木走日記

場末の時事評論

この国の製造業で起きつつある「日本仕様」の放棄という激流

 5日付け東京新聞コラム「筆洗」から。

筆洗

2010年1月5日
 「一人勝ち」という言葉は、この企業のためにあるように思える。不況の中で、好調を維持するカジュアル衣料品の「ユニクロ」だ。価格だけではなく、品質の良さとファッション性とのバランスが取れているのが、消費者には魅力なのだろう▼ユニクロを展開するファーストリテイリング柳井正社長は著書で「本当は大した成功でもないのに、自分が相当大きなことをやり遂げたような錯覚をしている」と「成功」を取り違えている経営者が多いと指摘した(『成功は一日で捨て去れ』)▼そんな錯覚を生むなら、成功という名の失敗であると柳井社長はいう。「ちょっとした成功なら、すぐに捨て去るぐらいの強い意志が必要だ」と安定志向を戒める厳しさが強さの秘密なのだろう▼鳩山由紀夫首相はきのう、年頭の記者会見で「景気が二番底になってはいけない」と強調した。経済の先行きが見通せない不安な仕事始めになった▼価格競争の激化→従業員の賃金の下落→一層の価格破壊…。デフレの悪循環は、日本経済を二番底に突き落とす。人件費の安いアジアの工場に委託しているユニクロには、「デフレの象徴」と批判の矢も飛ぶ▼日本だけがグローバル化を避けられるのか。柳井社長の「悪玉論」への反論だ。私たちが立ち向かうのは、弱肉強食の社会をつくるグローバル経済という目に見えない怪物なのだ。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2010010502000104.html

 なんというか「人件費の安いアジアの工場に委託しているユニクロには、「デフレの象徴」と批判の矢も飛ぶ」のは、朝日新聞などでも最近ユニクロ悪玉論が取り上げられているので理解はしますが、結語の「私たちが立ち向かうのは、弱肉強食の社会をつくるグローバル経済という目に見えない怪物なのだ」という情緒的な結び方は少しばかり違和感が残りました。

 「グローバル化=弱肉強食社会」というシンプルな構図で語るには、経済の現実は極めて複雑なのであります。 

 ことはユニクロのような内需産業だけの問題ではありません。

 貿易立国である日本の輸出産業の多くが今、激流のごとく生産を海外にシフト仕始めています。

 5日付け日経新聞電子版記事から。

ホンダがインド製鋼板 低価格の現地車向け、「日本仕様」から転換

 【ニューデリー=菅原透】ホンダは2011年にインドで生産を始める小型車で、現地製の鋼板を初めて採用する。日本製より2〜3割安い鋼板を使って価格競争力を高める狙いで、トヨタ自動車も11年からインドで生産する車種で現地製鋼板の採用を本格化する。従来、高品質の日本製を使ってきたが、現地の価格競争に対応するため方針を転換する。日本の鉄鋼大手の海外進出拡大を促すほか、他業種の企業の新興国戦略にも影響を与えそうだ。
 ホンダがインド製の鋼板を採用するのは新興国でのシェア拡大を狙った「2CV」と呼ばれる新たな小型戦略車。ホンダの車の中では最安値となる100万円以下の価格を予定している。高い耐久性などが求められる外板用を含め、大半の鋼板を現地の鉄鋼最大手、タタ製鉄など複数メーカーから調達する。(07:00)
http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20100105AT1D040B504012010.html

 ネットでは地味な扱いですがこの記事5日付け日経紙面では1面トップであります。

 要はトヨタやホンダが、インドで生産を始める小型車を、従来の品質重視の「日本仕様」を放棄して、現地製の鋼板を初めて採用するわけです。

 狙いははっきりしていて日本製より2〜3割安い鋼板を使って価格競争力を高めるためですが、この動きの背景には大規模なかつ幅広い分野での新たなる日本の「産業の空洞化」を招く点で注目される記事であります。

 電子版記事では「タタ製鉄など複数メーカーから調達」とだけの記述ですが、実は背景には、自動車メーカーのこのような動きを先取りする形で、日本の鉄鋼王手は新日鉄がタタ製鉄と、JFEスチールは別のインドの製鉄会社と提携、日本の高品質技術を新興国にすでに技術供与している体制ができあがっているのであります。

 日本の自動車メーカーが、これからの主戦場である中国やインドの低価格車市場に対応するためには、現地調達・現地生産が避けられないわけで、高価格・高品質のいわゆる「日本仕様」は放棄せざるをえません。

 そしてすそ野の広い自動車産業におけるこうした現地調達・現地生産の動きは、製鉄業などを巻き込んで国内産業の空洞化の動きに拍車を掛けることになります。

 さらに問題なのは、この動きは自動車産業だけではなく、家電製品や生活関連など多くの日本の輸出産業がこれまでの欧米中心の先進国相手の「日本仕様」を放棄しなければ、低価格商品中心の新興国市場で勝ち残ることができないことを意味しており、自動車産業以外の製造業でもますますこの現地調達・現地生産の動きは広がっていくことが予想されていることです。

 これら製造業の拠点海外移転の流れで、私が特に心配なのは、このサバイバル戦略の中で日本の誇った高度技術が中国やインドの海外メーカーにダダ漏れに成りつつある点です。

 日本独自の大切な技術ノウハウまで供与していますので、近い将来彼らが日本の強力なライバルとして成長することが予想されます。

 ・・・

 東京新聞コラムが示した「グローバル化=弱肉強食社会」と言う構図は、狭い日本列島だけで考えていてはなりませんでしょう。

 現実の企業の行動は、遙かに厳しいそして激しい動きを呈しています。

 この流れをくいとめるには、ひとつにはインフレ誘導政策が有効でありましょう。

 リスクはありますが国を挙げてインフレ政策を採り円の価値を下げ、徹底的な円安誘導することです。

 日本製品の国際競争力は高まり、またそうすれば内外製造コスト差は縮まり、企業が工場を国内に留めることにインセンティブが生じるでしょう。

 合わせて徹底的な円安は今は消極的な海外企業の日本投資にもインセンティブを与え国内市場の再活性化の可能性もでてくることでしょう。

 「子ども手当」もけっこうですが、民主党政権は今この国の製造業で起きつつある「日本仕様」の放棄という激流を正しく認識していただきたいです。

 

(木走まさみず)