木走日記

場末の時事評論

自己主張のために日本をボロカスに偏向報道する大新聞社説の「我田引水」

 G20では、財政再建を優先する欧州と、景気重視の米国が厳しく対立、結果「成長に配慮した財政健全化」という妥協の新語が誕生しました。

 ギリシャ発の信用不安に見舞われた欧州勢は、何より財政再建を急ぐべきだと主張、米国は主要国が一斉に財政をしぼれば世界経済が二番底に陥りかねないとして景気刺激策の継続を強く主張、両者の意見が対立したわけです。

 「成長に配慮した財政健全化」の意味するところは、まず成長は各国で重視する、その上で各国の状況に合わせて財政を引き締めていく、それによって市場の信認を得られ、成長がさらに持続するだろう、というあたりです。

 そもそも経済成長と財政健全化を同時に目標とするのは政策としてはとても難しいわけですが、ここで先進国の協調が乱れているとみられれば市場で新たな攻撃の材料にもなります、「成長に配慮した財政健全化」なる新語はそんな妥協の産物なのでありましょう。

 「先進国は2013年までに財政赤字を半減させ、16年までに債務の増加を止める」、首脳宣言には、期限付きの具体的な目標が明示されましたが、あくまでも景気重視の米国のオバマ大統領は、目標を達成できなかった際に制裁措置を伴わないことをしっかりと条件にすることを参加国に飲ませた上で、このカナダ提案を受け入れたわけです。

 このような複数国が公式表明する国際公約で約束が守れなくてもいっさいの制裁措置が排除されていることの意味は単純です、それはこのG8表明が政治的「約束」ではなく、政治的「計画」であり政治的「メッセージ」にすぎないことを意味しています。

 そして日本は、恒常的な経常黒字国であり「国債の95%が日本国内で買われている」(カナダのハーバー首相)という特殊事情により国債が極めて低く安定しているという理由で、「先進国は2013年までに財政赤字を半減させ、16年までに債務の増加を止める」という目標ではなく独自のスケジュールが認められました。

 日本政府が提示した「財政再建策スケジュール」を各国は肯定的にそれを評価し「歓迎し受け入れ」ました。

 ノルマのない政治的「メッセージ」にすぎませんが、各国は特に市場に向けて必要だったのでしょう、経済成長を計りながらそれぞれの事情で財政を立て直していくという、つまり「成長に配慮した財政健全化」を目指すという、中期計画に合意したわけです。

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 この「財政再建」と「景気重視」を足して2で割ったような現実的な妥協の産物とも言える「成長に配慮した財政健全化」計画なのですが、どうも一部の集団に属する人たち、大新聞の編集部諸兄なのでありますが、その人達から見ると、これは日本が「情けない」「恥ずかしい」特別扱いを受けたのであり、日本は先進国の「落ちこぼれ」であり、「日本の財政危機は対処不可能という国際的な認識が示された」という意味であれば、ゆゆしきことで「日本は国際舞台から落後してしまう」と、言われてもいないことを想像して危機感を煽っておるのであります。

【朝日社説】G20―「例外日本」の情けなさ
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit2

【読売社説】成長と財政再建 G20で首相が負った重い宿題
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100629-OYT1T01141.htm

【毎日社説】G20財政目標 日本こそ必要な危機感
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100630k0000m070108000c.html

【産経社説】G20首脳宣言 「例外扱い」は恥ずかしい
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/100630/fnc1006300341001-n1.htm

【日経社説】財政立て直しの国際数値目標の重さ
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE3E2E2E6E5E7E2E2E0EBE2E4E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 5大紙の論説がこうもそろいもそろってある方向に「偏向」しているのはこっけいですらあります、各紙の主張の細部をトレースしてみましょう。

 【朝日社説】では、この日本の「例外」扱いは「情けない」ことだと嘆き、あげくには結語で早く「増税への意思」を示して「例外」扱いを卒業すべき、とまるでG20で日本が名指しで増税を求められたかのようなありもしない前提で主張しています。

 増税への意思をあいまいにすれば国際社会で失望を買い、「例外」扱いを卒業する展望も失われる。

 【読売社説】では、「これで難しい立場に追い込まれたのが日本だ」と私には理解しづらい問題設定をしています。

 これで難しい立場に追い込まれたのが日本だ。欧米の財政再建目標から置き去りにされたうえ、経常黒字国として、さらなる内需拡大も要求されたからだ。

 何が難しいのかよくわかりません、「さらなる内需拡大」を計ることは財政再建を目指す日本にとりしごく健全な目標であると思うのですが、読売にかかると初めに「財政再建」しなければいけないという前提があるようです、「欧米の財政再建目標から置き去りにされた」点ばかりが強調されてこだわっています。

 【毎日社説】は日本は先進国で唯一の“落ちこぼれ組”であると決めつけます。

 問題は日本である。財政状況が飛び抜けて悪い日本は、目標の対象外という特別扱いになった。同じ目標を課しても守れるはずがないからだが、先進国で唯一の“落ちこぼれ組”である。

 落ちこぼれは、人並み以上の努力をしないと合格点に近づけない。

 見事にアメリカが求める成長戦略は無視してあたかも欧州が求める財政再建のみが日本に求められているという見立てで論は進みます。

 日本だけが切迫感のないスケジュールなのがお気に召さないようです。

 このままでは、菅直人首相が呼びかける「超党派による協議」が結論を見る前に、他の先進国は健全化を達成しそうだ。

 【産経社説】は「日本が先進国共通の目標から除外されたとは、恥ずかしい限り」だと嘆きます。

 世界第2位の経済大国である日本が先進国共通の目標から除外されたとは、恥ずかしい限りだ。これでは先進国としてリーダーシップを発揮することなどできない。例外と見なされてしまった現実を直視し、一層の危機感を持ち財政再建に取り組むべきだ。

 最後に【日経社説】です。

 このままでは「日本は国際舞台から落後してしまう」のだそうです。

 G20が先進国のなかで日本を例外扱いしたおかげで、実現不可能な目標を課される事態は免れた。だが日本の財政危機は対処不可能という国際的な認識が示されたという意味なら、ゆゆしきことだ。早急に歳出構造の見直しに着手し、消費税率引き上げを含めた財政健全化の道筋を明確にして行動に移さないと、日本は国際舞台から落後してしまう。

 この例外扱いを「日本の財政危機は対処不可能という国際的な認識が示されたという意味」と解釈するならばこれはゆゆしきことだと主張しているわけですが、会議で言われてもいないことを想像して「早急に」「消費税率引き上げを含めた財政健全化」に向けて行動に移せと主張されてるわけです。

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 ごらんのとおり、各紙の社説は、今回のG20では実際は「財政再建」と「経済成長」の両立が唱われたにも関わらず、なぜか「経済成長」の話にはいっさい触れず「財政再建」論のみが強調されています。

 そしてまるで、日本が「日本の財政危機は対処不可能」(【日経社説】)と「失格」の烙印を国際的に押されたがごとく、一方的に危機感を煽っているわけですが、このような言われてもいない修辞で会議の雰囲気を伝えるのはフェアではありません。

 少なくとも事実に即しているとは到底言えません。

 もし一歩譲って各紙が主張するように世界第2位の経済大国である日本が落伍者でありその財政危機は対処不可能の危機にあると各国が本当に見なしているのならば、欧米はこんな悠長な「特別待遇」を日本に与えるはずはありません。

 彼らは日本経済など本音ではどうでもいいですが、世界経済に致命的な悪影響を及ぼすであろう市場規模世界2位の日本経済に破綻必至の兆候があるならばそれを座して見過ごすほどのお人好しでは絶対ありません、自身の経済に跳ね返ってくるからです。

 そうならばギリシャ以上に厳しい対応を日本政府に迫るはずですし、事実として今回のG20では、欧米の意見の対立は表面化しましたが、日本の財政状況が特に主要議題になった事実はありません。

 冷静に見て、各紙の社説の主張は、G20における日本のポジションを正しく伝えているとは言えません、このG20を自分たちの主張である早急な「消費税増税」に強引に利用しようとしている、かなり「我田引水」な偏向が見て取れるのです。

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 各紙が消費税増税も含めた財政再建を強く主張するのはそれは勝手ですが、国際会議を利用して煽るように「我田引水」社説を掲げるのは、あまりほめられたことではありません。

 特にここ一両日、5大新聞の社説がすべて見事に同一偏向した主張を唱えるのは、読んでいて気持ちが悪いです。



(木走まさみず)