木走日記

場末の時事評論

「国民の平等」と「地域の平等」、どちらを優先すべきか〜「一票の格差」問題を考える

●「1票の格差」最大は2.337倍 衆院選、56選挙区で2倍超す〜日経新聞記事から

 11日付け日経新聞電子版記事から。

1票の格差」最大は2.337倍 衆院選、56選挙区で2倍超す

 日本経済新聞社は11日、総務省が同日発表した3月末時点の住民基本台帳に基づく人口調査をもとに衆院300小選挙区の「1票の格差」(人口ベース)を試算した。最大格差は千葉4区(船橋市)と高知3区(土佐市など)の間で生じた2.337倍で、昨年より0.06ポイント拡大した。高知3区との間で1票の格差が2倍を超えたのは昨年より3つ増えて56選挙区となった。
 参院選挙区の1票の格差が最も開いたのは、神奈川県と鳥取県の間の4.928倍。昨年に比べて0.06ポイント広がった。1票の格差を巡っては、2007年7月の参院選での定数配分が違憲として東京などの有権者が選挙無効を求めた訴訟の判決が、今秋にも最高裁で言い渡される見通しだ。(11日 20:18)
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090812AT3S1101311082009.html

 「最大格差は千葉4区(船橋市)と高知3区(土佐市など)の間で生じた2.337倍で、昨年より0.06ポイント拡大」したそうですが、人口減少時代に突入しつつある日本において、この「1票の格差」は今後放置できない深刻な問題となることでしょう。

 この「一票の格差」を是正する究極の手段はかつての参院全国区のように日本列島を1選挙区にした比例代表制を復活させることです。

 そうすれば日本全国どこでも一票の重みは同じであり、完全に格差はなくなります。

 しかしながらこれは2大政党制に有利な現在の小選挙区制を守りたい点では、自民も民主も同じ穴ですから現実的には実現可能性はゼロでしょう。

 参院全国区は選挙区が広すぎて選挙にカネがかかりすぎる、全国的に有名な芸能人などが有利など、当時のメディアからも批判され国民の支持もあり廃止されたいきさつがあります。

 ところで現在300の小選挙区と180のブロック比例代表枠の衆議院議席を、民主党比例代表枠をさらに80減らすと公約していますが、これは「一票の格差」問題から見ても愚策であります。

 今回はこの「一票の格差」問題を考察してみたいです。

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●一番の問題は、この国では「1票の格差」を抑制する「公的装置・制度」が確立されていないこと

 参議院選の4.928倍に比較すれば衆議院選の2.337倍は格差としては半分以下でありますが300の小選挙区のうち56選挙区が「高知3区との間で1票の格差が2倍を超えた」状態であるわけですが、記事にも「昨年より3つ増え」たとあるとおり、放置していけば「格差が2倍を超えた」選挙区は増え続けることが予想されます。

 この議席配分の不均衡は、都道府県の人口分布を基に立法府での代表を配分するという日本での間接民主主義の基本的考え方に鑑みて不適切であることは誰しもが認めるところであります。

 それだけでなく、議会での代表の不均衡は、中央政府の予算における歳入・歳出の地域バランスにも影響を与えています。

 いくつかの研究によれば、衆議院参議院を問わず高い相対代表指数を持った県、すなわち高知県など人口に比し議員数が恵まれている地域が、公共事業や地方交付税交付金などの中央政府予算配分で相対的に優遇されています。

  つまり、人口に対して国会での議席配分が過剰となっている都道府県は、立法過程で決着する予算獲得競争において有利となっているわけです。

 日本では、人口を基準とする原則があるにもかかわらず、議席配分決定の過程でその基準が徹底されていないため、予算配分への影響が発生してしまっているのであります。

 小選挙区制を導入する限り、人口の自然増減や他地区への転入転出などが日々発生するわけで、「1票の格差」がなくなることは理論的には永遠にあり得ないわけですが、日本の場合何が問題かと言えば放置すれば当然拡大傾向をとるこの「1票の格差」を抑制する「公的装置・制度」が確立されていないことにあります。

 例えば日本の衆議院に当たるアメリカ合衆国下院(United States House of Representatives 代議院)ですが、435の定員で2年に一度全員が小選挙区から選出されますが、アメリカの50州で行われる下院選挙において、「1票の格差」は今まで1.4倍以内に抑えられています。

 これはアメリカの政治が「1票の格差」を抑制する「公的装置・制度」を確立しているからです。

 アメリカの下院の435議席は10年に1度の国勢調査によって決定される人口の重み付けによって容赦なく数学的統計的処理され50州に分配されます。

 現在アラスカ・ノースダコタ・バーモント・ワイオミングの各州の州選出定員が各1名で最少、カリフォルニア州が最多で州選出定員53名となっています。

 選挙制度は単純小選挙区制で、選挙区割りは州に任されており、州立法による場合と独立した組織によって決定される場合がありますが、この各州の選挙区割りがしばしば特定の政党の有利不利が発生していると問題になるわけですが、それにしても大きくは国民の基本的権利である投票行為を守るために「1票の格差」を抑制する「公的装置」が備えられているわけです。

 日本でも衆議院選の小選挙区の区割りにおいてはすでに自治体の町単位まで分割されていますので、小選挙区の地域割りを柔軟に実施していくことは技術的にも行政的にも十分可能なはずです。

 ちなみに私が住む東京・練馬区では、9区と10区に分割されていますが、田柄(たがら)町3丁目などは、1番地から13番地までが9区、14番地から30番地が10区と、まさに番地で分割されていますが、投票・開票作業は問題なく処理されています。

 少なくとも衆議院小選挙区に関しては、この日本でも定期的な国勢調査に基づき都道府県・市区町村のくくりをはずし定期的に選挙区割りを見直せば、アメリカ並に「1票の格差」を抑制することは次回からでも可能なはずです。

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●「国民の平等」と「地域の平等」と優先すべきはどちらか。

 日本では、この「1票の格差」の議論になると、必ず「都市圏VS地方圏」の対立構図が浮かび上がります。

 人口の集中する都市圏に票が偏重される結果として地方圏置き去りの予算配分になってしまうという危惧が「地方圏」から必ずあがります、ただでさえ拡大傾向にある地域格差に配慮すべきであるというのも、一概に否定することはできない説得力を有する主張であります。

 一方都市圏からは、そのような地方圏の主張を、衆議院参議院を問わず現状都市圏の2倍も高い相対代表指数を持った既得権益の擁護にすぎないとの反発があります、そもそもこの「一票の格差」は国民の権利の平等をうたう憲法の精神に反しているとの「正論」も聞こえます。

 「国民の権利平等」と「地域の権利平等」と優先すべきはどちらか。

 ここからは私見になりますが、私はこの問題を解決するひとつの方法として、せっかく日本も二院制を有しているのだからそれを活用することを考えてもよいと思っています。

 衆議院では「一票の格差」を徹底的に抑制する「公的装置」を確立して「国民の権利平等」を守ります。

 一方参議院では「一票の格差」は事実上無視して「地域の権利平等」に徹した選挙制度を採用して両院でバランスを取るのです。

 アメリカの例ばかりで恐縮ですが、アメリカ合衆国上院(United States Senate 元老院)は定数100名ですが、各州2名の定員が固定的に割り当てられています、もちろん各州の人口は無視されています。

 「一票の格差」というものさしで計れば、人口60万に満たないアラスカ州と約4000万のカリフォルニア州では、70倍の格差が生じています。

 なぜ上院がこのような各州固定制を採用したのかは、これは建国当初に人口の多い州と少ない州で対立する利害を調整するためにコネチカット州の提案により生み出された策で、「コネチカットの妥協」(Connecticut Compromise)とか「大妥協」(Great Compromise)と呼ばれています。

Connecticut Compromise
From Wikipedia, the free encyclopedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Connecticut_Compromise

 1787年にこの妥協が成立して以来200年以上、アメリカ上院では各州の平等が守られてきたのです。

 それはこの「地域の権利平等」を優先する上院の存在が、それこそ州の連合体であるアメリカ合衆国の政治には欠くことのできない機関であったことを示しています。

 現在でもアメリカ下院では各議員は、ときに小選挙区単位の地域利権誘導は見られますが、広範な国の政策について各委員会を通じて議論が活発に行われていますが、上院ではときに各議員は州代表として各州の利益代弁者として主張することがしばしばみられます、メディアも国民もそれを当然のことと肯定的に捉えています。

 この上院の有様は、ある意味で国連に近いでしょう、大国も小国も人口の多い少ないに関わらず平等に一票の権利を有するという点においてでです。

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 アメリカの上院と下院のこの役割分担は日本にとって参考になると思います。

 衆議院小選挙区においては、定期的な国勢調査に基づき都道府県・市区町村のくくりをはずし定期的に選挙区割りを見直す「公的装置」を確立し「1票の格差」を抑制する、徹底的に「国民の平等」を尊重する。

 参議院においては、都市圏は大きく妥協して「一票の格差」は事実上無視して「地域の権利平等」に徹した日本独自の選挙制度を採用する。

 あくまで私案であります、固執するつもりはもちろんありません。

 ただ日本においても、地域とか党派の利害を除した、大胆かつ成熟した選挙制度改革議論が必要だと思われます。

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(木走まさみず)