木走日記

場末の時事評論

マードック会長「西郷隆盛」仮説

●『陸軍分列行進曲』から『西南戦争』までのいろいろ

 最近ユーチューブに珍しい行進曲が載っているのを見つけまして、PCで仕事しているときにBGMとしてときどき愛用しております。

 こちらです(職場とかの読者は音量に注意願います、1秒後にいきなりラッパです)。

陸軍分列行進曲 ~Japanese army march past~
http://www.youtube.com/watch?v=lmErWkD4RrM&feature=related

 いや太平洋戦争時の国立競技場出陣学徒行進曲としてお馴染みのこの軍歌が『陸軍分列行進曲』という題なのも初めて知りましたが、何回聞いても飽きない完成度の高い曲ですね。

 少し調べましたら、この曲、帝国陸軍の最古の洋式行進曲で、発表されたのは明治18年、鹿鳴館時代だそうです。

 そもそも「陸軍分列行進曲」ですが、「抜刀隊」という曲と「扶桑歌」という曲をアレンジしたものであります。

 この2つの曲の作曲は意外ですが政府お抱えのフランス人軍楽士官のシャルル・ルルーであります。

 で「抜刀隊」のほうは詞も付いておりまして、作詞は外山正一東京帝国大学教授であります。

(参考)

抜刀隊 (軍歌)
提供: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8A%9C%E5%88%80%E9%9A%8A_(%E8%BB%8D%E6%AD%8C)

 で、興味深いのが「抜刀隊」の歌詞の一番。

一、
我は官軍我(わが)敵は、天地容れざる朝敵ぞ
敵の大將たる者は、古今無双の英雄で
之に從う兵(つわもの)は、共に慓悍(ひょうかん)決死の士
鬼神(きしん)に恥(はじ)ぬ勇あるも、天の許さぬ反逆を
起こしし者は昔より、榮えし例(ためし)あらざるぞ
※敵の亡ぶる夫迄(それまで)は、進めや進め諸共に
 玉散る剣(つるぎ)抜き聯(連)れて、死ぬる覺悟で進むべし

 何と「敵の大將たる者は、古今無双の英雄で」と敵将を「英雄」扱いしているではありませんか、軍歌としては極めて異例ですよね。

 それもそのはず、上記『ウィキペディアWikipedia)』の説明をそのままご紹介しますが、この英雄とは日本最後の内戦西南戦争における薩摩軍の大将、西郷隆盛なのでありますね。

 背景 [編集]

 西南戦争最大の激戦地となった田原坂において、新政府軍側としては予想外の形での戦闘、すなわち白兵戦が発生した。官軍側は徴兵された白兵戦経験の無い一般市民(平民)で構成されていた一方で、旧士族によって編成されていた西郷軍の白刃を振るっての斬り込み、薩摩の剣術として名高い示現流の太刀は凄まじく、一度斬り込まれたら手に負えるものではなかった。これに対抗するため、既に官軍として戦場に動員されていた警察より旧士族の者たちを集めた抜刀隊が臨時編成され、凄まじい死闘を繰り広げた。
軍歌「抜刀隊」は、この抜刀隊の活躍を謳ったものである。

 ふむふむ、白兵戦で旧士族によって編成されていた西郷軍の白刃に苦戦した官軍側が、これに対抗するために戦場に動員されていた警察より旧士族の者たちを集め臨時編成したのが「抜刀隊」なわけです。

 実際の西南戦争は、1877年(明治10年)に現在の熊本県・宮崎県・大分県・鹿児島県において西郷隆盛を盟主にして起こった士族による武力反乱でありました。

 まあハリウッド映画「ラストサムライ」のモチーフとしても使われた、それまでの支配階級武士・氏族による最後の反乱とされています。

 維新を成し遂げた明治新政府は、四民平等・廃藩置県を全面に押し出します。

 軍の近代化を含めた木戸孝允大隈重信らの「富国強兵」重視路線は、それまでの封建社会における武士階級の特権をすべて取り除いていきました、斥けられた事に対する不満や反発が士族達に充満していたことが西南戦争の背景にはあったのでしょう。

 西南戦争は結果として日本最後の内戦となり、士族という軍事専門職の存在を消滅させました。

 士族を中心にした西郷軍に、徴兵を主体とした政府軍が勝利したことで、士族出身の兵士も農民出身の兵士も戦闘力に違いはないことが実証され、徴兵制による国民皆兵体制が定着することになります。

 実際白兵戦などでは善戦した薩摩軍でしたが、政府軍の勝利の原因は、近代的装備、火力、通信手段、指揮能力の違いにあったわけで、これ以降、明治政府は近代化路線で、徴兵を基盤とした常備軍を置き装備統帥の近代化を追求する路線を急ぐことになります。

 ・・・

 勝算なき西南戦争にあえて大将に担がれて壮絶な戦死を遂げる西郷隆盛でありますが、いまだに国民的人気が高いのは、滅び行く武士階級の最後の反乱に、数で圧倒する官軍側の最新装備の前に、旧式の武器で最後まで戦ったことに、この国の判官びいき、弱いほうに味方する国民性もあるのかも知れません。

 ・・・

 「陸軍分列行進曲 」の話がちょっと脱線気味に「西南戦争」の話になってしまいました。



●私にはマードック会長が旧態依然とした紙媒体マスメディアを率いる「西郷隆盛」に見えてしまう

 まくら話になぜ抜刀隊や西南戦争を取り上げたかといえばこのニュースを聞いたからであります。

 25日付け読売新聞記事。

MSとニューズの提携、対グーグルで思惑一致
(2009年11月25日13時30分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20091125-OYT1T00218.htm

 傘下に米ウォール・ストリート・ジャーナル紙や英サン紙といった新聞社やテレビ局ネットワークを有するニューズ社のルパード・マードック会長兼最高経営責任者(CEO)でありますが、彼はかねがねインターネット、中でもグーグルに対しとても敵愾心を燃やしております、「グーグルは我々の記事を盗んでいる」と。

 でやはりグーグルのために業績を落としている米マイクロソフト(MS)と提携して、圧倒的なシェア(占有率)を持つグーグルへの対抗策として、とってもせこい(失礼)作戦に出ました。

 まず、ニューズ社が、傘下のWSJなどの新聞社やテレビ局のニュースを、グーグルのニュースサイト「グーグル・ニュース」では検索・閲覧出来なくしてしまう。

 そして、MSの検索サイト「ビング」だけからはニューズ社のニュースを見られるようにする。

 かわりにMSはのニューズ社に一定の利用料を支払う方向のようです。

 ・・・

 ふう。

 現在日本だけでなく世界中で進行していることですが、ネットという新しい媒体の登場に、既存の紙やTVを主体としてきたマスメディアがうまくこの新しい媒体に適合できず経営上大苦戦を強いられているわけです。

 そんな中で飛び出したこのニュース、おそらく日本のマスメディア関係者も固唾を飲んで成り行きを見守っていることでしょう、心中、ニューズ・MS連合軍を応援しながらですが。

 しかしこれは苦しい戦になるでしょうね、ニューズ・MS連合軍はネット上では弱者連合と言っていいでしょう。

 そもそもMSの検索サイト「ビング」だけからニューズ社のニュースを見られるようにすることは、完全には不可能でしょう。

 世界中のブログやSNSサイトからリンク張られまくるでしょうし、完全に遮断できうるはずもない。

 また、読売記事も指摘していますが、まずグーグルは、すでに無償公開されているサイト情報を紹介しているだけで、逆に、各メディアのサイト閲覧者の増加に貢献している側面があります。

 また検索サイトシェアで65%を占めるグーグルにとって、ニューズ社のニュースがシェア10%程度の「ビング」に流れても、経営的な影響は小さいとの見方が多いです。

 逆に、米メディアによると、ウォール紙のサイト閲覧者の25%がグーグルニュースサイトから誘導されたものなので、掲載やめれば各メディアのサイトの閲覧数が激減し、広告収入への影響も出かねないのです。

 さらに、MSのネット事業は赤字が続いており、ニューズ社に利用料を支払うことで業績が悪化すれば、提携交渉に悪影響を及ぼす恐れもあります。

 ・・・

 私にはマードック会長が旧態依然とした紙媒体マスメディアを率いる「西郷隆盛」に見えてしまいます。

 彼は大きく今「紙」から「ネット」へと媒体変換されつつあるメディアの質的変化に気が付いていないようです。

 媒体メディアとしての「紙」と「ネット」の決定的な差は何か。

 それは情報発信の双方向性であります。

 世界中の多くの人々がなぜ日々ネットに夢中になれるのか、それは単に情報収集の媒体としても利用価値が「紙」を代表する新聞よりはるかに大きいだけではありません。

 一般の読者がネットに「読者」としてだけでなく「情報発信者」として「参加」することができることです。

 ただ情報を検索し収集するだけでなく、ブログやツイッター、あるいはコメント欄やトラバ、ブクマ等で情報発信することができるわけです。

 「旧来」の「紙」新聞では、限られた選ばれた記者たちが情報発信し、読者はそのありがたい「記事」を一方的に読まさせられるだけでした。

 しかし「ネット」では新聞社サイトも一参加者にすぎない、そこに載る記事もトラバやブクマで容赦なく評価される、つまりインタラクティブに会話的に、あらゆる参加者が情報発信者になっているわけです。

 選ばれた記者だけが一方的に情報発信してきた「新聞」や「TV」と、だれもが情報発信できるネットでは、「記事」コンテンツの持つ、価値、意味が決定的に違ってきます。

 酷な書き方になりますが、「記事」コンテンツは自分たちが情報発信するための「材料」にすぎません。

 マードック会長はメディアとしての「ネット」の特性であるこの双方向情報発信性に真っ向から逆らおうとしているふうにも見えます。

 私には、西南戦争時の士族の反乱が結果的に平民が中心の官軍に滅ぼされたのと同様、このマードック会長の反乱は時勢に逆らった負け戦にみえてしまいます。

 ネットでは、情報発信する権利はすでに限られた「記者」の専有物ではなくなっています。



(木走まさみず)