木走日記

場末の時事評論

少女の運命は立証されたのか(2)

 昨日考察したこの問題ですが、読者のみなさんともう少し深く多角的に検討してみたいと思います。

 まず、くまりんさんが、貴重な情報を提供下さいました。

『くまりんが見てた!』の本日のエントリー『恐るべし小泉内閣 横田めぐみさんの遺骨問題は既に極めて政治的である』(http://ngp-mac.com/kumarin/index.php?p=782

くまりんさんならではのするどい考察がありとても勉強になりました。その中から、

(前略)
まずは drondron 氏が問題にしていることであるが、北朝鮮に1200度での火葬の習慣があるかと言えば習慣的にもあるといってよいと思う。昭和30年代後半から40年代にかけてとのことだったと思うが僕の祖父や浄土真宗大谷派の中山理々師らが北朝鮮に東京の火葬技術を輸出したと思う。なぜかと言えば当然そういうニーズがあったからで当時の北朝鮮は東京のそうした技術を誘致なければならない遺体の処理とそれに伴う遺族の感情を抱えていたからに他ならないと思う。当然と言えば当然ではあるが朝鮮半島仏教文化の場所でありそれは新羅百済高句麗の時代には花開きその習慣は半島の人々に根付いたと言っても良い。
(後略)

 なるほど、火葬の習慣があって遺骨として日本に返還されること自体は不自然ではないこと、よくわかりました。

 このことを踏まえて、今日は北朝鮮の反論を見てみましょう。

朝鮮中央通信社備忘録(全文) 日本は反朝鮮謀略劇の責任から絶対に逃れられない』
http://210.145.168.243/sinboj/%82%8A%2D2005/04/0504j0127%2D00007.htm

 既報のように最近、日本は日本人女性横田めぐみさんの遺骨「鑑定結果」をねつ造し、それに付け入って殺伐とした反朝鮮騒動を繰り広げている。
 日本の極右勢力と政界の人物が「北朝鮮人権法案」の成立と制裁を唱えながらわれわれとの対決局面をつくり出しており、日本政府は自国が提起した日本人「安否不明者」の解明のため今までわれわれが傾けた誠意と努力、その結果を全面否定し、すでに約束した人道的支援を中断した。

 まあ、いつものように「反朝鮮騒動」とか「極右勢力」とか、煽り気味に始まるのはご愛敬として、木走として少し考えさせられたのは、その科学的反論部分です。すこし長いですが、一気に引用してみます。

(注)文中強調文字は木走付記

(前略)

 しかし、日本政府が断定した「国内最高水準の研究機関による客観的で、正確な検査」にはあまりにも疑問点が多い。

 疑問点は第1に、同時に鑑定の依頼を受けた科学警察研究所ではDNA検出ができなかったのに、帝京大学では「結果」を得たということである。

 帝京大学では、火葬した遺骨からミトコンドリアDNAを分離し、横田めぐみさんの臍帯と対照して識別鑑定を行ったという。

 帝京大学の「鑑定結果」は「奇跡」だと言えるかも知れないが、1人の遺骨を「2人」の遺骨に「鑑定」したことについては明白に科学的であると言えない。

 ここで問題は、日本政府が全国の警察機関からこれまで数多くの遺骨を依頼され、世界最新設備を持って鑑定を行ってきた歴史と経験のある科学警察研究所でDNAを検出できなかった事実についてはその科学性に背を向け、帝京大学のDNA「鑑定結果」だけを絶対視したことである。

 これに関連して、日本の週刊誌「週刊金曜日」(2004年12月24日号)は、「DNAを検出できなかったという事実と検出できたという事実は同じ科学的事実である。法医学のための設備として世界的な環境にあるはずの科学警察研究所が検出できなかったこともまた、無視すべきでない結論のはずである。結論を採用する時、委託した2つの研究機関の結論が一致した時それを採用すべきであろう。食糧支援を中止し、経済制裁うんぬんの決定につなげることには、科学分析の方法をわい曲して政治的に利用しているに過ぎないと思える」と暴いた。

 自他ともに認めているように、ひとつの対象を置いて2つの研究機関が分析した鑑定結果が相反する場合、それに対する評価においてどちらか一方のものだけを絶対視するなら、それは科学性と客観的妥当性が欠如したものだと言うべきであろう。

 疑問点は第2に、遺骨鑑定のための分析方法である。

 帝京大学は、遺骨鑑定にミトコンドリアDNA分析方法を適用したという。

 しかし、人間の血筋を解明するこの方法も、まず骨片の中に存在する細胞を採取し、その中からDNAを選別してこそ可能である。

 わが国では、普通平均1200℃で死体を火葬している。

 1200℃の高温で火葬した遺骨を、DNA分析方法で鑑定しても個人識別が不可能だというのは一般的な常識である。

 遺骨を1200℃の高温のなかで燃焼すれば、すべての有機物質が酸素と結合して気体状態で空中に飛び散り、無機物質である灰分だけ残ることになり、この灰分も一定の期間、外見上、形体を残すことはできるが、それも外部的作用が少しでも加えられると、形体すら維持できない。

 それゆえ、帝京大学が1200℃の高温状態で燃焼した遺骨から細胞を採取し、それを培養、増殖させる方法でDNAを鑑定したというのは信じがたいことである。

 これについては、日本の週刊誌「アエラ」(2004年12月27日号)が、「DNAは熱に弱く、火葬した骨に残っていることは普通は期待できない。今回も実力では日本のトップと見られる警視庁科学警察研究所の分からは(DNAを)検出できなかったようだ。帝京大学の鑑定結果が正しいとすれば、素人が薪で焼いたためむらができて、偶然、熱が伝わらない部分ができ、奇跡的に細胞が残っていたことになろう」と暴いた。

 疑問点は第3に、横田めぐみさんの遺骨に対する帝京大学の「DNA識別鑑定書」に記された分析内容の前後が合わないことである。

 「鑑定書」によると、帝京大学ではミトコンドリアDNAに対する分析が同じ区域内で塩基配列が骨片1はC型に、骨片2、3、4はA型、骨片5はAG、CT、TC混合型となっている。

 一人の遺骨のDNAを構成するヌクレオチド塩基配列は同型で現れるが、3の型で現れ、なかでもひとつの骨片は混合型になっているというのは不思議である。

 この結果を無理に受け入れるとしても遺骨は3人、またはそれ以上の人のものと見なすべきである。

 しかし、これも日本が横田めぐみさんの遺骨は「本人ではない他の2人の骨」という結論と矛盾する。

 特に、骨片5に対する1回目と2回目の分析結果が相異なるのは理解できない。

 骨片5に対する2回目の分析では1回目の分析と同じミトコンドリアDNAの切れ端を2倍に増加したため当然、1回目の分析結果を立証できる同じ分析結果が出なければならないが、完全に相反する結果が出た。

 小さなひとつの骨片から相反する分析結果が出たというのは科学的に完全に矛盾することから、外部からのトリックとしか考えられない。帝京大学の「鑑定書」に「骨片5は分析限界区域にあり、再生成において問題を抱えている資料であることは明白である」と指摘されたのは「鑑定結果」を科学的に保証できないということを示している。

 また、遺骨表面でDNAが増幅しなかったというのも疑いを大きくさせている。

 「鑑定書」には、骨片に汚染物質の付着を予想してまず、超音波洗浄をし、ここから出た不用物に骨片に適用した同様の方法でDNA抽出を試みたが、増幅が認められなかったため、自分たちが鑑定したのは骨の表面に付いている汚染物質ではなく、骨の中にあるDNAであると記されている。

 横田めぐみさんの遺骨は普通の人々の遺骨と同じように火葬、運搬、保管過程で多数の人々が扱った。

 1200℃の高温で燃焼した遺骨からDNAを分離するほどの鋭敏な鑑定であれば骨片の表面に付いた不用物を鑑定する時、その遺骨に直接手をあてた人々に対するDNAも検出されるべきであったが、検出されていないというのは多くの疑問を抱かせる。

 これは結局、「鑑定」の信憑性を認めてもらおうとしたことであろうか、そうでなければ横田めぐみさんの遺骨からDNAの検出が不可能になるや情報機関や特定の機関、人物が意図的に他人の骨を大学に送り鑑定するようにしたという結論に至る。

 DNAの鑑定に明るい帝京大学の石山碰夫法医学名誉教授が、日本では「北朝鮮から2人分の人骨が来たとみるのが一般的だが、鑑定中に誰かのDNAが混じった可能性も否定できない」(毎日新聞2004年12月18日付)と述べたのは決して理由なきことではない。

(後略)

 『週間金曜日』とか『アエラ』とか『毎日新聞』とか、登場する日本のメディアがどうにも偏っていてなんなのですが、この「備忘録」は、日本政府が無視し続けてて良い単なる「でたらめの因縁付け」とは思えませんでした。つまり、充分に科学的な反論であると思えるのです。なにやら抑揚を押さえた文調がかえって自信に満ちているようにさえ感じてしまいます。

 彼等の反論は主に3つの疑問点に整理できます。

 疑問点1:同時に鑑定の依頼を受けた科学警察研究所ではDNA検出ができなかったのに、帝京大学では「結果」を得たということ。

 「ひとつの対象を置いて2つの研究機関が分析した鑑定結果が相反する場合、それに対する評価においてどちらか一方のものだけを絶対視するなら、それは科学性と客観的妥当性が欠如したものだと言うべきであろう。」

 疑問点2:遺骨鑑定のための分析方法

 「遺骨を1200℃の高温のなかで燃焼すれば、すべての有機物質が酸素と結合して気体状態で空中に飛び散り、無機物質である灰分だけ残ることになり、この灰分も一定の期間、外見上、形体を残すことはできるが、それも外部的作用が少しでも加えられると、形体すら維持できない。それゆえ、帝京大学が1200℃の高温状態で燃焼した遺骨から細胞を採取し、それを培養、増殖させる方法でDNAを鑑定したというのは信じがたいことである。」

 疑問点3:横田めぐみさんの遺骨に対する帝京大学の「DNA識別鑑定書」に記された分析内容の前後が合わないこと

 「小さなひとつの骨片から相反する分析結果が出たというのは科学的に完全に矛盾することから、外部からのトリックとしか考えられない。帝京大学の「鑑定書」に「骨片5は分析限界区域にあり、再生成において問題を抱えている資料であることは明白である」と指摘されたのは「鑑定結果」を科学的に保証できないということを示している。」

 私は専門家ではありませんが、この問題を調査をして勉強してではありますが、これらの疑問はしごく真っ当な問いに思えます。すくなくても、日本政府が無視していい「いんちきでたらめ」な反論のごとき科学的低レベルの質問ではないことは断言できます。

 これにたいして、日本政府は二月十日午後、拉致被害者横田めぐみさんとされた遺骨は別人のものとした日本側の鑑定結果を「ねつ造」だとする北朝鮮に対し、「DNA鑑定の技術水準に関する現実を少しも認識していない」ものであり、「全く受け入れられない」とした反論の文書をまとめ、北京の大使館を通じて送付していました。

 以下が日本政府の反論内容です。

 ◇反論要旨◇

 政府が10日、北朝鮮に伝達した「北朝鮮側『備忘録』について」の要旨は次の通り。

 <総論>(1)北朝鮮は日本政府の申し入れに全く答えていない。生存する拉致被害者を直ちに帰国させ、安否不明被害者の真実を早急に明らかにするよう改めて強く要求する(2)客観的かつ科学的な鑑定に基づくもので「ねつ造」と断言する北朝鮮の見解は受け入れられない。「遺骨」から横田めぐみさんとは別人のDNAが検出されたのは明白な事実で、日本政府の結論を否定することは不可能(3)迅速かつ日本が納得のいく対応を改めて要求する。引き続きそのような対応がない場合、「厳しい対応」を取らざるを得ないことを改めて伝達する(4)希望するなら実務者レベルで直接説明する。

 <個別論点>「疑問点は、科学警察研究所では検出できなかったが、帝京大学では『結果』を得たこと」としているが、別の検体が鑑定嘱託されたのであり、指摘は不的確▽「1200度の高温で火葬された骨を鑑定しても個人識別は不可能というのが一般的な常識」としているが、一部が熱に十分さらされずDNAが残存することはあり得る▽「遺骨を原状のまま返還し、鑑定結果ねつ造事件の真相を徹底的に究明すべき」としているが、北朝鮮側こそ日本と国際社会が納得できる説明を行う責任を負っていると改めて指摘したい。

毎日新聞 2005年2月10日 21時35分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/archive/news/2005/02/10/20050211k0000m010125000c.html

 「実務者レベルで直接説明するにやぶさかではない」とのことでした。これは興味深いことです。「実務者レベル」でこそこそ話す前に、ぜひとも国民にも話していただきたいですね。
 

 最後にはっきり申しておきますが、私・木走の主旨は、北朝鮮政府の擁護では断じてありません。 一人の日本人として自国政府に科学的実証性を示してもらいたいだけです。

 みなさんのご意見をいただきたいです。



・テキスト修正履歴・・・2005.03.22 21:15 事実誤認がありましたので(日本政府は反論しておりました)その部分を修正いたしました。

(木走まさみず)


<関連テキスト>
●少女の運命は立証されたのか
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050321
拉致被害者 少女の運命は立証されたのか
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20050401