木走日記

場末の時事評論

火山噴火の予知の困難性について考察する

 今回の御嶽山の水蒸気爆発を予知することはできなかったのか、ネット上ではさまざまな議論が起こっています。

 今回当ブログとしては、火山噴火の予知の困難性について、できるだけ「科学的」に考察を試みたいです。

 27日付けNHKニュース記事から。

御嶽山火山性地震 今月に入って増加
9月27日 18時23分

気象庁によりますと、御嶽山では今月9日に火山性の地震が10回に達し、10日には52回、11日は85回の火山性の地震を観測しました。

火山性の地震の回数が1日に80回を超えるのは、前回の噴火の2007年以来で、その後も火山性の地震は1日に7、8回から20回を超える状態が続きました。
気象庁は今月11日と12日、それに16日の3回にわたって火山性の地震が増加しているとして「火山解説情報」を出して、火山活動の推移に注意するよう呼びかけました。
27日も火山性微動が始まる午前11時41分までに、6回の火山性の地震が観測されていました。
さらに噴火をきっかけに火山性の地震は急激に増加し、その後、午後5時までの間に313回の火山性の地震が観測されました。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140927/k10014927661000.html

 うむ、今回の水蒸気爆発の前兆現象ともいえる火山性微動の増加が9月9日頃から観測されていたというのです。

 しかし、この現象を持って、噴火予知に繋げることはできなかったと、火山噴火予知連絡会の藤井敏嗣(としつぐ)会長(東大名誉教授)は弁明しています。

「わわわれの予知レベルはそんなもの」「近づくな…でいいのか」 予知連会長が難しさ語る
2014.9.29 00:14 (1/3ページ)[地震津波・地球科学]

 「われわれの予知のレベルはまだそんなもの」「活火山には近づくな、でいいのか」。専門家らによる火山噴火予知連絡会が28日開いた藤井敏嗣(としつぐ)会長(東大名誉教授)らの記者会見は、噴火予知の難しさを改めて浮き彫りにした。詳報は次の通り。

 −−11日には火山性地震が多発していたが、予知はできなかったのか

 藤井氏「もともと今回起こった水蒸気爆発を予知するのは非常に難しい。突発的に起こることが多く、11日の地震が前兆なのかという保証もない。それをもって予知に失敗したというかもしれないが、ある意味では仕方のない状態。われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの。ただ、もう少し情報の伝達に関しては、直接、登山客に対する働きかけがあってもよかったかもしれない」

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140929/dst14092900140002-n1.htm

 残念ながら、現在の科学力では「地震が前兆なのかという保証もない」のであり、「われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの」であるというのです。

 この発言に関しては賛否両論あると思われますが、私は噴火予知は極めて困難である現状を一科学者として真摯に素直に吐露した発言だと肯定的に捉えています。

 日本列島は太平洋火山帯に位置するいうまでもなく世界有数の活火山を有する国でありまた地震国であります。


マグニチュード4.0以上、震源の深さ100km以下、理科年表2002国立天文台より


世界の主要活火山分布図 理科年表2002国立天文台より

 ご覧のとおり、地理的には活火山活動と地震活動には強い相関関係があるわけですが、日本列島の近傍のどこが震源となるか予測できない「面」で発生する地震の震央に対し、活火山活動は110余りの「点」、すなわち活火山近傍を観測すればよいことから、地震に比較すれば火山活動の予知は遥かに現実的には実現可能性が高いと言えますし、かつて北海道で予知により住民避難が成功した事例もあるわけです。

 しかしながら、予知が成功したケースはあくまで例外であり活火山それぞれの活動のユニークさもあり、火山活動予知の困難さは地震予知の困難さとさして違わぬ低いレベルに留まっていると言えましょう、早い話、今回の御嶽山の火山活動が今後どうなるのか、マグマ噴火までつながる大規模活動となるのか、このまま収束するのか、残念ながら現在の科学的知見では誰も正確な予測は不可能なのです。

 地震活動や火山活動の予知がなぜ困難なのか、少し科学的に考察致します。

 ・・・

 物理計測の世界でスケーリング理論という分野があります。

 できるだけ数式を持ちいらずわかりやすく説明を試みます。

 スケーリングとは、文字通り物体がスケールを変えるとその性質にどのような影響を及ぼすかを科学的に分析することです。

 例えばこの地球上にあるあらゆる物体は重力(1G)に支配されています。

 例として、半径L、高さ2Lの円柱状の物体を想定します。

 この断面積は、L * L * πですから、L2πとなります。

 体積は、断面積 * 高さ = L2π * 2L = 2L3πとなります。

 強度は、断面積 / 重量 ですから、この場合重量=体積と見なせば、

 L2π / 2L3π = 1 / 2L となります。

 今この円柱状の物体のスケールを100倍大きくします。

 半径は100L、高さは200Lとなりますので、断面積、体積、強度はそれぞれ次のようになります。

 断面積 = 100L * 100L * π = 10000L2π

 体積 = 10000L2π * 200L = 2000000L3π

 強度 = 10000L2π / 2000000L3π = 1/200L

 つまりこの円柱状の物体はスケールを100倍にすると、断面積は1万倍、体積は100万倍に大きくなるのに対し、強度は1/100に劣化するわけです。

 図でまとめておきます。

 この地上にあるあらゆる物体はこの重力によるスケールの影響の配下にあります、我々哺乳類も同じです。

 現在、地上の哺乳類で象以上の巨体な種もネズミ以下の小さな種も存在しない(あるいは死滅した)のは、適者生存の原理から巨大な体も極小の体もスケールメリットがなかったからだと考えられています。

 そしてこのようにスケール変換による影響を受ける物体は、その分布が正規分布になることが知られています。

 現存する哺乳類の種の平均体長も綺麗な正規分布を成しています。

 正規分布は自然界で起こる現象の多くがその分布に当てはまること、特に平均値に関する分布が当てはまることから、統計学では最も重要な分布となっています.

 たとえば大学入試の学力分布は典型的な正規分布の例であり学力偏差値などでお馴染みであります。

 言葉を換えれば、正規分布では必ず中央に「標準値」と見なせる山が存在します。

 さて、火山活動や地震活動では「標準的」な噴火とか「標準的」な地震という概念そのものが存在しません。

 自然界で起こる現象の多くが正規分布に当てはまる中で、火山の爆発や地震の発生はそれに従わないことが地震学者によって発見されています。

 2年前、マグニチュード(M)7級の首都直下地震が今後4年以内に約70%の確率で発生するという試算を、東京大学地震研究所の研究チームがまとめました。

M7級首都直下地震、4年内70%…東大地震
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120122-OYT1T00800.htm

 同研究所の平田直(なおし)教授らは、マグニチュードが1上がるごとに、地震の発生頻度が10分の1になるという地震学の経験則である「グーテンベルク=リヒターの法則」を活用し、今後起こりうるM7の発生確率を計算しました。

 大地震の発生メカニズムは我々のなじみのある正規分布には従いません。

 米カリフォルニア工科大学地震学者、ビーノ・グーテンベルクとチャールズ・リヒターが世界中の地震を調べた結果、マグニチュードが1大きくなると地震発生数は10分の1になり、2大きくなると100分の1に減る関係が発見されます。

 このように、片方につれてもう片方が指数的に減る場合、「ベキ分布」に従っていると言いますが、この「グーテンベルク=リヒターの法則」は地震発生回数とマグニチュードとの間にもこのベキ分布が成り立つことを意味しています。

 「ベキ分布」では上図のように「ロングテール」(長い尾)状の分布となり、地震であれば大地震ほど発生確率がどんどん小さくなっていくことになりますが、もちろんこれは大地震が発生しないことを意味してはいません。

 べき分布に従う現象は、株式市場の崩壊や大規模な自然災害のような極端にまれな頻度だと考えられる極値理論と強いつながりがあります。

 「正規分布ベキ分布」という話題は、経済物理学 の分野で話題になったことがあります、金融工学で用いられるブラック=ショールズ式は、正規分布を前提としたモデルに従っているが、現実の分布はべき分布なので、ブラック=ショールズ式はもともと当てにならない、というような話題です。

 初期の金融工学では、原資産の価格変化率の分布が対数正規分布に従い、裁定機会が存在しないなどの仮定の上で、オプションの理論価格を導くことができた(ブラック・ショールズ方程式)のですが、あくまで、数学的に扱いやすいから正規分布としていましたが、実際の価格変化率の分布はパレート分布(ベキ分布)に従うため、現実的なモデルとは言えないのです。

 3年前の東日本大震災の規模を東電は「想定外」との表現していましたが、はたして「べき分布」に従う大地震の発生確率に対して、科学的に真摯に対峙した表現といえるのかははなはだ疑問なのです。

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 正規分布を取らない「ベキ分布」を成す現象の多くは、正規分布を示すスケーリングの影響配下の現象とは異なり、スケーリングの影響を受けない、スケール不変性、スケーリング・フリーの現象と考えられています。

 すなわち局所的な小さな地震(体感震度0)も東日本大震災規模の地震も性質は同じであり、最初の岩盤崩落発生時には、それが局所的小地震に終わるか、大地震に発展するか、まったく区別はつかないのです。

 今回の御嶽山火山性地震においても同様のことが言えましょう。

 株価暴落も大地震も火山噴火も「べき分布」をなす現象の予知は理論的に極めて困難なのであります。

 3年前、東京大学のロバート・ゲラー教授(地震学)は大震災発生を受けて、地震予知システムは現代科学では実現できないとする趣旨の論文を発表して話題になりました。

 教授は、「(地震の予知は)無益な努力だ。不可能なことを可能であると見せかける必要はない」とし、日本政府の防災計画についても触れ、3月11日に発生した東日本大地震が予測できなかったように、東海地震も予測できないとしています。

地震予知は「不可能」、国民は想定外の準備を=東大教授
2011年 04月 14日 11:03
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPJAPAN-20609820110414

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 地震国であり火山国である日本において、地震活動や火山活動の観測や研究の重要性は論じるまでもないでしょう。

 しかし現代科学でこれらの「べき分布」に支配されているスケールフリーの現象の予知をすることは、ロバート・ゲラー教授の言葉を借りれば「無益な努力」と辛辣に批判されているように、極めて困難であることは、我々一般国民も心得ておくことが必要でしょう。

 我々日本人は古くから地震津波、火山噴火や台風などの災害に対処してまいりました。

 いたずらに不安心理を煽ることなく、しかし現代科学を過信することなく、災害対応の準備を怠らないようにすべきでしょう。

 我々は地震や火山の活動が活発な環太平洋火山帯に属する列島に住んでいることをしっかりと自覚すべきでしょう。



(木走まさみず)