木走日記

場末の時事評論

内政問題でレームダックのブッシュ政権は中東外交で遺産(レガシー)を目指す

 7日(現地時間)に実施された米国の中間選挙で、大方の予想通り野党である民主党が勝利し、下院の多数党になりました。

 9日午前現在、開票結果、民主党は下院435議席のうち、229議席民主党系無所属2席含)を占め、191議席を確保するのにとどまった共和党を追い抜き、12年ぶりに下院で多数党になったわけです。

 100議席のうち、33議席をめぐって激突した上院では民主党が23ヶ所を席巻し、民主党系無所属2議席を入れると、共和党を1議席上回る50議席になっており、残る1カ所で開票が進行中ですがこちらも僅差ながら民主優位と伝えられています。

 一方50の州のうち、36の州で実施された州知事選挙では、民主党がニューヨーク、オハイオマサチューセッツコロラド州などで勝利し、民主党所属の州知事が既存の22ヶ所から28ヶ所に増え、特筆すべきなのは、民主党インディアナケンタッキー州など共和党の伝統的に強い地域でも勝利したことです。

 今回の選挙は、ブッシュ共和党政権のイラク政策への「信任投票」の色彩が濃かっただけに、民主党の勝利は、ブッシュ政権イラク政策に対する不満、いらだち、批判を示す形となったわけです。

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 米議会の構図は民主党主導に変わり、残り任期2年をブッシュ共和党政権として難しい舵取りが強いられるのは必至の状況の中、とりあえず国民の批判の中心であったイラク政策に対し、変更があるのか注目されています。

 さっそくブッシュ大統領中間選挙敗北を受けて、勢いづく民主党の気勢をそぐようにラムズフェルド米国防長官の辞任を発表いたしました。

 ラムズフェルド米国防長官が辞任 ブッシュ大統領発表
2006年11月09日10時12分

 ブッシュ米大統領は8日、7日に投票された中間選挙を受けてホワイトハウスで記者会見し、ラムズフェルド国防長官の辞任を発表した。イラク政策の対応をめぐる責任を取らせた事実上の更迭で、ブッシュ政権は対イラク政策の見直しを迫られることになる。後任にはロバート・ゲーツ元中央情報局(CIA)長官を指名した。
http://www.asahi.com/international/update/1109/004.html

 ラムズフェルド長官は、イラクの宗派間対立が激化して内戦寸前という状況になっても、既定の針路を変える必要はないという姿勢を崩さず、民主党からのブッシュ政権批判、とりわけイラク政策批判のターゲットとなっていた人物です。

 いずれにしてもこの中間選挙の結果、残り2年間となったブッシュ共和党政権の今後の政策にも影響が出ることは必至であり、日本政府としては、米政府の外交方針、特に対北朝鮮施策への影響、また、最近は沈静化していた貿易問題など、米政府の政策の変化を注意深く見守る必要があります。

 そこで本日は私のアメリカ人の友人、スティーブ氏に今回の中間選挙の結果と日本への影響について意見を聞いてみましたので、ご紹介いたしましょう。

 なおスティーブ氏はアメリカ東部出身のWASPアングロサクソン系白人)であり、ばりばりの共和党支持者であることをあらかじめ記しておきます。

ブッシュ政権は内政や経済問題ではレームダック(死に体)

木走「日本のメディアなどでは、議会が民主党支配に変わることから、任期最後の2年間を迎えるブッシュ政権は、レームダック(死に体)になる、という見方もあるが、やはりブッシュ共和党政権には手痛い敗北だったんだろうね」
ティーブ「まず共和党の敗因だが、米国の世論調査によると、有権者の最大関心事は、共和党のスキャンダルと共に、政策課題としてはイラク問題にあった。敗因は3000名近い死者を出しながら出口が見えない混迷するイラク情勢に尽きると思う。もちろんこの敗北はブッシュ政権には手痛い敗北となるが、この敗北でもって政権がレームダック(死に体)になるとの予想は単純すぎる」
木「しかし議会は民主党主導に変わったし今までのように好き勝手はできないんじゃないのか」
ス「確かに、民主党は、大統領継承順位で2番目の下院議長のポストを得、各委員会でも委員長を独占するため、政策の是非をめぐる公聴会を頻繁に開き、ブッシュ政権を強力に牽制(けんせい)してくるだろう。そして民主党議員は労働組合の影響を受けているため、日本車の販売などに圧力がかかる可能性は否定できない。ブッシュ政権は内政や経済問題ではレームダック(死に体)どころか議会の意志を無視しては何一つ立ちゆかなくなる。しかし外交は別だ」

■おそらくブッシュ政権も外交遺産(レガシー)を目指すことになるだろう

木「外交はなぜレームダック(死に体)にならないの?」
ス「アメリカ民主主義の歴史を紐解けば、歴代大統領が任期最後の2年に後世の歴史に残るような強力な外交遺産(レガシー)を残すケースは多々ある。レーガン大統領は最後の2年で、ソ連と中距離核戦力全廃条約を結ぶ成果を上げ、ソ連崩壊の筋道を立てるのに成功したし、前任のクリントン民主大統領も中東和平や北朝鮮問題に積極的に取り組んだ。アメリカの制度では、内政課題では議会の制約はあるが、外交や安全保障について、大統領は強大な権限を持つ。加えて、2期目後半の大統領は、次期大統領選を気にすることなく、政策の遂行に当たれるという強みがあるので、おそらくブッシュ政権も外交遺産(レガシー)を目指すことになるだろう」
木「つまり議会の制約を受ける内政はレームダック(死に体)になるが、外交は強力な大統領権限のもとで強力な外交政策・外交遺産(レガシー)を目指す、というわけか」

■ブッシュは中東に全神経を今まで以上にそそぐことになるだろう

ス「そうだ。ただし日本は民主党主導の米議会の力を軽視してはだめだ。伝統的に内政重視で同盟国軽視の政策を取る民主党の勝利により、日本への影響は避けられないだろう。民主党リベラル人権派が主導して従軍慰安婦靖国参拝を巡るくだらない日本批判決議案は勢いを増して複数出てくるだろう。また全米自動車労組などの後押しで日米通商問題が政治問題化するのも避けれないだろう」
木「極東情勢についてだが、かつてのクリントン政権の時の日本の頭越しに中国や北朝鮮と交渉した米政府の日本無視(ジャパンパッシング)政策が日本政府には苦いトラウマとして忘れられないのだが、今回の中間選挙の結果、ブッシュ政権の極東政策はどのような影響を受けるのだろうか」
ス「時代は大きく動いている。今の日米関係の重要性は中国の驚異的な台頭により12年前よりもますます大きくなっているから、仮に民主党政権に変わったとしてもかつてのような日本無視(ジャパンパッシング)政策はとらないだろう、ましてやあと2年の任期を残しているブッシュ共和党にとって歴史的遺産(レガシー)をうち立てるためにも、引き続き日米同盟重視政策は変更ないはずだ」
木「北朝鮮に対するスタンスも大きくは変化しないのか」
ス「そうだ。日本にとっては残念だろうが外交上歴史的遺産(レガシー)をうち立てるとするなら、ブッシュは中東に全神経を今まで以上にそそぐことになるだろう」

■外交安保政策で日本が心配するような大きな政策変更はない

木「日米関係も含めて今後の民主党主導の米国議会と共和党大統領の力関係で日本として注視すべき点はなにか」
ス「共和党ホワイトハウスをとり、民主党が議会の主導権を握るこの構図・分割政治は、米国の政治の中では決して珍しいことではない。レーガンブッシュ政権時代にもあったし、逆のパターンだがクリントン政権も末期はそうだった。この分割政治はグリッドロック(交通渋滞)と呼ばれ、効率的な意思決定を妨げてきたのも事実だが、幸いアメリカ大統領の権限は強大であり、議会からの制約で大きく手腕を制限受けるのは経済問題や内政問題などに集中する、したがって外交安保政策で日本が心配するような大きな政策変更はないとみてよさそうだ」
木「 グリッドロック(交通渋滞)にはなるが大きくは心配しなくてよいということか」

■筋金入りの人権擁護派ナンシー・ペロシ民主党院内総務は要注意

ス「ただし、今回米国史上初の女性下院議長となるナンシー・ペロシ民主党院内総務は要注意だ。民主党内でもばりばりの人権擁護派でありかつ目立ちたがり屋だ。彼女が日本の過去の戦争に関わる決議案で、たとえば靖国参拝問題や従軍慰安婦問題でどう振る舞うかは安易に想像できる。日本はロビー活動を強化して下院民主党とくに人権派議員とのコネクションを積極的に保つ必要がある」
木「やはり議会を中心に日本に対する圧力が増すわけか」
ス「やれやれ、日本人はどうして共和党親日民主党反日という安直なレッテルでしか米議会を分析できないのかね(苦笑) そんな単純な話じゃない。ナンシー・ペロシ民主党内の人権擁護派の中でも強硬派だといっただろう。彼女は筋金入りの中国強硬派でもあるんだぜ。チベット少数民族に対する中国の人権蹂躙は、何を持ってしても正当化できないと彼女は常々メディアで訴えているんだ。民主党左派と共和党右派は、日本の戦争犯罪に厳しいのと中国嫌いという2点で奇妙にも共通しているんだ」

共和党ほどには民主党は同盟国を重視しない

木「うーん、複雑だな。いずれにしてもやはり民主党主導の議会には注意が必要なんだね」
ス「いいかい、民主党も今回大きく右傾化していることを忘れてはいけない。かつてのベトナム戦争時のような原理平和主義者やリベラル的政策を訴える人は、いまではほとんど少数しかいない、現に今回の当選者の顔ぶれは、銃規制や中絶問題でも共和党と大差ない穏健派だらけなんだよ。大きな流れで捕らえれば、民主党主導の米議会でも同盟国日本より中国や北朝鮮を重視する政策なんかとりようがないんだ。ただ共和党ほどには民主党は同盟国を重視しないから、日本としては靖国参拝とか無駄な反感を買う振る舞いはしないほうが賢明だということだろう」

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 このエントリーが皆様の考察に少しでも参考なれば幸いです。



(木走まさみず)