木走日記

場末の時事評論

「保安院を一方的に批判するだけでエネルギー問題は解決するのだろうか」(産経社説)〜不憫で孤高のメディア・産経新聞


 今現在国民の評判が悪い行政機関は、原子力行政をこれまで司ってきた経済産業省、そしてそのなかでも原子力安全・保安院の信用は完全に失われています、かつての社会保険庁のような存在といっても過言ではないでしょう。

 福島原発事故を受けてその存在価値がまさに問われている経済産業省原子力安全・保安院なのですが、またひとつ過去の「醜態」が明らかになりました。

 中部電力など電力会社各社は29日、国が主催したシンポジウムや住民説明会などで「やらせ」質問などがあったかについての調査結果を公表。経済産業省原子力安全・保安院の「やらせ」質問工作をはじめ、電力会社が参加を要請した住民に例文のメモを示して発言させるなど世論誘導の実態の一端が次つぎに明らかになりました。

 報道内容を整理すると、中部電力四国電力中国電力東京電力で社員や関係者を動員、中には質問内容の例文まで作成した事実が明らかになりました、報道内容を表にまとめてみました。

電力会社 時期 説明会 保安院指示内容 電力会社対応
中部電力 2007年8月 静岡県御前崎市浜岡原発4号機プルサーマル発電シンポジウム 「質問が反対一色にならないよう、(容認の立場からの)質問書を作成し、地元の方に質問していただくよう」 「やらせ」質問の文案を作成したものの、「コンプライアンス(法令順守)上、問題がある」として、指示を拒否
中部電力 2007年8月 静岡県御前崎市浜岡原発4号機プルサーマル発電シンポジウム 「空席が目立たないように、シンポジウムの参加者を集めること」 中電は社員、関連企業、地元に動員をかけた
四国電力 2006年6月 伊方原発3号機プルサーマル計画シンポジウム 社員を積極的に参加させるよう依頼 同社や関連企業の社員、老人クラブなどの地域団体に質問・意見を要請し、発言した15人中、10人は四国電力が依頼した人だった
中国電力 2010年 島根原発の保守管理の不備についての住民説明会 保安院の関与は不明 地域で原発プルサーマルに理解ある人に質問や要望を出すよう依頼。「専門用語が多く理解しにくいところもあるが、プルサーマルプルトニウムの特性や性質をきちんと把握して行うとのことなので安心した」などの発言の例文を作成
中国電力 2009年 島根原発2号機プルサーマル計画と耐震安全性の住民説明会 保安員の関与は不明 社員を積極的に参加させるよう依頼。全参加者361人のうち、社員とグループ企業が180人
東京電力 2007年〜 27回の中越沖地震に関する住民説明会 保安員の関与は不明 社員を積極的に参加させるよう依頼。課長級以上の経験者27人が社員や関連企業に参加要請

 調査対象は過去5年に開かれた国主催のシンポジウムに限定されており、また関西電力北陸電力などは含まれていません。

 四国電力の例では「発言した15人中、10人は四国電力が依頼した人だった」シンポジウムもあったそうですが、まあ原発のシンポジウムで電力会社側が動員する「さくら市民」のことは一部で有名な話だったわけで、それが今回電力側が初めて公式に認めたというわけです。

 で、呆れたのが原子力安全保安院が電力会社に「やらせ」を指示していた中部電力四国電力のケースです。

 なんともこっけいなお節介だと思うのですがよほど説明会での発言者が反対派ばかりになることを恐れていたのでしょうか、しかしこれでどこが「厳正・中立」な電力会社に対する監督機関なのか、笑止千万な話ではあります。

 さてメディアですが、各電力会社が公表した翌30日の主要紙の社説は「やらせ」を指示した保安院の批判で埋まります。

【朝日社説】エネルギー政策―客観データの公開を
http://www.asahi.com/paper/editorial20110730.html
【読売社説】やらせ疑惑 経産省から保安院分離を急げ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110729-OYT1T01110.htm
【毎日社説】保安院もやらせ 信頼の底が抜けた
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20110730ddm005070183000c.html
【日経社説】不信生む保安院はいらない
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E1E3E4E3E2E5E2E1E2E2E5E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 タイトルを見ても「信頼の底が抜けた」(【毎日社説】)、「保安院はいらない」(【日経新聞】)と辛辣な社説もありますが、各紙とも保安院の「やらせ」依頼を「言語道断」と断罪しています。

 ・折しも、規制機関である原子力安全・保安院原発のシンポジウムに際し、電力会社に「やらせ」を依頼していたことが発覚した。言語道断だ。(【朝日社説】)
 ・原発を監督したり、規制したりする機関が、推進の立場から業界に工作を働きかけていたとすれば、言語道断である。信頼を大きく傷つける行為だ。(【読売社説】)
 ・これでは、泥棒を捕まえてみればお巡りさんだった、ということではないか。(【毎日社説】)
 ・原子力安全・保安院が、公開シンポジウムでの「やらせ質問」を電力会社に依頼していたことが明らかになった。原子力発電所の安全を厳しくチェックすべき立場にありながら言語道断の振る舞いだ。(【日経社説】)

 そして各紙とも保安院経産省から分離すべきと厳しく指摘しています。

 ・保安院経済産業省から早く独立させ、きちんと機能する組織をつくることに異論はないだろう。(【朝日社説】)
 ・政府は、東京電力福島第一原発の事故を踏まえ、保安院経産省から切り離す方針を国際的に表明している。組織改革を一日も早く、実現すべきである。(【読売社説】)
 ・福島の事故前から私たちが主張してきた保安院の分離独立も含め、再発防止、信頼回復への取り組みを急ぐべきだ。(【毎日社説】)
 ・やはり早期に、保安院経産省から独立させるなど原子力安全規制の仕組みを抜本的に見直す必要がある。(【日経社説】)

 ・・・

 さて、この問題で一人沈黙を守っていた産経新聞ですが、2日付け社説で満を持して堂々の社説を掲げました。

「やらせ」問題 保安院たたきでいいのか
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110802/crm11080203420003-n1.htm

 おお、なんと産経はこの期に及んで保安院擁護の論説を掲げたのであります。

 そうか、この局面で保安院を擁護するというのか・・・

 よし、それも有りでしょう。

 社説は冒頭、保安院による「やらせ」依頼は「結果として原発の必要性や信頼性を損なっており、問題」であることは言うまでもない」と始めます。

 プルサーマル計画をめぐる国主催のシンポジウムで、経済産業省原子力安全・保安院中部電力四国電力に対し、好意的な質問が出るよう働きかけていたことが保安院による「やらせ」依頼として厳しく批判されている。

 結果として原発の必要性や信頼性を損なっており、問題なのは言うまでもない。

 続いて「保安院を一方的に批判するだけでエネルギー問題は解決するのだろうか」と疑問を投げかけます。

 しかし、保安院を一方的に批判するだけでエネルギー問題は解決するのだろうか。とりわけ、批判の先頭に菅直人首相が立っていることには強い違和感を覚える。

 どうも菅直人首相が「薬害エイズの構造とそっくりだ」と批判したことがお気に召さないようです。

 首相が「私が厚生相の時の薬害エイズの構造とそっくりだ」と指摘し、「安全性を国民の立場でチェックしなければならない保安院が推進する側のお手伝いをしている」と言い切ったことだ。

 中部電や四国電によると、保安院はシンポに際して「会場に空席が目立たないよう参加者を集める」ことや「質問が計画反対派だけにならないよう質問を作成し、住民に質問してもらう」ことなどを要請したという。

 菅首相橋本龍太郎内閣の厚生相当時、薬害エイズ問題で行政の誤りを認め謝罪した。だが、保安院の問題をこれと同列視し、官民癒着の典型例と位置づけるのは適切なたとえだろうか。

 続いて首相は「保安院を「悪役」に仕立てて」いると批判します。

 大事故が起きると、人はえてして「悪役」を作り上げたくなる。首相に求められるのは、保安院を「悪役」に仕立てて役所や官僚たたきに走ることではない。行政府の長として責任を持って適正な規制のあり方を冷静に協議し、安全を確保していくことである。

 首相は経産省保安院との対決の構図をことさら強調する。保安院に代えて「反原発」色の濃い機関を政府内に置こうというのだろうか。原発への依存度を下げていくとしても、当面、原子力を上手に使いこなしていく規制機関が存在しなければならない。

 続いて政府の方針である「保安院分離」も、「疑問がなくはない」とけちをつけます。

 政府は保安院経産省から独立させる方針を示している。しかし、保安院分離ですべて課題が解消するものではなく、分離論こそベストという前提にも、疑問がなくはない。金融庁のように、金融機関への検査・監督という規制と同時に、適切な金融市場の育成を図る官庁もあるからだ。

 で、社説の結びは保安院は適法なのだから議論は慎重にすべきとまとめています。

 保安院は法律に基づいて設置されている。人事交流などを含め、どの程度の独立性を持たせるべきか、慎重な議論が求められる。

 うむ、この局面でこの保安院擁護の社説であります。

 「保安院を一方的に批判するだけでエネルギー問題は解決するのだろうか」

 見事な問題提起です。

 しかしながらこの「××を一方的に批判するだけでエネルギー問題は解決するのだろうか」という提起はいかにもファジーで説得力の点で厳しい問題提起といえましょう、「××」の箇所は「保安院」でも「東電」でも「菅総理」でも「産経新聞」でも適当になんでも入れちゃいますもの。

 途中の菅総理の発言に対するくだりも、保安院の問題を薬害エイズ問題と同列視したことに、「官民癒着の典型例と位置づけるのは適切なたとえだろうか」と疑問符を付けていますが、保安院擁護の主張としてはいかにも弱いです。

 保安院経産省からの分離に関しても「疑問がなくはない」とし、社説の結語は、「保安院は法律に基づいて設置されている」のだから、「慎重な議論が求められる」とは、産経にしては力不足な結びといっていいでしょう。

 産経新聞としては、保安院の「やらせ」依頼よりも、保安院を「悪役」として利用している菅政権への批判をメインに論じたかったのかも知れませんが、だとすれば話の筋が悪すぎて論点がかすんで何が言いたいのかわかりづらくなってしまっています。

 しかしながらこの国には言論の自由があります。

 一紙ぐらい保安院を擁護して首相を批判する論説があってもいい、と不肖・木走は、あえてこの産経社説を擁護したい。

 ただ、論説の筋立てに少々無理があるので少々わかり辛かったのが不憫(ふびん)なのであります。

 不憫で孤高のメディア、産経新聞であります。



(木走まさみず)