木走日記

場末の時事評論

好機を逃した日本外交〜海洋調査中止は外交的には不戦敗ではないのか

●合意成立を「最悪の事態は避けられた」と評価している日本メディア社説

 本日(23日)の各紙は毎日・産経を除いて三紙が排他的経済水域EEZ)での海洋調査をめぐる日韓の対立で、ソウルでの外務次官協議で当面の危機を回避する合意が成立したことをあつかっています。

【朝日社説】日韓の妥協 まずはホッとした
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】[竹島衝突回避]「これからも冷静さが必要だ」
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060422ig90.htm
【日経社説】外交交渉で当面の危機回避した日韓(4/23)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20060422MS3M2200C22042006.html

 日本のメディアは概して今回の合意成立を「最悪の事態は避けられた」と評価しているようです。

【朝日社説】は「これしか考えられないという現実的な妥協」であったと評価しています。

【朝日社説】日韓の妥協 まずはホッとした

 結局、日本は調査を取りやめる。韓国も今度の国際会議では提案しない。そんな合意がとりあえずできた。

 今の段階ではこれしか考えられないという現実的な妥協である。危機を回避した双方の努力を評価したい。

 【読売社説】は「韓国が「名」を取り、日本が「実」を取った」のだと評価します。

【読売社説】[竹島衝突回避]「これからも冷静さが必要だ」

 日韓関係に大きな亀裂が走れば、地域の平和と繁栄の基盤が損なわれる。双方とも日韓関係の重要性を認識しているからだろう。

 合意内容は、日本が調査を中止し、韓国も6月の国際会議に海底地形の名称を提案するのを見送る、というものだ。

 日本が調査を計画したのは、韓国の地名提案の動きに対抗し、対案作りのためデータ収集が必要となったからだ。韓国が提案を控えれば、日本も調査を急ぐことはない。

 韓国が調査中止の「名」を取り、日本が地名提案見送りの「実」を取った、とも言える。

 【日経社説】は「双方の船舶が海上で衝突する最悪の事態」は避けられたと安堵しています。

【日経社説】外交交渉で当面の危機回避した日韓(4/23)

 日本政府による竹島(韓国名・独島)周辺での排他的経済水域EEZ)での海洋調査をめぐる日韓の対立は、ソウルでの外務次官協議で当面の危機を回避する合意が成立し、双方の船舶が海上で衝突する最悪の事態は避けられた。

 日本側によると、合意は(1)韓国側は6月の国際会議小委員会に竹島周辺の海底の独自地名を提案しない(2)日韓両国はEEZ境界線を画定する協議を5月中にも局長級で再開する(3)日本は予定していた海洋調査を中止する――などが主な内容である。

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 本当に今回の合意は「これしか考えられないという現実的な妥協」(朝日)だったのでしょうか。

 「韓国が調査中止の「名」を取り、日本が地名提案見送りの「実」を取った」(読売)と言えるのでしょうか。

 「双方の船舶が海上で衝突する最悪の事態」(日経)を避けるためのやむ得ない策だったのでしょうか。

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●合意成立でも「独島は韓国の領土原則は絶対まげない」と主張する韓国メディア社説

 本日(23日)の韓国各紙の社説も一斉にこの問題を取り上げています。

 今時点で日本語電子版で確認できるのは以下の2紙であります。

東亜日報社説】日本は「侵略遺伝子」を捨てるべきだ
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=080000&biid=2006042222578
中央日報社説】外交で解決するが、原則破ってはいけない
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=74996&servcode=100§code=110

 両紙とも韓国の国民感情ナショナリズム的昂揚が窺うことのできる檄文調の社説(苦笑)なのですが、それぞれの社説の結語が興味深いですね。

東亜日報社説】日本は「侵略遺伝子」を捨てるべきだ

今回、韓国が海底名称を変更できないように、韓国の排他的経済水域EEZ)内の鬱陵島ウルルンド)と独島の間で水路測量をすると言い出したのも、その延長線上にある。独島は、日本との距離が韓国陸地の倍の85海里にもなり、日本人たちですら韓国固有の領土という事実を疑う人が少なく、日本の古文献にもそのように出ている。


独島は、歴史的であれ国際法上であれ、揺るぎのない韓国領土である。にもかかわらず日本政府は、独島が日本領土と教科書に記述するように誘導し、水路測量船を出港するとして、主権侵害的な挑発をちゅうちょしない。韓国が独島を歴史問題として認識する根拠がここにあり、退くことができない理由もここにある。

中央日報社説】外交で解決するが、原則破ってはいけない

独島海域を紛争水域化しようと日本が執拗に迫っても守るものは守らなければならない。韓日両国の正面衝突は両国とも望ましくないことだ。したがって外交で解決できることは外交で解決するのが正しい。

しかし独島は韓国の領土であり、これを破るどんな妥協にも応じることはできないという原則では少しの譲歩もあってはいけないだろう。

 この問題では、【東亜日報社説】は「独島は、日本との距離が韓国陸地の倍の85海里にもなり、日本人たちですら韓国固有の領土という事実を疑う人が少なく、日本の古文献にもそのように出ている」わけで、「歴史問題として認識」し「退くことができない」と言い切ります。

 また【中央日報社説】も、「外交で解決できることは外交で解決するのが正しい」としながら「独島は韓国の領土であり、これを破るどんな妥協にも応じることはできない」のであり「原則では少しの譲歩もあってはいけない」と主張しています。

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 抑制された日本のメディア社説とはずいぶん対照的な文調であります。

 しかし、いやはや片側の国でこのようにメディアまでがナショナリズム的昂揚を煽る論調であるとすれば、これは今後この件で、建設的な話し合いを持とうにもその余地は少ないと判断せざるを得ません。

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●外交は「血の出ない戦争」であり情報戦略「ゲーム」である

 【朝日社説】が指摘しているとおり領土問題はナショナリズムに火を付けやすいことは事実でありましょう。

 それにしても、どうしてここまで緊迫してしまうのか。領土がらみの問題が民族主義的な感情に火をつけやすいことはあるにせよ、日韓の間に横たわる過去をめぐる溝の深さをあらためて思わないではいられない。

 【読売社説】の主張するように、外交交渉には冷静さと相互の知恵と努力も必要なのでしょう。

 今回の決着を、日韓関係を良好なものとする流れにつなげたい。そのためには相互の知恵と努力が必要である。

 しかし、【日経社説】も再認識していたように、今回の件でより頭に血が上っているのは明らかに日本ではなく韓国サイドであるわけです。

 合意に至る過程では韓国のナショナリズムの強さを見せつけられた。盧武鉉ノ・ムヒョン)大統領は日本による海洋調査を「日本の国粋主義性向を持った政権が過去の侵略の歴史を正当化する行為」と述べ、潘基文(バン・キムン)外交通商相も「独島問題は韓日関係より上位の概念」と強硬論を述べた。

 日本側は「互いに冷静に対応することが大切だ」(安倍晋三官房長官)を基本に交渉による解決を目指した。韓国では小泉純一郎首相の写真を破損する街頭行動もあったようだが、多様な価値観を認める民主主義社会では過激な排外的言動に対しては自省の動きが出てくるのが自然であり、それを期待したい。

 日本はその国民性からしても今回のような国民感情ナショナリズム的昂揚が起こったとしても、決して他国の国旗や政治家の写真を燃やしたりはしないでしょう。

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 しかし韓国側がこのように感情的に反応してくれることは、日本外交に取り、決して悪いことではありません。

 国と国との外交交渉とは「血の出ない戦争」であり、かつシビアな情報戦略「ゲーム」であります。

 日本に取り領土問題では「北方領土を占有する」ロシアのように冷静に日本の意見をのらりくらりかわすしたたかな外交相手のほうがやりにくい筈です。

 韓国の今回の過剰反応は、実は絶好の外交的機会を日本にくれたようなモノなのです。

 その意味で【朝日社説】の性善説的結語、

 それぞれが調べた海底のデータを少しずつでも交換する。調査そのものにも協力し合う。そういう成熟した関係を思い描いてみたい。

 これには呆れてしまうほかありません。

 どこの国で、領土紛争で揉めている地域で「調べた海底のデータを少しずつでも交換する」事例がありましょう。

 各国が公然もしくは非公然の外交諜報活動に力を入れているのは、「協力し合う成熟した関係」などという絵に書いた餅などの机上の空論ではなく、現実の国際外交戦が如何にシビアで国家対国家の利益のぶつかり合いの場であるかを物語っているのであります。

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●今回の海洋調査中止は絶好の機会を逃した日本外交の失態〜これは外交的には不戦敗ではないのか

 私には、今回の海洋調査中止は、絶好の機会を逃した日本外交の失態にしか思えないのであります。

 これでは外交的には不戦敗ではないのでしょうか?

 韓国の国民感情ナショナリズム的昂揚などは関係なく、日本政府は粛々と最善の外交策として海洋調査を予定通り進めればよかったのであります。

 外交交渉は情報戦でもあり、とくに領土問題では国際世論の形成をうまく利用したほうが勝利を得やすいわけです。

 領土問題では、当該の土地を「占拠」している国と「占拠」されている国では外交戦術は180度違うわけです。

 日本に当てはめれば、尖閣諸島のように日本がすでに実効支配「している」土地に関しては、現状を維持していくだけでいいわけですから、あたらずさわらず、出来る限り議論を避け、相手側の理不尽な要求は冷静に拒否したり無視したりすればいいのです。(善し悪しは別として北方領土に関するしたたかなロシア外交のように)

 一方、北方領土や今回の竹島のように、相手国に実効支配「されている」土地に関しては、現状維持を計る相手に対しては必要に問題提起しつつ、その場所が国際的紛争地点であることを国際世論に喚起し続けることが重要な戦術となりましょう。

 今回の日本の海洋調査は国際海洋法上まったく問題のない行為であることは20日付の韓国・朝鮮日報社説も認めているところです。

【社説】日本の野望をくじく戦略をおろそかにしてはならない

(前略)

 しかし日本との戦いは海上で繰り広げられるだけではない。国際社会という舞台でも同時に進行する戦略と戦術を要する戦いでもある。日本の調査船は国際海洋法上漁船のような民間の船舶ではなく、政府の船舶に分類される。海洋法では政府船舶は領海内でも拿捕(だほ)できないとされている。従って、海洋警察が日本の船舶を拿捕する場合、日本は直ちにこの問題を国際海洋法裁判所に持ち込むだろう。そうなると独島とその周辺海域は国際社会において紛争地域として浮上し、拿捕行為に対する判決結果も日本に有利になる可能性が高い。日本の挑発戦術はこのようなシナリオを基にしている。海洋法の専門家は、船団を組んで日本の船舶を押し出すやり方で日本の調査船の問題水域への侵入を事前に断つのはよいが、拿捕のような措置は避けるのが賢明だと指摘している。

(後略)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/04/20/20060420000002.html

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 今回の海洋調査は、日本に取り平和裡に竹島問題を国際世論に訴える絶好の機会だったわけです。

 もし韓国が日本の調査船を「海洋法では政府船舶は領海内でも拿捕(だほ)できない」ことを理由にその調査活動を黙認したならば(これは韓国世論を考えると可能性としては極めて少なかったでしょう)、日本は調査目的を達成でき、一方韓国世論は韓国政府の弱腰外交を強く糾弾したことでしょう。

 もし韓国が日本の調査船を「海洋法」を無視して拿捕を強行したならば、日本は直ちにこの問題を国際海洋法裁判所に持ち込むことが可能であったでありましょう。

 そしてこの竹島問題を国際的にアッピールする絶好の機会を得たことでありましょう。

 つまり、海洋調査をした場合、いずれにしても外交上では日本の得点となり、逆に日本が失うモノは何もなかったことでしょう。

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 朝日社説の「これしか考えられないという現実的な妥協」には同意できませんし、読売社説の「韓国が調査中止の「名」を取り、日本が地名提案見送りの「実」を取った」という分析もまったく評価できません。

 日経社説の「双方の船舶が海上で衝突する最悪の事態」を避けるためのやむ得ないという現状分析は甘すぎると思います。

 今回の日本の調査船はまったく軍用船ではない丸腰なので、海自の船に護衛でもされていない限り、韓国の海上警察船20隻にかかれば、簡単に拿捕されていたでしょう。

 「双方の船舶が海上で衝突する」などはそもそもあり得ない杞憂だったのであります。

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 私は、今回の海洋調査中止は、外交的には日本の負けであると思います。

 それも絶好の好機を自ら逃したという意味では、ただの外交的敗北と言うよりも、戦わずして敗れた不戦敗ではないのかと思っております。

 今回の合意成立で、実は一番安堵しているのは韓国政府であることは間違いないでしょう。



(木走まさみず)