木走日記

場末の時事評論

3月10日〜どんよりとした東京の空を見上げながら

 不肖木走は東京に居をかまえております。今日の東京の空はどんよりと曇っており、3月とはいえまだまだうすら寒い陽気です。

 事務所の窓からそんな東京の曇り空をながめながら、60年前の今日3月10日未明のことに想いをはせます・・・サイパン島を飛び立ったB29の大群がこの同じ空を覆い尽くし、焼夷弾をまき散らし10万にもおよぶ犠牲者を出した東京大空襲の日・・・

 「鳥も鳴かない。青い草も見えない」。焼かれ尽くし、満目荒涼たる東京・本郷の廃墟(はいきょ)に呆然(ぼうぜん)と立った23歳の医学生、山田誠也は日記に書いている。「こうまでしたか、奴(やつ)ら」。
(後略)

 2005.03.10 読売新聞『編集手帳』より

 この医学生山田誠也が、のちの作家山田風太郎さんであります。

(前略)
 ◆戦争だから恨みごとは言わないと、日記はつづく。「われわれは冷静になろう、冷血動物のようになって、眼(め)には眼、歯には歯――血と涙を凍りつかせて、きゃつらを一人でも多く殺す研究をしよう…」
 ◆彼我の物量の差を知る後世の目で青年の所懐をわらうのは易しい。戦後の平和に慣れた目で報復の決意を難じるのは易しい。無差別の大量虐殺を目の当たりにして、だが、ほかに何を語り得ただろう
 ◆60年前のきょう未明、米軍のB29がおびただしい数の焼夷弾(しょういだん)を東京上空から降らせた。巨大な溶鉱炉と化した下町一帯で約10万人の命が奪われた。
(後略)

 2005.03.10 読売新聞『編集手帳』より

 あれから60年、今日の東京は人は溢れ物は溢れ世界に誇る経済的成功をおさめ、まずは平和を謳歌しております。
 しかし、そんな表層的な繁栄とは裏腹に今日この国に住む私達は幸福と言えるのでしょうか。なにも東京だけではありますまい。この日本全体を覆う脱力感、将来に対する不安感、夢をすっかり無くして久しい老いた憂いの国、にっぽん・・・

 街にはニートなどという職もなく夢もなくパッショ(熱情)もない若者が溢れ、彼らを一喝すべき大人達は、国家破産真一文字に進む国家財政をいたずらに傍観・無策の厚顔政治家達を筆頭に、愚かなる低俗番組を垂れ流しながら恥知らずにも『放送業は社会の公器である』とのたまう某民放会長が、その長をつとめる体たらくな民放連に代表される、おのが既得権益に執着してばかりのマスメディア、私利私欲自社利益のみに狂奔し売上高、利益高の飽くなき追求の結果、納税意識の欠如、社会貢献意識の欠如をさらけ出しスポーツ振興もあったものでもないだろうがつい数年前まで世界屈指の億万長者とあがめ奉られていた輩などに代表される守銭奴経営者たち・・・・

(前略)
東京大空襲を指揮したのはカーチス・ルメイ将軍である◆日本政府は戦後、自衛隊育成の功労者としてルメイ氏に勲一等旭日大綬章を贈った。東京五輪の年である。高度成長の上昇気流に酔い、かつて凍らせた血と涙の記憶を喪失したのだろう。人はときに、上に向かって堕落していく◆火炎と熱風をのがれて水辺に逃げた人の多くは酸欠死し、あるいは溺死(できし)し、凍死した。遺体からにじみ出た脂で隅田川が濁ったという。

 2005.03.10 読売新聞『編集手帳』より

 この国がいつからおかしくなったのか知りませんが、もう一度焼き尽くされたほうがいっそのことすっきりするのではなどと戯言(たわごと)をいうべきではもちろんないでしょう。しかしながら、東京大空襲をはじめ戦争で尊い命を失われた多くの先人達は、今の東京、日本を空の上からどうながめているのか・・・・

 どんよりとした東京の空を見上げながら、おのが無力を恥じつつ木走は考えたのでした。

(参考ブログ)不可視型探照灯http://blog5.fc2.com/erict/blog-entry-6.html
(参考ブログ)僕の伝言板http://d.hatena.ne.jp/katchan/20050311