スコットランドの住民投票『パンドラの箱』となるか?
否決されたとはいえ、スコットランドの住民投票は静かな池に投じられた石の波紋のように世界各地の分離独立運動を勢いづけることになりましょう。
スコットランド人は今までよりずっと有利な条件で、300年にわたる連合の力関係を変えることに成功したのです。
大幅な自治権拡大を勝ち取るのに、過半数の独立賛成票は必要なかったのです。
その意味でスコットランドの住民投票は『パンドラの箱』だったと、後世の記憶に残る世界史的トピックとなるやもしれません。
まずイギリス国内。
300年にわたる「結婚」の解消はひとまず回避できました、しかし配偶者の一方が公然と離縁を口にした以上、「元のさやに収まる」ことは有り得ないでしょう。
独立を思いとどまらせたい英キャメロン政権が次々と譲歩を示したことで、スコットランド議会は今後、さまざまな分野で強大な権限を手にすることになります。
スコットランドにしてみれば独立に等しいメリットを獲得した一方、独立に伴うリスクは避けられたのです。
この事実はスコットランド以外のイギリス人の心情に複雑な波紋を拡げています。
イギリス(グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国)を構成するスコットランド以外の、ウェールズ、北アイルランド、イングランドの各地域に、スコットランドの自治権拡大は、それぞれの地域出身政治家に無視できない圧力となっていくでしょう。
まずウェールズ議会と北アイルランド議会は、独立はともかくスコットランドと同等の自治権拡大を要求することは必至と思われ、おそらくイギリス政権はこの要求を拒否することは不可能でしょう。
そしてより複雑な波紋は連合王国の中枢をになうイングランド地域にこそ拡がっていくことでしょう。
そもそもイングランドには、スコットランドやウェールズや北アイルランドが有する独自議会がないのです。
イングランド人だけで物事を決める術(すべ)がないのに、スコットランド人はスコットランド域内の問題について独自に決められるのに加えて、イギリス全体の問題も審議できる、これはイングランド人してみれば不公平このうえないわけです。
しかし客観的に見てイングランドに独自議会がないのはイングランド人のプライドが大きく影響してきたとも言えそうです。
イングランド人の意識下では、ブリティッシュ(英国人)=イングリッシュ(イングランド人)という拭いがたい思い込みが長い歴史を通じて存在しています。
当ブログが昔、英国出身の友人に「君たちイングリッシュは」と話したとき、「僕はスコティッシュ(スコットランド人)だ、イングリッシュ(イングランド人)ではなくブリティッシュ(英国人)だ」と訂正を求められたことがあります。
一方イングランド出身者にとってはブリティッシュ=イングリッシュの等式は無意識に受け入れます、つまり長い歴史をもち、連合王国内で絶えず中心的役割を持ち、自分たち中心で連合王国を動かしてきた自負、他地域を併合してきた自負を有する最大の人口を誇るイングランドには、そもそも全ては自分たち中心に決めてきたがゆえに、独自議会を必要としなかったわけです。
スコットランド自治権拡大により事態は一変してしまったと言えましょう。
このままではイギリスは連邦国家のようになるかも知れません。
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スコットランドの住民投票が『パンドラの箱』だったのは、その影響がイギリス国内には留まらないことにこそあります。
ヨーロッパには、分離独立運動を続けてきた地域が、カタルーニャ(スペイン)、フランダース(ベルギー)、ベネト(イタリア)、グリーンランド(デンマーク)、バスク(スペイン)、バイエルン(ドイツ)、南チロル(イタリア)など多数存在します。
今回否決されたとはいえスコットランドの住民投票が結果的に大幅な自治権拡大獲得に成功したことは、これら地域の分離独立運動および自治権拡大運動を活性化させることでしょう。
各国は英国のように独立の可否を住民投票することを必ずしも認めてはいないのですが、それでもヨーロッパ諸国はすべて議会制度を有する民主主義国家であります。
各国にとってこれら少数民族(もしくは歴史的理由により同一民族ながら独立志向が強い地域)の扱いは、今後中央政府が自治権に関して大きな譲歩がせまられる課題となる可能性が出てきました。
そしてその影響を最も恐れるのは、ロシアや中国などの民主主義が未熟、もしくは未発達な多民族国家でありましょう。
もともと少数民族による分離独立運動に頭を痛めてきたロシアや中国は、議会制民主主義が未発達であることもあり、独立運動を軍隊や警察による「力」で押さえつけてきた歴史があります。
当然ながら「力」による押さえつけは、「力」による反発を呼びました。
独立運動を志向するグループの過激派は、ロシアのチェチェンや中国のウイグルでそうであるように、テロ活動など地下に潜伏して中央政府に抵抗しています。
スコットランドの住民投票がこれら地域の独立運動にどのような影響を及ぼすのかは即座に予想はできません。
しかし民主的手続きにより独立の可否を住民自身が決めるというスコットランドの住民投票のあり方、そして否決されたとはいえ結果的に大幅な自治権拡大に成功したことは、ロシアや中国の民主主義を志向する穏健な学者や識者たちを刺激することは間違いないでしょう。
願わくば今回のスコットランドの住民投票が、非暴力による自治権拡大を通じて健全な民主主義を世界的に拡げるきっかけとなる、そのような『パンドラの箱』であってほしいと、考えます。
(木走まさみず)