なぜ日本のマスメディアは、経営革新するダイナミズムを示せないのか〜日経トップ記事から考察する
●フィルム市場の事実上の「蒸発」を生き残った企業たちの強(したた)かさ
26日(日曜)付け日経新聞紙面トップ記事から。
有力企業の「稼ぎ頭」交代 富士フイルムは複写機から医療・液晶
有力企業で主力事業の交代が相次いでいる。富士フイルムホールディングスは2010年3月期、医療や液晶関連などの事業部門が複写機・プリンターの売り上げを上回る勢いだ。日清紡ホールディングスは太陽電池関連の利益が自動車部品を抜く見通し。金融危機後の逆風下でも事業の新陳代謝を進める企業は業績や株価が堅調だ。景気低迷で収益構造の見直しを進める企業は多く、成長分野を強化する動きが広がりそうだ。
富士フイルムは写真フィルムの販売減に対応した構造改革で、医療、液晶分野などを重点強化する成長事業と位置付けている。事業部門を複写機・プリンターなどの事務機と、写真・デジタルカメラ、液晶・医療など重点事業の3つに分けており、今期は液晶用フィルムの拡大や医薬品会社の買収で同事業の売り上げがトップになる可能性が高い。利益でも構成比が上がっているようだ。 (10:02)http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090726AT2D2202G25072009.html
「有力企業で主力事業の交代が相次いでいる。富士フイルムホールディングスは2010年3月期、医療や液晶関連などの事業部門が複写機・プリンターの売り上げを上回る勢い」だそうであります。
実に興味深い記事です。
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20年前までは、国内観光地に行けば売店でカメラのフィルムが山積みにされて売られていました、緑色の箱の「フジカラー」、橙色の「さくらカラー」(末期には青基調の「コニカカラー」)、黄色と黒の「コダカラー」、国内のフィルム市場はこの御三家、フジフィルムと小西六(後のコニカ、現コニカ・ミノルタ)、外資のコダック3社の独占でありました。
当時、お正月ともなればフジカラーの「お正月を写そう」CMがTVから連日流され、あるいは小西六の「100年プリント」などのCMもお茶の間のお馴染みでありました。
やがて時が流れこの「写真フィルム」という媒体そのものが市場崩壊するわけです。
デジカメの登場です。
CCD (Charge Coupled Device)という電荷結合素子が技術的に飛躍的進化を遂げ、つまり半導体技術の発展により光信号を電気信号に変え蓄えるというデジタル化に成功、それまでの媒体「写真フィルム」はあっというまに過去の「遅れた技術」となり必要なくなり、デジタルカメラとメモリチップさえあれば、高解像度の写真が撮れるようになったのであります。
フィルムがいらない、すなわち、現像も必要ない、まったく新しいカメラが誕生したのです。
媒体としてのフィルムの時代は終焉を迎えたのです。
観光地の売店から「写真フィルム」は消え、商店街からカメラ屋さんが消え、カメラはフィルムカメラからデジタルカメラの時代に移り、今日携帯電話にも高解像度カメラが搭載される時代を迎えてます。
かつてのフィルム御三家は、フィルム市場の事実上の蒸発(市場そのものが失われるという意味)という激動の時代にいきなり突入いたします。
業界一位のフジフィルムはいち早くデジタル化の波を認識し、フィルム工場を暫時閉鎖・減産しつつ、複写機などで保持していたデジタルカメラ技術を磨き方向を転換していきます。
フジフィルムは、フィルムから複写機・プリンターなどのOA機器の売り上げを主流にシフトしつつ、あわせてレントゲンフィルム等の蓄積があった医療や液晶関係にも多角化していきます。
業界2位の小西六はフジほど華麗に主力事業の交代を進めることはできませんでした。
コニカと社名変更し、フィルム事業からは撤退、複写機・プリンターなどのOA機器でのサバイバルのため、レンズ部門はソニー売却、その後ミノルタと合併、フジ同様フィルム時代の蓄積を生かしたメディカル部門の売り上げを確保しながら、今日のコニカ・ミノルタとして生き残っております。
今日、この不況で新自由主義的市場競争原理主義は極めて評判を落としていますが、この国内フィルムメーカーの見事なサバイバルを振り返ってみてみると、やはり「フィルム」という時代から取り残された媒体・技術を潔く見捨てて、競争原理の示すままサバイバルをかけて他分野事業に果敢にチャレンジしたことは評価されてよいでしょう。
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●経営的には壊滅的とも言える冬の時代を迎えているマスメディア
富士フイルムなどの民間企業の「主力事業の交代」を報じる日経新聞ですが、これを自分たち新聞業界の壊滅的危機状況に結び付けて主観的に考察する、といった知恵がほしいところです。
今日の不況もあいまって、日本のマスメディアである、TV・新聞業界は経営的には壊滅的とも言える冬の時代を迎えています。
主要紙でただ一紙発行部数を伸ばしているこの日経新聞にしたところで、決算の状況はさんさんたる有様です。
『東洋経済』2月12日の記事から。
日経新聞が2期連続大幅減益、部数増でも赤字転落の危機
https://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/ffec976f5e4906b855d6f4938ab8798a/
記事の結語から。
昨年4月に就任した喜多恒雄社長は、3500人いる単体の社員を自然減により早期に3000人体制へ圧縮することを表明。10年春には、より成果主義の要素を強くした新人事体系を導入する。同じ10年春に待望の新事業、有料電子新聞をスタートさせる計画もある。はたして、守り(経費・人件費削減)と攻め(新規投資)の二兎を追うことはできるのだろうか。
「3500人いる単体の社員を自然減により早期に3000人体制へ圧縮することを表明」とありますが、いきなり従業員の1/7圧縮という荒療治は、この春に「募集した業務部門の採用取りやめ」という醜態を晒します。
3月25日付け読売新聞記事から。
日経新聞、募集した業務部門の採用取りやめ…数百人応募
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20090325-OYT1T00631.htm
「同社は24日夜、応募した学生らに「大変ご迷惑をおかけ致しました」とするおわびのメールを送付」したそうですが、唯一の主要紙勝ち組の日経ですらこの無様なありさまであります、他紙はもう悲惨な状況なのであります。
他紙の惨状を報じる記事の一部をネットから列挙してご紹介。
産経新聞に経営危機説? 社内でまことしやかに、大規模リストラの実施で
http://www.pjnews.net/news/56/20090708_2
朝日新聞100億円赤字に転落 広告大幅落ち込み、部数も減少
http://www.j-cast.com/2008/11/21030835.html
毎日・産経が半期赤字転落 「新聞の危機」いよいよ表面化
http://www.j-cast.com/2008/12/26033024.html
読売新聞グループ本社決算、営業損益2億5100万円の赤字。
http://www.findstar.co.jp/news/syosai.php?utm_source=news&utm_medium=rss&s=001607
特に経営基盤が弱体化している毎日と産経がひどいもようですが、中でも毎日はメインバンクから本社ビルの売却までせまられているそうです。週刊ダイアモンド12月5日号の内容を紹介した昨年の当ブログエントリーから。
(前略)
特集 新聞・テレビ複合不況
http://dw.diamond.ne.jp/index.shtml興味のある人は是非週刊ダイヤモンドを購入して読んでみてください。
お勧めであります。
この記事によれば、もう新聞もTVもダメダメのようですね。
朝日や産経だけでなく、毎日・読売・日経ももう総崩れの減収・減益のようであります。
特に倒産しそうな毎日にいたっては、もうだめだからと、メインバンクの三菱東京UFJに名古屋と北海道から新聞事業の撤退、「サンデー毎日」の廃刊、本社ビルの売却まで迫られてるそうです。
で、毎日側の北海道からの撤退ができない理由てのが「北海道の毎日の印刷工場では聖教新聞の印刷を下請け受託してるからできない」っていう悲しい理由なのであります
(後略)
■[メディア]マスメディア複合不況〜すべて彼らの自業自得だ より抜粋
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20081204
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●なぜ日本のマスメディアは、経営革新するダイナミズムを示せないのか
なぜ日本のTV・新聞に代表されるマスメディアがこのような深刻な経営状況に陥ってしまったのでしょうか。
表層的には、今回の不況による急速な広告収入の減少と、構造的に起きていた発行部数の低迷があげられるでしょう。
広告媒体としてライバルに急浮上しているインターネットの普及も要因に上げられると思います。
しかしそれらよりもより本質的な、そしてより深刻な問題を日本のメディアは抱えていると思います。
それは彼らが法律等で守られた時代錯誤の日本最後の『護送船団』業界であるという事実です。
新聞法や再販制度や独禁法例外措置など、数々の法律や悪臭ただよう規制により、守れらてきた前時代的宅配事業に固守してきた新聞業界、そして許認可制の放送免許で事実上の無競争で民間企業最高峰の高給を謳歌してきた系列TV局、彼らは戦後64年、事実上自由競争から完全に守られてきたのです。
結果、新聞業界では、「押し紙」と呼ばれる決して読者には届かない詐欺的(発行部数をごまかすという意味では詐欺そのもの)無駄紙を販売店に押しつける行為がまかり通り、TV局では番組制作において醜い「下請け」ピラミッドが構成され、報道番組やアニメーションでも自主企画・製作能力が壊滅し、毎日系列のTBSなど、単なる不動産業社に成り下がっています。
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今世紀に入り、ネットが普及し始めた頃、いったい日本のマスメディアの中で何人が、この新しいメディアに対する危機意識を持ったのでしょうか。
統計によればおそらく今年か来年にも広告メディアとして新聞をネットが抜くであろう事が予想されています。
かつてデジタルカメラの誕生により、カメラの媒体が「フィルム」から「メモリチップ」に遷移するという、メディア相転移ともいうべき激動の時代に、世界のフィルムメーカーはサバイバルを掛けて主力事業の交代を急ぎました。
自由競争の下、旧態依然としたフィルムという媒体など誰も守ってはくれなかったからです。
今、新聞業界は同様な激動の時代を迎えています。
昔ながらの「紙」媒体は「ネット」という新しいメディアの登場にあえぎ苦しんでいます。
しかし新聞にはかつての主力事業の交代を急いだフィルムメーカーが有したダイナミズムが全くありません。
新聞にダイナミズムがないのは、時代遅れの媒体である「紙」が理不尽に守られているからに他なりません。
そしてそれは死期を少し延ばしているという意味では悲しい延命行為にすぎません。
保護された『護送船団』業界であるマスメディアからは、経営革新するダイナミズムなどもはや示せないのです。
メディア関係者はこの日経トップ記事を、自省を込めて深く考察したほうがよろしいです。
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(木走まさみず)