木走日記

場末の時事評論

普天間問題でクリティカル・パスを描けていない鳩山首相

 14日付け朝日新聞記事から。

普天間、5月決着絶望的 オバマ氏への首相直談判空振り

2010年4月14日0時25分

ワシントンで12日開かれた核保安サミットの夕食会の席で話し合うオバマ大統領(右)と鳩山首相ホワイトハウス提供
 鳩山由紀夫首相の「賭け」は空振りに終わった。12日夜(日本時間13日午前)、ワシントンで行われたオバマ大統領とのトップ会談。首相は難航する米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の移設問題の打開を試みたが、オバマ氏から前向きな言葉は引き出せなかった。政権内では「5月末」までの決着は絶望的との見方が広がっている。

 「10分間、みなさん食事をしていてください」。核保安サミットの全体会合を翌日に控えた夕食会の冒頭、オバマ氏はこう宣言した。ホスト役のオバマ氏の隣は鳩山首相。この10分は、正式な会談がセットされなかった首相への配慮だった。

 首相はオバマ氏に身を寄せて「日米同盟が大変大事という中で、普天間の移設問題に努力している最中です。5月末までに決着したい。大統領にも協力をお願いしたい」と頼み込んだ。

 だが、貴重な10分間は、米側が最も重視するイランの核開発疑惑にも割かれた。普天間をめぐる議論は「半分くらい」(松野頼久官房副長官)にとどまった。

 この意見交換についての米側の発表は普天間問題に一切触れておらず、オバマ氏がなんら言質を与えなかったことを裏付けた。一方でイランの核問題でオバマ氏は、首相から「国際社会による追加的措置もやむを得ない」との言葉を引き出し、10分間の元をとった。

 終了後、宿泊先のホテルで記者団の取材に応じた首相は「じっくりと2人だけで話ができた」と胸を張ったが、「具体的な地名は私から一切出していない」。鹿児島県徳之島とキャンプ・シュワブ沖縄県名護市など)陸上部を併用する「腹案」すら打診できなかった。大統領から得た感触も「申し上げられない」と紹介を避けた。

 米国の態度は冷ややかで、日本側が求める実務者協議に応じる気配はない。トップ会談が不発に終わったいま、残されたルートは、オバマ氏とパイプを持つルース駐日大使と、岡田克也外相のライン。首相もオバマ氏に「岡田外相とルース大使で交渉を行っている」とわざわざ念押しした。今後、大統領が政治決断する可能性は低く、5月末に決着しなければ、鳩山首相政治責任を厳しく問われることになる。

 政権内の一部は、すでにそんな状況を見越している。米の賛否は別に、5月末までに一応の政府案を米側に打診し、「回答を待つ」として時間を稼ぐ案も出ている。首相周辺の一人はすがるような思いを語る。「米側から『検討の時間が欲しいので、結論を先延ばししたい』と言い出してくれないものか」(ワシントン=林尚行、伊藤宏)

http://www.asahi.com/politics/update/0413/TKY201004130557.html

 夕食会の冒頭の10分間をもって「非公式会談」(政府筋)などとたいそうな表現を使ってはたしてよいのか、はなはだ疑問なわけですが、記事によれば「この意見交換についての米側の発表は普天間問題に一切触れておらず、オバマ氏がなんら言質を与えなかったことを裏付けた」ともあり、また鳩山首相も「具体的な地名は私から一切出していない」と「「腹案」すら打診できなかった」わけで、結果的には外交的に何の成果もえないそして何の前進も見られない、つまり何の意味もないものとなりました。

 記事には「米国の態度は冷ややかで、日本側が求める実務者協議に応じる気配はない」とありますが、当然でしょう。

 米国がこのタイミングで積極的に「実務者協議に応じる」メリットは何もありません。

 だいたい今回公式会談を避けたのも、よしんば今回日本の要求を受けて「公式会談」をしてしまえば、何の代案も具体化していない今オバマ大統領は「現状案支持」を主張せずをえずそのような交渉決裂を印象づける事態を避けるための「親心」もあったことでしょう。

 また、地元との交渉もすんでない現在、積極的に実務者協議に応じてしまえば、鳩山政権は地元交渉の際「アメリカが決めたんだから」と、下手をするとアメリカに責任を押し付けるかたちで押し切ろうとする、そのことをアメリカ側は十分に予測済みなのです、だから最近では「移転先の地元住民の理解が前提」(米政府筋)とハードルをいっきに高めているわけです。

 いずれにせよこの10分という時間は象徴的です、本件ではアメリカ政府が日本政府を信頼できる交渉相手とはみなしていないことは明らかであり、無理して交渉事をしてこじれるよりも、ここは日本内での決着を5月末まで待つ、最悪普天間基地現状維持もありである、鳩山氏のなぞの「腹案」に振り回されるよりもそのほうがベターだと状況判断していると見るべきです。

 ・・・

 この何の意味もなかった残念な日米首脳10分会談を受けて、主要紙社説は一斉に鳩山氏批判を掲げています。

 14日付け各紙社説から。

【朝日社説】普天間移設―鳩山首相にもう後はない
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
【読売社説】普天間移設 5月決着は実現できるのか
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100413-OYT1T01444.htm
【毎日社説】普天間移設 「5月決着」できるのか
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20100414k0000m070104000c.html
【産経社説】普天間問題 分散移設には欠陥がある
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100414/plc1004140320005-n1.htm
【日経社説】たった10分の日米首脳外交でいいのか
http://www.nikkei.com/news/editorial/article/g=96958A96889DE2E7E4EBE2EBE3E2E3E6E2E6E0E2E3E28297EAE2E2E2;n=96948D819A938D96E38D8D8D8D8D

 【読売社説】と【毎日社説】がタイトルが完全にかぶっていて少し照れますが、首相に残された時間は1カ月半しかないのに、このタイミングで日米首脳会談を空振りしてしまってはたして「普天間移設 「5月決着」できるのか」(【毎日社説】)という当然の危惧を各紙社説は深刻な論調で指摘しています。

 【朝日社説】結語から。

安保の負担を分かち合ってもらうためには、並大抵の説得では済まない。

 1996年に米国政府から普天間返還合意を取り付けた橋本龍太郎首相は、みずからモンデール駐日大使や大田昌秀沖縄県知事と談判した。

 首相は就任後7カ月たつが、いまだに沖縄県を訪問しておらず、知事との会談も1度しかない。空費された時間を思えば、「命がけで行動する」という言葉がむなしく響く。

 移設反対の市長が誕生した以上、いまさら名護市辺野古に移す現行案の実現は極めて難しくなった。新たな移設先が見つからなければ、結局は普天間がそのまま残るか、結論をさらに先延ばしするしかなくなる。

 いずれも鳩山政権に対する国内外の信頼を決定的に失墜させ、存亡の危機にすら直面させるだろう。

 残された時間は1カ月半である。

 ・・・

 工学部出身の不肖・木走がとても不思議に思うのは、鳩山首相は東大工学部卒業、スタンフォード大工学部で博士課程修了であり、専攻は経営工学・OR(オペレーションズ・リサーチ)なことなんであります。

 東京工業大経営工学科の助手だった1979年には「野球のOR(オペレーションズ・リサーチ)」という学術論文も執筆していますが、そもそもORは、数学的・統計的モデル、アルゴリズムの利用などによって、さまざまな計画に際して最も効率的になるよう決定する科学的技法であり、つまり「計画を科学」する学問なんであります。

 私もIT技術者として、ORの中でも一番有名なPERT(Program Evaluation and Review Technique)などの手法で、開発プロジェクトの工程管理やプロジェクトの完遂までに必要なタスクの分析など利用してきました。

 ORについてご存知ない読者のためにちょっとPERTの話を簡単にまとめてみましょう。

 今「即席ラーメンをつくる」というプロジェクトについて、PERTしちゃいましょう。

 まずPERTではプロジェクトを必要な作業(タスク)の集合体であるとみなし、各仕事に仕分けることから始めます。

 例えば「即席ラーメンをつくる」プロジェクトは次の10の作業に分けられたとしましょう。

作業 内容 所要時間
【作業0】 即席ラーメンを用意する。 15秒
【作業1】 ナベを用意する。 15秒
【作業2】 ドンブリを用意する。 15秒
【作業3】 ハシを用意する。 15秒
【作業4】 ナベに水を500cc入れる。 30秒
【作業5】 ナベに火を掛け、ナベの水を十分に沸騰させる。 180秒
【作業6】 即席ラーメンの袋からメンと粉末スープを取り出す。 30秒
【作業7】 ナベにメンを入れ、メンを十分にゆでる。 120秒
【作業8】 ナベに粉末スープを入れよく混ぜる。 30秒
【作業9】 ナベからドンブリにできあがったラーメンを入れる。 30秒

 さてこの「即席ラーメンをつくる」プロジェクトですがプロジェクト完遂時間は何秒であるか考えます。

 【作業0】〜【作業9】の全作業時間の総和は480秒つまり8分ですが、それがプロジェクト完遂時間を意味しません、なぜなら作業によっては、例えばナベでお湯を沸かしている間に平行してドンブリを用意することは可能ですからもう少し縮まりそうです。

 で、PERTでは、ある先行する作業の完了を待たなければ始められない作業と、先行する作業の完了に依存せず開始できる作業を整理します。

 例えば【作業4】の「ナベに水を500cc入れる。(30秒)」作業は、当然ながら【作業1】「ナベを用意する。(15秒)」作業が完了していなければ行けませんが、【作業3】「ハシを用意する。(15秒)」なんてやつは、他の作業完了に依存しない独立した作業であります。

 先行作業も含めてまとめなおしたのが次の表です。

作業 内容 所要時間 先行作業
【作業0】 即席ラーメンを用意する。 15秒 ---
【作業1】 ナベを用意する。 15秒 ---
【作業2】 ドンブリを用意する。 15秒 ---
【作業3】 ハシを用意する。 15秒 ---
【作業4】 ナベに水を500cc入れる。 30秒 【作業1】
【作業5】 ナベに火を掛け、ナベの水を十分に沸騰させる。 180秒 【作業4】
【作業6】 即席ラーメンの袋からメンと粉末スープを取り出す。 30秒 【作業0】
【作業7】 ナベにメンを入れ、メンを十分にゆでる。 120秒 【作業5】【作業6】
【作業8】 ナベに粉末スープを入れよく混ぜる。 30秒 【作業7】
【作業9】 ナベからドンブリにできあがったラーメンを入れる。 30秒 【作業2】【作業8】

 ここで注目したいのは、このプロジェクト全体の作業時間が【作業5】と【作業7】に集中している点です、この2つの作業をなるべく早く初めて早く完了させることがプロジェクト完遂時間を早めることになります。

 ところで【作業5】の「ナベに火を掛け、ナベの水を十分に沸騰させる」は、当然ながら、【作業4】の「ナベに水を500cc入れる。(30秒)」の完了を待たなければ開始できません、さらにその【作業4】は【作業1】の「ナベを用意する。」を完了しなければ始めれません。

 【作業0】【作業1】【作業2】【作業3】までは、どれも先行作業がない作業ですからどれからでもいつからでも始められますが、完了を待っている大物作業がいることより【作業1】系をまず最初に始めるようにしますと、作業工程は次のようになります。

作業 内容 所要時間 先行作業
【作業1】 ナベを用意する。 15秒 ---
【作業4】 ナベに水を500cc入れる。 30秒 【作業1】
【作業5】 ナベに火を掛け、ナベの水を十分に沸騰させる。 180秒 【作業4】
【作業0】 即席ラーメンを用意する。 15秒 ---
【作業2】 ドンブリを用意する。 15秒 ---
【作業3】 ハシを用意する。 15秒 ---
【作業6】 即席ラーメンの袋からメンと粉末スープを取り出す。 30秒 【作業0】
【作業7】 ナベにメンを入れ、メンを十分にゆでる。 120秒 【作業5】【作業6】
【作業8】 ナベに粉末スープを入れよく混ぜる。 30秒 【作業7】
【作業9】 ナベからドンブリにできあがったラーメンを入れる。 30秒 【作業2】【作業8】

 こうすれば、【作業5】の「ナベに火を掛け、ナベの水を十分に沸騰させる。」作業をしている間に180秒もありますから、
【作業0】、【作業2】、【作業3】、【作業6】をその間に平行で順次作業完了させることができます。

 ここまでくれば「即席ラーメンをつくる」プロジェクトのプロジェクト完遂時間が見えてきます。

 【作業0】、【作業2】、【作業3】、【作業6】の各作業時間は【作業5】をしている間に平行で終えてしまいますからカウントしなくていいわけです、したがって、

【作業1】+【作業4】+【作業5】+【作業7】+【作業8】+【作業9】=405=6分45秒

 が、プロジェクト完遂時間となります。

 実際にはもう少し複雑な計算式があり図表を駆使して計算していきますが、PERTの考え方はこのとおりいたって単純です。

 で、興味深いのはこのようにプロジェクトの各タスクをPERTで分析すると、プロジェクト完遂時間に計算された作業(この例だと6個)と、無視された作業(この例だと4個)に、作業を差別化できます。

 プロジェクト完遂時間に計算された作業はひとつのつながり、つまり経路とみなせますので、それらの作業が作るこの経路をクリティカル・パス(最重要な経路)と呼びます。

 クリティカル・パス上の作業は、当然ながらその作業が1秒でも遅れればプロジェクト完遂時間が確実に遅延してしまう重要な作業になります。

 一方、クリティカル・パス上にない作業は、少しぐらいの遅れが生じてもプロジェクト完遂時間に影響を与えません、作業にもよりますがそれぞれ一定の余裕時間を有している作業といえます。

 PERTは、アメリカ国防総省の依頼によりブーズ・アレン・ハミルトンが1958年に発案したものですが、軍事目的だけでなく、今日ではビルの建築やシステム開発など、多くのタスクと要員から構成されるプロジェクトの工程管理に広く利用されています。

 ・・・

 鳩山首相はORの専門家でありますから、当然ながらPERTを熟知しているはずです。

 私が最初に不思議に思うと述べたのは、この普天間問題で、どうも鳩山さんは5月末までに結論を見るために、どんなタスクがあり次に何をいつまでにすべきか、そして中でも最重要のタスクの流れ、すなわち何がクリティカル・パスなのか、こういったORの分析をされてはいないのではないかと思わざるを得ない点なのであります。

 残念ながら普天間問題で鳩山首相はクリティカル・パスを描けていないと思われます。



(木走まさみず)