木走日記

場末の時事評論

映画「靖国」中止:表現の自由という憲法の理念に関わる日本新聞協会と産経新聞の見解の相違

 五日付け毎日新聞紙面記事から。

靖国」上映中止:21館で公開 「混乱避け」館名非公表−−配給会社方針

 ドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」の上映を中止する映画館が相次いだ問題で、映画の配給協力・宣伝会社「アルゴ・ピクチャーズ」(東京都港区)は4日、5月初旬から東京、大阪など全国21カ所の映画館で順次公開する方針を明らかにした。混乱を避けるため、現時点では上映予定の映画館名は公表しないという。

 同社によると、12日に公開予定だった東京4館、大阪1館の計5館が上映中止を表明したため、新しい上映編成を進めていたが、5月初旬から21館での上映が決まったという。当面、映画館名を公表しない理由は「映画館に電話や問い合わせが殺到するなど混乱が生じる恐れがある」としており、公表は4月下旬になる見通し。

 同社は、日本新聞協会や日本映画監督協会など10団体から激励文や支援声明を受けていることも明らかにし「映画が無事に公開され、ご覧いただけるよう一層の努力をしていく」とコメントした。

 ◇松本ではNPO
 一方、長野県松本市自主上映活動をするNPO法人「コミュニティシネマ松本CINEMAセレクト」(宮崎善文理事長)は4日、8月に市内で上映すると明らかにした。宮崎理事長は「昨年12月に上映を決めた。(妨害などの)大事件が起こらない限り中止しない」と話している。【伊藤一郎、高橋龍介】

 ◇日弁連が談話
 ドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」の上映中止問題で、日本弁護士連合会の宮崎誠会長は4日、「映画関係者に対し、表現の自由への不当な圧力に萎縮(いしゅく)せず、毅然(きぜん)とした態度で臨むよう要請する」との談話を発表した。また「国会議員による試写会が上映中止の一つの契機だったことは否めず、議員としては慎重な配慮に欠けた」とも指摘し、関係機関に表現の自由を最大限尊重するよう求めている。

毎日新聞 2008年4月5日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080405ddm041040057000c.html

 街宣車などによる右翼団体の妨害活動等圧力が予想されるとして、公開予定だった東京4館、大阪1館の計5館が相次ぎ上映中止を自主表明していた、ドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」でありますが、とりあえず5月初旬から21館での上映が決まったそうであります。

 「混乱を避けるため、現時点では上映予定の映画館名は公表しない」そうですが、その理由を「映画館に電話や問い合わせが殺到するなど混乱が生じる恐れがある」としていますが、まあ現時点ではやむを得ない措置なのでありましょう。

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 作品は、10年間にわたり終戦記念日靖国神社の光景などを記録したもので、一部のメディアなどが「反日的だ」とし、文化庁所管である芸術文化振興の助成金を受けていることを批判してきました。

 自民党の国会議員からも助成を疑問視する声が上がり、3月には全国会議員を対象にした試写会が開かれた経緯があります。

 今回、「国会議員による試写会が上映中止の一つの契機だったことは否めず」(日弁連談話)、一部議員達の主張が芸術文化振興助成金のあり方・使われ方にあったとしても、結果から見れば、国会議員による試写会そのものがまさに萎縮圧力となってしまったわけです。

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●表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない〜日本新聞協会談話

 この問題、我が国の主要メディアの立ち位置を確認しておきましょう。

 主要紙各紙社説はこちら。

【朝日社説】「靖国」上映中止―表現の自由が危うい
http://www.asahi.com/paper/editorial20080402.html
【読売社説】「靖国」上映中止 「表現の自由」を守らねば
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080401-OYT1T00816.htm
【毎日社説】「靖国」中止 断じて看過してはならない
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/archive/news/20080402ddm005070035000c.html
【産経社説】「靖国」上映中止 論議あるからこそ見たい
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080402/tnr0804020305000-n1.htm
【日経社説】封じてならぬ「靖国」上映
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20080403AS1K0300603042008.html

 タイトルでも一目瞭然ですが、各紙とも「靖国」上映中止そのものは、「断じて看過してはならない」(毎日)、「論議あるからこそ見たい」(産経)と表現の強弱はありながら批判しております。

 どうも各紙がこの上映中止という事態を、「表現の自由」と言う憲法で保障されている国民の大切な権利に触れている重大な問題であると認識しているのは、報道言論の自由を守るべきメディアとしての強い自負心があるからなのでしょう、各紙が所属している日本新聞協会の公式談話に則しているともいえます。

 日本新聞協会公式サイトよりプレスリリースを紹介。

新聞協会が映画「靖国」上映中止問題で代表幹事談話を発表

 日本新聞協会編集委員会の斎藤勉代表幹事(産経新聞社取締役編集・写真報道担当東京本社編集局長)は4月3日、靖国神社をテーマにした日中合作のドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」の上映中止問題で、「(映画への)評価、判断の機会が奪われてしまうことは、表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない」とする、下記の談話を発表しました。

【映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止に関する
 斎藤勉編集委員会代表幹事の談話】

 公開が決まっていたドキュメンタリー映画靖国 YASUKUNI」の上映中止という事態が生じたことは残念でならない。映画の内容をどう評価するかは個々人の問題であるが、その評価、判断の機会が奪われてしまうことは、表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない。表現活動が萎縮(いしゅく)する社会にしてはならないと考える。

以 上
http://www.pressnet.or.jp/

 「映画の内容をどう評価するかは個々人の問題であるが、その評価、判断の機会が奪われてしまうことは、表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない」とは、まさに正論でありましょう、このようなことを看過しては「表現活動が萎縮(いしゅく)する社会」を招く可能性があるのであり、その意味でこの問題はメディアが無視してよい小さな問題ではないのでありましょう。

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●「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」〜異彩はなつ産経社説

 ここで注目したいのは産経新聞社説の論説です。

 実は産経社説だけは、この問題で「表現の自由」を振りかざすことに反対しているのです。

 上記5本の社説タイトルを並べましたが、細かい部分でメディアリテラシーしてみると、「靖国」上映中止は看過できない点では各紙並んでいるのですが、他紙が「表現の自由」を守ると言う正論を掲げているのにたいして、産経社説だけはそれに異議を唱えます。

 産経社説から該当箇所を抜粋。

 上映中止をめぐり、配給・宣伝協力会社は「日本社会における言論の自由表現の自由への危機を感じる」とのコメントを発表し、映画演劇労働組合連合会も「表現の自由が踏みにじられた」などとする抗議声明を出した。憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか。

 配給・宣伝協力会社や映画演劇労働組合連合会の抗議声明にある「表現の自由」という文言にたいして、「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」と噛み付いています。

 そして社説はこう続きます。

 映画界には、自民党の議連が試写会を要求したことを問題視する声もある。日本映画監督協会崔洋一理事長)は「(議連の試写会要求は)上映活動を萎縮(いしゅく)させるとともに、表現者たる映画監督の自由な創作活動を精神的に圧迫している」との声明を発表した。

 しかし、「伝統と創造の会」が試写会を要求したのは、あくまで助成金の適否を検討するためで、税金の使い道を監視しなければならない国会議員として当然の行為である。同協会の批判は的外れといえる。

 「自民党の議連が試写会を要求したこと」は、「あくまで助成金の適否を検討するため」であり、「国会議員として当然の行為である」とし、一部の「批判は的外れ」であるとしています。

 今回のこの「靖国 YASUKUNI」上映中止問題は、「表現の自由」などという「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題」ではないと主張、また「自民党の議連が試写会を要求したこと」は「国会議員として当然の行為である」と肯定しています。

 この論説は、他紙に見られる「私たちの社会の根幹にかかわる問題である」(朝日)とか、「こうした言論や表現の自由への封殺を繰り返してはならない」(読売)、「黙過できない。言論、表現の自由が揺らぐ」(毎日)、「言論、表現の自由を損なう事態であり、到底見過ごせない」(日経)という、本件の持つ「表現の自由に関わる重大性」に関して、「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」とまっこう否定しているわけです。

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 言うまでもなく産経新聞社は日本新聞協会所属の会員なわけですが、日本新聞協会が「映画の内容をどう評価するかは個々人の問題であるが、その評価、判断の機会が奪われてしまうことは、表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない」と憲法の理念に関わる問題と公式表明しているその同時期に、社説にて「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」とまっこう否定しているのは興味深いことです。

 「靖国 YASUKUNI」上映中止問題は「憲法の理念をあえて持ち出すほどの問題だろうか」とする産経新聞社は、「表現・言論の自由を擁護する立場から看過できない」とする上部団体・日本新聞協会の見解をも否定するということなのでしょうか。

 だとすれば、「表現の自由」という「憲法の理念」に関わる重要な問題の適応範囲で、所属する日本新聞協会の見解と矛盾する異彩はなつ社説を掲げた産経新聞なのであります。

 所属するメディアがすべての論説を新聞協会の見解に合わせる必要などないことは認めるものですが、ことはメディアの表現の自由という憲法の理念に関わる重要なテーマであります。

 産経新聞は自身が所属する日本新聞協会とのこの重要な見解の相違をどう説明するのでしょうか。

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(木走まさみず)