木走日記

場末の時事評論

自衛隊の被統治能力・ガバナビリティが落ちているのではないか

●主要紙社説が前空幕長国会招致ででそろう〜完全にかぶってちょっと恥ずかしい朝日と読売の社説タイトル(苦笑)

 11日の田母神俊雄・前航空幕僚長参院外交防衛委員会での参考人招致を受けて12日の主要紙社説は一斉にこの件を取り上げています。

【朝日社説】前空幕長―「言論の自由」のはき違え
http://www.asahi.com/paper/editorial.html

【読売社説】前空幕長招致 「言論の自由」をはき違えるな
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20081111-OYT1T00871.htm

【毎日社説】前空幕長招致 隊内幹部教育の実態究明を
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20081112k0000m070121000c.html

【産経社説】田母神氏招致 本質的議論聞きたかった
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/081112/stt0811120308001-n1.htm

【日経社説】田母神氏だけなのか心配だ
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20081111AS1K1100111112008.html

 えーっと、珍しく朝日と読売の社説タイトルが完全にかぶっていてちょっと恥ずかしい感があります(苦笑)が、まあ、産経を除く4紙は、国会での田母神氏の発言内容に極めて否定的であります。

 それぞれの社説から当該部分を抜粋。

【朝日社説】
 憲法9条に違反するという反対論も根強かったなかで、国民の信頼を築いてきたのは、この原則からの逸脱を厳しく戒めてきた自衛官たちの半世紀におよぶ努力の結果である。

 自衛隊のトップにいた人が、こうした基本原則や過去の反省、努力の積み重ねを突き崩しておいて、なお「言論の自由」を言いつのる神経を疑う。

 むろん、自衛官にも言論の自由はある。だが、政府の命令で軍事力を行使する組織の一員である以上、相応の制約が課されるのは当然ではないか。

【読売社説】
 田母神氏が身勝手な主張を続けることは、むしろ防衛省自衛隊が長年、国際平和協力活動や災害派遣で地道に築いていた実績や国内外の評価を損なう。

 集団的自衛権の行使や武器使用権限の拡大など、安全保障上の課題の実現も遠のきかねない。

 こうした冷静な現状分析を欠いていること自体、自衛隊の指揮官としての適格性のなさを露呈していると言わざるを得ない。

【毎日社説】
 今回の論文だけでなく、文章や発言で同様の歴史認識を繰り返していたのに、これを防衛相が把握していなかったのは論外である。

 田母神氏は、論文が問題になったことについて「今回は多くの人の目につき騒がれたからだ」と語った。従来の主張をしているのに、報道されたために更迭された、というのだ。特異な主張をする人物として防衛省内で知られていた人物を空自トップの座に据えた安倍政権、それを引き継いだ福田、麻生政権では、文民統制が機能していなかったと言わざるを得ない

【日経社説】
 どうしてこのような人物が航空自衛隊トップになったのだろうか。

 政府見解に反する歴史認識の論文を公表して解任された田母神俊雄航空幕僚長に対する参院外交防衛委員会の質疑は、不完全燃焼だった。心配なのは、空自内部で田母神氏のような歴史観がどの程度の広がりを持つのかであり、懸賞論文の公募に組織的関与があったかと併せ、さらなる解明を要する。

 対して産経社説だけは、田母神氏の論文発表の手続きには問題があったけど、本質的な議論を制限することがあってはなるまいと、田母神氏発言擁護の姿勢であります。

【産経社説】
 政治の軍事に対する統制は確保されなければならず、田母神氏が部外への意見発表の手続きをきちんととらなかった点は問題だ。ただ、集団的自衛権を見直すなどの本質的な議論を制限することがあってはなるまい。

 この問題を契機として、民主党自衛隊統合幕僚長や陸海空幕僚長の4人を国会同意人事の対象とする考えを打ち出した。何を基準に人選するのか。歴史観など思想統制につながるものなら許されない。政府・与党にも事態収拾の一環として導入を検討する動きがあるが、慎重に対処すべきだ。

 まあ産経の「集団的自衛権を見直すなどの本質的な議論を制限することがあってはなるまい」という主張はよく理解できますが、このタイミングでその主張は正直弱いなあと思いますよ、他紙の批判は「昭和戦争などの史実を客観的に研究し、必要に応じて歴史認識を見直す作業は否定すべきものではない。だが、それは空幕長の職務ではなく、歴史家の役目だ。」(【読売社説】)にあるとおり、それは4万5千の空自隊員を指揮する立場の空幕長たるあなたが言っちゃだめでしょ、って点ですからね。

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 今日は、当ブログとしては本件についてガバナビリティというキーワードから考察したいのであります。



●組織のトップはガバナビリティに優れている

 ガバナビリティ(governability)という言葉があります。

 よくリーダーシップと間違って使われるのですが、意味は全く逆の被統治能力であります。

 支配される能力、治められる能力、悪く言えば従順さってことでしょうか。

 よくドイツ人と日本人はガバナビリティが高いといわれますが、これは敗戦後の焼け野原の連合国占領下から、その統治を受けながらガバナビリティを見事に発揮し、やがてそれぞれ経済大国に復活してきたことを指します。

 対してアメリカによるイラクの占領後の統治がうまくいっていないのは、イラク人のガバナビリティが低く占領軍に従順じゃないことも要因のひとつに上げられたりしてます。

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 まあ、そんな国際比較はともかく、私はいくつかの企業の経営コンサルをさせていただいておりますし、ときに商工会の「中小企業社長セミナー」とかのセミナー講師などもさせていただいてますので、けっこう中小企業の社長さんとお話しする機会が多いのであります。

 で、いつも感じることなんですが、日本の中小企業経営者って、ガバナビリティが非常に高い人が多いのです。

 例えばセミナーで意見のある人は手を上げてと要求すれば、元気よく手を上げるし、パソコン実習などで、課題を与えればそれはものの見事に指示を忠実に守って課題をこなそうといたします。

 実に模範的な良い受講生なのでありますよ。

 私は週に一度、工学系の専門学校で講師をしていますが、そこの学生ときたら、授業中も居眠りしたりおしゃべりしたりメール打ってたりと、もうガバナビリティ低すぎです(苦笑

 現実の実業社会で日々小さいとはいえ会社を経営して苦労されている社長と比較しては、学生がかわいそうなのでありますが、それはともかく、社長セミナーの受講生が極めてガバナビリティが高く、授業がしやすいのは本当です。

 社長業をする人は、組織のトップなのに、意外なことにガバナビリティに優れているのです。

 これは私としては当然のことに思えます。

 良きリーダーシップを発揮する人は、いつも将棋の名手のように、自分の組織の構成員、つまり自分の駒をどう配置すればベストかを考えているわけですね。

 そうすると自分が駒の立場、例えば受講生とかになったとき、どう振舞えば自分が良い駒になるか、理解がとても早いのだと思います。

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 で、よいリーダーシップを発揮する社長のもとでは、ガバナビリティの高い組織が出来上がるものです、社員のガバナビリティが高い会社は強い組織力を発揮するものです。

 良きリーダーシップと良きガバナビリティの両方がある組織は、規模の大小にかかわらず強力な組織だと言えましょう。

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自衛隊の被統治能力・ガバナビリティが落ちているのではないか

 で、自衛隊

 一般にもっとも組織構成員にガバナビリティが求められる組織といえば、万国共通でしょうが軍隊であります。

 今回の一連の更迭騒動を見ていて、私が一番心配に思ったのは、今の自衛隊って、被統治能力・ガバナビリティっていう点ではどうなんだろう、ということです。

 よく田母神発言擁護派の論客は、田母神氏を栗栖氏と同格に持ち上げて論じたりしていますが、日経社説が結語でいい着眼点で来栖氏と田母神氏の違いをまとめています。

 1978年、当時の金丸信防衛庁長官は「超法規的行動」発言を理由に栗栖弘臣統合幕僚会議議長を解任した。今回と似ているとされるが、決定的な違いは栗栖氏は自ら辞表を出し、田母神氏はこれを拒否した点である。

 上官である防衛庁長官の信を失ったと栗栖氏は考えた。政治家による軍に対する統制(シビリアンコントロール)を持ち出すまでもない。武人として当然の挙措である。田母神氏のように上官の命令に従わない指揮官をいただく軍事組織は下克上の混乱に陥る危険がある。

 昨年夏、守屋武昌防衛次官は小池百合子防衛相から退任を命じられ、首相官邸に駆け込んで抵抗した。田母神氏の行動は、それと重なる。いつからこんな危険な空気が防衛省には広がったのだろう。

 ここで日経社説が論じようとしていることは、「上官の命令に従わない指揮官をいただく軍事組織は下克上の混乱に陥る危険がある」という点からまさに組織としての自衛隊の被統治能力・ガバナビリティが落ちているのではないかという危惧であります。

 同感です。

 論文の内容はともかく、もっともガバナビリティが求められる軍隊の組織人として田母神氏の行動は身勝手というほかありません。

 このような人物がトップにいた事に深刻な危惧を有してしまいます。

 自衛隊の被統治能力・ガバナビリティが落ちているのではないか、と。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
■[社会]問われているのは先生のガバナビリティではないのか〜ある私学におけるコンサル経験を踏まえての朝日社説に対する一考察
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20060415