木走日記

場末の時事評論

北方領土交渉:「2島返還」では日本はあまりにも多くのモノを失う

 北方領土4島はすべて日本の領土であります。

 まず163年前の日露和親条約を振り返りましょう、全てはここからなのです。

 安政2年12月21日(1855年2月7日)に日露和親条約が日本とロシア帝国の間で締結されました。

 本条約によって択捉島と得撫(ウルップ)島の間に国境線が引かれました。

 全く平和的、友好的な形で調印されたこの条約は、択捉島までは日本人がすでに統治を確立していました、当時自然に成立していた国境を友好的に再確認したものでした。

 以来、択捉、国後、歯舞、色丹の北方領土4島は、外国に帰属したことは一度もありませんでした。

 しかし、第二次大戦末期の1945年8月9日、ソ連は、当時まだ有効であった日ソ中立条約に違反して対日参戦し、日本がポツダム宣言を受諾した後の同年8月28日から9月5日までの間に北方四島のすべてを占領しました。

 当時四島にはソ連人は一人もおらず、日本人は四島全体で約1万7千人が住んでいましたが、ソ連は1946年に四島を一方的に自国領に「編入」し、1948年までにすべての日本人を強制退去させました。

 1956年の日ソ共同宣言は、約65万人ものシベリアに不当に抑留されていた日本人の帰還の問題や、ソ連の指示でソ連及び東欧諸国が不支持だった敗戦国日本の国連への加盟の問題、日本漁船の拿捕が続発していた太平洋の北西部やオホーツク海における北洋の漁業問題の解決、これらの課題を抱えていた日本が、いわば、窮余の策として妥協して二島返還としたもので、それでも領土交渉の継続を約束させた上での署名でした。

 この日ソ共同宣言により、シベリヤ抑留者の帰還や日本の国連加盟などが実現したわけで、この戦後11年で交わした共同宣言は、戦勝国ソ連に多くの「人質」を取られていた敗戦国日本にとり、条件を交渉する余地のほとんどない宣言でありました。

 ゆえに日本政府は日ソ共同宣言以降も、四島一括返還を主張し続けてきたわけです。

 1993年10月、細川総理とエリツィン大統領により、東京宣言が署名されました。

 東京宣言では、その第二項で「択捉島国後島色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題」を「法と正義の原則を基礎として解決する」ことが明記されています。

2 日本国総理大臣及びロシア連邦大統領は、両国関係における困難な過去の遺産は克服されなければならないとの認識に共有し、択捉島国後島色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題について真剣な交渉を行った。双方は、この問題を歴史的・法的事実に立脚し、両国の間で合意の上作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を早期に締結するよう交渉を継続し、もって両国間の関係を完全に正常化すべきことに合意する。

http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou46.pdf

 2001年3月、森総理とプーチン大統領により、イルクーツク声明が署名されました。

 この声明では、1956年の共同宣言が交渉プロセスの出発点であることが確認されます。

−1956年の日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言が、両国間の外交関係の回復後の平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認した。

http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou60.pdf

 さらに重要なことは、1993年の東京宣言に基づき「択捉島国後島色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決する」と明記されているのです。

−その上で、1993年の日露関係に関する東京宣言に基づき、択捉島国後島色丹島及び歯舞群島の帰属に関する問題を解決することにより、平和条約を締結し、もって両国間の関係を完全に正常化するため、今後の交渉を促進することで合意した。

http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou60.pdf

 つまりプーチン自身が、2001年のイルクーツク声明で、両国の間に北方四島の「帰属に関する問題」が存在すること、それを「法と正義の原則を基礎として解決する」(東京宣言)ことを、認めて署名しているのであります。

 ・・・

 さて16日付けの各紙社説はいっせいに、日露首脳の領土交渉を取り上げています。

【朝日社説】日ロ条約交渉 拙速な転換は禍根残す
https://www.asahi.com/articles/DA3S13770660.html?ref=editorial_backnumber
【読売社説】北方領土問題 国益にかなう決着を目指せ
https://www.yomiuri.co.jp/editorial/20181115-OYT1T50145.html
【毎日社説】日露首脳の領土交渉 共同活動が行き詰まった
https://mainichi.jp/articles/20181116/ddm/005/070/028000c
【産経社説】北方領土交渉 「56年宣言」基礎は危うい
https://www.sankei.com/politics/news/181116/plt1811160003-n1.html?cx_fixedtopics=false&cx_wid=d5ac4456c4d5baa6a785782ef4e98f6eb01bb384#cxrecs_s
【日経社説】北方領土交渉に向けて議論を深めよ
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO37827830W8A111C1EA1000/

 各紙とも「安倍首相が「2島返還」を軸にした交渉に舵(かじ)を切った」との見方を強めています。

 【産経社説】より抜粋。

 日ソ共同宣言には、平和条約の締結後に、北方四島のうち色丹(しこたん)島と歯舞(はぼまい)群島を引き渡すと記されている。このため、安倍首相が「2島返還」を軸にした交渉に舵(かじ)を切ったとの見方が出ている。

 よもやとは思いますが、安倍首相がこのタイミングで「2島返還」を軸としたとすれば、くれぐれも日本が本件で守ってきた外交原則を尊重されるように、願っております。

 考えてみてください。

 現在2島には約3千人、4島で約1万7千人のロシア住民が住んでおります。

 おそらくプーチンは2島返還さえ簡単には絶対認めることはないでしょう。

(参考記事)

歯舞と色丹の2島 日本に返還しても日本の領土にならない可能性を示唆
http://news.livedoor.com/article/detail/15601245/

 交渉ごとになるのでしょうが、周辺海域の漁業権や資源の配分、米軍の配備を認めるか否かなどの問題、さらには返還に伴う資金コスト負担の問題、これらに対してプーチンは大幅に日本の譲歩・援助を求めてくるのは自明です。

 日本としては「2島返還」が交渉のスタートのつもりでも、ロシアとしてはそれは交渉のゴールなのでありそれでさえ安易な妥協は絶対にしないことでしょう。

 当たり前ですが、世界中の領土問題では実質的に占領・統治している側が圧倒的に有利なわけです。

 そんななかで安倍首相が現実的に「2島返還」から交渉を始めたいという気持ちは理解します。

 しかしそれでも交渉は楽観できませんし、おそらく日本側はかなりの理不尽な譲歩を求められることでしょう。

 そしてたとえ苦労して「2島返還」を勝ち取ったとしても、日本はあまりにも多くのモノを失うことになります。

 それは、北方四島はロシアが第2次世界大戦の成果として正当に獲得したものだというロシアの誤った主張を、北方四島の93%を放棄することによって、日本として初めて国際的に認めることになるわけです。

 そうなると、日本のこの北方領土に対する屈辱的妥協は、不当に竹島領有を主張する韓国や尖閣を狙っている中国に対して、将来にわたって外交上マイナスの影響は計り知れません。

 安倍晋三首相には北方領土交渉ではくれぐれも結論を急がず、国益を守っての慎重な外交を望みます。



(木走まさみず)