木走日記

場末の時事評論

「MERSウィルス=日本人仮説」(朝鮮日報)を読み解く〜ある民族をMERSウィルスに例えることへの躊躇(ちゅうちょ)のなさがスガスガシイ


 さて、当ブログは日本のマスメディア報道の批判的分析・検証を一つの柱にしておりますが、長年韓国メディアのウォッチャーでもあります。

 もっともハングルはさっぱりわかりませんのでこちらは日本語版のあるサイト中心のしかも日本関連の記事やコラムを見る程度ですが、それでも、ときどきいろいろな意味でですが掘り出し物のような論説に出会うことがあり興味深いです。

 で、今回読者のみなさんに紹介するのがこれ。

 朝鮮日報の朴正薫(パク・チョンフン)デジタルニュース本部長による6月21日付け掲載の興味深いコラムであります。

【コラム】倭乱の義兵、MERSの医兵

日本軍とウイルスという違いがあるだけ
システムの故障、国論の分裂、民が官の代わりを果たすところも類似
医療戦士のおかげでこらえているが、400年前の戦備や人事の失敗を繰り返している点が残念

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/06/20/2015062000584.html

 いや強烈なコラムです。

 いうならば朝鮮日報による「MERSウィルス=日本人仮説」とでもいえましょうか。

 現在韓国に侵入・拡散しつつあるMERSウィルスは、文禄・慶長の役で韓国に侵攻した日本(秀吉)軍と同じだと、喝破して論じているスバラシイ発想の論説なのであります。

 関心のある読者は上記リンク先で堪能してくださいまし、サワヤカナ読後感を味わえましょう、ただし時事論説として読み解いてはダメです、あくまでも「読み物」としてご堪能ください。

 さて当該コラムを少し整理してみましょう。

 朴正薫記者は、文禄・慶長の役のとき、日本(秀吉)軍の侵入・拡散を許してしまった事例と今回のMERSウィルスの問題は酷似していることに着目します。

 記者の着目した酷似ポイントは6つ。 

■酷似ポイント1:未熟な初期対応
(400年前)
 1592年5月23日、壬辰(じんしん)倭乱(文禄・慶長の役)が起こったとき、国王の宣祖は当初数日にわたって情報が得られない状態だった。日本軍が釜山浦に上陸してから四日が過ぎてようやく、慶尚左水使の最初の報告書が朝廷に到着した。その時になって初めて、朝廷は慌てて防衛体制を組織したが、日本軍はすでに忠清道近くまで押し寄せていた。宣祖が初めて報告を受けてからわずか六日で漢陽は陥落し、宣祖は宮殿を捨てて逃避行に入った。
(現在)
 2015年5月20日、MERS(マーズ。中東呼吸器症候群)との戦争が始まったとき、朴槿恵(パク・クンヘ)大統領も似たような立場だった。朴大統領が福祉部(保健福祉部。省に相当)長官から最初の対面報告を受けたのは、第1号の患者が確認されてから六日後のことだった。未熟な初期対応で「ゴールデンタイム」は空費され、戦線は食い止めようもなく広がった。

■酷似ポイント2:危機に無防備だったこと
(400年前)
 柳成竜の『懲ヒ録』もまた、侵略への備えがなかった第一の原因を「怠惰」に求めた。「当時、国は平和だった。朝廷と民、どちらも平穏だったせいで、城や兵営の築造労役に動員された民衆は不平をぶちまけた。ある長老は、私に手紙を送って『この太平の世に城を築くとは、なんと突拍子もないことよ』と主張した」
(現在)
 MERSの韓半島朝鮮半島)襲来は、予見されていたことだった。中東でのMERS発生を受けて、疾病管理本部は2年前に専門家を集め、MERS対策を樹立した。しかしマニュアルは粗雑で、それすらもきちんと作動しなかった。中東のウイルスがここまで来るのかという「まさかの心理」のせいだった。

■酷似ポイント3:政府に背を向けた民心の離反
(400年前)
 無気力な朝廷に、民心は離反した。柳成竜は、こう記している。「5月30日、国王の御駕(が、輿〈こし〉)が漢陽城を脱出するや、興奮した民衆が宮殿に火を放ち、略奪した。景福宮・昌徳宮・昌慶宮が焼かれ、宝物や実録・史草などが灰と化した。これは、敵が入ってくる前に、朝鮮の民衆がやったことだ」
(現在)
 2015年のMERS戦争でも、民心は政府に背を向けた。リーダーシップを発揮できない大統領や右往左往する保健官僚に、国民は不信の声を浴びせた。政府の防疫統制に従わない非協力の事例が続発した。MERSの疑いがあった42歳の患者が、隔離場所の錠を壊して脱出する騒ぎまで起きた。倭乱で宮殿に火を放った民衆と変わらない。

■酷似ポイント4:国論の分裂
(400年前)
 柳成竜も「戦争に対する意見は騒々しかった。そのため、国が抱えていた全ての力を1カ所に集中させることができなかった」と記録した。
 李舜臣(イ・スンシン)の起用問題が象徴的なケースだった。「元均(ウォン・ギュン)=慶尚右水使=は謀略で李舜臣を陥れた。朝廷の意見も二つに割れていた。李舜臣を推薦したのが私だったせいで、私と仲が良くない人々もまた、元均支持に乗り出した」
(現在)
 その渦中でも、依然として国論は分裂していた。野党やソウル市長は、MERSへの対応をめぐって政府と対立した。

■酷似ポイント5:人事の失敗
(400年前)
人事の失敗は、柳成竜が最も痛嘆する部分だった。「そもそも国は、平素に立派な将帥を選抜しておいて、有事の際に活用しなければならない。しかし慶尚道の水軍や陸軍の大将は、そもそも将帥たるべき人物ではなかった。これでも無事を期待するなら、運に頼るしかない。これ以上語って何とするか、実に危ういことよ!」。
(現在)
 現在、MERS戦争を引き受けている福祉部長官以下の保健当局に(上記柳成竜の言葉が)ぴったり当てはまる。

■酷似ポイント6:「義兵」(「医兵」)の立ち上がり
(400年前)
 最終的に、無力な官に代わって民が立ち上がった。柳成竜は、こう記した。「各道で数多くの義兵が立ち上がり、倭敵を退け始めた。全羅道では金千鎰(キム・チョンイル)や高敬命(コ・ギョンミョン)・崔慶会(チェ・ギョンヒ)が立ち上がった。慶尚道では郭再祐(クァク・チェウ)、キム・ミョンなどが、忠清道では霊圭、趙憲(チョ・ホン)などが活躍した」
(現在)
 2015年の韓国には「医兵」(訳注:韓国語の発音が「義兵」と同じ)がいた。防護服を着た医師や看護師が「われわれが負けたら国が負ける」と、隔離病棟の中でMERSに対する阻止線を死守した。MERS確定患者の5人に1人は医療関係者、というくらいに危険な任務だった。それでも、MERSの攻撃をこの程度で防げているのは「医療戦士」の命を懸けた死闘のおかげだ。

 当コラムは、「400年前の失敗を、全く同じように繰り返している韓国の在り方が、あきれるを通り越して悲しい」と結ばれています。

 官軍が崩れて義兵に頼らねばならないくらいに、韓国の危機対応システムはひどいものだった。400年前、柳成竜は「兵法の活用、将帥の選抜、軍事訓練など、どれもきちんと整えられなかったせいで敗れた」と記した。柳成竜の診断をMERS問題に代入しても、一字たりともおかしなところはない。400年前の失敗を、全く同じように繰り返している韓国の在り方が、あきれるを通り越して悲しい。

 ・・・

 さてこの大変興味深いコラムについて少し考察いたしましょう。

 まずMERSウィルスを日本人に例えるとして、なぜこの記者は400年前の文禄・慶長の役にまで遡ったのでしょうか。

 従軍慰安婦問題と絡めて大日本帝国軍に例えれば、もっと話題性が出たことは想像に難くないですが、それはさすがに無理があったようですね。

 当時、朝鮮半島は日本国でありましたから、朝鮮人も日本人つまりMERSウィルスの一派になってしまい、さすがに比喩が崩壊してしまいます。

 では韓国併合時にまで遡ればどうでしょう。

 このケースでも朝鮮国内で親日派(併合賛成派)がいましたから、一部の人がMERSウィルス側になっちゃうので無理があったのでしょう。

 きれいに「人類VS侵入するウィルス」の図式を「朝鮮VS侵入する日本軍」の図式でとらえるには、文禄・慶長の役しかなかったのでしょう。

 さてこのコラムの「400年前の失敗を、全く同じように繰り返している韓国」への「あきれるを通り越して悲しい」想いには大いに共感を覚えるのですが、それにしても現状の分析がどうにも甘すぎるのが気になります。

 特に■酷似ポイント6:「義兵」(「医兵」)の立ち上がりの箇所は問題です。

 2015年の韓国には「医兵」(訳注:韓国語の発音が「義兵」と同じ)がいた。防護服を着た医師や看護師が「われわれが負けたら国が負ける」と、隔離病棟の中でMERSに対する阻止線を死守した。MERS確定患者の5人に1人は医療関係者、というくらいに危険な任務だった。それでも、MERSの攻撃をこの程度で防げているのは「医療戦士」の命を懸けた死闘のおかげだ。

 うーん、「MERS確定患者の5人に1人は医療関係者」である事実を「『医療戦士』の命を懸けた死闘」と称えているわけですが、これはいただけません、国際的には医療関係者が主たる感染源になっていることこそが大問題なのであり、韓国における医療従事者の感染知識やモラルの問題も含めて、厳しく問われているわけです。

 誇るべきポイントをはき違えていると申せましょう。

 さてこのコラム全編を通じての最後の感想です。

 このコラムでは日本人に対するむき出しの憤怒の感情は一か所も出現していません。

 MERSウィルスと同様、「倭敵」(日本(秀吉)軍のこと)はまさに感情のない「ウイルス」のごとく描写されています。

 この点にこそ注目したいです。

 つまりこのコラムを書いた記者にとって、MERSウィルスが人類の敵であることは自明であるのと同様の視点で、日本軍を捉えていることは明らかです、少なくとも同じ人類とは考えていません。

 そしてある民族をMERSウィルスに例えることへの躊躇(ちゅうちょ)や、あるいは配慮といったものは、文中には微塵(みじん)も現れていません、スガスガシイほどです。

 このようなコラムが韓国最大の発行部数を誇るマスメディア朝鮮日報に、堂々と掲載されること、そして別段問題視もされていないだろうことも、ある意味で大変興味深いことだと思いました。

 読者の皆さんは、いかなる感想を持たれたでしょうか。



(木走まさみず)