木走日記

場末の時事評論

このままではマイナンバー制度は絶対うまくいかない理由〜政府・行政側も性悪説で管理しなければならない対象である視点が欠落している

 マスメディアがオリンピック一色で一日中早朝から夜中まで大騒ぎの中、国会では納税や社会保障の情報を一元管理する共通番号制度(マイナンバー)関連法案の修正について与野党が合意、今国会にて粛々と成立する見通しと相成っております。

 非常に重要な法案でありながら国民的議論が深まらないままマイナンバー法案が成立見込みなわけですが、法案賛成派の産経新聞は29日付け社説で「早期成立への動きを歓迎したい」と記しています。

マイナンバー 公平性確保さらに努力を
2012.7.29 03:19 (1/2ページ)[主張]
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120729/plc12072903200002-n1.htm

 国民一人一人に固有の番号を割り振り、納税や社会保障の情報を一元管理する共通番号制度(マイナンバー)関連法案の修正について与野党がほぼ合意し、今国会で成立する見通しとなった。

 他の先進国では既に広く利用され、税の徴収や社会保障給付の効率化に不可欠な制度だ。早期成立への動きを歓迎したい。政府は平成27年1月の利用開始に向け着実に準備を進めてほしい。

 社説はマイナンバーは「行政事務の削減につながる利点」もあり、「農家を含む自営業者などに対する課税の適正化」を政府に期待して結ばれています。

 1つの番号に情報が集約されるため、家計状況に応じてきめ細かな社会保障給付が可能になる。また、自分が納めた税金や社会保険料を自ら確認できる。

 行政事務の削減につながる利点もある。コンピューターシステムの導入には約500億円かかるとされるが、導入後は行政経費の削減効果だけで年1千億円を超えるとの試算もある。行政効率化の手段としても活用したい。

 野田佳彦首相は「より公平な社会保障制度、税制の基盤となる」と意義を強調した。マイナンバーを通じ、政府は農家を含む自営業者などに対する課税の適正化にも万全を期してもらいたい。

 一方法案反対派の日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」では、31日付け社説で「不利益しかない番号は不要だ」とマイナンバー制度に強く反対をしています。

マイナンバー法案
不利益しかない番号は不要だ
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik12/2012-07-31/2012073101_05_1.html

 「社会保障給付抑制の道具にマイナンバーを使う狙いは明らか」なのであり、そもそも国民の「7割以上の人が「個人情報の漏洩(ろうえい)によるプライバシー侵害」「個人情報の不正利用による被害」」に不安を抱えていると指摘します。

 法案は、赤ちゃんからお年寄りまでのすべての日本国民と中長期滞在の外国人を含めた日本居住者一人ひとりに識別番号(マイナンバー)をつける仕組みです。これまで年金、医療、介護など制度ごとに違う番号で管理・運営されていた国民のさまざまな情報がマイナンバーを通じて一つに結びつけられます。対象となる情報は、社会保障、税金、雇用、奨学金貸与の状況まで広範囲にわたります。国や地方自治体が、住民の多様な納付・給付状況を把握することを可能にします。

 民自公が推進する「一体改革」は社会保障について「受益と負担の均衡」を図るとして、給付の「適正化」と運営の「効率化」による社会保障費削減・抑制を前面に打ち出しています。マイナンバー法案は、それを可能にするものです。「一体改革」を要求する経団連社会保障支出の「徹底的な合理化・効率化」のために番号制度の導入を強く求めてきたことからも、社会保障給付抑制の道具にマイナンバーを使う狙いは明らかです。

 内閣府世論調査(1月発表)でも7割以上の人が「個人情報の漏洩(ろうえい)によるプライバシー侵害」「個人情報の不正利用による被害」に不安を感じています。それへの対策もきわめて不十分です。番号制度が必要という立場の研究者からも、多くの情報を一つに集中させるのは「プライバシー保護の観点から見て『絶対にやってはいけないこと』」と危ぐする声があがっています。

 社説はそもそもイギリスでは国民IDカード法を人権侵害への危険があるとして廃止され、「制度導入に6100億円かかると試算された費用も不透明」な「有害無益」の法案であると結ばれています。

 制度の弊害は外国でも浮き彫りになっています。イギリスではいったん導入を決めた国民IDカード法を人権侵害への危険があることや巨費が浪費されるおそれがあるとして廃止しました。ドイツでも行政機関の番号使用を規制するなどきわめて限定的に運用されています。

 制度導入に6100億円かかると試算された費用も不透明です。歯止めない税金投入になる危険は大です。まさに国民にとって「有害無益」の法案を強行することは絶対に許されません。

 まず議論をする前に両社説の相矛盾するそれぞれの試算を指摘しておきましょう。

 賛成派の産経社説がマイナンバーを導入すれば「コンピューターシステムの導入には約500億円かかるとされるが、導入後は行政経費の削減効果だけで年1千億円を超えるとの試算」と黒字になる試算を示せば、赤旗社説は「制度導入に6100億円かかると試算された費用も不透明です。歯止めない税金投入になる危険は大」と赤字が膨らむだけだとの試算を示しています。

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 私はIT技術者としてこれまでいくつかのシステム設計、開発に携わり、システムで管理する対象の番号化・コード設計のお手伝いもしてきました、その技術者の立場から今回のマイナンバー法案について私見を述べたいと思います。

 まず合理的な管理をするために人間を番号化すること自体、極めてありふれた事です。

 私達は生まれて以来、例えば小学校や中学校ではクラスで出席番号で管理され、高等教育以上でも学生証を持たされ学籍番号で管理されてきました。

 社会人になって免許証を取得すれば免許書番号が与えられ、会社に入れば社員コード等で給与支払いが行われ、医療機関では保険証番号で、年金支払や給付には(ずさんな管理が問題となりましたが)年金番号で管理されます。

 このようにあるグループの人間をナンバリングして番号化する目的は、管理を合理化しすなわち組織の利益のためであり、合わせて人間側に提供されるサービスの充実のためであり、人間をナンバリングする、番号化すること自体はいっさいイデオロギーとは関係のない行為です。

 目的と運用がはっきりしていればむしろITシステム導入時にコード化は必須の技術といえましょう。

 AKB48のフアンクラブに入れば会員番号で管理されるわけですが、それはクラブ運営側が会費徴収や会員管理をしやすくするためで、最終的に会員サービスの充実が図られれば、組織側、会員側双方の利益にかないます。

 物事をコード化するのは目的があり、特に今回のように国民全員に関わるマイナンバーなる共通番号制度なる大掛かりな制度導入には、それが政府にとってどんな目的がありどんな利益がもたらされ、一方国民にとりどんな利益がもたらされ、どんな不利益がもたらされるのか、透明性をもって明確にしておく必要があります。

 例えば国民全員が関わる住所のコード化では、7桁の郵便番号があります。

 郵便物を配送する側は、郵便番号のお陰で郵便物の正確な仕分けの機械化が可能になり人件費等の大幅な圧縮につながりました。

 一方、国民側も住所誤りがあっても、宛名と郵便番号が正確ならば郵便物が相手にたいていの場合届くという利便性の向上があります。
 
 デメリットはなんでしょう、年賀状を書くとき、住所・氏名に郵便番号という新たな記入項目がひとつ増えたことでしょうか。

 少し長くなりましたが、私がここで主張したかった第一点は、人間を番号化して管理する行為自体は善悪で語るべき事象ではそもそもはない、「出席番号」や「社員コード」と同様、それ自体に功罪はないという基本的な事実です。

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 では今回のマイナンバー制度はどうか。

 納税や社会保障や医療と言ったお金に関わる行政サービスの電子化において、この国の電子サービスシステムは完全に失敗の連続であり、今もって全国規模でうまく利用されているシステムは皆無である事実は重要です。

 日本において、地方公共団体と行政機関で個々の日本国民を特定する情報を共有・利用することを目的として構築され稼働したシステム、住民基本台帳ネットワークシステム(通称:住基ネット)が失敗の代表格でありましょう。

 あれだけの税金を投入して構築したもののほとんど活躍をしていません、また憲法違反であると一部住民が裁判を起こし、最高裁で無罪判決が出るわけですが、そもそもほとんど一般国民に活用されていません、読者の皆さんでいったい何割の人が住基ICカードをお持ちでしょうか。

 国税局が法人・個人の納税行為をネットで可能としたe−taxシステムもスッテンコロリンほとんど利用者の広がりがありません。

 PCで本人認証するのにICカードリーダーが必要でそれに住基ICカードを読ませなければならないと言う、ICカードリーダーを装着しないとシステムを利用できない、しかもそのとき必要なカードが住基ICカードという普及していない失敗システムのカードですもの、ソフトのインストールの複雑さもあり、これでは利用者が増えないのも当然なのです。

 一般に行政サービスを電子化し、それに伴い住民を番号化して管理するシステムを設計する場合、性善説ではなく性悪説で利用者を定義して設計するのは当然です。

 悪意のある第三者によるなりすまし行為など、利用者の中には不正行為をするものが含まれると想定してシステム設計を行います。

 しかし、この不正防止設計が行き過ぎるとユーザーの利便性が著しく劣化するというその好例が、PCからネットを通じて行政サービスを受けるのにICカードリーダーの装着が必須でありしかも普及していない住基カードを利用するというこのe−taxシステムの民間システムではありえないユーザー目線ゼロの利用形態です。

 わざわざ使わせないように使いづらく設計したのではないかと思うほどです。

 今回のマイナンバー制度でも全国民対象のICカード発行を目指しています。

 ネットでサービスを利用するのにユーザー認証で使用すると言うのです。

 これではe−taxシステムの二の舞になりかねません。

 情報弱者を中心に多くの住民が今までどおり紙の手続きのまま取り残されることでしょう、そうなれば産経社説の行政コストの削減は不可能で、赤旗社説の試算のように費用がかえって膨らむ可能性は否定できないでしょう。

 もう一点、私が指摘したいのは、先ほど「性善説ではなく性悪説で利用者を定義して設計するのは当然」と述べましたが、ここで性悪説で定義しなければいけないのは「利用者側」だけではありません、システム管理側すなわち、政府・行政側にも性善説ではなく性悪説を適用して設計しなければ、システム利用者すなわち国民の信頼を得ることはできないでしょう。

 政府・行政側にも不正を働くものがいる、あるいは管理を間違うものが発生するという、大前提で住民データの取り扱いをどうするのか、暗号化をどうするのか、アクセスログをどうするのか、徹底的な運用上・技術上の討論がなされるべきでしょう。

 どうも野田政権の国会答弁を見聞きすると、電子行政サービスのシステム設計の際、性悪説で設計すべき対象が利用者側ばかりに集中して、システムを運用する側、すなわち政府・行政側も性悪説で管理しなければならない対象である視点が欠落しているように思えてなりません。

 このような偏った視点では、今までの失敗システムと同様、システムを利用するのは本人認証がすこぶる面倒くさくて利用しづらく、しかし大切な個人情報がシステム内部から杜撰な管理で漏えいしてしまう不始末が発生する、というシステムになってしまいかねません。

 私はIT技術者としてマイナンバー制度は、総論として賛成なのですが、今の日本政府及び行政にそれを正しく管理する能力及び姿勢があるのか、その点を大きく危惧しています。



(木走まさみず)