木走日記

場末の時事評論

日経社説「昭和天皇の思いを大事にしたい」は正しい論法なのか?

 メモに書かれていることが昭和天皇の発言であることが事実だとすれば、学術的には日本の戦後史を検証する上での第一級の貴重な資料だと思いました。

 膨大なメモの全貌が研究されその信憑性も含めて専門家による検証作業が待たれるところです。

 昨日ネットで騒がれ始めてようやく午後に日経朝刊をあわてて読み直したのでありますが、現時点でこの問題でその真贋も含めて専門的意見を述べるほど、私は知識も見識も持ち合わせていません。

 そこでマスメディア報道を通じての本件に対する現時点でのメディアリテラシー的個人的雑感を述べてみたいと思います。



●富田長官メモ 首相参拝は影響されない〜孤立する産経社説

 今日(21日)の新聞各紙社説は一斉に昨日の元宮内庁長官の発言メモをスクープした日経記事から日本中の話題となり議論を呼んでいる昭和天皇A級戦犯靖国合祀に不快感を示した発言メモを取り上げています。

【朝日社説】A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】[A級戦犯合祀]「靖国参拝をやめた昭和天皇の『心』」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060720ig90.htm
【毎日社説】昭和天皇メモ A級戦犯合祀は不適切だった
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/news/20060721k0000m070160000c.html
【産経社説】富田長官メモ 首相参拝は影響されない
http://www.sankei.co.jp/news/editoria.htm
【日経社説】昭和天皇の思いを大事にしたい(7/21)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20060720MS3M2000220072006.html

 各社説はタイトルを見ても予想通りですが、産経新聞を除いては現状のままの首相の靖国参拝は適切ではないとの論陣を張っております。

 各紙の社説結語をみてみましょう。

【朝日社説】A級戦犯合祀 昭和天皇の重い言葉

 現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない。

 だれもがこぞって戦争の犠牲になった人たちを悼むことができる場所が必要だろう。それは中国や韓国に言われるまでもなく、日本人自身が答えを出す問題である。そのことを今回の昭和天皇の発言が示している。

【読売社説】[A級戦犯合祀]「靖国参拝をやめた昭和天皇の『心』」

 富田メモは、「A級戦犯分祀論議にも一石を投じることになろう。

 だが、靖国神社は教義上「分祀」は不可能としている。政治が宗教法人である靖国神社分祀の圧力をかけることは、憲法政教分離の原則に反する。麻生外相は、靖国神社を国の施設にすることを提案しているが、これも靖国側の意向を前提としない限り不可能だ。

 靖国神社には、宗教法人としての自由な宗教活動を認める。他方で、国立追悼施設の建立、あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方法を考えていく。

 「靖国問題」の解決には、そうした選択肢しかないのではないか。

【毎日社説】昭和天皇メモ A級戦犯合祀は不適切だった

 もちろん、宗教法人となった靖国神社が、天皇歴史観、戦争観が違っていても自由である。メモにしても天皇個人の気持ちにすぎない。小泉純一郎首相のように「それぞれの心の問題」と考えるのも自由だろう。

 だが、そうだとしても戦没者に感謝と哀悼の誠をささげるための施設として議論の余地がないなら、なぜ内外で大きな論議を呼ぶのだろうか。その最大の原因は、A級戦犯合祀にある。その事実を冷静に考えるならば、いまの状態で首相が靖国神社に参拝するのは、やはり適切ではない。

【産経社説】富田長官メモ 首相参拝は影響されない

 昭和28年8月の国会で、「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が全会一致で採択された。これを受け、政府は関係各国の同意を得て、死刑を免れたA級戦犯やアジア各地の裁判で裁かれたBC級戦犯を釈放した。また、刑死・獄死した戦犯の遺族に年金が支給されるようになった。

 戦犯は旧厚生省から靖国神社へ送られる祭神名票に加えられ、これに基づき「昭和殉難者」として同神社に合祀された。この事実は重い。

 小泉純一郎首相は富田氏のメモに左右されず、国民を代表して堂々と靖国神社に参拝してほしい。

【日経社説】昭和天皇の思いを大事にしたい(7/21)

 戦没者に対して深い哀悼と感謝の念をささげることは当然のことであり、その点に限って言えば、靖国参拝も否定されるべきことではない。しかし、A級戦犯合祀は内外の理解を得るのが難しいのも事実である。中国、韓国の反発だけでなく、米欧の世論も厳しい目を向けていることを忘れてはならない。

 靖国参拝問題は小泉首相が言うように「心の問題」で単純に片づけられるものではない。昭和天皇の「心」の歴史的背景を重く受け止め、小泉首相をはじめ関係者が適切に行動することを切に望みたい。

 案の定といいますか、想定通り産経新聞以外は本件をもって小泉首相靖国参拝は現状のままでは適切ではないという論陣を張っております。

 「現在の天皇陛下も、靖国神社には足を運んでいない。戦没者に哀悼の意を示そうにも、いまの靖国神社ではそれはかなわない」(朝日社説)

 「靖国神社には、宗教法人としての自由な宗教活動を認める。他方で、国立追悼施設の建立、あるいは千鳥ヶ淵戦没者墓苑の拡充などの方法を考えていく」(読売社説)

 「なぜ内外で大きな論議を呼ぶのだろうか。その最大の原因は、A級戦犯合祀にある。その事実を冷静に考えるならば、いまの状態で首相が靖国神社に参拝するのは、やはり適切ではない。」(毎日社説)

靖国参拝問題は小泉首相が言うように「心の問題」で単純に片づけられるものではない。昭和天皇の「心」の歴史的背景を重く受け止め、小泉首相をはじめ関係者が適切に行動することを切に望みたい。」(日経社説)

 一方の産経社説は孤軍奮闘、このメモに首相の靖国参拝が影響を受けてはならないと主張しています。

 「小泉純一郎首相は富田氏のメモに左右されず、国民を代表して堂々と靖国神社に参拝してほしい。」(産経社説)

 ちょっと日経社説にプチつっこみします。

 靖国参拝問題が「小泉首相が言うように「心の問題」で単純に片づけられるものではない」と言い切る日経社説子ですが、言い切った直後に「昭和天皇の「心」の歴史的背景を重く受け止め」と、昭和天皇の「心」の歴史的背景を深く考えろとまさに総じて「心」の問題をしつこく説いているように思える私はきっと大馬鹿者なのでしょう(苦笑)

 それはともかく、社説タイトルが「昭和天皇の思いを大事にしたい」となっておりますが、なんだか私にはこの日経社説の論旨が難しくてどこまでが「心」でどこからが「思い」なのか、よくわからないのです。

 ついでに産経社説にプチプチつっこみ。

 孤軍奮闘「小泉純一郎首相は富田氏のメモに左右されず、国民を代表して堂々と靖国神社に参拝してほしい。」と主張している産経社説でありますが、小泉首相は一回も「国民を代表して堂々と」とは発言されていませんし、どちらかというと真逆で「これは個人の心の問題、(靖国参拝へ)行くも自由、行かぬも自由」と発言されています。

 産経社説子の「国民を代表して堂々と」首相に参拝してほしいという願いは良く理解できますが、この微妙な問題の結語でちょこっと自己願望をまぜちゃうところが、いかにも産経らしくてお茶目だなあと思いました。(苦笑)

 ・・・

 それはさておき・・・



●各紙社説の「A級戦犯合祀」問題はフォーカスが合っているのか?

 昨日の日経記事を何度も読み直した上での私の最初の疑問点は、そもそもこのメモは本当に昭和天皇A級戦犯合祀批判と解釈していいのか、という点です。

 日経記事本文はネットに掲載されていませんのでメモ内容をほぼ同じぐらい詳報している毎日記事から・・・

クローズアップ2006:A級戦犯合祀・昭和天皇が不快感 「合祀」問われる靖国

(前略)

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 ■富田氏メモ靖国部分(全文)■

 私は 或る時に、A級が合祀されその上 松岡、白取までもが、
 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが
 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と
 松平は 平和に強い考があったと思うのに 親の心子知らずと思っている
 だから 私あれ以来参拝していない それが私の心だ

 (原文のまま)

 ◇メモにある関係者
 「松岡」は松岡洋右元外相▽「白取」は白鳥敏夫元駐伊大使▽「筑波」は66年に旧厚生省からA級戦犯祭神名票を受け取りながら合祀しなかった筑波藤麿靖国神社宮司(故人)▽「松平」は宮内相、松平慶民氏(同)▽「松平の子」は、長男で78年にA級戦犯を合祀した当時の宮司松平永芳氏(同)とみられる。
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 ◇合祀されたA級戦犯14人(敬称略)

 ▼絞首刑
東条英機  陸軍大将、首相、陸相
板垣征四郎 陸軍大将、陸相支那派遣軍総参謀長
土肥原賢二 陸軍大将、陸軍航空総監
木村兵太郎 陸軍大将、ビルマ方面軍司令官
松井石根  陸軍大将、上海派遣軍司令官
武藤章   陸軍中将、陸軍省軍務局長
広田弘毅  首相、外相、ソ連大使
 ▼終身禁固
平沼騏一郎 首相、枢密院議長
小磯国昭  陸軍大将、首相、朝鮮総督
白鳥敏夫  イタリア大使
梅津美治郎 陸軍大将、関東軍司令官、参謀総長

 ▼禁固20年
東郷茂徳  外相、ドイツ大使

 ▼判決前に死亡
松岡洋右  外相
永野修身  海軍元帥
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(後略)

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060721ddm003040135000c.html

 うーん、このメモを素直に読めば、これは固有名詞から明らかに、日独伊三国同盟を締結した当事者である松岡洋右外相と白鳥敏夫イタリア大使の二人が合祀されたことに対する昭和天皇の批判であり、確かに松岡洋右外相も白鳥敏夫イタリア大使もA級戦犯には違いませんが、このメモをもって昭和天皇A級戦犯合祀全般に対する不快感とするのは少し意図的な強引な解釈ではないかと思いました。

 「A級が合祀されその上 松岡、白取までもが」という文脈にもなっていない単語の断片から行間を読まなければならないわけですが、「だから 私あれ以来参拝していない」の「だから」が「A級が合祀され」に掛かるのか、「その上 松岡、白取までもが」に掛かるのか、これはメモの前後の内容や全容を慎重に検証した上で判断しないと決められないのではないでしょうか。

 日経記事自身も各紙後追い報道もあたかも昭和天皇A級戦犯合祀全般に対する不快感を示したと決め付ける記事構成になっていますが、これはミスリードとはいいませんが、本当に記事のフォーカス(焦点)が合っているのか慎重に検討されなければいけないと思いました。

 ・・・



●「昭和天皇の思いを大事にしたい」は方法論として正しいのか

 二番目の疑問は、このメモ内容が正しいとして、この内容を持って小泉首相靖国参拝を批判する日経社説のような論法そのものが、はたして正しいのか、という点です。

 戦後象徴天皇制になり統帥権も失い「人間宣言」した政治権力から事実上いっさい離れた昭和天皇の発言ひとつで、総理大臣の靖国参拝の是非が論じられるというのは、「心」だか「思い」だかわからんですが、いかにも脆弱きわまる論拠ではないでしょうか。

 もし今後、昭和天皇靖国参拝を肯定するような発言メモ、あるいはA級戦犯合祀を肯定するような発言メモがあらわれたとしたら、それでも「昭和天皇の思いを大事にしたい」とするのでしょうか。

 今回のメモはもし内容が真実であるならば学術上貴重な資料となりましょう。

 その意味では信憑性も含めた専門家による全容の検証・解明が待たれます。

 しかし、産経以外のマスメディアがスクラムを組んで、このメモをもって小泉首相靖国参拝批判の論陣を張ることは、現時点ではとても脆弱な論拠で同意しかねます。

 私は靖国参拝凍結派でありますが、別に昭和天皇の思いを大事にするために靖国参拝凍結を主張しているわけではありません。

 戦後60年、民主主義国家として再生してきた象徴天皇制の日本においては、天皇の思いで総理大臣の動向が左右されてはいけないと思うのです。

 以上が現時点での私の個人的雑感であります。



(木走まさみず)