やはり耐用期限過ぎていた東証システム〜このトラブルをひとつの貴重なシグナルと考えたい
前回のエントリーの追記です。
抜本的改良は手遅れな東京証券取引所システム〜問われる技術立国日本の脆弱性
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060120
●耐用期限過ぎていた東証システム
今日(22日)の朝日新聞速報記事から・・・
東証システム、耐用期限過ぎていた 導入は10年前
東京証券取引所の異例の全株式売買停止を招いた清算システムは、約10年前に導入したコンピューターを使い、当初の耐用期限は04年後半だったことが分かった。東証は23日からは現行システムでの能力増強、30日には予定されていた新コンピューターによる次期システム移行でしのぐ方針だが、綱渡りの状況は続く。
東証の取引システムは売買と清算に分かれ、今回問題になったのは清算だった。
東証決済管理部によると、現行システムのコンピューターは日立製作所の大型汎用機(メーンフレーム)で、独自開発のソフトを組み込んでいる。清算システムは、処理に先立ち、その日に確定した約定(やくじょう)の全データを売買システムから受け取り、ハードディスクに格納する。この際に確保できるハードディスクの空き容量の大きさから、現在は約定処理能力が1日450万件に限られている。
次期システム開発は、東証と日立で数年前から進めていたが、04年後半に迎えた耐用期限に間に合わず、その後は現行システムの保守・整備で対応していた。
昨年10月には、データ移動などでハードディスクの空き容量を増やし、1日の約定処理能力を従来の300万件から現在の450万件へ増強。1日500万件で設計されている次期システム移行まで乗り切れると見込んでいた。
今回の事態を受け、東証は21、22の両日に現システムをさらに増強するテストを実施。安定性が確認されれば23日から1日500万件の能力で運用する。
30日には次期システムへ移行する予定だが、当初能力では十分な余裕がないとみて、数カ月以内に700万〜800万件まで増強する考えだ。
メーンフレームは動作の安定性や故障しにくさが特徴で、金融機関やチケット予約のシステムにも使われる。日立は「10年以上使うことは珍しくない」というが、システム業界に詳しい大学教授は「増強しながら長く使うものだが、10年前の機種ならやはり古いと思う」と指摘している。
2006年01月22日11時00分 朝日新聞
http://www.asahi.com/business/update/0122/002.html?ref=rss
前回、一人のIT技術者の立場から指摘させていただいた、現行の「東京証券取引所システムは抜本的改良は手遅れ」なことですが、今日になりようやく事実を裏付ける記事がマスメディアで報道され始めたようであります。
10年前のシステムであればトラブルが頻発するのも仕方ないですね。
記事を補足させていただきますと、「メーンフレームは動作の安定性や故障しにくさが特徴で、金融機関やチケット予約のシステムにも使われる。日立は「10年以上使うことは珍しくない」という」点は、日本においてはまさにその通りでありまして、多くの金融機関、損保等のメインシステムで、メーンフレーム(大型汎用機ともいいます)を後生大事に保守しつつ運用しているのです。
その点で、この記事は「システム業界に詳しい大学教授は「増強しながら長く使うものだが、10年前の機種ならやはり古いと思う」と指摘している。」という大学教授のコメントで結ばれていますが、これは少々手厳しい意見ではあると思いました。
私のクライアントの一社は15年同じシステムを使い続けていますよ(苦笑
日本国内においては、特に金融業界においては、安定感のあるメーンフレームシステムを耐用年数を越えて長期に使用することは常識化していたわけです。
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東証の悲劇は、そのような日本国内ローカルの遅れた慣習を放置したまま、アメリカ主導の国際金融市場という最先端のグローバルな環境に、旧態依然とした東証システムをさらしてしまったことなのでしょう。
これでは、海外システムと桁違いの能力差が生じてしまうのも仕方がないのです。
●極端な製造業中心主義できた戦後日本社会の問題
今回の東証システム停止問題では、厳しくそのシステムの脆弱性が問われているのであります。
しかし、前回も述べましたが、真に問われているのは、実は技術先進国日本社会の、IT技術を軽んじてきたその体質そのものかも知れません。
国際比較では、国際的に高く評価されている自動車や家電などの製造業に比し、日本のITソフトウエア技術の生産性が、著しく劣っている事実は深刻です。
しかし他方、実はソフトウエア産業だけが特別生産性が低いわけではなく、技術先進国日本の産業構造自体が、一部の自動車メーカーや家電メーカーを除くほぼ全産業が国際比較において極めて生産性が低いことも統計的事実であります。
社会経済生産性本部が経済協力開発機構(OECD)のデータをもとにまとめた「労働生産性の国際比較」によると、日本は加盟30カ国中第19位。主要先進7カ国の中では最下位であるのです。
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私はIT活用が今後の日本経済を活性化する要であると信じている者の一人ですが、日本社会がそのIT技術を軽んじてきたことと、日本のITソフトウエア技術の生産性が伸び悩んでいることには強い相関性があると思っています。
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ややこしい話ですが、永続的に日本経済を活性化し続けるためには、日本産業全体の労働生産性を高める必要があり、日本産業全体の労働生産性を高めるためにはIT技術の活用が不可欠であり、そのIT技術の活用を活性化するためには、日本のIT産業の労働生産性を高める必要があると思うのです。
そして、日本のIT産業の労働生産性を高めるためには、やはり、極端な製造業中心主義できた戦後日本社会の構造、つまりIT分野を産業の傍流であると見下すような社会の構造から意識改革されなければならないと考えます。
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●日本のIT投資の考え方を抜本的に見直す機会と考えたい
今年の1月4日付けの日経社説は、まさに「IT活用で生産性の引き上げを」と題した興味深い主張を展開しています。
社説 人口減に克つ(3)IT活用で生産性の引き上げを(1/4)
戦後の高度成長は人口増が後押しした面が大きい。これからの人口減少と少子高齢化は消費人口や労働人口の減少を意味し、経済にはマイナスだ。日本が現在の経済力を維持・拡大しようとするならば、労働生産性を高め、国際競争力を引き上げる必要がある。そのカギを握るのがIT(情報技術)の活用であろう。
情報化で躍進した北欧
世界経済フォーラムが毎年、各国の「世界競争力報告」を発表している。2005年の報告書では日本の競争力順位は前年の9位から12位へと低下した。財政赤字や公的債務の拡大などが大きな原因だが、頼みの「技術力」の項目も前年の五位から八位へと後退した。
同フォーラムは各国の情報化の度合いを示す「世界IT報告」も発表している。2005年版で日本は前年の12位から8位へと上昇したが、この2つの報告書には相関性がある。つまり情報化が進んだ国ほど競争力が高いという関係だ。競争力トップのフィンランドや、高順位にあるスウェーデン、デンマークといった北欧諸国はIT先進国である。
また社会経済生産性本部が経済協力開発機構(OECD)のデータをもとにまとめた「労働生産性の国際比較」によると、日本は加盟30カ国中第19位。主要先進7カ国の中では最下位だ。上位を飾っているルクセンブルクやアイルランドなどは、いずれも情報化が進んだ国である。情報化に出遅れた日本は経済規模では依然として世界第2位だが、生産性や競争力では欧州諸国の後じんを拝している。
しかも北欧諸国の場合は日本よりひと足先に人口高齢化に直面している。高齢化にもかかわらず北欧諸国の競争力が強いのは、早くから高齢化対策も意識して情報技術を活用し、社会の様々な無駄を省いて生産性や効率性を高めてきたからだ。特に、冬場が長い北欧では人々の生活を守るために通信網を重視しており、インターネットや携帯電話の普及も早かった。世界最大の携帯電話機メーカー、ノキアがフィンランドにあるのはそのためだ。
フィンランドでは様々な行政サービスに情報技術を活用する「電子政府」を推進するため、行政当局が高齢者や主婦などにパソコンの使い方を講習している。1人でも使えない人がいれば社会生活の基盤とはならないからだ。フィンランドではさらにレントゲン写真をデジタル化して複数の病院の医者がみられるようにするなど、ITを医療サービスの向上や、医療費の削減にも役立てようとしている。
アイスランドでは、若い人でもクレジットカードやデビット(支払い)カードを持てるようにし、電子決済への移行に力を入れている。日本でのカード使用率は消費支出の約8%だが、アイスランドでは70%を超え、決済面での効率向上を追い求めている。
情報化でもう一つ注目されるのがパソコンと通信回線を使って、自宅に居ながら働くテレワークの活用だ。時間や場所にとらわれずに働くこうした人々は、欧米のIT先進国では就業人口の2割から3割を占める。特に小さな子供がいる女性や高齢者には便利で、人材の確保やオフィス空間の節約、道路の混雑緩和などにも役立っている。
米国ではITを活用する自営業者を「SOHO(スモールオフィス・ホームオフィス)」と呼ぶが、最近では定年退職した夫婦がそれぞれネットを使って自宅で働く「HOHO」(彼のオフィス・彼女のオフィスの略)も増えている。(後略)
1月4日 日本経済新聞 社説
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20060103MS3M0300103012006.html
日経社説が指摘するとおり「日本が現在の経済力を維持・拡大しようとするならば、労働生産性を高め、国際競争力を引き上げる必要がある。そのカギを握るのがIT(情報技術)の活用であろう。」ことは、正しい認識であると思います。
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今回の耐用期限切れ東証システムの一連のトラブルはひとつの貴重なシグナルと考えたいです。
単なる東証の不始末と閉じた議論で終わるのではなく、多くの国民を覚醒させるきっかけになり、日本経済にとってのIT技術の重要性を再認識していただく機会となることを、願ってやみません。
(木走まさみず)