木走日記

場末の時事評論

日本のメディアは英FT社説の原文の持つ微妙なニュアンスを伝えていない

●「日本の危機悪化、政治のせい」 英紙、社説で批判〜朝日新聞記事

 イギリス人のインテリには皮肉屋が多いですが、昔東京のアメリカンクラブで知り合いの米国人とハンバーガーを食べていたら、隣にいたイギリス人が「ハンバーガーか、君たちアメリカ人には人間の本当の食べ物が必要だね」と皮肉を言ってたことを思い出しました。

 彼(イギリス人)が去ったあとで、アメリカ人が苦笑しながら「あいつら、あの世界一まずいイギリス料理を、本当に人間の食べ物と思ってるのかね」と私にウインクしたものでした。

 ごもっとも(苦笑)です。

 ・・・

 さて、25日付の英紙フィナンシャル・タイムズの社説が強烈なようです。

 イギリス人にはお前が言うなといいたい訳ですが、悲しいことに我々日本人はこういう欧米の日本に対する論説にはとても敏感に反応するのでありまして、早速朝日などではこの社説を取り上げていますね。

 25日付け朝日記事。

「日本の危機悪化、政治のせい」 英紙、社説で批判
2009年2月25日23時13分

 【ロンドン=尾形聡彦】「日本の危機は政治がマヒしているせいで悪化している」。英フィナンシャル・タイムズ紙は25日付の社説でこう指摘し、日本はすぐに総選挙を実施して、意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた。

 社説は「邦銀は外国の金融機関ほど不良資産にさらされていなかったことから、日本は当初は金融危機から守られていた。しかし、慢性的な輸出依存により、世界の需要が衰えると経済が止まってしまった」と日本経済の現状を分析。こうした状況に麻生政権は、不十分な対応を続けていると批判した。

 さらに「麻生政権は弱体化しすぎていて、政策を通せない。自民党も不人気すぎて、(任期満了となる)9月より前の総選挙を、検討もできなくなっている」とした。

 浮上している「税金による株式買い上げ対策」も「金がかかりすぎ、銀行が一息つけるだけで一時的な対策にしかならない」と断じた。
http://www.asahi.com/international/update/0225/TKY200902250305.html

 なんかお人よしな解釈を一部してますね、朝日新聞さんは。

 この痛烈な日本に対する愛のかけらもないと思われる皮肉社説を「日本はすぐに総選挙を実施して、意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」と書いてもないことを建設的に読み解いているのであります。

 なんかなあ、どうでしょう、「意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」というのは・・・

 まあ確かに意訳としてはそうまちがってはいないです、英FT社説は正確には「意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」わけではないですが、そうではなく「選挙の時である。麻痺した政府など何の価値もない。」と皮肉りとともに日本の政治の現状を批判して終わっているわけですが、これをもって朝日は「意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」と建設的に読み解いたんでしょう。

 私はといえば「訴える」というほどの建設的熱意はこの社説全文からはまったく感じられませんでしたが。

 社説タイトルの「日本には本当の政権が必要なんだ」ってのは、確かに朝日のように好意的に読めば建設的「訴え」と読み解くことも可能でしょうが、記事全文を原文で読めば、このタイトルさえ、軽蔑を込めた「批判」「皮肉」ととらえるほうがまともでしょう。

 英国人インテリのすごく嫌味な「お前が言うな」社説を、書いてもない「意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」と意訳説明する朝日新聞

 別にそう間違ってはいないんですが、ニュアンスという意味では、朝日記事だけ読んだ読者はこのFT社説がタイトルから日本に対する皮肉にまみれていることに気づかないんじゃないだろうか。

 ・・・



●Japan still needs a government〜英フィナンシャル・タイムズ紙25日付社説

 で、社説原文をご紹介。

Japan still needs a government
Published: February 24 2009 20:54
http://www.ft.com/cms/s/0/94fcd746-02aa-11de-b58b-000077b07658.html

 このタイトルですが、

 Japan still needs a government

 なんといいますか、英国人インテリらしいというかすごく嫌味な表現なんですよね

 直訳すれば「日本にはいまだ政府が必要なのだ」あたりになりますが、これは裏返せば、現在の日本にはまともな政府なんかない、と皮肉っているのでありまして、まったくいやな表現ではあります。

 「君たちアメリカ人には人間の本当の食べ物が必要だね」と同レベルの相手を小ばかにしたニュアンスがにじみ出ています。

 朝日が言うような「意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」という真摯さとは、ちょっと違うのです。

 日本同様アメリカ以上の景気急降下にあえいでいる英国人よ、お前が言うな、お前が、って感じでしょうか。

 とりあえず、記事全文ご紹介。

Japan still needs a government

日本にはいまだ政府が必要なのだ

At first, Japan was shielded from the credit crisis. Its conservative banks, though they paddled in toxic waters, were not nearly as exposed to poisonous assets as many of their foreign peers. But Japan was vulnerable because of its chronic export dependence. As world demand has faltered, its economy has seized up, plunging the political class into shellshock. Falls in the stock market are now causing problems in the banking sector, but a proposal by an industrial umbrella association to prop up share prices is misguided.

 最初は、日本は信用危機から保護されていた。保守的な銀行は、毒性の水域でこいでいたものの、海外の同業者ほどには毒に晒されてはいなかった。しかし日本は恒常的な輸出依存体質のために被害を受け易かった。世界の需要が衰えたとき、日本の政界は茫然自失となり、その経済は凝固した。株式市場における暴落は現在、金融部門で問題を起こしているが、株価を公的資金で支援するという産業界による提案は見当違いだ。

When Japanese exports dropped in December by an alarming 35 per cent, the game was up. Sure enough, output shrank 3.3 per cent, quarter on quarter, in the last three months of 2008. The rate of decline shows no sign of easing. The crisis – set to be the worst recession for 35 years – has been deepened by political inactivity and paralysis.

 日本の輸出が12月に35%という驚くべき急降下をした時点で、ゲームは終わったのだ。実際のところ、2008年の最後の四半期では前期比で3.3パーセントも縮小した。下落率は軽くなる兆候を全く示してはいない。過去35年間で最悪の不況になるだろう危機は、政治の無作為と麻痺によって深刻化しているのだ。

Led by the hapless Taro Aso, the government has long been inadequate in its response. Only a few months ago it was backing a purely token stimulus package and advocating waiting for world recovery. Now, the Aso government is too weak to force measures through the Diet. But the governing Liberal Democratic party is too unpopular to consider an election earlier than is legally required in September.

 不幸な麻生太郎によって導かれる政府の対応は長いあいだまったく不十分なのである。ほんの数カ月前に、みせかけの景気の刺激策を押し出すだけで世界的景気回復をただ待つことを支持していた。今や麻生政権は国会に法案を通過させることすらできぬほど弱体化している。しかしながら与党・自民党はあまりにも不人気なため、法的に必ず行われる9月よりも前に選挙をすることすら、到底想定できないのだ。

While the government flails, the deepening real economy crisis is infecting the banks. After a savage sell-off, the Nikkei index is down by nearly a fifth this year alone and the Topix index is back to levels it last saw in the early 1980s. Japan’s banks, which still have large equity holdings, are on shaky ground. They have already been forced to raise billions of dollars to prop up sagging capital ratios.

 政府が激しく動揺しているあいだ、深まる実体経済危機は銀行に感染しはじめている。残酷な株価急落の結果、日経平均は今年だけで約5分の1ほど単独で下がってしまった。そして、Topix株価指数)は1980年代前半のレベルにまで退行している。日本の銀行はまだ大きい株式保有を持っているが、その足元は不安定でふらふらしている。彼らは、自己資本比率を弛ませながら支援するために、既にやむを得ず何十億ドルもの資金作りを余儀なくされている。

One proposed response is to start “price-keeping operations” – spending 25,000bn yen of public money to prop up the stock market. This is an old staple for Japanese policymakers, and a smaller plan has already been put forward by the government but – predictably – is being held up in the Diet. Either version would be expensive and the breathing space it would buy for banks would only be temporary.

 提案されてる対策のひとつは「株価維持策」を始めることだ、公金が株式市場を支援するために25兆円を費やすというものだ。これは日本の政策立案者の使い古しの対策だ、そして、より小さいプランは政府によって既に提唱されている、しかし案の定、国会を通過できないでいる。どちらの案も費用がかかりすぎで、しかも銀行が一息つけるだけの一時的なものでしかない。

The Japanese should, instead, focus on rebalancing their economy. In addition to a real fiscal stimulus to jolt its citizens to spend, the government needs to stop Japanese companies retaining unproductive cash. If Japan needs to recapitalise its banks, it should do so directly – not by supporting the stock market. The virtues of these policies, however, remain academic when the Aso administration is so weak. It is time for an election. There is little point to paralysed governments.

それよりむしろ日本は、経済の均衡回復に焦点を合わせるべきである。市民の消費に衝撃を与えるほどの本当の財政面からの景気刺激策に加えて、政府は日本の会社が非生産的な現金を内部留保するのを止めさせる必要がある。日本が銀行を資本増強する必要があるならば、株式市場を支えるのではなく直接そうするべきだ。しかしながら麻生陣営がこれほどまでに弱ってしまっていては、これらの政策は絵に書いた餅のままだ。選挙の時である。麻痺した政府など何の価値もない。

(訳:木走まさみず)

 うーん、記事最後の結びの文ですが、

 It is time for an election. There is little point to paralysed governments.

 「選挙の時である。麻痺した政府など何の価値もない。」と私は訳しましたが、paralysedには、「麻痺した」の他に俗語で「泥酔した」という意味もあるので一瞬中川氏の顔が浮かんじゃいましたが、それはともかく、この社説はたしかに痛烈な麻生政権批判なのであります。

 ・・・

 海外記事を紹介する場合、紙面の都合で意訳することはなんら問題はありませんが、意訳するに伴い、原文の持つ微妙なニュアンスがとれてしまったり、あるいは意訳者によって逆に別のニュアンスが付加されてしまう危険があります。

 朝日記者はこの社説に「日本はすぐに総選挙を実施して、意思決定できる政府をつくるべきだと訴えた」とまじめに意訳していますが、残念ながらその文章だけではこの社説のタイトルから記事全体を包んでいる英国人インテリらしいすごい日本政府に対する嫌味なニュアンスが伝わってきません。

 朝日だけではないですが、どうも日本のメディアは英FT社説の原文の持つ微妙なニュアンスを伝えていない気がします。



(木走まさみず)