「従軍慰安婦問題で日本が政治的に勝利することはない」〜マイケル・グリーン氏の4年前の忠告
日韓首脳会談において、李明博大統領は旧日本軍の従軍慰安婦問題を集中的にとりあげ、日本側に優先的な解決を求めました。
19日付けの各紙社説はこれを一斉に取り上げています。
【朝日社説】日本と韓国―人道的打開策を探ろう
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】日韓首脳会談 慰安婦で安易な妥協は禁物だ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20111218-OYT1T00763.htm
【毎日社説】慰安婦問題 原則曲げずに対応を
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20111219k0000m070096000c.html
【産経社説】日韓首脳会談 「融和」外交が禍根残した
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111219/plc11121903190003-n1.htm
【日経社説】経済主導で日韓の対立を乗り越えよう
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E5E1EBE4E4EAE2E3EBE3E0E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D
会談では首相は「わが国の法的立場は決着済み」としながら、「これからも人道的見地から知恵を絞ろう」と応じたことに対し、各紙の評価は割れています。
朝日、毎日では「問題を打開する糸口」(朝日)、「外交の原則を曲げない範囲で知恵を絞る工夫」(毎日)と一定の評価をしています。
野田首相は李大統領との会談で「人道主義的な見地から知恵を絞っていこう」と語った。
問題を打開する糸口は、ここにあるのではないか。65年の協定で解決したかしていないかではなく、人道的に着地点を見いだしていく。
それは行政ではなく、政治の仕事だ。日韓の政治がともに探る。そういう時期にきている。(朝日社説)
ただ、韓国では国家による賠償ではないという理由で多くの元慰安婦が償い金を受け取っていない。日韓間にこの問題の解決をめぐる認識の溝があることは事実だ。日本側にも道義的な責任はある。野田首相は「人道的な見地」で対応する考えを示したが、外交の原則を曲げない範囲で知恵を絞る工夫は大事だろう。(毎日社説)
日経も「必要なら、ほかの方法で誠意をみせていくしかない」と首相発言を支持しています。
だが、1965年の日韓基本条約に伴う協定で、請求権の問題はすべて解決済みというのが日本政府の立場だ。野田佳彦首相が「決着済み」と主張したのは当然だ。
過去の日本の植民地支配がもたらした苦痛は真摯に受け止めるべきだが、日本政府が協議に応じれば、戦後賠償をめぐる係争は際限がなくなる。必要なら、ほかの方法で誠意をみせていくしかない。(日経社説)
一方首相の「人道主義的な見地から知恵を絞っていこう」発言に対し、読売、産経では「問題を複雑化するだけ」(読売)、「将来に大きな禍根を残した」(産経)と批判しています。
首相は、賠償問題は法的に解決済みとする一方、「人道的な見地から知恵を絞ろう」と語った。
大統領が慰安婦問題を提起したのは、韓国政府に解決への努力を求める憲法裁判所の決定や韓国世論の硬化などの事情があろう。
だが、戦時中などの賠償請求権問題については、既に1965年の日韓国交正常化の際、「完全かつ最終的に解決された」との国際協定を締結している。
政府は、この立場を堅持すべきだ。歴史認識にもかかわる問題であり、仮に「人道的な見地」から中途半端な措置を取っても、韓国側を満足させることは困難で、問題を複雑化するだけだろう。(読売社説)
しかし、昭和40(1965)年の日韓基本条約で両国の請求権問題は「完全かつ最終的に」解決されたと明記されている。野田首相はもっと以前から国際法の原則と順守を李大統領に伝え、この問題で一切協議に応じないことを明確に断言しておくべきだった。
だが、会談では首相は「わが国の法的立場は決着済み」としながら、「これからも人道的見地から知恵を絞ろう」と応じた。圧力に屈したといえる。将来に大きな禍根を残した。
慰安婦の碑についても、「誠に残念だ」と早期撤去を求めるにとどめたという。これで日本の最高指導者として最低限の務めを果たしたといえるのか。(産経社説)
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この問題を解く鍵は歴史的事実の徹底的な検証だと考えます。
韓国側の主張の正当性の検証です。
本当に慰安婦強制連行に日本軍が直接もしくは間接的に関与した事実はあるのか、この核心部分をしっかりと学術的に耐えうる検証をしなければなりません。
関係者が存命なうちに、日韓双方の立場からその裏取りや物証を(元慰安婦の発言をそのまま信じるのではなく)検証しなければなりません。
必要なら米国など第三国の判断を仰ぐことも有効でしょう。
ただし、重要なことは歴史的事実を検証すべきは学者であり政治家ではないということです。
この従軍慰安婦の問題は政治問題化すべきではありません。
第三国を含む歴史学者達の正当な方法に基く事実検証を徹底的に行い、その検証結果に日韓双方は従うべきです。
政治家ではなく学者によりこの問題を解決するのは、この問題で海外の評価は押しなべて日本にとって不利であることにも関係しています。
慰安婦問題が政治問題化しても、それによって同情をされるのは強制があってもなかっても被害者女性だけであり、日本が政治的に勝利することはないからです。
実はこの従軍慰安婦の問題は学者にゆだね、政治家はタッチしないほうが日本のためであるという意見は、私のオリジナルではありません。
マイケル・グリーン元米国国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長が4年前日本の新聞のインタビューで示した冷静な発言があります。
氏はアメリカ共和党きっての知日家でありながくブッシュ政権のブレーンを務めてきた親日家であります。
リンクはありませんが、2007年3月4日付けの読売新聞紙面から当該部分を抜粋して紹介しましょう。
マイケル・グリーン氏に聞く 「慰安婦」歴史家に任せよ
(中略)
−−−米下院では、民主党のマイケル・ホンダ議員らが慰安婦問題で日本に公式な謝罪を求める決議案を提出し、外交委員会の小委員会で公聴会が行われた。
「米議会がこの問題に関与するのは大きな間違いだ。特に外交委員会は、北朝鮮の人権侵害、台頭する中国の挑戦など、対応すべき問題が山積している」
−−−日本政府は公式に謝罪しているにもかかわらず、決議が繰り返し米議会に提出されるのは、なぜか。
「韓国系の住民の多いカリフォルニア州出身議員らが推進しているからだ。反日、反米、親北朝鮮の民間活動団体(NGO)などが絡んでいることもある」
−−−自民党の「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が河野官房長官談話の見直しを議論しているのをどう受け止めるか。
「仮に決議案が採択されたとしても、米国の日米同盟に関する政策に与える影響はゼロだ。米メディアの報道も今のところ低調だ。しかし、日本が反発すれば事態は悪化する。共和党や民主党の一部議員が、決議案の問題点に気づき、修正や廃案をめざして動き始めたが、日本の政治家が反発すると収拾が難しくなる。日米とも政治家がこの問題に関与すれば国益を損なう。歴史家に任せるべきだ」
−−−安倍首相は「(旧日本軍の)強制性を裏付ける証拠は無かったのは事実だ」と発言している。
「安倍政権の外交政策、特に国連での対北朝鮮制裁決議採択や、中韓との関係改善に向けた首相の指導力は、ワシントンでも高く評価されている。ただ、慰安婦問題は、高いレベルが政治介入すればかえって複雑化する。強制性があろうとなかろうと、被害者の経験は悲劇で、現在の感性では誰もが同情を禁じ得ない。強制性の有無を解明しても、日本の国際的な評判が良くなるという話ではない」
−−−昨秋、下院で開かれた公聴会で靖国神社問題について証言し、日本の立場に理解を示したが、この問題では批判的なのか。
「慰安婦問題で議会に呼ばれたら、残念ながら日本を擁護できない。靖国問題と慰安婦問題は違う。どの国にも戦争で亡くなった英霊に敬意を表す権利があり、中国に介入する権利はない。クリント・イーストウッド監督の映画『硫黄島からの手紙』がヒットしたのは、米国人だけでなく日本人の犠牲者に対する同情を呼んだからだ。しかし、慰安婦問題で同情されるのは被害者女性だけで、日本が政治的に勝利することはない」2007年3月4日読売新聞紙面4面より 抜粋引用
このマイケル・グリーン氏の意見ですが、いつもながら冷静なきわめて妥当な分析であると評価できましょう。
当時アメリカ議会で開かれていた従軍慰安婦関係の公聴会そのものは、「米議会がこの問題に関与するのは大きな間違い」であり「反日、反米、親北朝鮮の民間活動団体(NGO)などが絡んでいる」ことを指摘しつつ、慰安婦問題自体は「歴史家に任せるべき」であり、「日米とも政治家がこの問題に関与すれば国益を損なう」と断じています。
彼によれば、「強制性があろうとなかろうと、被害者の経験は悲劇で、現在の感性では誰もが同情を禁じ得ない。強制性の有無を解明しても、日本の国際的な評判が良くなるという話ではない」のであり、本質的には「慰安婦問題で同情されるのは被害者女性だけで、日本が政治的に勝利することはない」からであります。
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まさに正論でありましょう。
この問題は政治問題化させるのではなく歴史学者による真摯な事実検証にゆだねるべきでしょう。
日本政府は、韓国が求めるこの問題における政府間協議に対して、第三国を含む歴史学者の徹底的な事実の検証作業を提案するべきです。
この問題の解決は政治家ではなく学者にゆだねるべきです。
本件の政治問題化を避けるのは真実の解明、それが唯一の方法だと考えます。
いたずらに外交問題にしてはいけません。
なぜならマイケル・グリーン氏が4年前に冷静に忠告しているように、国際的には「強制性があろうとなかろうと」「慰安婦問題で同情されるのは被害者女性だけで、日本が政治的に勝利することはない」からです。
(木走まさみず)