに買収提案…4兆7500億円

 二日付けの読売新聞記事から。

マイクロソフト、米ヤフーに買収提案…4兆7500億円

 【ニューヨーク=池松洋】世界最大のソフトウエアメーカー、米マイクロソフトは1日、インターネットポータル(玄関)サイト最大手の米ヤフーに買収を申し入れたと発表した。買収提示額は446億ドル(約4兆7500億円)。ネット検索市場におけるヤフーのブランド力とマイクロソフトの資金力を融合し、ネット検索首位の米グーグルに対抗する狙いだ。

 マイクロソフトスティーブ・バルマー最高経営責任者(CEO)は、「我々はヤフーに大きな敬意を持っている。両社の組み合わせがそれぞれの株主、そして顧客に最良の選択を与えると信じる」との声明を発表し、ヤフー買収に大きな期待を示した。

 マイクロソフトはヤフー株1株あたり31ドルで買収を提案した。これは1月31日のヤフーの株価の終値よりも62%高い。マイクロソフトはヤフー株の全株取得を目指すとしている。これに対し、ヤフーは、マイクロソフトからの提案を役員会で慎重かつ迅速に検討するとの声明を発表した。

 マイクロソフトは06年後半と07年前半、ヤフーと合併を前提に交渉したが、ヤフー側が難色を示して不調に終わったという。

 07年12月時点の米ネット検索市場は、グーグルが約6割と圧倒的なシェア(市場占有率)を握り、ヤフーは2割強、マイクロソフトは約1割と大きな差をつけられている。

(2008年2月2日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/net/news/20080204nt0b.htm

 約4兆7500億円ですか、金持ってますね、さすがマイクロソフトです(苦笑)。

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 しかし逆に言えばそれだけマイクロソフトも必死、追いつめられているということですね。

 もちろん私よりこの問題にお詳しい専門家もたくさんいらっしゃるでしょうが、IT関連業者のはしくれとして、今日は、私、不肖・木走がこのマイクロソフトVSグーグルの熾烈な戦いをIT素人の読者の皆様むけにわかりやすくご説明したいと思います。

 題してマイクロソフト「地上軍」に挑むグーグル「空軍」」であります。

 パチパチパチパチ。



●『マイクロソフト税』と悪口される業界ガリバー
 現在世界のPCのOSは一部MACが健闘はしているものの、マイクロソフトWindowsの事実上独占状態であることは、みなさんよくご承知の通りであります。

 業界では『マイクロソフト税』とも揶揄されているのですが、毎年ビル・ゲイツが世界長者番付(Forbes誌)に名を連ねる一方で、全世界的にオペレーティングシステムの市場を独占し、全世界に渡るパソコンの新規購入費用にWindowsのライセンス費用もほぼ含まれている状態をもって、「マイクロソフト税」と称しますが、この『オフィス』、つまりワードやエクセルの購入費用や更新費用もその独占的シェアから『マイクロソフト税』の一種と見なせるかも知れません。

 このようなガリバー企業がシェアを独占すること、つまりデファクトスタンダード業界標準)が一企業に集中することは、ユーザーにとって決していいことではありません。
 その商品に事実上のライバルが存在しないということは、その価格を独占的に設定できることを意味し『マイクロソフト税』と悪口される根拠のひとつとして、例えば「オフィス」などその機能に比し価格が高すぎるといった批判が後を絶ちません。

 事実マイクロソフトの売り上げは過去10年、毎四半期のように増収増益を繰り返し、その株の9%を個人所有しているビルゲイツ会長の個人資産はついに日本円で6兆円を超えてしまいました。

 やっかみも込めてですが、私も含めてIT業界では業界のガリバーであるマイクロソフトとその独占的商売の評判はすこぶるよろしくないのは事実なのであります。
 
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 マイクロソフトの成長の足跡を見れば、それはそのまま過去20年間のコンピュータの歴史を体現しているといっていいでしょう。

 一ソフトメーカーに過ぎなかったマイクロソフトが、当時の業界ガリバーIBMの新型パソコンIBMPCのOSの開発に抜擢されたのがひとつのターニングポイントであります。

 当時コンピュータは、大企業や役所などが使用する大型汎用機やオフィスコンピュータの時代から個人も使用可能なパソコンへと、その利用形態が急速に変化していました。

 大型汎用機の分野でガリバーだったIBMは、愚かにもPC戦略をあなどり大切なOSをマイクロソフトという小さなソフトメーカーに委ねたのです。

 「軒を貸して母屋をとられる」を地でいってしまったIBMでありまして、それまでIBM仕様が業界標準であったものが、マイクロソフトのOS、MS−DOS仕様が業界標準になってしまうのに、5年と掛かりませんでした。

 PC業界の主役は交代しました。

 やがてMS−DOSからMACの優れたユーザーインターフェースに影響を受けて誕生した「Windows」シリーズになり、マイクロソフト王国の牙城は揺るぎのないものになります。

 1990年代に入りましてインターネットの黎明期になると、PCのソフトもインターネット対応が迫られてきます。

 インターネットのホームページ閲覧ソフトであるブラウザは、1991年イリノイ大学で作成された「モザイク」が起源とされていますが、当時の学生達で創業したネットスケープ社のブラウザ「ネットスケープ ナビゲーター」がまずPC用ブラウザとしてトップシェアを握ります。

 インターネット対応に完全に出遅れたマイクロソフトは、ネットスケープ社に対抗するためやはり「モザイク」開発に関わった学生が作った別会社からそのソフト所有権を高額で買い取り「インターネットエクスプローラ」と名付け、「ネットスケープ ナビゲーター」を猛追していきます。

 しばらく熾烈なブラウザ戦争の結果、1995年、遂にマイクロソフトは禁じ手をだします、それまで「Windows」とは別商品として有償だった「インターネットエクスプローラ」を「Windows95」にバンドル、事実上無償として「Windows」とともに市場占有するというビジネスを開始します。

 ブラウザソフトしか主力製品がなかったネットスケープ社は、あわれ数年のうちに倒産シェアを落としAOLに買収され(※1)、このブラウザ戦争もマイクロソフトの勝利で終結したのであります。

 余談ですが、後に「ネットスケープ ナビゲーター」のフアン達はアンチマイクロソフトの想いから「ネットスケープ ナビゲーター」の技術を継承したブラウザソフト「FireFox」を開発、ネット上で無償で提供、今日でも根強い人気を誇っています。

 こうしておおくのライバルやライバルになる可能性のある芽をつみ取りながらマイクロソフトは成長してきたのであります。



●「マイクロソフトはずうたいのでかいだけの前時代の恐竜だ」吠えるグーグル

 過去10年以上、PCのソフトウエアビジネスでライバルのいなかったマイクロソフトなのでありますが、思わぬところから強敵があらわれたのであります。

 マイクロソフトの敵とは、人類が使う全ての情報を集め整理すると言う壮大な目的をもって1998年9月7日に設立されたWEB2.0の雄、インターネット上での検索エンジンで有名なグーグルであります。

 創業10年にも満たないこの新参者がなぜガリバーマイクロソフトの強敵として浮上してきたのか、簡単に一言で表現すればそのビジネスモデルの違いに由来されましょう。

 パソコン上でソフトを動かすマイクロソフト型モデルとネット上でサービスを動かすグーグル型モデルです。

 あくまでもPCのハードディスク上でサービスを動かすマイクロソフト型モデルでは、当たり前ですがPC一台一台にライセンス料・使用料を課して売り上げてきました。

 このやり方で勝負する限り、基幹OS「Windows」を握っているマイクロソフトに死角はないといっても過言ではなかったでしょう。

 しかし、グーグルはそのようなパソコン上でソフトを動かすマイクロソフト型モデルでのいわば「地上戦」などはなから眼中にはなかったのです。

 彼らはネット上でサービスを動かすグーグル型モデルをいち早く構築しました。

 グーグルのビジネスプランは単純明快です。

 検索エンジンにしろ、グーグルマップやグーグルアース、Gメールにしろ、彼らがネット上で提供するサービスは原則無料で公開、利益はアフェリエイト広告収入を主体に立てるというものです。

 事実グーグルの利益の99%が広告収入からなのです。

 彼らのモデルは、パソコン上でソフトを動かすマイクロソフト型モデルを「地上戦」に例えれば、ネット上で広域にサービスを動かす「空中戦」をしかけたといっていいでしょう。

 WEB2.0の時代、グーグルにしてみれば、旧態依然としたビジネスモデルしか用意できていない「マイクロソフトはずうたいのでかいだけの前時代の恐竜だ」という評価なのでしょう。

 マイクロソフトは当初グーグルをそれほど警戒をしてなかったふしがあります。

 いっかいの検索エンジンソフトメーカーに何ができると思っていたのでしょう。

 マイクロソフトがはっきりとグーグルを警戒し始めたのはここ2、3年のことだと思います。

 上記に述べたように自分達のビジネスモデルそのものの脅威となりえる潜在的な力をグーグルが発揮し始めたからです。

 今日グーグルはついに、ワープロ表計算ソフトやメールソフトをネット上での無償サービスを始めました。

 これはマイクロソフトの「オフィス」やメールソフトである「アウトルック」を強く意識したラインナップであるといわれています。

 各基本機能は、マイクロソフト商品のほうが豊富ですが、両者の決定的な違いはその料金(かたや事実上無償)だけでなく、実はユーザーの利便性にあります。

 ネットさえ繋がればどこでも利用できるグーグル「オフィス」は、会社でやりかけていた表作成作業を、自宅に戻ってからもインターネットカフェからも海外出張先ホテルからも、使いやすいかどうかは別としてなんなら携帯電話やモバイル機からも利用できるというわけです。

 そのような「空中戦」は、PC一台一ライセンスにこだわる「地上戦」しか行ってこなかったマイクロソフトにはできないのであります。

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 マイクロソフトがグーグルを強力なライバルとみなす本質的な理由は、自分達が築いてきたビジネスモデルそのものが「敗北」してしまう可能性をグーグルの挑戦に見てしまうからなのでしょう。

 しかし歴史の皮肉としかいえないのは、かつて「インターネットエクスプローラ」を「Windows95」にバンドル、事実上無償として「Windows」とともに市場占有するというビジネスを開始し、ライバルネットスケープ社を倒産シェアを落としAOLに買収(※1)にまで追い込んだマイクロソフトがあれから10余年、今度はグーグルからソフト無償提供という挑戦を受けているのです。

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●エピローグ〜自治体職員との雑談の中で

 以前もお話ししましたが、不肖・木走は零細IT企業の経営が本業であり、私のクライアントの中には某地方自治体がいらっしゃいます。

 私は本業の会社経営のかたわら、IT関連の講師やコンサルタントも副業しておりまして、その自治体においてもIT関連のアドバイザーから、畑違いもはなはだしいですが「高齢者虐待防止推進委員会(仮称)」の委員なども務めさせていただいております。

 さて先日、その自治体職員との雑談の中でのこと。

 ご多分に漏れずその自治体も最近は予算がなくて、あらゆる経費が節減されておるのですが、どうにも困っているのがコンピュータソフトの更新なのだそうであります。

 詳しく話を聞けば、コンピュータソフトといっても納税システムや防災システムといったたいそうなお役所システムのことではなく、職員個人個人のデスクのPCに載せてあるワープロ表計算ソフト、はっきり言えばマイクロソフトの『オフィス』のことなんでありますが、予算がなくて更新できないのでヴァージョンの古いまま使用しているとのことでした。

 予算がなくて『オフィス』が更新できないとは何とも気の毒な話であります、私はその自治体職員に一言アドバイスいたしました。

 「ではグーグル『オフィス』にしてみますか?」

 自治体職員は目を丸くして問い返したのでした。

 「え? グーグルって『オフィス』だしてたの?」

 「はい、ワープロ表計算ソフト、それに便利なメールソフトもありますよ、基本的な機能は個人使用なら原則無料ですし」

 「え? 無料なの?」

 自治体職員は無料と聞いて2度ビックリしていました。

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 多くのユーザーはワープロといえば「ワード」、表計算といえば「エクセル」しか知らないでしょう。

 特に年配のユーザーはいまさら新しい操作を覚える気力はないひとが多数派でしょう。
 グーグルの提供するサービスがいかに優れていても、すぐにマイクロソフトの牙城を崩すことができるなどと予想している専門家はどこにもいないでしょう。

 かつてマイクロソフトに主役の座を奪われたIBMが今も健在のようにグーグルによってマイクロソフトが倒産に追い込まれるようなことはおそらく可能性としてゼロでしょう。

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 しかしながら、ソフトウエアビジネスにおいて大きな転換期が訪れているのは事実であり、新時代の新ビジネスモデルを掲げるグーグルが、マイクロソフトにとってかわり業界の主導権を取る日はそう遠くないのかもしれません。

 彼らのモデルは、パソコン上でソフトを動かすマイクロソフト型モデルを「地上戦」に例えれば、ネット上で広域にサービスを動かす「空中戦」をしかけたといっていいでしょう。

 時代はグーグルに味方していそうです。

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 現段階ではっきり言える事は、私達ユーザーにとり、健全な競争、いい意味でサービスの競い合いが始まれば、それはそれで受益者として肯定してよいだろうということであります。



(木走まさみず)



<テキスト修正> 08.02.06 8:20

※1 倒産としたのは誤りでした。関係各位にお詫びいたします。
   急激にシェアを落としつつも事実はAOLに買収されております。
   コメント欄のご指摘により訂正いたします。 yma様ご指摘ありがとうございます。