左右両方から批判される現実主義者となった安倍首相〜鼻息の荒い【朝日社説】とたいそうご不満な【産経社説】
●「鼻息の荒い」【朝日社説】と「たいそうご不満な」【産経社説】
前々回のエントリーで
■[政治]問われる安倍首相の問題解決者(problem solver)能力〜最初の訪問国は韓国でいかが?
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060928/1159431443
安倍氏の「最初の訪問国は韓国でいかが?」と提案した当ブログでしたが、 我らが安倍新首相は8、9両日に中韓を訪れ、胡錦涛国家主席、盧武鉉大統領と会談することになりました。日本の首相が北京に行くのは実に5年ぶり、ソウルは1年4カ月ぶりのことになります。
就任わずか2週間で中国・韓国と続けて訪問を決定するとは、やるなあ安倍氏も・・・
今回の電撃的な中韓歴訪は、外交的には日本の新政権が東アジア外交の建て直しを最優先に考えているという強烈なアッピールになることでしょう。
当ブログとしては今回の積極的な安倍新政権の対中韓外交を支持いたします。
・・・
さて、この決定を受けて、ここ一両日の主要紙社説は、一斉に安倍新首相中韓歴訪に関して論説しています。
【朝日社説】首相、中韓へ 信頼をどう築き直すか
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】[首相中韓歴訪]「戦略的な外交の一歩になるのか」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20061004ig90.htm
【毎日社説】安倍中韓訪問 北核実験阻止へ連携強化を
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20061005k0000m070141000c.html
【産経社説】首相の中韓訪問 原則で譲ってはならない
http://www.sankei.co.jp/news/061004/edi001.htm
【日経社説】未来志向の日中、日韓関係を築きたい(10/5)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20061004MS3M0400304102006.html
うーん、各紙の論調が興味深いのですよね。
各紙ともにとりあえず中国と韓国を最初の訪問国として選択したことは歓迎はしているのですが、どうもニュアンスが微妙に違うのですよね。
【朝日社説】では、
日本と両国は投資や貿易、文化、観光などの面で深く結びついている。なのに小泉前首相が靖国神社への参拝を繰り返したことで、首脳同士が会えないという異常な事態になっていた。日本の首相交代をきっかけに新しいスタートが切られることを歓迎する。
と「歓迎」しつつしっかり安倍氏に2つの注文を付けています。
初の首脳会談に臨む首相には、ふたつのことを注文したい。
第一は日中、日韓、そして3カ国が、東アジアの安定と繁栄に共同の利益と責任を持つことを首脳レベルでしっかり確認することだ。
(中略)
もうひとつの注文は、歴代政権の歴史認識を安倍首相も受け継ぐのだということを、明確に語ることだ。
いつになく鼻息の荒い【朝日社説】(苦笑)なのですが、なるほど、続けて首相の国会答弁を引用します。
首相は、代表質問への答弁で、過去の侵略戦争と植民地支配を認める村山首相談話を引用して、「政府の認識」に変わりはないと述べた。また、従軍慰安婦の問題で旧日本軍の関与を認め、謝罪した河野官房長官談話を「受け継いでいる」と明言した。
そうか、国会答弁で安倍さんが「村山首相談話」だけでなく「従軍慰安婦の問題で旧日本軍の関与を認め、謝罪した河野官房長官談話」まで「受け継いでいる」と明言したからなのか・・・
【朝日社説】の結語はこうです。
首相も急ハンドルを切るのは難しいかもしれない。北京やソウルの町に触れ、首脳と実際に言葉を交わしたうえで、じっくりとこの問題を考えてもらいたい。
「北京やソウルの町に触れ」ながら、この調子でもっと「左」ハンドルを切ってね、ってことでしょうか(苦笑)
・・・
一方【産経社説】ですが、
就任早々の安倍晋三首相が中国、韓国を訪問し、胡錦濤国家主席、盧武鉉大統領とそれぞれ首脳会談を行うことになった。首相の訪中は5年ぶり、訪韓は1年ぶりだ。
安倍首相、麻生太郎外相は小泉純一郎前首相と同様、「日本側はいつでも会うと言っている。条件をつけて拒んでいるのは先方だ」と述べ、首相の靖国不参拝の確約など条件つきの訪問を峻拒(しゅんきょ)してきた。
今回、そうした条件がつかなかったとみられ、両国との首脳会談が実現する運びになったことは、当然のこととはいえ、歓迎したい。
取りあえず両国との首脳会談自体は歓迎していますが、社説タイトル「首相の中韓訪問 原則で譲ってはならない」が示すとおり、【産経社説】子としてはどうにもこうにも安倍氏の中韓歴訪が心配でならないようであります。
特に中国相手には原則で譲ってはならないと忠告しています。
ただ、訪問の形式で譲っても原則で譲ってはならない。米中央情報局(CIA)はかつて中国の交渉術を詳しく分析した報告書(『中国人の交渉術』文芸春秋)をまとめたが、その中で「中国は自分が都合よく解釈できる原則の合意をまず求め、後の外交で効果的に使う」と述べている。
うーむ、【朝日社説】と違って安倍さんの国会答弁に関する具体的引用は一切ないですが、以下の【産経社説】の結語を読めば、安倍さんの国会答弁が【産経社説】子としては大いに不満だったろうことは想像できるのです。
特に主権、領土、自由・民主の価値観など原則面で妥協することは、将来に禍根を残すだけに禁物である。
軍事、領土、環境、貿易・投資ルールなどで日本が言うべきことは多い。安倍首相の「主張する外交」の真価が問われる初舞台となろう。
・・・
どうなんでしょう、朝日からは「鼻息の荒い」注文を付けられ、産経からは「たいそうご不満な」忠告を受けてしまった安倍新首相なのであります。
ふう。
●左右両方から批判される現実主義者となった安倍氏
たしかに一昨日の国会答弁で 首相は、「過去の侵略戦争と植民地支配を認める村山首相談話を引用して、「政府の認識」に変わりはないと述べ」(【朝日社説】)また、「従軍慰安婦の問題で旧日本軍の関与を認め、謝罪した河野官房長官談話を「受け継いでいる」と明言」(【朝日社説】)までしてしまったのであります。
この一連の答弁は【読売社説】でも取り上げていますが、読売の分析としてはこれらの国会答弁も「中国への何らかのシグナル」である可能性にふれています。
首相は、代表質問での答弁で、過去の植民地支配や侵略への「深い反省」を表明した村山首相談話の精神を継承する考えを明らかにした。昭和戦争の認識についても、「国内外に大きな被害を与えたという事実は、率直に反省すべきだ」との見解を示した。
こうした発言も、中国への何らかのシグナルなのかも知れない。
うーん、国会の場で、村山首相談話だけでなく「従軍慰安婦の問題で旧日本軍の関与を認め、謝罪した」河野官房長官談話まで言及して継承することを明言したのは、読売の指摘どおり「中国への何らかのシグナル」としても、思い切った発言であります。
「ナショナリスト」安倍氏のこれまでの個人的発言を考えれば、これはある意味朝日が鼻息荒く「急ハンドルを切る」と表現したのも無理からぬ軌道修正発言ではありましょう。
外交はしたたかであれがモットーの不肖・木走でありますから、安倍氏の東アジア重視のこの度の中韓歴訪は大歓迎なのでありますが、一連の「歴史認識」に対する国会答弁はどうなんでしょう、首相となり現実的には歴代政権の外交の継承が求められていることはよく承知しておりますが、今まで安倍氏を支持してきたおそらく保守派の人達からすると、納得しづらいのではないでしょうか。
・・・
さっそくネット上では主に保守派の論客達が安倍批判を展開し始めたようです。
不肖・木走は保守派のみなさんとは立場を異にしていますが、それでも彼らの安倍氏批判は理解できます。
安倍氏は拉致問題での一貫した北朝鮮に対するぶれのない姿勢などが評価され、また歴史認識においても一貫して戦後の自虐史観を批判してきたことで筋の通った「ナショナリスト」としてのスタンスが売りの政治家だったわけです。
それが首相になったとたんに、今までの自己の主張を店じまいして、村山首相談話や河野官房長官談話まで継承すると明言したわけです。
・・・
あわれ首相になり現実主義者となった安倍氏は、朝日などのリベラル派からは本音を隠していると疑われ、産経などの保守派からは「歴史認識」のぶれを批判されているのであります。
・・・
当ブログとしてはとりあえず安倍新首相にエールを送りましょう。
がんばれ、安倍首相!!
「美しい国」を目指して、批判に耐えつつしたたかに日本を導いて下さい。
(木走まさみず)