木走日記

場末の時事評論

箍(たが)が外(はず)れつつある中国の対日動向を警戒せよ

 ここにきて中国の対日動向が急に変化してきています。

 26日付け朝日新聞記事から。

強制連行、中国でも集団提訴 日本企業2社を相手取り
2014年2月26日12時38分

 第2次世界大戦中などに中国から強制連行され、日本の炭鉱などで労働を強いられたとして、中国人の元労働者や遺族ら計37人が26日、三菱マテリアル日本コークス工業(旧三井鉱山)を相手取り、連行された12人の元労働者1人当たり100万元(約1700万円)の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴えを北京市第1中級人民法院(地裁に相当)に起こした。

 中国の裁判所で強制連行を巡る集団提訴が受理された例はない。今回裁判所が受理すれば、同様の境遇にあった元労働者が中国各地で提訴する可能性もある。

 原告側の弁護士によると、原告は北京市などに住む元労働者や遺族ら。原告や請求対象とする企業はさらに増える見込みという。 

(後略)

http://www.asahi.com/articles/ASG2V32L2G2VUHBI009.html

 うむ、中国において初めて日本企業に対する強制連行を巡る集団提訴が受理されようとしています。

 「強制連行」問題で、これまで中国国内の裁判所に提出された訴状は対日外交への配慮から受理されておらず、仮に今回受理されれば、中国での方針転換を示すものとなります。

 受理の可否は形式上、同法院が今後判断しますが、中国は三権分立制を認めておらず、司法は中国共産党の指導下にあります。

 つまり訴状が正式に受理された場合、中国共産党政府が今まで封印していた対日強攻策である強制連行を巡る集団提訴を解き放つという大きな戦略転換を意味します。

 訴状が受理された場合、外交レベルで「解決済み」とされてきた戦争賠償の請求問題を「民間賠償」として蒸し返す形となり、日中関係への影響は確実です。

 また損害賠償請求の対象となる日本の旧財閥系企業の多くは現在、中国に進出しています。

 仮に賠償支払いが命じられた場合、応じなければ、中国司法当局が対象企業の経済活動や中国国内の資産に対して執行手続きに踏み切る可能性が高いのです。

 一方、判決に従って賠償金を支払えば、戦時中の活動を理由とする賠償請求訴訟が次々と起きかねません。

 日本企業がこうした訴訟に連鎖的に巻き込まれれば、中国に進出する際の新たなリスクとなるのは確実です。 

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 次に17日付け産経新聞記事から。

尖閣侵攻で中国の強さ見せつけられる」ダボス会議中のある会合で発言した中国の“本音”…「世界戦争も辞さず」に凍りついた会場
2014.2.17 07:00

 スイスで1月に開かれた「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)で、取材にあたった米メディア幹部がぞっとする「影響力を持つ中国人の専門家」の談話を伝えた。この専門家は「多くの中国人は尖閣諸島への侵攻で軍事的な優位を地域に見せつけ、シンボル的な島を確保することができると信じている」と語った。世界大戦の引き金になりかねない話の行方に、周辺は凍り付いたという。

(後略)

http://sankei.jp.msn.com/west/west_economy/news/140217/wec14021707000000-n1.htm

 うむ、「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)という公式の場所のディナー会合にて、「影響力を持つ中国人の専門家」が「多くの中国人は尖閣諸島への侵攻で軍事的な優位を地域に見せつけ、シンボル的な島を確保することができると信じている」と発言したというのです。

 「影響力を持つ中国人の専門家」の発言を記事から抜粋します。

戦争犯罪者を崇拝する行為で、クレイジーだ」

「多くの中国人は、尖閣諸島への侵攻で軍事的な優位を見せつけ、このシンボル的な島を完全に支配できると信じている」

「日米の軍事的な対処で事態が大きな戦争につながっても、さほどひどいこととは思わない」

 この会合は発言者を特定させてはならない英語圏の「チャタムハウス・ルール」が適用され、発言者は「影響力を持つ中国人の専門家(プロフェッショナル)」としか記されていません。

 政府筋か、学識者か、あるいは経済人かなどは不明ですが、こうしたディナーに招かれる以上、それなりに発言が重視される影響力を持つ立場にある人物のようです。

 ・・・

 さて、最後に中国の環球時報の最近の興味深い記事を紹介します。

 環球時報(かんきゅうじほう)と言えば、中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』の国際版です。

 中国共産党政府の主張の代弁者と見なしていいでしょう。 

 例えば、2013年11月29日、環球時報は中国の東シナ海での防空識別圏設定をめぐり、「戦闘の目標を日本に絞るべき」とする社説を掲載しています。

 その中で、「今後、最も直接的な戦いは日本との間で起きるだろう」「われわれは日本を圧倒することに集中し、」「日本の戦闘機が中国の防空識別圏に進入すれば、われわれの戦闘機も日本の防空識別圏に進入する。敵に後れをとるわけではなく、中国空軍の自らのタイミングでしかるべき方法をとる。米ソ冷戦時代のようなし烈な空中戦が行われるだろう。中国軍は訓練し、強化し、事態に備えなければならない」「中国には持久力があり、自信と忍耐力がある。中国にはどう対応すべきか、日本に思い知らせてやるのだ」と書いています。

 このように最近では日本に対しては好戦的とも言える論説を掲載している環球時報なのですが、興味深い小さな変化が最近見られています。

 以前なら希(まれ)であった対日戦における中国軍の劣勢を報じる海外メディア記事を報じ始めています。

 12月14日付け新華経済記事から。

アジア最強の軍事強国は「日本」、中国ではない―米メディア

中国紙・環球時報(電子版)は13日、米紙の報道として、世界中の人々から「アジア第一の軍事強国」は中国だと思われているが、実はこの称号に最も相応しいのは日本だと報じた。

米紙クリスチャン・サイエンス・モニター(電子版)は11日、日本の戦後憲法は「国権の発動たる戦争」を永遠に放棄するとうたい、その軍隊は「自衛隊」という耳触りのよい名称を冠していると指摘。だが、これに対し、著名な軍事専門家、ラリー・ウォーツェル氏は最近、「こうしたごまかしに騙されないよう」警告していると報じた。

同紙はまた、「日本は軍人の数で中国のわずか10分の1、戦闘機の数は中国の5分の1、艦隊のトン数は中国の半分。軍隊の規模だけ見ると、日本はかなり劣っている」とした上で、「だが、近代戦争のカギとなる要素である訓練と科学技術の面では、日本は軽く中国を越えている。海上の領土紛争が武力衝突に発展した場合、優勢に立つのは日本だ」との見方を示した。

(編集翻訳 小豆沢紀子)
http://www.xinhua.jp/socioeconomy/economic_exchange/368726/

 米紙クリスチャン・サイエンス・モニター(電子版)の「近代戦争のカギとなる要素である訓練と科学技術の面では、日本は軽く中国を越えている。海上の領土紛争が武力衝突に発展した場合、優勢に立つのは日本だ」との見方を報じています。

 26日付け毎日中国経済記事から。

中国軍は釣魚島を占拠した後、絶体絶命の窮地に陥る―ロシアメディア

中国紙・環球時報は25日、ロシアのラジオ局・ロシアの声の報道として、「中国軍は釣魚島を占領した後、絶体絶命の窮地に陥る」と報じた。以下はその概略。
中国人が釣魚島(日本名:尖閣諸島)一帯で日本の艦船を破壊し、島への上陸に成功したとしよう。まずは、すぐに日本のディーゼル・エレクトリック潜水艦と米国の原子力潜水艦が現れる。中国と彼らとの戦いは楽観できない。中国は空母への対抗能力は大量に蓄積しているが、地理から考えると、米国は空軍をこの島に派遣することも可能だ。
中国はロシアから射程距離400キロの超長距離地対空ミサイルシステム、S−400 「トリウームフ」を購入することで、自らの戦略的地位を固めようとしている。これにより、地上から釣魚島(尖閣諸島)空域を制御することは可能だが、中国本土から釣魚島までの距離は330キロもある。地形の複雑な小さな島にこのようなシステムを配備するのも合理的ではない。
そのため、仮に釣魚島(尖閣諸島)を中国軍が占拠しても、結局は封じ込められた形となり、窮地に陥ることになる。東シナ海に大量の日米軍事力(主に潜水艦)が集結すれば、中国軍は占拠を続けることができなくなり、部隊に戻ることすらかなわなくなる。事態がここまで発展し、中国が痛い目に遭う可能性は大いにある。
(編集翻訳 小豆沢紀子)

http://news.livedoor.com/article/detail/8574289/

 こちらではロシアのラジオ局・ロシアの声の報道として、「仮に釣魚島(尖閣諸島)を中国軍が占拠しても、結局は封じ込められた形となり、窮地に陥ることになる。東シナ海に大量の日米軍事力(主に潜水艦)が集結すれば、中国軍は占拠を続けることができなくなり、部隊に戻ることすらかなわなくなる。事態がここまで発展し、中国が痛い目に遭う可能性は大いにある」との記事を報じています。

 中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』の国際版である環球時報がこのように中国にとって不愉快な海外メディアの記事を掲載するとはたいへん興味深いことです。

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 まとめです。

 まず中国において初めて日本企業に対する強制連行を巡る集団提訴が受理されようとしています。

 三権分立が確立していない中国において、この意味することは中国共産党政府が今まで封印してきた対日強攻策を解き放つという、大きな政略変換を決断したということです。

 このような訴訟が今後続出するとすれば、中国に進出している日本企業に取り大きなリスクとなり、その経済的悪影響は測りしれません。

 日本国内で起こされた同様の訴訟で、最高裁は2007年4月に「1972年の日中共同声明で、個人の請求権も放棄された」との判断を提示していますので、外交的にも日中の間で深刻な対立を招くことは避けられないでしょう。

 また「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)という公式の場所のディナー会合にて、「影響力を持つ中国人の専門家」が「多くの中国人は尖閣諸島への侵攻で軍事的な優位を地域に見せつけ、シンボル的な島を確保することができると信じている」と発言したことも重要なひとつのシグナルと見なせます。

 「日米の軍事的な対処で事態が大きな戦争につながっても、さほどひどいこととは思わない」との発言の意味するところは、個人的発言ではありながら中国共産党政府の意向の一部を代弁しているのだとも推測可能でしょう。

 そして中国共産党中央委員会の機関紙『人民日報』の国際版である環球時報の最近における興味深い報道の小さな変化です。

 「アジア最強の軍事強国は「日本」、中国ではない」(米メディア)、「中国軍は釣魚島を占拠した後、絶体絶命の窮地に陥る」(ロシアメディア)などの中国が軍事的に劣勢であるとの海外メディアの報道を報じていることは、加熱する国内輿論を沈静化するためや共産党内の強硬派を抑えるためが目的なのかもしれません。

 しかしこのような報道が共産党機関紙の環球時報で報じられていること自体がひとつのシグナルと考えることもできるのではないでしょうか。

 共産党機関紙が中国の軍事的劣勢を報道する海外メディアを紹介するほど、実は国内強硬派の発言が加熱してきたことの証左なのかもしれません。

 「箍(たが)が外(はず)れた」という言葉があります。

 現在の木製の桶(おけ)は細長い板を円状に並べ、竹などをらせん状に束ねた「箍」(たが)で結う結物構造となっており、接着剤等は使用しないのですが、箍が外れれば桶は今までの形状を維持できず板はバラバラになってしまうことから、外側から締め付けて形を維持しているものがなくなり、それまでの秩序が失われることを「箍(たが)が外(はず)れた」と表現するわけです。

 中国の対日外交政策は今大きく方向転換を始めたと云えましょう。
 初めて日本企業に対する強制連行を巡る集団提訴が受理されようとしていることに象徴されますが、今まで抑制してきた一線を明らかに越えて強硬姿勢が目立つようになりました。
 おそらく内部の強硬派の発言を穏健派が抑えきれなくなりつつあるのかも知れません。
 総合的に判断して、今まで抑制してきた対日強攻策が抑制不能になりつつある、すなわち対日戦略の守られてきた「箍が外れつつある」のではないでしょうか。
 不必要に過剰反応するべきではありませんが、中国の動向には今後も冷静に見守る必要があるでしょう。
 中国の今後の動向をしっかり監視し冷静に対応していくことが必要です、警戒を怠るなということでしょう。


(木走まさみず)