ポピュリズムの意味をはき違えるな〜豹変する「君子」達を嗤う
●韓国マスコミが分析する日本の衆議院選挙結果〜日本は“ポピュリズム”選挙だ
昨日のインターネット新聞JANJANに韓国ネットメディアOhmyNews発のおもしろい日本の選挙結果分析記事が掲載されています。
韓国マスコミが分析する日本の衆議院選挙結果は・・・ 2005/09/14
韓国のマスコミは日本の衆議院選挙の結果を「自民党の圧勝ではなく、小泉総理の圧勝だ」と評した。そして、小泉総理を“大統領級の総理”“帝王”“皇帝”などの称号を付けた。
自民党の圧勝はすでに予想されたことであったため、マスコミの分析も落ち着いていた。大部分のマスコミは日本内の右傾化を憂慮しながら、その流れが東北アジアに及ぼす影響を分析することに多くの紙面を割いた。
しかし、小泉総理の圧勝が意味することについての解釈には異なる点があった。特に、『朝鮮日報』と『ハンギョレ』の解釈には大きな相違点があった。
『朝鮮日報』は、小泉総理の圧勝を「日本国民が郵政民営化の決断を高く評価した結果だ」と評価した。また、「郵政民営化事業は自民党に政治資金を提供した郵便局組織(職員約28万名)を解体するという意味だ」「そのため党内の有力な派閥はもちろん、公企業の安逸な経営を続けてきた労働組合と関連業界に大きな打撃を加えたのが今回の選挙結果だ」と分析している。
一方、『ハンギョレ』は「郵政民営化事業が国民の主な関心事でもなかったにもかかわらず、小泉総理がこれを“改革の象徴”に変え、“改革”対“反改革”の構図を演出した」と述べた。そして、「改革の中身ではなく、既得権層との闘争というイメージだけで改革派の地位を独占する手法が使われた、“イメージ政治”だった」と分析した。
2つの新聞の分析が示唆することは大きい。両方とも「ポピュリズム」を論じていたが、その中身は完全に異なっていた。
『ハンギョレ』は小泉総理のイメージ政治が「日本国民の生活に大きな影響を与えている年金・社会保障・医療制度はもちろん、靖国神社参拝を含むアジア外交、イラク派兵と憲法改正など、主要な事案を埋没させた」と指摘した。また、「両者択一を強要する政策を持ってきて、有権者の判断力を曖昧にさせた“ポピュリズム”選挙だった」と今回の選挙を分析した。
『朝鮮日報』も「ポピュリズム」という単語を使ってはないが、社説の切り口は『ハンギョレ』のそれと同じものであった。しかし、その内容は正反対のものであった。
『朝鮮日報』は今回の選挙結果を「自民党の集権基盤を崩壊させる自害行為であると抵抗した党内の有力派閥、そして効率化を無視したまま公企業の安逸な経営を続けてきた労働組合と関連業界の攻勢を遮断させたのが、今回の日本衆議院選挙である」と分析した。すなわち、多数集団の「ポピュリズム的既得権保護の攻勢」に正面から立ち上がったのが小泉総理であり、日本の有権者であったという分析である。
このような分析の差は日本の衆議院選挙を考えてみる主体を選定することでも明らかになった。『ハンギョレ』は今回の選挙を“小泉劇場”で限定演出された“改革パフォーマンス”とするのに対し、『朝鮮日報』は視線を韓国政界に移して「国が行くべき道とは関係なしに、“政界の、政界のための選挙区変更”だけに没頭している韓国の政界は日本の選挙結果をもう一度考えてみるべきである」と指摘した。
そして、「小泉総理がうらやましい」と話した盧武鉉大統領が主張している選挙区制改編を日本の衆議院選挙に代入すると、どのような評価が出るだろうか。盧大統領の戦略は、国民の生活に大きな影響を与える民生などの事案を選挙区制の改編に埋没させることで両者択一を強要して、政策に関する有権者の判断力を曖昧にさせたイメージ政治、またはポピュリズムなのか、それとも既得権を保護するために抵抗している政界の攻勢に正面から立ち上がった決断なのか、どっちだろうか。
キム・ジョンベ 9月12日
(OhmyNews)
インターネット新聞JANJAN記事より
http://www.janjan.jp/world/0509/0509122384/1.php
まあ、『朝鮮日報』は韓国マスコミ界の産経新聞(?)的位置づけの保守系であり、対する『ハンギョレ』は東京新聞(?)的リベラルメディアといったところでしょうか、しかし、『ハンギョレ』の「両者択一を強要する政策を持ってきて、有権者の判断力を曖昧にさせた“ポピュリズム”選挙だった」という分析は興味深いですね。
ポピュリズム・・・
確かに自民党の歴史的圧勝という結果に終わった今回の選挙ほど「民意」というものを真剣に考えざるを得ない選挙はないわけです。
一部リベラル派には、小選挙区制の欠陥である死票の問題をあげつらう論評が見受けられます。彼ら曰く民主党の得票率と当選者数の乖離を指摘し嘆いているわけですが、選挙結果をみていまさら小選挙区制の欠陥を喚いたところで見苦しいだけなわけです。
また別の一部リベラル派では、今回の国民の投票行動を「衆愚」であるとし、日本のマスメディア報道が偏向していたことを原因とする論も見受けられますが、まあ、日本のマスメディアがいろいろな意味でだらしないことは否定しませんが、「マスコミに煽動された愚かな投票行動」という決めつけにはとうてい同意できるモノではありません。
私達は主権者としてどのような投票結果となったとしても、「権利」としての参政権を行使した以上、総体としての投票結果には、当たり前ですがその責任を国民一人一人が有しているのであり、それを否定しては議会制民主主義は成り立ちません。
たとえ今回の選挙結果が「衆愚政治」的側面を有していたとしても、私達はあるがままに受け入れざるを得ないのであります。
ポピュリズム。
そう、日本は真の意味で民主主義国家なのであります。
しかし・・・
●ポピュリズムの前では君子は豹変す
今日の中日新聞から・・・
首相指名選挙
野田聖子氏「小泉総裁に」衆院選の岐阜1区で無所属で当選した元郵政相野田聖子氏(45)は十三日、特別国会の首相指名選挙で、小泉純一郎総裁に投票する意向を明らかにした。野田氏は郵政民営化関連法案をめぐり小泉首相ら党執行部を批判していたが、当選後は軟化の姿勢を見せていた。
野田氏は「私は自民党。他党の人間に入れるのは反党行為」と述べた。再提出される郵政民営化関連法案については「欠陥があり仕切り直ししてほしい。しかし、法案は(国会で)可決されることになり、それをわきまえて行動したい」と語った。岐阜県庁で当選証書を受け取った後、報道陣の質問に答えた。
中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20050914/mng_____sei_____001.shtml
続いて今日の産経新聞から・・・
中曽根氏ら11人賛成 郵政法案で旧亀井派
自民党参院旧亀井派の中曽根弘文会長(元文相)は13日午後、都内で記者会見し、21日召集予定の特別国会に再提出される郵政民営化関連法案への対応について、自身を含めて先の国会での参院採決で反対した同派議員11人(離党した荒井広幸議員を除く)全員が賛成に転じることを明らかにした。これにより参院採決で反対、棄権・欠席した28人の自民党参院議員の20人以上が賛成を表明する意向を示したことになる。中曽根氏はその理由として、衆院選での自民党圧勝を踏まえ「国民の明確な意思を重く受け止め尊重したい」と説明。同時に「私をはじめ参院志帥会(旧亀井派)全員が同じ立場だ」と強調した。
中曽根氏は8月8日の参院採決に先立ち反対方針を表明し、法案否決への流れをつくった。反対票を投じた直後には「(法案には)多くの問題点が残っている。このままでは将来に禍根を残すのではないかと、法案の内容を見て判断した」とコメントしていた。(共同)
(09/13 18:42) 産経新聞
http://www.sankei.co.jp/news/050913/sei064.htm
野田氏や中曽根氏が「民意を尊重する」としてその姿勢を180度転換したとして、今更誰も驚きはしないでしょう。中曽根氏などは、親子二代に渡り「風見鶏」であることを天下に知らしめたわけであり、まあ野田氏にしても、小泉首相を「選挙の天才」と褒めちぎるその姿勢は、処世術として「長いものには巻かれる」だけであり、復党への必死の嘆願なのでありましょう。
しかし、この「民意を尊重する」という論理はまったくもって民主主義の逆否定の論理であるとだけは申しておきましょう。
ポピュリズムの意味をはき違えてはいけないのです。
議会制民主主義においては、多数決の論理で政策行動は支配されています。ですから、今回の選挙結果を受けて、今後小泉郵政民営化法案が国会で可決され「民意が尊重される」のはほぼ既定の路線となりましょう。
しかし、議会制民主主義は制度として「民意を尊重する」性質を有してはいますが、少数意見を全否定するものではないし、「民意」なるものの多面性を考えれば、また豊かな多価値社会である日本の多様性を包含するためにも、全議員が選挙結果つまり「民意」に従わなければならないなどという、大政翼賛的考え方は、それこそ、民主主義の逆否定の論理といえましょう。
あれほど、強い意志で「小泉郵政民営化法案」を党議拘束をもあえて逆らって反対した人達が、なぜ選挙結果ひとつで「民意を尊重する」などという詭弁を弄して自説を簡単に取り下げるのでしょう。
「君子は豹変するもの」であったとしても、この愚かな見苦しい振る舞いは、噴飯モノなのであり、こんなことなら最初から賛成していればよかったのです。
彼らの「豹変」ぶりは、それこそ貴重な一票を彼らに投じた国民への「愚弄行為」以外のなにものでもないのでしょう。
(木走まさみず)