木走日記

場末の時事評論

タイのクーデターの背景を整理しておく〜アジア新興国が共通に抱える深刻な格差拡大が先行して社会問題化しているタイ

 22日付け産経新聞記事から。

タイでクーデター 閣僚を拘束、憲法停止も
2014.5.22 19:50

 【シンガポール=吉村英輝】タイ全土に戒厳令を布告していた陸軍のプラユット司令官は22日、地元テレビで演説し、秩序の回復に向けてタイ陸、海、空軍、警察が「国家平和維持評議会」を組織して全権を掌握したと発表し、軍事クーデターを宣言した。チャイカセーム法相ら閣僚を拘束、反政府派を主導するステープ元副首相やアピシット元首相も連行されたもようだ。インラック前首相の所在は不明。

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/world/news/140522/asi14052219500004-n1.htm

 うむ、22日タイにおいて軍事クーデターが起きました。

 またしてもと表現してよいのでしょう、タイでのクーデターは、タクシン政権当時の2006年9月以来ですが、メディアによると、タイのクーデターは1932年以降で19回目となるわけです。

 今回はこのタイのクーデターについてその背景を整理・分析しておきます。
 
 そもそもタイで政争が繰り返され軍事クーデターにおいても収拾がつかない最大の理由は、タイの抱える地域主義と甚だしい地域間経済格差にあるといわれています。
 
 UNDP:国際連合開発計画(こくさいれんごうかいはつけいかく、英語: United Nations Development Programme)は、世界の開発とそれに対する援助のための国際連合総会の補助機関であります。

UNITED NATIONS DEVELOPMENT PROGRAMME
http://hdr.undp.org/en

 UNDPの人間開発報告書は毎年発表されているのですが、時に国別の報告書が作成されていて、2009年版ではタイの報告書が作成、以下に公開されています。

Advancing Human Development through ASEAN Community
Country:Thailand
http://hdr.undp.org/sites/default/files/thailand_nhdr_2014_0.pdf

 この報告書にてタイの政治紛争の要因はズバリ経済的「不平等」であると言い切っています。

 「タイにおける政治紛争が高まってきている要素としては、地域主義、イデオロギー、あるいは個人の問題があるが、背景的な要因として不平等が役割を果たしていることを否定することは難しかろう。」(Thailand Human Development Report 2009 - Human Security, Today and Tomorrow)

 タイの政争はタクシン元首相派と反タクシン派によって長年繰り広げられているわけですが、その支持層は経済的地域的にはっきりと区分けされます。

 タクシン派は経済的に貧しい北部や東北部を中心とした地方の農民層や中・低所得者の間で根強い人気があります。タクシン氏は01〜06年の首相在任中に、低額医療や農民の債務繰り延べなど、歴代政権で初めて地方の貧困対策に取り組んだことで、都市部や富裕層から「バラマキ政策」と不評を買っているわけです。

 国外逃亡を続ける同氏ですが、妹のインラック氏が所属する与党・タイ貢献党や「赤シャツ」と呼ばれる政治団体反独裁民主統一戦線(UDD)を通じてタイ政界に影響力を及ぼしています。


 一方、反タクシン派ですが、最大野党・民主党や反政府デモ隊は、タクシン派政権の「ばらまき」で公正な選挙が実施できないとし、総選挙前の政治改革を主張しています。
 
 反タクシン派は首都バンコクの都市中間層を中心に富裕層・司法・大企業・王族そして軍部を主な支持層としていますが、支持有権者数ではタクシン派におよびません。

 さて上記UNDP報告書によれば、タイは行政単位として首都バンコクを含めて5地域55県に分かれていますが、2007年選挙の2大政党のうち反タクシン派を支持した地域(25県)の同年の1人当たりGDPは22万バーツであるのに対して、タクシン派を支持した地域(32県)は9万バーツと大きな所得格差が存在しているわけです。
 
 上記報告書の資料より、タイの行政5地域の地域別世帯収入をグラフ化してみます。

■図1:タイ地域別世帯収入(2011年)

 タクシン派の支持層が多い北部・東北部に比べて、反タクシン派の支持層が集中しているバンコク特別区の世帯収入は2.5倍近くの格差があることがわかります。
 
 タイにおいては、1957年の軍事クーデター以降、王と軍の協力で可能となった開発独裁の中で、農村部を取り残すかたちで、軍や官僚、財閥といった支配者層の周辺に富と権力が集中してきました。
 
 これに対し、新興財閥を率い、2001年に政権についたタクシン元首相が、貧困対策や「ばらまき政策」で地方の支持を集め、都市部の利権構造にメスを入れたわけです。
 
 こうした対立の構図が先鋭化し政争が続いているのは、経済的不平等が固定化されてしまいなかなか解消されないからなわけです。

 ・・・

 さて、ここで我々が留意すべき点は、タイでは実は現在では格差が拡大していることが問題なのではなく、いったん拡大された格差の固定化が問題であるということです。

 以下の大和総研グループのレポートでは、アジア新興国労務リスクについて分析しています。

アジアンインサイト
高成長の陰で高まるアジア新興国労務リスク
ベトナム、インド、中国の所得格差は拡大傾向〜
http://www.dir.co.jp/consulting/asian_insight/120802.html

 このレポートの中でタイを含めたアジア新興国の経済格差(ジニ係数)の変化をグラフ化しています。

■図2:アジア諸国の経済水準の発展と所得格差の変化(1990年→2010年)

(出所)IMF、Euromonitorより、大和総研作成

 ご覧のとおり過去20年間でタイは格差が若干ですが下がっています、格差の高止まりといってよろしいでしょう。
 
 ・・・
 
 まとめです。
 
 今、タイで起こっているクーデターはもちろんタイ固有の諸問題により誘発されているわけですが、今分析したとおり、その背景にはアジア新興国が共通に抱える深刻な問題があると言えましょう。
 
 すなわち、まず開発独裁の中で、農村部を取り残すかたちで、軍や官僚、財閥といった支配者層の周辺に富と権力が集中し経済格差が拡大いたします。
 
 それは少数の富裕層と多くの貧困層を生み、そしてしばしば首都圏と地方の経済格差が固定化されていきます。
 
 東南アジアの優等生であったタイにおいては、他国に先駆けて格差拡大が問題になり、そして民主主義の成熟とともに都市部の利権構造にメスを入れる勢力が台頭、今回の政争につながっていると考えられます。
 
 すなわち経済発展で先行しているタイで今回起こっていることは、国状の違いはありますが、他のアジア新興国が共通に抱える深刻な格差拡大が先行して社会問題化していると分析することが可能です。

 取り分けすでにジニ係数でタイを上回る勢いで格差が拡大している中国などにおいては、共産党独裁体制により健全な民主主義が成熟できていません、格差拡大による社会不安にどう今後向き合うのか、貧民層の不満をどう解消するのか、喫緊の問題となることでしょう。
 
 今回はタイのクーデターについて、その背景について考察いたしました。
 
 
 
(木走まさみず)