木走日記

場末の時事評論

日テレ『南京事件』番組を「中国の謀略宣伝と酷似」と痛罵する産経新聞記事〜保守VS保守の興味深い論争を検証

 さて、これは興味深い論争であります。

 今回は『日本テレビVS産経新聞』という、まあ日本の保守系マスメディアの双璧を成すと表現してよろしいでしょう、読売グループとフジサンケイグループのよりによって(?)の『南京事件』というやっかいな事案に関する論争なのであります。

 まずは本件を知らない読者のみなさんのために時系列に起こったことを整理しておきましょう。

 すべての発端はこの番組からです。

 2015年に放送されたNNNドキュメント」(日本テレビ系)の「南京事件 兵士たちの遺言」です。

 NNNドキュメント公式サイトの番組案内から。

2015年10月4日(日)/55分枠  25:10〜
シリーズ戦後70年 南京事件 兵士たちの遺言
制作=日本テレビ

古めかしい革張りの手帳に綴られた文字。それは78年前の中国・南京戦に参加した元日本兵の陣中日記だ。ごく普通の農民だった男性が、身重の妻を祖国に残し戦場へ向かう様子、そして戦場で目の当たりにした事が書かれていた。ある部隊に所属した元日本兵の陣中日記に焦点をあて、生前に撮影されたインタビューとともに、様々な観点から取材した。

http://www.ntv.co.jp/document/back/201510.html

 たいへん話題になった番組なので、ネット上でも動画や文字起こしサイトなどがいくつかあります、以下にリンク先だけご紹介、お時間ある未読の読者はご利用あれ。

http://www.dailymotion.com/video/x38lb8r
http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/ba7c323938bb4c49f843826f525a69cc

 さて、この昨年10月4日(日)の深夜に放送された日本テレビのドキュメント番組「南京事件 兵士たちの遺言」は、今年の6月、優れたテレビ番組などに贈られる「ギャラクシー賞」のテレビ部門優秀賞として表彰されます。

 「ギャラクシー賞」の主催団体放送批評懇談会の公式サイトはこちら。

ギャラクシー賞概要

ギャラクシー賞ってなに?

ギャラクシー賞トロフィー  ギャラクシー賞は、放送批評懇談会が日本の放送文化の質的な向上を願い、優秀番組・個人・団体を顕彰するために、1963年に創設しました。
 審査は放送批評懇談会会員から選ばれた選奨事業委員会が担当します。賞の決定を第三者に委託する顕彰制度が多いなか、ギャラクシー賞は、放送批評懇談会の会員が一貫して審査にあたり、賞の独立性を維持しつづけています。

 現在、ギャラクシー賞はテレビ、ラジオ、CM、報道活動の四部門制をとっています。毎年4月1日から翌年3月31日を審査対象期間と定め、年間の賞を選び出していきます。

(後略)

http://www.houkon.jp/galaxy/index.html

 さて番組の構成はタイトル通り、南京戦に参加した当時の日本兵の日記に基づき、関係者のインタビューや中国現地などの取材で構成されています。

 不毛の論争に拘泥したくないので内容の賛否には深入りしませんが、さくっと番組のスタンスをご説明すれば、番組全体のトーンとしては、当時の兵士たちの日記に基づけばある程度規模の日本軍による「虐殺」はあったであろうことを、強く示唆する内容でありました。

 で、この読売グループの報道番組に疑義を唱えたのが、産経新聞であります。

 この番組に対し、産経新聞は今年10月16日付朝刊で「『虐殺』写真に裏付けなし」という見出しの記事を掲載します。

 紙面では、連載「歴史戦」シリーズとして3面に8段にわたり大きく掲載されました、産経のこの日本テレビ番組批判検証記事への力の入れようがこの記事のボリュームにうかがえます。

 さて産経記事では、番組の川岸に多くの人が倒れている写真の取り上げ方について、逃れようとする中国兵同士の撃ち合いや多くの溺死(できし)があったという記録に触れていないと批判します。

 さらに、捕虜の殺害についても「暴れ始めたためやむなく銃を用いた」とする大学教授の見方を紹介するのです。

 記事の結びでは、大学教授の発言を引用するかたちで、日テレのこの番組を「中国の謀略宣伝のやり方と酷似している」と批判しています。

 番組は「…といわれています」「これが南京で撮られたものならば…」といったナレーションを多用。断定は避けながらも、“捕虜銃殺”を強く印象付けた。

 北村は客観的根拠は明示せずに「ほのめかし」を駆使していることについて「中国の謀略宣伝のやり方と酷似している」と批判する。

 当該産経新聞記事はこちら。

2016.10.19 17:00
【歴史戦】
「虐殺」写真に裏付けなし 同士討ちの可能性は触れず 日テレ系番組「南京事件」検証
http://www.sankei.com/premium/news/161019/prm1610190008-n1.html

 この産経批判記事に対して、日本テレビの反応は素早かったのです。 

 日本テレビは26日、ホームページにおいて、産経新聞社が掲載した番組の検証記事の内容が事実と異なるとして、日本テレビが同社に対して文書で抗議したことを告知し、「産経新聞の記事は客観性を著しく欠く恣意(しい)的なもので、厳重に抗議する」との抗議文を公表いたします。

お知らせ
 産経新聞 2016年10月16日付掲載
〈「虐殺」写真に裏付けなし〉記事について
http://www.ntv.co.jp/document/info/archive/20161016.html

 日テレ番組への産経の批判、産経の批判に対する日テレ側の再批判がよく理解できますので、ここは抗議文を全文ご紹介。

お知らせ
 産経新聞 2016年10月16日付掲載
〈「虐殺」写真に裏付けなし〉記事について

 2015年10月放送のNNNドキュメント南京事件 兵士たちの遺言」について、産経新聞が報じた<「虐殺」写真に裏付けなし>という記事の内容は、番組が放送した事実と大きく異なっていました。このため日本テレビは書面において産経新聞に対して厳重に抗議するとともに、ここに主旨を掲載します。

 まず<「虐殺」写真に裏付けなし>という大見出しは事実ではありません。
番組で使用した写真は、大勢の人が積み重なるように倒れているものです。産経新聞の記事は、類似写真を1988年に掲載した別の全国紙紙面を引用、掲載しました。産経新聞の記事は、1988年の記事が「大虐殺の写真と報道した」と論じ、その記事を番組の内容と混同し、批判しました。しかし番組は写真について「防寒着姿で倒れている多くの人々」と説明したうえで、「実際の南京の揚子江岸から見える山並みと写真の背景の山の形状が似ていることを示した」と報じたものであり、虐殺写真と断定して放送はしておりません。にもかかわらず産経新聞の記事は「写真がそれを裏付けている−そんな印象を与えて終わった」と結論づけ、写真が虐殺を裏付けているという産経新聞・原川貴郎記者の「印象」から「虐殺写真」という言葉を独自に導き、大見出しに掲げました。55分の番組の終盤の一場面を抽出して無関係な他社報道を引用し、「印象」をもとに大見出しで批判し、いかにも放送全体に問題があるかのように書かれた記事は、不適切と言わざるをえません。
 そもそも、番組の主たる構成は、南京戦に参戦した兵士たち31人の日記など、戦時中の「一次史料」に記載された「捕虜の銃殺」について、裏付け取材をした上で制作したものです。
これに対し、産経新聞の記事に一次史料は一切登場せず、事件から50年以上経過して出版された記録の引用や、70年後に出版された著作物の引用に基づいています。産経新聞の記事は揚子江岸での射殺場面について「暴れる捕虜にやむなく発砲」と見出しを付けて断定しました。内容はいわゆる「自衛発砲説」というもので「捕虜を解放しようとしたところ抵抗されたので射殺した」という証言です。これは1961年になって旧日本軍の責任者が語ったものであり、産経新聞の記事は2007年出版の「再現 南京戦」という著作物から引用しています。番組でも同じ証言の存在を具体的に紹介した上で、1937年当時の一次史料にはそのような記載がないことを伝えています。しかし産経新聞の記事はその放送事実に一言も触れておりません。
 なお、8月30日付けの原川記者の事前の質問に対し、当社としては誠実に答えたつもりです。「自衛発砲説」について放送で触れたことや、南京事件については日本政府の見解を含め、さまざまな議論があると放送したことなど、骨格をなす要素について、それぞれ丁寧に答えました。ところが産経新聞の記事には、写真についての回答以外一切掲載されていません。
 以上のように産経新聞の記事は客観性を著しく欠く恣意的なものであり、当社は厳重に抗議します。

 うむ、両者の言い分に対する賛否ですが、先程も述べましたが、ここでは不毛の論争に拘泥したくないので内容の賛否には深入りしませんが、いずれにしましても、今回は『日本テレビVS産経新聞』という、まあ日本の保守系マスメディアの双璧を成すと表現してよろしいでしょう、ちょっと大げさにとらえればですが、読売グループとフジサンケイグループの、よりによって(?)『南京事件』というやっかいな事案に関する報道番組に関する論争なのであります。

 地味ですがとても興味深いのです。

 さっそく28日付けの朝日新聞が取り上げています。

日本テレビ産経新聞に抗議 「南京事件」番組めぐり
2016年10月28日19時33分
http://www.asahi.com/articles/ASJBX5J0CJBXULZU013.html

 ちょっと面白いのは、朝日の取材に対して産経も日テレも「記事のとおり」「記載のとおり」と極めて事務的そっけない対応なのでありますね。

産経新聞社広報部は朝日新聞の取材に「当社の見解は、10月16日付の当該記事の通りです」。日本テレビ広報部も「ホームページに記載した通りです」としている。

 ・・・

 さて、今回の『日本テレビVS産経新聞』という、日本の保守系マスメディア同士の『南京事件論争』でありますが、どちらの言い分が正なのか、その評価は読者に委ねたいと思います。

 ここではメディア論的に両者の報道スタンスについてまとめおきたいです。

 読売(日テレの親会社)と産経は保守系であり、例えば自民党安倍政権の諸政策には原則支持ですし、原発推進、安保法制支持、改憲賛成など、多くの論点で保守同士同じような主張を展開しています。

 さにありながら、ある分野ではその両者の主張の細部では小さくはない隔たりがあります、一言で言えば保守強硬派の産経に対して、保守穏健派の読売と言ったところでありましょうか。
 
 例えば歴史認識と安全保障分野です。

 同じ憲法改正支持派でも読売は戦争放棄の九条には当面触れない派であり、産経はもちろん九条含めての改憲派であります。

 あるいは、ときの首相の靖国参拝問題では、読売は参拝自体に問題はないが海外の批判を避けるために自制すべきというスタンスであるのに対し、産経は靖国参拝は純粋に日本国内のマターであり、海外の批判関係なく首相は参拝すべしとの主張です。

 上記南京事件問題でも、読売(日テレ)の番組は、中国の主張する30万人以上という犠牲者の数値はまったくの論外としても、火のないところに煙は立たないわけで、何人かは確定しないが日本軍による「虐殺」はあったのだろうとの推定を強く印象づけている、番組のスタンスはそう読み取れます。

 これに対し、産経は「自衛発砲説」なども取り上げつつ、日テレの「虐殺」を示唆する写真も中国兵同士の「同士討ち」の可能性もあると細部に渡って反論していきます。

 産経記事はその行間に、日テレ記事は中国の主張のような「はじめに日本軍による虐殺ありき」というある種のフィルターがかけられた偏向があると主張しているようです。

 ・・・
 現在、両者の言い分はまっこう対立しています。

 産経新聞の記事は客観性を著しく欠く恣意的なものであり、当社は厳重に抗議します(日テレホームページの抗議文の結び)

 (日テレ番組は)中国の謀略宣伝のやり方と酷似している産経新聞記事の結び)

 いずれにしても報道内容に対するメディア同士のこのような論争は歓迎すべきでありましょう。

 私たち一般視聴者にとって大事なことは「真実はどうだったのか」、事実の解明にこそあります。

 またこのような論争を通じて本件のような歴史的事案に対する一般視聴者の知見が深まることも、有意義であると考えます。

 さて、読者は本件でどのようなスタンスを取りますのでしょうか。

 今回は保守VS保守の興味深い論争を取り上げてみました。



(木走まさみず)