小泉スピーチと日本が有する対中国2つのアドバンテージ
●衝突に向かって漂流する二隻の船〜ハワード・フレンチ
東アジアに七年近く移住し勤務している外国人として、二大国、中国と日本からの最近のニュースには、縁起の良くない既視感(デジャブ)を持つ。まるで、深い霧の中を航行する二隻の船舶のように、二つの国は、戦後のどの地点よりも衝突に向かって漂流しているように見える。双方とも、自分の航路は正しいと確信しており、もしも、破局を避けるための軌道修正が必要であるとすれば、互いに相手の方であると信じている。
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『週間金曜日4月22日号』
『補完し合う新たな関係を(ハワード・フレンチ)』記事より引用
印象的なこの冒頭文で始まる現ニューヨーク・タイムズ上海支局長であるハワード・フレンチのレポートですが、今週号の『週間金曜日』に掲載されています。
『週間金曜日』という媒体に関する議論はここでは避けたいと思いますが、5日前に当ブログで取り上げたニューヨークタイムスのマッチポンプ報道の記者であるニューヨーク・タイムズ紙東京支局長である大西哲光氏に関して少し調べていたところ上記のレポートが今週号の『週間金曜日』に掲載されていることを知りました。
中国反日デモ〜ニューヨークタイムスのマッチポンプ報道を検証する
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050418
実は、現在はニューヨーク・タイムズ上海支局長であるハワード・フレンチ氏ですが、前職は東京支局長(在職1999〜2003年)でありまして、大西哲光氏の前任者でありました。
さて、ハワード・フレンチ氏でありますが、ジャズ好きでご自身のブログもお持ちの方のようです。
東京脱力新聞
ブログ・ジャーナリズム、その可能性と将来性Ⅱ(ハワード・フレンチNYT前東京支局長)
http://www.uesugitakashi.com/archives/18137962.html
ハワード・フレンチ氏のこの『衝突に向かって漂流する二隻の船』とサブタイトルの付いたレポートですが、たいへん興味深く拝読しました。正直に言って、中国批判も日本批判も同じウエイトで書かれているところは少し批判のバランスに違和感があるですが、日本と中国の双方の現状を非常に詳しく分析しており、大西哲光氏の偏向記事とは雲泥の差であり、秀逸な記事だと思いました。
記事は日本の最近の動きを次のように批判しております。
特に、北朝鮮による拉致問題や、えひめ丸沈没事件の際に見せられた、近年の日本人の大変な騒ぎを見るたびに、小泉さんやほかの保守派が、靖国参拝や歴史の削除によって中国などアジアの人々の気分が害されているということを理解できないふりをするのは、見ていていらだたしい。
第二次大戦中の、日本のまだ認知されていない残虐行為による、多くの中国人や韓国人などの犠牲者や「慰安婦」の運命に対して無関心な反面、日本人の死者を授福するという、態度の大きな差は、洗練を欠く例である。まったく日本人らしくない。・・・
しかしまた、中国に関しても現体制を痛烈に批判しております。たとえば記事では、最近の中国の若者が日本あるいは歴史一般に関していかに無知であるかこう指摘しています。
中国人の若者によると、日本の指導者は中国に関して一度も謝ったことはなく、日本の全ての教科書は嫌悪すべきものであり、小泉さんは中国人の気分を害するために靖国神社に参拝していて、最後に、彼らが言うのは、日本は中国を下に置き続けよう、あるいは崩壊させようとしている、と言うのだ。日本が過去20年間にわたり、かの国の発展のために多大な寄与をしていたことを知っている学生は稀である。
氏によれば、こうした現状は中国の管制された閉鎖的な情報管理の結果であるのだが、日本にも大きな責任が有るといいます。
日本は、長い間、中国に資金を供与してきながら、中国政府にそのことについて、公正で充分な説明を国民にするようになぜ主張してこなかったのだろうか?私が考えるのは、日本は自分自身が行った戦争について罪の意識があり、そのようなことを主張するのが恥ずかしいことだと思っているのではないかということである。はっきり言えるのは、日本は、その過去に正面から向き合うことによって初めて、国として堂々と立ち、他国から政治の引き立て役として利用されることもなくなるだろう。
彼が言う「過去に正面から向き合うこと」とは、どうも単なる自虐史観的な狭いカテゴリーでくくる話ではないようです。そのあたりを彼はこう論じています。
日本の指導者が、歴史を誠実に受け入れることは自虐行為ではないと理解しない限り、日本は一流国の仲間入りできないということは、はっきり言える。逆に言うとそれは、偉大であることの印である。
彼の言いたいところは、戦前・戦中の反省も真摯に受け止めつつ戦後の国際貢献と平和国家日本としての歩みも堂々と自己主張すべきである、といったところでしょう。記事の内容に賛否あるとは思いますが興味深い視点であると、私は感心いたしました。
●小泉スピーチの深い意味
先のバリドン会議における小泉首相のおわびスピーチでありますが、『愛・蔵太のきままな日記』で愛・蔵太さんがくわしく載せられています。
愛・蔵太の気ままな日記
小泉首相がアジア・アフリカ首脳会議のスピーチで言ったこと
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050424
愛さんらしい鋭い分析は『愛・蔵太の気ままな日記』をお読みいただきたいです。
さて、小泉スピーチの外務省プレスリリースを全文見てみましょう。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/17/ekoi_0422.html
小泉総理大臣演説アジア・アフリカ首脳会議における小泉総理大臣スピーチ
平成17年4月22日
議長、
御列席の皆様、
半世紀ぶりに、アジアとアフリカの諸国が一堂に集うこの歴史的会議に出席することはこの上ない光栄であり、会議を主催頂いたインドネシア及び南アフリカの両共同議長に深甚なる謝意を表します。私は、この50年間我々を結びつけてきた強い絆を改めて実感し、我々が共に歩んできた道を振り返るとともに、21世紀においてアジアとアフリカの国々が世界の人々の安寧と繁栄のために何をなすべきか率直に議論するために、この会議に出席しました。(過去50年の歩み)
50年前、バンドンに集まったアジア・アフリカ諸国の前で、我が国は、平和国家として、国家発展に努める決意を表明しましたが、現在も、この50年前の志にいささかの揺るぎもありません。
我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します。(アジア、アフリカ支援の実績)
議長、
過去50年の我が国の発展は、日本国民の不屈の努力の賜でありますが、国際社会の支援があって初めて実現できたものです。日本はこのことを忘れません。戦後の荒廃から立ち上がった国民とその世代の代表として、私は生活の向上へ向け、額に汗をし懸命に働こうとするアジア・アフリカの人々と共に歩んでいきたいと思います。
我が国は、こうした考えに立って、アジア・アフリカ地域の開発のために人づくりやインフラ整備、水・感染症対策といった保健衛生分野の支援に力を入れるとともに、貿易・投資環境の改善に努めてまいりました。(将来に向けての平和的な国際協力の遂行への決意)
本日、私は、今後我々が手を携えて進めるべき3点、すなわち、第一に経済開発、第二に平和の構築、第三に国際協調の推進に絞って発言します。
我が国は、貧困との闘いや開発におけるパートナーシップの強化を重視します。国造りのためには、自らの意思と努力により発展を実現しようとする各国自身の決意が何よりも重要です。我が国はこのような努力を尊重し、支援します。ミレニアム開発目標(MDGs)に寄与するためODAの対GNI比0.7%目標の達成に向け引き続き努力する観点から、我が国にふさわしい十分なODAの水準を確保していきます。また、後発開発途上国の自立を支援するため貿易面でも、これらの途上国産品に対する市場アクセスの拡大に努めます。
アジアは過去50年、大きく前進しました。しかし、開発格差の是正、経済連携の推進、先のスマトラ沖大地震及びそれに伴う津波の経験に基づく防災対策、海賊対策など、重要な課題が山積しています。具体的施策を打ち出し、アジアにおける新たなパートナーシップを構築していく考えです。防災・災害復興対策については、アジア・アフリカ地域を中心として今後五年間で25億ドル以上の支援を行います。
本年は「アフリカの年」です。我が国は、これまでTICADを通じて、アフリカと国際社会の連帯による対アフリカ協力を進めてまいりました。この場を借りて、2008年にTICAD IVを開催すること、今後3年間でアフリカ向けODAを倍増し、引き続きその中心を贈与(grant aid)とする考えであることを表明します。
この場に最もふさわしいテーマは、アジアとアフリカの間の協力強化です。我が国は、そのため、アジアの若者がアフリカの青年と出会い、交流し、未来に向けた人づくりを推進するアジア青年海外協力隊の創設を提案します。また官民を挙げてアジアの生産性運動の知見をアフリカに活かすための支援を実施します。こうした取組を通じて、今後4年間でアフリカにおいて1万人の人材育成への支援を行うことを表明します。第二に、平和の構築が重要と考えます。平和と安定こそが経済発展の不可欠な基盤です。我が国は、これまで大量破壊兵器等の拡散やテロの防止に力を注ぐとともに、カンボジアや東チモール、アフガニスタン等において平和の構築のために努力してまいりました。今後、中東和平推進のためのパレスチナ支援や、平和に向けてダイナミックな動きを示しているアフリカに積極的な支援を行ってまいります。無秩序な兵器の取引の防止、法の支配や自由、民主主義といった普遍的価値の普及は我々すべてが積極的役割を果たすべき課題です。
第三に、我が国は、グローバリゼーションを迎えた世界が新しい国際秩序を模索する中、我々アジアとアフリカとの一層の連帯を図りつつ国際協調を更に進めていく考えです。国連は引き続き国際協調の中心的役割を果たすべきですが、今日世界が直面する諸問題に効果的に対処するためには、国連、特に安保理を今日の現実を反映した組織に改革することが必要です。アナン国連事務総長が提案しているように、九月までに安保理改革について決定を行うため協力します。
(文明間の対話)
アジアとアフリカの連携を強化する上では、文明間・文化間、そして人と人との対話によって経験と知見を共有することが何より大切となります。我が国は、伝統を維持しつつ近代化に取り組む各国の経験を共有すべく、七月に世界文明フォーラムを開催します。
(結び)
議長、
昨年のノーベル平和賞はアフリカの女性として初めてケニアのマータイ女史が受賞しました。植林活動を通じて持続可能な開発に貢献したことが評価されたのです。マータイ女史は、現在日本で自然の「叡智」をテーマに開催されている愛・地球博の開会式にも出席され、日本語の「もったいない」という言葉を引用して、資源の有効利用と環境保全の重要性を訴えられました。物を大切に使おう、使える物は出来るだけ使っていこう、再使用しようという「もったいない」の精神を理解してくれたのです。アジアとアフリカは豊かな自然に恵まれ、大きな可能性を有しています。科学技術の進展によって、環境保全と持続的発展が両立する活気のある力強い社会を創り出すことは可能と信じます。我が国は、そのための努力を惜しまない決意をここに表明し、結びの言葉と致します。
御静聴ありがとうございました。(注:文中強調文字は木走が付記しました。)
さきほどのハワード・フレンチ氏のレポートを読んだ後で、この小泉スピーチを検証してみると、ほぼ満点に近い内容であることが理解できます。
ほとんどの欧米の論調は、一部アメリカのワシントンポストなどの親日派を例外とすると、日本の戦争責任には依然厳しい論調が目立っています。と同時に、中国の現体制に対する批判も少なくなく、特にここ一週間ほどは反日デモの影響でありましょう、チャイナリスクとして警戒感を強めているようです。
その中で実にタイミング良いスピーチであったと評価できます。
1.戦争被害への反省とお詫び
「 我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受けとめ、痛切なる反省と心からのお詫びの気持ちを常に心に刻みつつ、我が国は第二次世界大戦後一貫して、経済大国になっても軍事大国にはならず、いかなる問題も、武力に依らず平和的に解決するとの立場を堅持しています。今後とも、世界の国々との信頼関係を大切にして、世界の平和と繁栄に貢献していく決意であることを、改めて表明します。」
これはとても重要なメッセージです。
あらためて、日本は公式に謝罪しました。
2.過去50年の平和国家としての国際貢献実績
「 過去50年の我が国の発展は、日本国民の不屈の努力の賜でありますが、国際社会の支援があって初めて実現できたものです。日本はこのことを忘れません。戦後の荒廃から立ち上がった国民とその世代の代表として、私は生活の向上へ向け、額に汗をし懸命に働こうとするアジア・アフリカの人々と共に歩んでいきたいと思います。
我が国は、こうした考えに立って、アジア・アフリカ地域の開発のために人づくりやインフラ整備、水・感染症対策といった保健衛生分野の支援に力を入れるとともに、貿易・投資環境の改善に努めてまいりました。」
これもとても深いメッセージです。
過去50年間、まがりなりにも日本は平和を維持し一度も戦争も内線も経験してきませんでした。
●海外ジャーナリズムが教える日本が有する対中国2つのアドバンテージ
日本は対中国関係において将来どうすべきかは、いろいろな議論がされていますが、当ブログで海外メディアの検証を繰り返してきた結果として、日本は中国に対し、ふたつの点で決定的に有利であると考えます。その2点を指摘しておきたいと思います。
一点目は小泉スピーチにもあるように、この国の戦後のすばらしい国際貢献実績です。
この際戦前・戦時中のことは、他に誤解の無いぐらい明快に謝罪してしまうことです。
海外メディアで見る限り、敗戦国でもある日本が先の大戦に関わることで自己主張することは何の利益も得ないと思えます。逆に日本を心情的に支持している各国の気持ちを遠ざけてしまうリスクすらありますでしょう。
そして、今現在の日本を正しく評価してもらうことです。戦時中の行為の反省を明示した上で、過去50年間の実績をおおいに主張すべきです。
日本国内では今まであまり重要視されていなかったのですが、過去50年間の日本の平和国家としての実績は、海外では極めて高く評価されているようです。
過去50年間一度も戦争も内線も経験していないこと、ODAはじめ国連などを通じた国際支援の実績、これらは世界全体でみても比類無きすばらしい実績であります。
過去50年間、中国は何回戦争をしたでしょうか? 何回内戦もしくは内戦にちかい弾圧をしたでしょうか?
実は、60年以上前の戦時中の議論を蒸し返されるより、この50年間の事実を客観的に国際社会に訴えれば、はるかに簡単に日本支持の輪は広がっていくと思われるのです。
第二点目は、日本が開かれた民主主義社会であることです。現状の日本と中国を比べれば、報道の自由ひとつ考えても雲泥の差があるわけです。
この国が有する多様な価値社会が、例えば今回のような問題を柔軟に対処することを可能とするのであり、反論を認めない体制が軌道修正することが難しい事実の対局として、国際的には評価されているようです。
先に紹介した記事の中でハワード・フレンチ氏は、なぜ中国ではなく将来に対する日本の責任を中心にレポートするのか、その理由を述べています。
日本は民主主義社会であり、オープンなディスッカションと報道の自由を認める、多様な価値社会であるからである。日本が、悪い例ではなくよい例をみせながら、指導者としての器量を示し、自分のミスを認め、軌道修正をするのは簡単なはずだ。
読者のみなさまの考察の参考になれば幸いです。
(木走まさみず)
<関連テキスト>
●小泉スピーチ〜日本に残された課題
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050426