木走日記

場末の時事評論

党首討論で見えた野党自民党のジレンマ

 30日国会にて、野田佳彦首相が就任して初めての党首討論が開かれました。

 野田首相に対しての野党自民党の谷垣総裁の対峙の仕方がどうも評価がイマイチのようです。

 翌一日付けの全国紙5紙の社説タイトルはご覧のとおり。

【朝日社説】党首討論―2大政党の近さ鮮明に
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】党首討論 自民は消費税の協議に応じよ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20111130-OYT1T01182.htm
【毎日社説】党首討論 谷垣氏が守勢に見えた
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20111201k0000m070130000c.html
【産経社説】党首討論 自民が国家像を示す番だ
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111201/plc11120102550002-n1.htm
【日経社説】与野党の対決だけでは政策が進まない
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE1E4EBE2EBEAE1E2E2E3E3E0E0E2E3E38297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 守る政権側(民主)の政策が、TPP参加、消費税増税普天間問題、社会保障改革、原発推進などとことごとくが、攻める野党側(自民)の政策にダブっているのですから、谷垣さんも攻めづらいのは理解できます。

 しかし、政権に不慣れな民主党政権がマニュフェストを捨ててどんどん自民化(?)しているのとともに、歯がゆいのは自民党側も野党慣れしていないのか、時の政権の瑕疵(かし)を鋭く追及するという野党本来の使命を果たせていないところです。

 野田政権も党内にTPP慎重派、消費税増税反対派、脱原発派を多数抱えており党内の意思統一ができていない不安定な状態なのですが、それを追求すべき野党自民党がまったく同様に意見集約ができていない体たらくなのでは、情けないですが谷垣さんの言葉に迫力がないのも仕方ないところです。

 朝日社説が指摘しているとおり、今の民主・自民はその政策の違いを見出すことが逆に難しいぐらいです。

こんな状態のまま総選挙に突入しても、有権者は違いがわからず選びにくいだろう。(朝日社説)

 与党民主党政権も多種多論を抱え、野党自民党も同様な状態で意見集約ができていない、そして国会で建設的な議論が進まない、なぜこんなわかりづらい政局となってしまったのでしょうか。

 私は2大政党制を目指しこの国に小選挙区制を導入したことに、その根本的理由があるのではないかと考えています。

 限られた小さな選挙地区を2大政党で議席を競うとすると、選挙に勝つためには両党の主張は競うように中庸(ちゅうよう)に寄り合うことになるからです。
 
 ゲーム理論で理論的な説明を試みます。

 ゲーム理論を思いついた人はハンガリー出身の数学者で近代コンピュータの父祖とも言われるジョン・フォン・ノイマンであります。

 それを発展させたのは、アメリカ出身の数学者ジョン・F・ナッシュでありました。

 ・・・

 ビーチのアイスクリーム屋の話。

 ある浜辺で商品も価格も同じアイスクリームを売ろうとしているAとBがいて、いま浜辺のどこに店を構えれば一番売り上げが伸びるかを考えています。

 浜辺は直線で客は均等に存在しています、夏の炎天下の浜辺のことです、客はもっとも近い場所にあるアイスクリーム屋から買うことが想定されます。

 さてA,Bはお店をどこに立地すれば相手より売り上げを上げることができるか思案します。

 結論から言うとA,Bともに浜辺の中央、ど真ん中に並ぶように店を構えることになります。

 最初Aは浜辺の左側4分の1ほどの位置に、逆にBは浜辺の右側4分の1ほどの位置に店を構えたとしましょう。

 この状態では、浜辺の左半分にいる客たちはAの店に、右半分にいる客たちはBの店にいくことでしょう、客は均等に存在していますから売り上げも均等、AとBの店は仲良く棲み分けられます。

 しかし、どちらか少し賢ければどうでしょう、必ず店を中央よりに移し始めるはずです。

 たとえばBの店が中央に移り、Aの店が右4分の1の場所のままだったら、Bの店が浜辺の8分の5の客にとって最寄の店となり売り上げを伸ばすことでしょう。

 こうしてこの条件では、A,B両方の店は浜辺の真ん中中央に並ぶようにくっついて店を立地することになります。

 売り上げを重視しライバルに負けないためのこれしかない戦略です。

 これがこのゲームにおける均衡点なのです、このような均衡点をナッシュ均衡と呼びます。

 興味深いことは、このナッシュ均衡はあくまでも店側の論理における解であり、ここでは客の立場は無視されていることです。

 客の利便性(なるべく短い距離でアイスを買うという)を考えれば、最初の左右に分かれていたときが実は一番よろしいことになります。

 その場合、どんなに離れている客でも最大で浜辺の全長の4分の1の移動で店に行けます(平均で8分の1)のに、ナッシュ均衡の浜辺の真ん中に2件並んだ場合、最大で浜辺の2分の1も移動しなければ店にたどりつけません(平均で4分の1)。

 売り上げを追求する店の立場では、浜辺の中央にくっつくように並んでアイスを売るしかライバルから客を奪われない戦略はないのですが、客の立場からするとこの店の取った戦略(ナッシュ均衡)は、不便になるだけでまったく嬉しくないわけです、浜辺の左右の端当りにいる客は不便でどうしようもなく「不満」ですし、中央寄りの客はどちらの店で買うのもほぼ同じですから「どうでもいい」ことになります。

 で、このビーチのアイスクリーム屋の話からすぐ連想できるのが小選挙区制度は2大政党制になりやすいがそれぞれの政党の主張は似たもの同士になりやすいという話です。

 それぞれ左右のイデオロギーを有する2つの政党が、閉じた地域で1議席を争う場合、ライバルより1人でも多くの有権者を引き付けるために、最初は左右に分かれていたその主張が中庸(ちゅうよう)にシフトしていく、戦略上浜辺のど真ん中に店が並ぶように、ゲーム理論によれば議席獲得のために2つの政党は小選挙区制では似たような中庸の政策を掲げざるを得なくなるわけです。

 議席獲得のためには最も多くの支持を得られる政策を取らざるを得ないわけで、2大政党の政策は似たもの同士にならざるを得ないのです。

 これが現在の野党自民党が抱えているジレンマの本質であります。

 民主党の政策がほぼ自党の隣にまでにじり寄ってきているわけです。

 では自民党はどのような戦略を立てればいいのか。

 ゲーム理論に戻れば一つの解を見出せます。

 今浜辺の客(有権者)はほとんどアイス屋(政党)が中央に居並んでいることに不満を抱いている状態(あるいは無関心)でいます。

 そこで店側(政党側)の論理を放棄し客側(有権者)の利便性を重視し、アイス屋Bが元の右4分の1のポジションに回帰してみるのは戦術として有効です。

 こうすれば浜辺の右側の大部分の客(有権者)に「満足」な利便性を提供でき、左側の利便性と大きく差別化できるでしょう。
 
 政治的には政権に自己の政策を取り込ませるべく、妥協せず、さりとて敵対せず、という戦略を取るのが有効と思われます。

 これは浜辺の客の過半数を抑えようという目的を放棄し、自分の客の満足度を高めるという目的にシフトする戦略の転換を意味しています。

 自民党は野党なのですから、政権党のときは絶対できなかったろう保守党としての骨太い政策の確立を今こそ求められているのだと思います。

 実は現在は、自由民主党の政策を与党民主党のそれとの差異を有権者に見せ付ける好機でもあるのです。

 例えば民主党政権がメチャクチャにして対米関係までこじらせてしまった普天間問題などは、保守自民党沖縄県民の意向を合えて鑑みず国益重視で強い意志を示すことは戦術的にありだと思います。

 私は自民党の生き残り戦略としては保守回帰しかないと思っています。



(木走まさみず)