匿名性が問われていない事件を元ネタにネットの匿名性を批判するマスメディア雨後の竹の子社説群
17日付け毎日新聞記事から。
名誉棄損:ネット上「深刻な被害ある」最高裁初判断
インターネット上の表現を巡り名誉棄損罪の成立要件が争われた刑事裁判で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は15日付の決定で「閲覧者がネット上の情報を信頼性が低いと受け取るとは限らない」と述べ、ネット上の表現も罪の成立要件は他の表現方法より緩やかにならないとの初判断を示した。
そのうえで、自分のホームページに02年、東京都のラーメンチェーン経営会社について「カルト団体が母体」と中傷する文章を掲載したとして同罪に問われた会社員、橋爪研吾被告(38)側の上告を棄却。無罪の1審判決を破棄し、罰金30万円の逆転有罪とした2審・東京高裁判決(09年1月)が確定する。
1審・東京地裁は08年2月、「ネットは情報の信頼性も低いと受け止められている」と指摘。罪の成立要件はマスコミ報道や出版より限定すべきだとした。これに対し高裁は「ネットに限って基準を変えるべきでない」と覆した。
小法廷は「ネットの情報は不特定多数が瞬時に閲覧可能で、時として深刻な被害がある。それ以外の表現手段と区別して考える根拠はない」と判断した。【銭場裕司】
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100317k0000m040107000c.html
「自分のホームページに02年、東京都のラーメンチェーン経営会社について「カルト団体が母体」と中傷する文章を掲載したとして同罪に問われた会社員、橋爪研吾被告(38)側の上告を棄却。無罪の1審判決を破棄し、罰金30万円の逆転有罪とした2審・東京高裁判決(09年1月)が確定」するそうです。
最高裁として「ネットの情報は不特定多数が瞬時に閲覧可能で、時として深刻な被害がある。それ以外の表現手段と区別して考える根拠はない」と判断したわけです。
99年頃から橋爪氏は「次瀬徹」のペンネームで情報を自身のwebサイトに公開してきたようです。
以下の一審の無罪判決を傍聴した記事などで詳細を確認できます。
宗教&カルト・ウォッチ 2008年3月 1日 (土)
http://cultwatching.cocolog-nifty.com/cult/2008/03/post_6377.html
さて、留意しておくべきなのは、本件はいわゆる芸能人ブログとかに無根拠の誹謗中傷を殴り書きする匿名コメントなどで問題視されているネットの匿名性問題とは区別すべき事件だということです。
なぜこんなことを指摘しておくかというと、この事件自体は地味なのですが、本件はマスメディアが高い関心を寄せていた裁判なのであります。
にっくき媒体であるネットの不祥事は、落ち目媒体「紙」に支えられている大新聞にとっては、特別に大きく扱いたいネタですから、だからネットの匿名性は問題があるんだというようなトンチンカンなマスメディアの何でもありネット批判論説が雨後の竹の子のように本件を元ネタにして乱立することが予想されたからです。
・・・
翌18日の各紙社説を愛でてみましょうか。
まずはお約束(苦笑)の朝日新聞社説から・
ネットの倫理―自由な言論は責任が伴う
http://www.asahi.com/paper/editorial.html
もうね、予想されていたことですが本件から「ネットの匿名性」の問題へと論は拡大しています。
ネット上のトラブルは急増している。全国の警察に寄せられた中傷被害は年に約1万件を超える。その中には、匿名性をいいことに無責任な発信をしたものも多い。
実際、ネット上には根拠のない記述や誹謗(ひぼう)中傷があふれている。ネット百科事典にもそうした記述が増え、内容を管理するボランティアが不適切な書き込みの削除に追われている。
一方で、悪質な書き込みについて削除を求められても放置し、裁判で賠償命令が出ても応じない管理人もいる。
思い出すのは昨年、お笑いタレントのブログに、殺人事件に関与したかのような中傷を繰り返したとして、警視庁が6人を書類送検した事件だ。
2002年に施行されたプロバイダー責任制限法で、被害者はネット接続事業者に発信者の情報開示を求めることができるようになった。この事件では、そうして発信者を見つけた。
事情を聴かれた人たちの多くには、犯罪の意識がなかったという。実名であれ匿名であれ、情報は発信者の責任であることに気づかなかったわけだ。
で、次は読売新聞社説。
名誉棄損事件 ネットの情報も責任は重い(3月18日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20100317-OYT1T01119.htm
朝日に比べてまだ良心的なのは「今回とは異なるが」と前書きしている点ですが、やはり匿名性の問題へと発展してます。
今回とは異なるが、匿名での情報発信による中傷も絶えない。
8年前にプロバイダー(接続業者)責任法が施行され、被害者が発信者情報の開示請求などができるようになった。だが、応じるかどうかは業者に委ねられており、実効性に乏しい。こうした点を改めていくことも必要だろう。
ネット利用者は、今や国民の4人に3人に上る。手軽に情報を発信できる時代だ。
しかし、情報の発信には責任も伴う。「表現の自由」と「言論の自由」は、健全な社会を守るためのものであり、今回のケースのように、根拠のない誹謗(ひぼう)中傷を容認するものではない。
で、我らが産経新聞社説。
【主張】ネット中傷 責任とモラルを忘れるな
http://sankei.jp.msn.com/economy/it/100318/its1003180250000-n1.htm
もう社説冒頭から「匿名をいいことに」と極めて誤読されやすい構成になってます。
インターネット上の書き込みが名誉棄損に当たるかどうかが争われた裁判で、最高裁は新聞や雑誌などと同じ基準で罪に問えるとする初の判断を示した。
誰でも気軽に利用できるようになった半面、匿名をいいことに、ネット上には度を越した誹謗(ひぼう)中傷の書き込みも氾濫(はんらん)している。今回の判決によって、ネット利用者や関係者には便利さにふさわしい責任とモラルが一層、問われる。
で、内容がとてもいい香りがするのでおまけに中日新聞社説。
ネット書き込み はびこる中傷への警告
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2010031802000046.html
まずいい感じなのは大新聞が常用する新聞協会お抱えの「新聞通信調査会」によるメディアの信頼度調査ですね、「新聞」が七〇・九点で第1位であることにさりげなく触れています点。
一審はネットでは反論が可能なことや、信頼性が低いことなどを理由として、男性は無罪だった。二審は逆転有罪で、最高裁もそれを支持した。
実際に、ネット上で反論しても、損なわれた名誉の回復は容易ではない。新聞通信調査会によれば、メディアの信頼度は「新聞」が七〇・九点、「民放テレビ」が六三・六点に対し、「インターネット」が五八・二点と、「雑誌」の四六・四点をしのいでいる。信頼性が低いとはいえまい。
でやはりネットの匿名性の話に拡大していきます、結語がいい感じです。
最高裁の判断は、匿名性という“あぐら”の上で、無責任な情報を垂れ流す者への戒めだ。
「匿名性という“あぐら”の上で、無責任な情報を垂れ流す者への戒め」ですか、日頃のマスコミ関係者のメディアとしてのネットに対する私怨のような憎悪のようなモノを感じちゃうのは、私が穿ちすぎなのでありましょう。
・・・
ふう。
「自由な言論は責任が伴う」(朝日新聞)とか、「ネットの情報も責任は重い」(読売新聞)とか、「責任とモラルを忘れるな」(産経新聞)とか、なんか君たちに言われたくはない感じがするのは私が穿っているからでしょう。
ただね、くどいですが橋爪氏は「次瀬徹」のペンネームで情報公開しておりネット上の個人一意性をキープしており、裁判でも「匿名性」は論点にはなっていません。
「匿名性という“あぐら”の上で、無責任な情報を垂れ流す」(中日新聞)行為とは明らかに異なっているところはよろしくです。
なんか予想通りである意味期待(?)通りの反応ですね。
匿名性が問われていない事件を元ネタにネットの匿名性を批判するマスメディアの雨後の竹の子社説群なのであります。
(木走まさみず)