木走日記

場末の時事評論

「リーク報道」のあり方について考察する〜旧来のメディアの倫理観とネット上の倫理観の大きな隔たり

 今回朝日新聞は情報源を秘匿したまま、スクープ記事を発し、連日それを「事実」として報道いたしました。

 公文書の「書き換え」が事実であると検証できたのは朝日新聞すなわちメディア内部だけであり、読者・オーディエンス側がその報道が事実かどうかの検証できる手段がない、いわゆる「検証可能性」が担保されないまま、しかし結果として財務省が「書き換え」を認めたことで、間接的に今回の朝日新聞の「リーク報道」は事実であったことが認められました。

 しかしその情報源は今も明らかになってはいません。

 今回は「リーク報道」のあり方について、読者のみなさんと共に、メディア論的考察をしてみたいと思います。

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 さて、誰が朝日新聞に文書をリークしたのか、今もって不明なわけですが、大阪地検、近畿財務局、会計検査院、いずれにしてもリーク元は公務員が関与しているだろうことは自明です。

(参考記事)

森友学園問題】 誰が朝日新聞に文書をリークしたのか
https://news.yahoo.co.jp/byline/azumiakiko/20180309-00082509/

 国家公務員は「職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない」という、守秘義務国家公務員法 第百条にて定められています。

国家公務員法 第百条(秘密を守る義務)

第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。
2 法令による証人、鑑定人等となり、職務上の秘密に属する事項を発表するには、所轄庁の長(退職者については、その退職した官職又はこれに相当する官職の所轄庁の長)の許可を要する。
3 前項の許可は、法律又は政令の定める条件及び手続に係る場合を除いては、これを拒むことができない。
4 前三項の規定は、人事院で扱われる調査又は審理の際人事院から求められる情報に関しては、これを適用しない。何人も、人事院の権限によつて行われる調査又は審理に際して、秘密の又は公表を制限された情報を陳述し又は証言することを人事院から求められた場合には、何人からも許可を受ける必要がない。人事院が正式に要求した情報について、人事院に対して、陳述及び証言を行わなかつた者は、この法律の罰則の適用を受けなければならない。
5 前項の規定は、第十八条の四の規定により権限の委任を受けた再就職等監視委員会が行う調査について準用する。この場合において、同項中「人事院」とあるのは「再就職等監視委員会」と、「調査又は審理」とあるのは「調査」と読み替えるものとする。

http://www.japaneselawtranslation.go.jp/law/detail_main?re=&vm=1&id=2216

 従って、公務員によるメディアに対する情報リークはほぼ例外なくこの守秘義務違反の疑いがついてまわります。

 しかし組織内で違法行為が行われた場合、公益通報が認められています。公益通報者保護制度は、法令違反行為の事実を通報した人を、解雇その他の不利益な取り扱いから守ることを目的としています。

 公益通報者保護法第七条では、通報者保護対象に国家公務員も含まれることが明記されています。

公益通報者保護法 第七条(一般職の国家公務員等に対する取扱い)

第七条 第三条各号に定める公益通報をしたことを理由とする一般職の国家公務員、裁判所職員臨時措置法(昭和二十六年法律第二百九十九号)の適用を受ける裁判所職員、国会職員法(昭和二十二年法律第八十五号)の適用を受ける国会職員、自衛隊法(昭和二十九年法律第百六十五号)第二条第五項に規定する隊員及び一般職の地方公務員(以下この条において「一般職の国家公務員等」という。)に対する免職その他不利益な取扱いの禁止については、第三条から第五条までの規定にかかわらず、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号。裁判所職員臨時措置法において準用する場合を含む。)、国会職員法、自衛隊法及び地方公務員法(昭和二十五年法律第二百六十一号)の定めるところによる。この場合において、一般職の国家公務員等の任命権者その他の第二条第一項第一号に掲げる事業者は、第三条各号に定める公益通報をしたことを理由として一般職の国家公務員等に対して免職その他不利益な取扱いがされることのないよう、これらの法律の規定を適用しなければならない。

http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=416AC0000000122&openerCode=1

 このようにリーク源が公務員である場合は、公務員は情報の守秘義務を有するが、例えば犯罪行為など情報の公開の公益性がある場合はその情報をリークすることも、また法律で守られています。

 さて法律論とは別に、メディアでは『報道の自由』を担保するために、「取材源の秘匿」をすることは、「事実を報道するために不可欠な報道関係者の職業倫理とされ」ています。

 例えば「朝日新聞記者行動基準」では「取材源の秘匿」は「報道に携わる者の基本的な倫理」と明記されています。

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

取材源の秘匿

取材対象者の特定につながる情報を漏らさないこと。対象者を守るとともに、信頼関係を保ち、捜査当局や企業などが発表しない事実を報道するために不可欠な報道関係者の職業倫理とされる。日本新聞協会の見解は「報道機関が何より優先すべき責務であり、記者にとっては究極の職業倫理」。朝日新聞社は「朝日新聞記者行動基準」の中で「情報提供者に対して、情報源の秘匿を約束したとき、または秘匿を前提に情報提供を受けたとき、それを守ることは、報道に携わる者の基本的な倫理である。秘匿が解除されるのは、原則として情報提供者が同意した場合だけである」とする。

(2012-09-15 朝日新聞 朝刊 3社会)

出典 朝日新聞掲載「キーワード」朝日新聞掲載「キーワード」について 情報

https://kotobank.jp/word/%E5%8F%96%E6%9D%90%E6%BA%90%E3%81%AE%E7%A7%98%E5%8C%BF-182939

 今回の朝日新聞のスクープ報道が“現物”を朝日新聞が「入手した」のではなく「確認した」としたのは、朝日新聞が印刷物のコピーを入手したのか電子版ファイルを入手したのか、あるいは入手はせず写真等で間接的に記録したのか、入手手段も含めてリーク情報源を秘匿したのだと考えられます。

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 結果、今回は特定メディア(朝日新聞)のみが記事が事実かどうかの検証可能性を有し、一般オーディエンス(読者)は記事の信ぴょう性を確認するすべがないまま、特定メディア(朝日新聞)のスクープ報道が連日繰り返されることになりました。

 ここで情報源を秘匿したままそれを「事実」と断定して報道を繰り返すメディアの報道姿勢が、主にネット上で厳しく批判を受けます。

 ネット上では、情報の検証可能性が何よりも重要視されているからです。

 ネット上では飛び交う情報はそれこそ玉石混合で真偽不明の偽情報もあふれています、従ってその情報の信頼度を担保するために必ず情報ソースを明示する、つまり情報の受け取り側がその情報の真偽を検証する手段を用意する、これを情報の検証可能性といいますが、ネット上情報の信頼度を高めるために最も尊ばれているものです。

 例えばネットメディアの代表格であるウィキペディアでは、「検証可能性」を三大方針の一つと重要視しています。

Wikipedia:検証可能性

検証可能性は、ウィキペディアの内容に関する三大方針の一つです。あとの二つは、「Wikipedia:中立的な観点」と、「Wikipedia:独自研究は載せない」です。ウィキペディアではこれらの方針を併せて標準名前空間、つまり記事に書くことができる情報の種類と質を決定しています。これら三つの方針は相互に補完しあうものであり、それらをばらばらに切り離して解釈すべきではありません。編集者はこれら三つの方針を併せて理解するよう努めてください。この三方針は議論の余地がないものであり、他のガイドラインや利用者同士での合意によって覆されるものではありません。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:%E6%A4%9C%E8%A8%BC%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7

 ウィキペディアでは「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」が重要であり、情報源にあたり出典を明記するべきと言い切っています。

「真実かどうか」ではなく「検証可能かどうか」

百科事典を編纂する際、良い記事を執筆するためには、広く信頼されている発行元からすでに公開されている事実、表明、学説、見解、主張、意見、および議論についてのみ言及すべきです。このことをよく理解することは、良い記事を執筆するために最も大切な秘訣の一つです。ウィキペディアは、完全で、信頼の置ける百科事典を目指しています。記事を執筆する際は、閲覧者や他の編集者が内容を検証できるよう信頼できる情報源にあたり、出典を明記するべきです。

 ここに旧来のマスメディアが情報源を秘匿しつつ「リーク報道」を続けるとき、ネット上で激しい反応に合うことになります、「検証可能性を担保せよ」と。

 今回、当ブログも含めてですがネット上で「朝日新聞こそ検証責任がある」と朝日新聞の報道姿勢に批判が起こったことの背景には、今考察したように、情報に対する、旧来のメディアの倫理観とネット上の倫理観の大きな隔たりが生じているのが理由のひとつではないでしょうか。

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 このネット時代に、情報源を秘匿しつつ「リーク報道」をするとすれば、どのような報道スタイルが可能でしょうか。

 ひとつ現実的にできる対応としては、リーク報道で情報源の秘匿している報道は、記事にその旨を明示し、本記事の「検証可能性」に制約が発生していることを読者にわからせる、といったルールを報道機関側が用意することです。

 伝聞情報とまでは言わないが本情報はいまだ検証可能性は担保されてなくその扱いは慎重に、という情報を読者に与えることは、記事の信頼性は制限されますが、それを扱うメディアの報道姿勢・信頼性は逆に高まるのではないでしょうか。

 今回は「リーク報道」のあり方について、読者のみなさんと共に、メディア論的考察をしてみました。

 この問題、読者のみなさんはいかがお考えでしょうか。



(木走まさみず)