木走日記

場末の時事評論

スレートPCの爆発的普及が新聞業界に二者択一を迫る

 16日付け朝日新聞電子版記事から。

iPadで新聞・雑誌の定期購読 料金の3割アップルに

2011年2月16日13時31分

 【ニューヨーク=山川一基】米アップルは15日、タブレット型端末「iPad(アイパッド)」や携帯電話「iPhone(アイフォーン)」向けに、新聞や雑誌などを定期購読できるサービスを始めたと発表した。

 iPadなど向けのソフトを配布するネットサービス「アップストア」で受け付ける。利用者はこれまで1号ごとや、1カ月たつごとにアップストアにアクセスし、その都度決済する必要があった。新サービスでは、利用者が解約するまで購読が継続され、自動決済される。

 従来の仕組みでは、長期購読者になってもらえる可能性が低く、新聞・雑誌業界からは「長期契約を前提としたいまの安い価格では販売しにくい」との声があった。このため、今月2日に米ニューズ社とアップルが組んで始めたiPad向け新聞「ザ・デイリー」が定期購読サービスを初めて導入。今回、他社も利用できるようにした。

 新聞社・雑誌社にとっては購読者を増やす機会が増えるが、この仕組みを使って獲得した購読者の購読料の30%はアップルに入ることになる。また、新聞社や雑誌社がウェブサイトなどを使い自前で購読者を獲得する場合の購読料は、アップルとの契約により、アップストア経由より安く設定することが認められない。

 スティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)は「我々の哲学は単純だ。アップルが新たに顧客を獲得した場合は売り上げの一部をもらう」とコメントした。

http://www.asahi.com/business/update/0216/TKY201102160158.html

 アメリカでのサービスですが、アップルが「タブレット型端末「iPad(アイパッド)」や携帯電話「iPhone(アイフォーン)」向けに、新聞や雑誌などを定期購読できるサービスを始めた」そうであります。

 で、この記事のポイントはここ。

 新聞社・雑誌社にとっては購読者を増やす機会が増えるが、この仕組みを使って獲得した購読者の購読料の30%はアップルに入ることになる。また、新聞社や雑誌社がウェブサイトなどを使い自前で購読者を獲得する場合の購読料は、アップルとの契約により、アップストア経由より安く設定することが認められない。

 これまでのアップストアのビジネスモデルである「購読料の30%はアップルに入る」カラクリが維持されており、なおかつ新聞社側は「アップストア経由より安く設定することが認められない」という強烈な縛りを受けることになります。

 このアップルのビジネスモデルでありますが、30%というマージンの高さも含めてアメリカにおいても賛否両論あるところであります、それはさておき今やマイクロソフトを抜いて世界最大の売上高を誇るナンバーワンIT企業に成長したアップルが、ネット上のメディアの価格決定権をも押さえようとしている点が、とても興味深いですね。

 1月19日付け日経トレンディネット記事によれば、11年度の第一四半期の業績発表によると、アップルのMaciPhoneiPadの販売台数がすべて過去最高を記録、売り上げ高、利益ともに過去最高となったことが報じられています。

MaciPhoneiPadが過去最高の販売台数を記録、アップルの好調続く
2011年01月19日
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/news/20110119/1034234/

 特に注目されるのは昨年4月に発売され1480万台を売りさばいたタブレット端末(スレートPC)iPadの大ヒットであります。

 発売時期が4月であったこと、当初の販売地域や台数が生産体制の問題もあり限定的であったことを考慮すると、この1480万台という数値は驚異的台数であり、多くのアナリスト達が今年のiPadの販売台数は倍増、中には3000万台を超える予想もあるほどです。

 この台数はアップル社のスレートPCであるiPadだけのものであり、ライバルであるグーグルOS(アンドロイド)を搭載した他社のスレートPCも今年は次々に発売されることが見込まれており、スレートPC全体の販売台数はもっと大きく伸びることが予想されています。

 後発のグーグルOS(アンドロイド)を搭載した他社のスレートPCでは当然ながらアプリ本数がまだ少なく、新聞・雑誌の閲覧でどういう仕組みで収益化させるか、マネタイズするカラクリ作りはこれからになりますが、グーグル主導で仕組みを作るとするならば、おそらくアップルのように売り上げ比30%のマージンを取るようなビジネスモデルではないものが構築される可能性も少なくないでしょう。

 グーグルOS(アンドロイド)は無償で搭載できますので多くのアップル以外のメーカーが採用を公表していますし、今後両陣営は激しいシェア争いを演じることになりそうです。

 いずれにせよ、持ち運べてWiFi対応でネットにいつでも参加できるスレートPCにおいて、大きな画面で新聞・雑誌の閲覧する需要は非常に大きいでしょうし、今後見込まれるスレートPCの爆発的普及は、実はインターネットでのマネタイズがうまく軌道に乗っていない新聞業界にとって、極めて大きなそしておそらく逃しては死活的問題になる可能性があるビジネスチャンスであります。

 ・・・

 しかしながら新聞社は、スレートPC上でビジネスモデルを確立するには、大きなそして深刻なジレンマを抱えているのです。

 日本の5大紙のネット上のサイトのプレビュー数は月1億から3億を越えており、ユニークユーザー数も900万〜1500万人を数える盛況であります。

ドメイン 新聞社 ユニークビジター ページビュー
mainichi.jp 毎日新聞 15,000,000 160,000,000
yomiuri.co.jp 読売新聞 13,000,000 310,000,000
asahi.com 朝日新聞 12,000,000 340,000,000
iza.ne.jp 産経新聞 12,000,000 120,000,000
nikkei.co.jp 日本経済新聞 9,000,000 250,000,000

※2009年9月調査

edgefirstのメモ より
http://d.hatena.ne.jp/edgefirst/

 この膨大なプレビュー数は当然ながら記事を無料で閲覧できることが大きな要因であることは、日経新聞電子版が有料会員が10万人あたりで伸び悩んでいることからも明らかです。

 今後世界で年間数千万台、日本でも数百万台と普及し続けるであろうスレートPCで有料の記事閲覧サービスを構築し収益化に成功させるためには、現在のネット上の無料サイトは大幅に無料記事を減らしてしまうか極端な話閉鎖してしまわないと、フルブラウザでネットを閲覧できるスレートPCにおいて有料サービスが普及することは難しいことでしょう。

 現在はほとんど職場や自宅のPCからの来訪者でしめられていますが、今後年を追ってスレートPCからの来訪者が増加し、PCとスレートPCの今後の販売台数予測から、数年のうちに両者は逆転することでしょう。

 新聞社がスレートPC上でマネタイズに成功するための最大のハードルは、現在の無料サイトの扱いに掛かっているといってもいいでしょう。

 では、ユーザーの反発を覚悟の上でですが、新聞社が思い切って無料サイトを止めて有料サービスに絞り込んだとして成功するのでしょうか。

 実はこのときに真の大きなハードルが待ちかまえていると私は考えています。

 日経新聞電子版の有料会員が10万人と伸び悩んでいるのは、その月額4000円というやる気がないとしか思えない高額な料金にあることは自明です。

 月額数百円とかリーズナブルな値段にできないのは、旧態依然の「紙」の販売体制を維持するためだと言われています。

 スレートPC上でのサービスでこのようなやる気がない価格では、この新聞業界にとって最後ともいえる商機を逃すことになるでしょう。

 この好機を生かすためには、月額数百円のリーズナブルな記事閲覧サービスを実現することです。

 ユーザーが歓迎する料金体制を確立すればスレートPCにおける記事サービスは間違いなくニーズをとらえヒットすることでしょう。

 しかし、スレートPC上での閲覧サービスがヒットして普及すればするほど、値段の高い「紙」の発効部数は減少を余儀なくされ、全国展開を維持することも苦しくなることでしょう。
 
 今後iPadのようなスレートPCは爆発的に普及することが予想されます。

 私はこの機会が日本の新聞業界にとって、「紙」か「電子」か二者択一を迫っている側面を持っていると思います。

 「紙」を守るために「電子」サービスを犠牲にするならば、新聞社はこの最後のチャンスを自ら逃すことになるでしょう。



(木走まさみず)