木走日記

場末の時事評論

 前川氏は「公務員」の鑑だあ? 〜『究極のプラトニックスケベ道』を邁進していたただの財力のあるスケベでしょ

 知り合いの川崎のソープランドに通いつめている老紳士(70代)は、本番行為は言うに及ばず指一本ソープランドの女の子には触れません、毎回たわいのない話を女の子として満足しているそうです。

 最初女の子の方が驚くそうですが、慣れてくると自分の身の上話などもしてくれるようになり、ときにはお店がお休みのときに外で食事をしたりもするそうです。

 また友人のIT企業社長(50代)は、キャバクラの女の子と同伴して食事をすることが大好きですが、やはり女の子には指一本触れません。

 女の子にしてみると、ただで高級料理店で食事ができる上、お店にお客さんを同伴すると売上成績があがります、さらにホテルに誘われたりお尻をタッチされたりと言ったギラギラしたアプローチはないですから安心安全、彼は非常に上玉のお客さんなのだそうです。

 私など貧乏人の発想からすると、両者とも著しくコスト・パフォーマンスが悪い遊び方に思えますが、実は風俗店やキャバクラなどの常連で、肉体関係を迫らないある意味プラトニックなお客さんというのは決して珍しくはないのです。

 では彼らに男としての「スケベ心」はないのか、と問われればそんなことは断じてないのです。

 IT企業社長の友人曰く「美人の若い女の子と食事して会話できるだけで楽しい」のであって「一緒のお部屋で同じ空気すっているだけで幸せ」感じるのだそうです。

 彼ほどの財力があれば、道徳面で目をつぶれば愛人の一人も囲えそうなのですが、彼曰く「愛人を作るのは面倒くさい。奥さんや会社にバレた時のリスクが大きすぎる。自分はそれほど性欲は強くない。素人の女の子に手を出すのは面倒くさいしリスクがあるから、今のような遊び方がちょうどいい」、と、なかなか説得力のある説明をしてくれました。

 つまり、「自分好みの美しい若い女の子と関わりを持ちたい」というオヤジの欲望の実現方法の一形態として、財力さえあればの条件がつきますが、「風俗やキャバクラで女の子に指一本触れないで常連になる上流な遊び方」があるわけです。

 お金はかかりますが自分好みの若い女の子を一定時間自分だけで独占できるわけです。

 これを私は羨望を込めて、『究極のプラトニックスケベ道』と命名いたします、うらやましい。

 さて、『究極のプラトニックスケベ道』を邁進していた前川喜平氏であります。

 文部科学省事務次官として前川氏がもし本気で若年層の貧困問題に対峙するのならば、ポケットマネーで歌舞伎町の出会い系バーに入り浸って好みの女の子だけにこだわって指名して、一年間も多いときに週に三四回も行ってはダメでしょ。 

 まず、第一に、若年層の貧困問題の実地調査ならば、若年貧困層は無論(女子)だけではありません(男子)の貧困も深刻なわけですが、(男子)の調査はどうした、なぜしないのだ?

 第二に、同じ店の同じ子(「黒髪で清楚な感じ」の子中心に一年以上粘着「調査」)ばかりで、しかも26才のデパートガールじゃ文部科学省管轄の年齢層よりだいぶエルダー(おとし)なんですが、調査範囲が偏りすぎていてかつ文科省的には的外れなのだが、どうしてだ?

 さらに、自らの職に恥じることのない若年層の貧困問題の実地調査ならば、なぜ勤務時間内でかつ公的費用で調査しないのだ?

 前川さん、女の子におこずかい渡しながら、あなた『究極のプラトニックスケベ道』を邁進していただけでしょ?

 ただの財力のあるスケベでしょ?

 ふう。

 おや? ネットの一部では、前川喜平氏を「「公務員」の鏡のような「公明正大」な人」と崇め立てている、おバカちゃんがいるようです。

 あえてリンクせず発言の一部をご紹介。

前川氏は、本気で貧困対策に向き合っていた「公的」な人物で、まさに「公務員」の鏡のような「公明正大」な人だったのだ。

 「前川氏は、本気で貧困対策に向き合っていた」ですか。

 頭、大丈夫かな? 本気でおっしゃっているのかな? 

 ちょっと心配です。

 やれやれです。



(木走まさみず)

<追記> 06/04 14.15
 NB様 コメント欄で、「鑑」と「鏡」の誤字のご指摘ありがとうございます。
 もちろん引用元の誤字でありますが、このままだと私の誤字と思われかねない(苦笑)ので、引用部分はそのままで、エントリータイトルだけは「鑑」に訂正しておきます。