木走日記

場末の時事評論

劉暁波氏受賞が「史上最も重要なノーベル平和賞」である理由

 26日付け共同通信記事から。

ノーベル委、中国に影響も 史上最も重要な平和賞

 欧州会議本部で、インタビューに応じるノルウェーノーベル賞委員会のヤーグラン委員長=25日、ストラスブール(共同)

 【ストラスブール共同】中国の民主活動家、劉暁波氏にノーベル平和賞を贈るノルウェーノーベル賞委員会のトルビョルン・ヤーグラン委員長(同国元首相)は25日、フランス・ストラスブール共同通信と会見、今年の平和賞は人権の向上を重視してきた100余年の同賞の歴史で「最も重要な授賞の一つ」と強調、中国の人権状況改善に「影響を与えるだろう」と述べた。

 授賞式は来月10日。中国当局国家政権転覆扇動罪で服役中の劉氏や妻を出国させない見通しで、同委は劉氏らの出席を断念。しかし委員長は、式場の「主のいないいす」により「中国に深刻な人権問題が存在し、この平和賞は必要だった」ということを伝える「より強いシグナル」が世界に送られると述べ、中国の姿勢は逆効果だとの考えを示した。

 中国側からノルウェーに対し、閣僚級会合の中止を通告するなど、両国関係は著しく悪化したが「中国指導部は現実的な考えを持っており、(反発を)長期間続けることは中国の利益にならないと認識するだろう。関係はすぐに正常化する」との見通しを示した。

http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010112601000541.html

 ノーベル賞委員会のトルビョルン・ヤーグラン委員長の史上最も重要な平和賞になるという指摘にまったく同感であります。

 北朝鮮延坪島砲撃という蛮行で、すっかり中国の民主活動家である劉暁波氏のノーベル平和賞の話題が影が薄くなってしまっていますが、私は実はこの二つのトピックはコインの裏表であると考えたいのです。

 北朝鮮の脅威をなくすためにもまずささやかな一歩かもしれませんが、この劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を心から祝したいのです。

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 そもそも北朝鮮のような独裁国家ってこの21世紀の現在、地上に何カ国ぐらいあるんでしょうか。

 キム王朝のような3代に渡る世襲などはおそらく類を見ないでしょうが、ミャンマーのような軍独裁国家共産主義一党独裁国家を含めると、中国、北朝鮮ベトナムミャンマー、うーん、あとキューバリビアあたりかな、中南米・アフリカにも何カ国か左派系独裁政権・右派系独裁政権がありますが、まあ欧米には独裁国家てのは生き残っていないのに、なんかアジアには多いわけですね。

 歴史を紐解けば、今日ヨーロッパの共産国家が壊滅したのは言うまでもなく冷戦終結ソ連崩壊にあります。

 1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し東西ドイツを隔てていたいわゆる冷戦構造が文字通り音を立てて崩れ落ち、同年12月3日、アメリカのブッシュ、ソ連ゴルバチョフの両首脳がマルタにおいて会談し冷戦の終結が宣言されたわけです。

 ベルリンの壁崩壊は、すでに民主化過程であったポーランド以外の全東ヨーロッパに波及しチェコスロバキアルーマニアハンガリー共産主義独裁体制はドミノ現象を起こしつつ崩壊していきます。

 そして2年後にはバルト三国が独立し、共産主義の総本山であったソ連自身まで崩壊することになります。

 ソ連という後ろ盾を失ったそれまで民衆を抑圧していた独裁政権の末期は各国で民衆革命によりあっけなく倒されました。

 当時の独裁政権の末期としてはルーマニアチャウシェスク大統領夫妻の銃殺刑がやはり印象的で記憶に強く残っています。

 ルーマニアの独裁者チャウシェスクは自国の民衆革命の動きに、チェコ事件の時とは正反対にワルシャワ条約機構の軍隊による軍事介入を一方的に主張しましたが、ソ連ゴルバチョフはこの要求を一蹴します。

 ソ連の介入がないことが確定となったため、首都ブカレストを含めて全国規模で暴動が勃発、最後にはルーマニア国軍もチャウシェスク政権に反旗を翻し、チャウシェスク政権は完全に失脚し、革命軍によって妻エレナとともに逃亡先のトゥルゴヴィシュテにて公開処刑(銃殺刑)されることになります。

 まあ、国民の自由を奪い生活を抑圧し恐怖政治で統治してきたこれら共産党独裁国家です、そもそも国民の信頼はゼロに等しく、ソ連という後ろ盾を失ったならばあっけなく崩壊しましたのも当然と言えましょう。

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 さて翻って北朝鮮であります。

 21世紀のこの東アジアに危険極まりない独裁国家がなぜ生き残っているのか、それは北朝鮮には同じ共産国家である中国という後ろ盾がいまだ健在であるからです。

 もし北朝鮮が中国という後ろ盾を失えば、経済破綻し餓死者まで出しつつも「先軍政治」なるいびつな軍優先の政策を突き進んでいる金政権など、民衆革命によりチャウシェスクのようにあっけなく崩壊し人民裁判に掛けられることでしょう。

 しかし北朝鮮には中国が厳然といる。

 私は北朝鮮の問題は核兵器問題にせよ拉致問題にせよ究極的には金政権が打倒されなければ終息は見ないだろうと思っていますが、そのためには、後ろ盾である中国の共産体制がまず民主化されなければらちがあかないと考えます。

 チャンスはあった。

 それはベルリンの壁が崩壊した1989年です。

 そもそもベルリンの壁が崩壊した誘因は、85年にソビエト連邦共産党書記長に就任したミハイル・ゴルバチョフが、共産党による一党独裁制が続く中での言論の弾圧や思想、信条の自由の阻害、官僚による腐敗、これらを一新する「ペレストロイカ」を表明してソ連民主化を一気呵成に進めたことにあります。

 この影響は中華人民共和国でも、86年5月に中国共産党中央委員会総書記胡耀邦が「百花斉放・百家争鳴」を再提唱して言論の自由化を推進し、国民からは「開明的指導者」として支持を集める動きに繋がります。

 しかしヨーロッパでベルリンの壁が崩壊し民衆が「民主化」の勝利の凱歌を叫んだ同じ89年、アジアの中国では「民主化」を求める民衆の声は軍により徹底的に押さえ込まれます。

 天安門事件です。

 人民解放軍の装甲車を含む完全武装された部隊が天安門広場を中心にした民主化要求をする学生を中心とした民衆に対して投入され、300人以上の死者(中国共産党の公式発表であり実数は数千〜数万と諸説有り)を出す惨劇となりました。

 東ヨーロッパで民主化が実現した1989年に、中国では民主化が弾圧され決定的なチャンスを逸しました。

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 北朝鮮の脅威を究極的に取り除くには、北朝鮮民衆のためにも金政権が打倒されかの国が「民主化」されなければなりません。

 北朝鮮民主化を成功させるためには独裁政権を支える後ろ盾国家中国を排除しなければなりません。

 かつてのベルリン崩壊のとき、ソ連の後ろ盾を失った東ヨーロッパ各国の共産党独裁政権があっけなく打倒されたように、北朝鮮独裁政権を打倒するには、後ろ盾国家である中国が「民主化」されればよいわけです。

 中国共産党政府が一番恐れていることは、かつての天安門事件のときのように大規模な「民主化」要求運動が起こることです。

 経済成長著しい中国ですがその内陸部と沿岸部、農村と都市部、もてる者と持たざる者の所得格差は拡大するばかりであり、国民の不満は爆発寸前です、各地の労働抗議デモも後を絶ちません。

 国民のガスを抜くために中国政府は日本に対しては強行手段で応じるのは尖閣諸島衝突事件における中国の子供じみた対応でも明らかです。

 今年のノーベル平和賞を中国の民主活動家・劉暁波氏が受賞しましたが、親族の代理出席すら認めず各国大使に式典を欠席するように圧力を掛けている中国の愚かな振る舞いは、共産党政府にとって最も恐れている国民による「民主化」運動が起こることを、是が非でも押さえ込もうと必死なのでありましょう。

 しかしです。

 この21世紀、中国政府がどんなに言論を抑圧しようとも長期的には国民の民主化の動きは止められないでしょう。

 軍事力などの力と力で北朝鮮や中国に対抗するのは限界があります。

 日本としてもちろん領海防衛の策はしっかりこうじるべきですが、それよりも有効なのは中国の「民主化」を促進するよう、劉暁波氏のような良識ある民主活動家をしっかり支援表明することだと思います。

 劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を一人の日本人として心から祝したいです。

 「民主化」を夢見ている言論の自由の無い中国人民、そして餓死者まで出している北朝鮮人民のためにも、劉暁波氏を称え、彼に代表される民主化活動家たちを応援していきたいです。

 道は長いでしょうが、この東アジアから共産国家をなくし北朝鮮の脅威をなくすささやかですが確かな一歩であると信じます。



(木走まさみず)