「安倍解散は民主主義の荒野である」〜歪みすぎてある種の「美しさ」すら感じる朝日「天声人語」を愛でる
命名者西村天囚によれば「天に声あり、人をして語らしむ」という中国の古典に由来し、「民の声、庶民の声こそ天の声」という意味とされています。
18日付けの天声人語はもちろん、安倍首相による臨時国会冒頭解散がテーマであります。
「天声人語」
http://digital.asahi.com/articles/DA3S13138736.html?rm=150
これが近年稀に見る「出来(でき)」なのであります。
この天声人語、取り上げる天の声も変な声が多いので有名なのですが、18日付けの「作品」は「異次元の出来」ともいえましょう。
歪んだ論調の多い天声人語の中でも、その歪み方が極みに極めていて「美しさ」すら感じるほどなのであります。
まずなぜか1984年のロス五輪の話題から始まります。
1984年のロス五輪で柔道の山下泰裕は、肉離れした右足を引きずりながら、決勝に臨んだ。対戦したエジプトのラシュワンは、こんな作戦を授けられていたという。最初の1分間は技をかけずに山下を焦らせる。そして右足を攻める▼しかし試合が始まると、彼は作戦を無視した。真っ向から勝負を挑み、山下に敗れた。国際フェアプレー賞を受けたラシュワンは後に語っている。「尊敬する山下の弱点を攻めるのはいやだった」
うむ、山下泰裕の肉離れした右足を攻めることをしなかった国際フェアプレー賞を受けたラシュワンの言葉、「尊敬する山下の弱点を攻めるのはいやだった」を紹介しています。
で、ここから話は急展開、一気に政治の話になります。
▼政治にフェアプレーを求めるのは、お門違いかもしれない。それにしてもこれが単に、相手が弱っている時を選んでの攻めであるなら、しらけてしまう。安倍晋三首相が衆院を解散する検討に入ったそうだ▼28日に始まる臨時国会の冒頭に踏み切る可能性があるというから、ずいぶん急な話だ。
野党第1党の民進党が離党者の続出で低迷し、今なら勝てると踏んだか。
安倍晋三首相の衆院解散は「ずいぶん急な話」であり、「単に、相手が弱っている時を選んでの攻めであるなら、しらけてしまう」とお怒りです。
安倍さんは弱いものいじめでフェアプレーでないというわけです。
さらに、「加計学園や森友学園の問題も追及されず一石二鳥」と触れた上で、かつて「バカヤロー解散」があったが、「このまま大義なき解散を迎えるなら、今回は有権者がばかにされたことになるか」と嘆きます。
臨時国会が吹き飛べば加計学園や森友学園の問題も追及されず一石二鳥なのだろう▼かつて首相の吉田茂は野党議員との質疑で「バカヤロー」と口走った。国会軽視だと責められた末に衆院を解散し、「バカヤロー解散」と呼ばれた。このまま大義なき解散を迎えるなら、今回は有権者がばかにされたことになるか
コラムの結びが美しいのです。
「怒りを感じたとしても、さて受け皿はとなると寒々とした風景がある」とし、弱体した民進党は「肉離れなどで済む話ではない」と嘆きます。
そして結びの言葉はこれは「民主主義の荒野である」と結ばれています。
▼怒りを感じたとしても、さて受け皿はとなると寒々とした風景がある。とくに民進党の体たらくは、肉離れなどで済む話ではない。与党は、不戦勝を狙うような気持ちで総選挙に臨むのだろうか。民主主義の荒野である。
いや、美しい。
感動した。
どうです、読者のみなさん。
歪んだ論調の多い天声人語の中でも、このコラム、その歪み方が極みに極めていて逆にある種の「美しさ」すら感じるほどではありませんか。
民進党がこんなに弱っているときに選挙なんて。安倍さんは弱いものいじめでフェアプレーでないというわけです。
で、この大義なき解散は、「今回は有権者がばかにされたことになる」と怒りつつ、それにしても民進党の惨状を見に付け「受け皿はとなると寒々とした風景である」と嘆きます。
このあたりから何やら文章が文学的に昇華されていきます。
「与党は、不戦勝を狙うような気持ちで総選挙に臨むのだろうか」と、与党の圧勝を予感させ、これは「民主主義の荒野である」と、美しく絶望して、コラムを締めるのであります。
スバラシイ。
この文章には、「選挙で安倍政権を打倒するぞ」という気概もなければ、安倍政権の政策を論理的に批判し野党を激励・鼓舞する前向きな言葉もないのです。
あるのはただただ、安倍さんはずるいもん、民進党が弱すぎて受け皿にはなれないもん、との愚痴であります。
そして、この状態は「民主主義の荒野である」とメディアにあるまじき非論理的認識を吐露して終わります。
実に朝日らしいコラムなのでありました。
(木走まさみず)