木走日記

場末の時事評論

なぜこの文科省のレポートをマスメディアは大きくとりあげないのか?


 文部科学省は29日、航空機を使って測定した放射性セシウムの蓄積量についての汚染マップを公表しました。

 このモニタリングレポートにある「土壌表層への放射性セシウムの沈着状況を示したマップ」は、政府による公式の汚染状況資料であり、大変重要な情報なので前回当ブログで検証いたしました。

■[原発]福島県の面積に匹敵する放射能「汚染地域」を抱えた日本〜文部科学省モニタリングレポート検証
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20111001

 そうしたところ、当ブログのコメント欄やトラックバック、提携しているBLOGOSのコメント欄やツイッター等で少なからずのご意見や反論をいただきました。

 批判的ご意見としては、「いたずらに数値だけを取り上げて不安心理を煽ってどうなる?」、「国土の広い国のチェルノブイリ事故を狭い人口密度の高い日本で基準にするのは現実的でない」、中には「セシウム137とセシウム134の合計値の分布図でもって、セシウム137だけの分布のチェルノブイリと比較するのは、科学的に誤り」という専門的ご指摘もいただきました。

 私は今回の文科省のレポートをじっくり検証した結果、この高濃度の放射能「汚染地域」の広さに驚愕し、警鐘を鳴らす意味で記事にしたわけですが、舌足らずな箇所もあり、改めて今回公開された文部科学省の汚染マップについて取り上げたいと思います。

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 「汚染地域」という言葉は、チェルノブイリ事故の場合、セシウム137の地表汚染密度が1平方km当り1キュリー以上のところをさして用いられています。

 1平方km当り1キュリーとは、1平方m当りにすると1マイクロキュリー、これはすなわち3万7000ベクレルに相当します。

 チェルノブイリ事故の場合、セシウム137の地表汚染密度が37kベクレル/平方m以上が「汚染地域」と定義されているわけです。

 私がこの数字にこだわるのは、今回の福島第一原発事故放射能汚染の今後の影響を推測する上で、少ないですが科学的・医学的統計数値を比較可能な資料があるのが、チェルノブイリ事故唯一であるからです。

 ここにベラルーシ国立甲状腺ガンセンターのユーリ・E・デミチク,エフゲニー・P・デミチク両医師のレポートがあります。

ベラルーシにおけるチェルノブイリ原発事故後の
小児甲状腺ガンの現状
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Sgny-J.html

 ベラルーシ共和国における小児甲状腺ガンの発生頻度について,事故前は小児10万人あたり年間0.1件と,世界のそれとほぼ類似の値を示していたにもかかわらず、90年1.2件,92年2.8件,94年3.5件,95年4.0件,96年3.8件とほぼ40倍に明らかに上昇していることが判明しています。

 特にチェルノブイリ原発に隣接している高汚染州であるゴメリ州に限定してみると,90年3.6件,91年11.3件,95年13.4件,96年12.0件と,91年以降は世界的平均の100倍以上にも達しています。

ベラルーシ共和国における小児甲状腺ガンの発生頻度についてみると,事故前は小児10万人あたり年間0.1件と,世界のそれとほぼ類似の値を示していた.しかし,90年1.2件,92年2.8件,94年3.5件,95年4.0件,96年3.8件と明らかに上昇していることが判明した.そこで,これらの年度別発生頻度を,高汚染州であるゴメリ州に限定してみると,90年3.6件,91年11.3件,95年13.4件,96年12.0件と,91年以降は世界的平均の100倍以上にも達している.またブレスト州でも,96年は7.3件であった.これは極めて異常な事態と言わざるを得ない.一方,非常に軽度の汚染州であるビテプスク州では93年以降0件のままである.

ここに示した幾つかの臨床科学的データは,ベラルーシ共和国で急増する小児甲状腺ガンが,チェルノブイリ原発事故による放射能汚染によって誘発された可能性を強く示唆している2.なかでも,事故によって大量に放出された,ヨウ素131(半減期8日)などの放射性ヨウ素による甲状腺の被曝が最大の要因であろう.甲状腺では,ヨウ素を原料として甲状腺ホルモンの合成が行われるため,体内に摂取された放射性ヨウ素のほとんどすべては甲状腺に集まる.甲状腺に取り込まれた放射性ヨウ素による,局所的で集中的な事故当時の内部被曝の結果が,現在甲状腺ガンとなって現われていると考えるのが最も論理的である3,4.事故後に生まれ,ヨウ素被曝を受けていない子供たちに甲状腺ガンがほとんど認められていないことも,強力にこのことを裏付けている.しかし,発ガンのメカニズムに関する直接的な証明は現時点では極めて困難であり,またガン発生と被曝量との関連性についても今なお明確な結論が得られておらず,今後も詳細な基礎的検討が継続されるべきであろう.

 重要なことは、事故後4年を経るまで小児甲状腺ガン急増という事象は発現していないこと、事故後に生まれた子供たちに甲状腺ガンがほとんど認められていないこと、この2点です。

 また、ベラルーシ遺伝疾患研究所の以下の報告レポートは、流産胎児の形成障害と新生児の先天性障害が、汚染地域において事故後50%以上増加したことが示されています。

チェルノブイリ原発事故によるベラルーシでの遺伝的影響
http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Lazjuk-J.html

 特に「表2 ベラルーシの国家モニタリングにおける先天性障害頻度(1982〜1995)」では、セシウム137汚染地域を、「15 Ci/km2以上」(17地区)と「1 Ci/km2以上(54地区)」にグループ分けして無脳症など先天性障害頻度をまとめているのですが、
先ほども説明しましたが1キュリー/平方キロは37000ベクレル/平方mに相当しますので、「15Ci/km2以上」は「555kベクレル/平方m」であり、「1 Ci/km2以上」は「37000ベクレル/平方m以上」に相当します。

 この表によれば、先天性障害頻度は事故後、「1 Ci/km2以上(54地区)」で81%、「1 Ci/km2以上」で51%の増加を見ているわけです。

 このレポートでは「そうした増加の原因はまだ断定されていない.しかしながら,胎児障害の頻度と,放射能汚染レベルや平均被曝量との間に認められる相関性,ならびに新たな突然変異が寄与する先天性障害の増加といったことは,先天性障害頻度の経年変化において,放射線被曝が何らかの影響を与えていることを示している」と、極めて科学的な姿勢でまとめています。

 これらベラルーシなどの医療関係者によるレポートは、チェルノブイリ事故由来の放射能被爆による「汚染地域」における小児甲状腺ガンの増加、そして流産胎児の形成障害と新生児の先天性障害の増加を示しており、医学的原因の断定はできていませんが、統計的には明らかに優位な相関性を示しているわけです。

 私が今回の文科省の発表情報で「37000(37K)ベクレル/平方m」というチェルノブイリの「汚染地域」基準にこだわるのは、上述のような科学・医療レポートにおいてそれが基準に統計がなされており、基準を等しくとれば日本においても今後の施策の目安になると思うからです。

 さて前回は、セシウム134とセシウム137の合計値を扱いましたが、今回はチェルノブイリと同一基準をとりセシウム137だけの分布図を扱います。

 セシウム137の沈着量は文科省レポートより以下のとおり。

(参考4)
文部科学省による埼玉県及び千葉県の航空機モニタリングの測定結果
について(文部科学省がこれまでに測定してきた範囲及び埼玉県
及び千葉県内の地表面へのセシウム137の沈着量)

http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1910/2011/09/1910_092917_1.pdf

 前回も説明しましたがこの分布図は大変貴重な情報ではありますが、凡例の色使いがよろしくありません

 チェルノブイリの「汚染地域」基準である37Kが下から3層目のレイヤーにありかつくすんだ青緑色と目立たない色となっているのです。

 この図を元に30k以上の「汚染地域」と推測される地域をオレンジに、それ以下を白で画像処理してみました。

 前回はセシウム134とセシウム137の合計値で画像処理をしましたが、今回はチェルノブイリ基準にこだわりセシウム137のみで作成しました。

 本来なら30Kではなく37kですのでこの図は「汚染地域」というよりは正確には「汚染地域の可能性が高い地域」であります。

 面積が減ったとはいえやはり福島県の面積にほぼ並ぶこれだけの地域が放射能「汚染地域」の疑いがあるわけです。

 セシウム137は半減期が30年です。

 つまりその崩壊は非常に遅く30年で半分になるペースなのです。

 その間、土ホコリの吸引などで住民は長期にわたり内部被爆し続けることになります。

 この長期にわたる低レベル内部被爆の影響は、チェルノブイリ事故の場合でも、数年後から統計的優位な増加値が現出し始めます。

 低レベル内部被爆と発病の関係はわかっていないことだらけなのですが、数少ないチェルノブイリの医療関係者の報告では、決して無視できない相関性を持っています。

 ことの重大性から、なぜこの文科省のレポートをマスメディアが大きくとりあげないのか、私には理解できません。



(木走まさみず)