木走日記

場末の時事評論

豪・加・米・ニュージーランドだけが「先住民族の権利に関する宣言」に反対した歴史的背景

●はじめに

 前回のエントリー『国連「先住民族の権利に関する宣言」に世界で4カ国だけ反対していた国々』は、ネット上で少なからずの反応をいただき、多くの貴重なご意見や情報提供を、トラバやリンク・ブクマ、コメント欄等でいただきました、ありがとうございます。
 このような反応をいただくこと自体、双方向で意見を交わしあえるネットという媒体の優れた特性であり、一ブロガーとして意見参加いただいたみなさまに感謝申し上げたいです。

 前回のエントリーでは、「先住民族の権利に関する宣言」に、世界中でたった4カ国だけ反対に回ったのは、豪・加・米・ニュージーランド旧大英連邦アングロサクソン国家だった事実を取り上げたわけですが、この国々は必ずしも先住民問題を放置してきたわけではない、むしろ皮肉にもカナダとニュージーランドという「先住民問題先進国」のように謳っている国も並んでいることをコメント欄でも指摘いただきました。

 すでに独自の先住民対策に真摯に取り組んできたからこそ、その独自策との整合性を厳格に考慮してこれらの国は「先住民族の権利に関する宣言」に安易には賛同できない事情があったのは、間違いのないところだと思います。

 そのような側面を留意しつつもしかしながらやはり144カ国の賛同に反しこれら4カ国だけが反対にまわった事実は、いかにもシンボリックな事象に私たちにはうつります。
 また、ブクマにてrosaline様より、極めて興味深い問題提起もいただきました。

「メキシコはスペインの、ブラジルはポルトガルの植民地だったはずのに、なんで英語圏だけこんなノリになったのだろう。」

 新大陸国家の中でもなぜアメリカやカナダ、いわゆる『アングロアメリカ国家』だけが反対に回り、なぜメキシコやブラジルなどのいわゆる『ラテンアメリカ国家』と行動が違うのだろうかという鋭い問いかけであります。

 この問題、今日の世界のステークホルダーである、これらアングロサクソン国家の行動原理を考察することは、有意義なことでありましょう。

 今回は「先住民族の権利に関する宣言」の投票行動の背景を考察してみることにいたしましょう。

 豪・加・米・ニュージーランドだけが「先住民族の権利に関する宣言」に反対した歴史的背景について、みなさまとともに考えてみたいのです。



●『アングロアメリカ国家』と『ラテンアメリカ国家』の民族(人種)構成の違い

 ここではまず、『アングロアメリカ国家』としてのアメリカと『ラテンアメリカ国家』としてメキシコを例に考察をすすめたいと思います。

 着目したいのは、両国の現在の民族(人種)構成の顕著な違いです。

 まずメキシコですが、

【メキシコ】
混血(メスティーソ):60%、
先住民族インディオ):25%、
ヨーロッパ系(主にスペイン人。他にもイタリアやフランス、ドイツなどからの移民の子孫がいる):14%
その他 : 1%

 先住民と白人の混血であるメスティーソが人口の60%を占め、他にもネーティブが25%であり、白人は14%に過ぎません。

 歴代のメキシコ大統領もメスティーソから選ばれていることも留意しておきます。

 次にアメリカですが、

【合衆国】
世界でも有数の多民族国家である。2005年の人口統計によると、白人(ヨーロッパ系、北アフリカ系、中東系、中央アジア系、ラテン系)74.7%(2億1530万人)、サハラ以南のアフリカ系(黒人)12.1%(3490万人)、アジア系(東アジア、東南アジア、南アジア系)4.3%(1250万人)、アメリカン・インディアン0.8%(240万人)、太平洋地域の先住民系0.1%(40万人)、2つ以上の人種を祖先とする国民1.9%(560万人)、その他6%(1730万人)。ヒスパニック系(全ての人種)は14.5%(4190万人)となっている。

 白人系が74.7%、黒人系が12.1%と続く中で、ネーティブはわずか0.8%(240万人)にすぎません。

 ・・・

 事実として、メキシコをはじめとしたコロンビアなどの中南米の『ラテンアメリカ国家』では、国によって差異はあるモノのネーティブと白人の混血化が進んでおり、例えばブラジルでは欧州系が55%、混血38%、残りがアフリカ系東洋系などになっております。

 対して、アメリカを代表とする『アングロアメリカ国家』では、ほとんど混血化は起こっておらず、またネーティブの数も極めて少数派になっているのが特徴です。

 例えばカナダでは、

【カナダ】
住民は、イギリス系28%、フランス系23%、その他のヨーロッパ系15%、ファースト・ネーション(先住民族)2%、その他アジア系カナダ人、アフリカ系、アラブ系が6%、混血が26%。

 やはり白人系が66%と多数派を占め、アメリカよりは混血が26%と多いですが、ネーティブはやはり2%に過ぎません。

 参考までにオーストラリアとニュージーランドの人口構成も押さえておきます。

【オーストラリア】
住民の約90%が白人であり、その他にアジア人が約7%、アボリジニなどが約2%となっている。移民は全体の約2割を占め、出身国はイギリス、ニュージーランド、中国、イタリア、ベトナムが多い。
ニュージーランド
2006年の国勢調査では、人口の約68%がヨーロッパ人で、次に多いのが、先住民族マオリ人で、約15%である。3番目に多いのは、2006年の国勢調査から新しいカテゴリに加えられた自らを「ニュージーランド人」と認識する人々で約12.9%であるが、そのほとんどは以前はヨーロッパ系に分類されていた人々である。次に多いアジア人は9.2%で、2001年の国勢調査では、6.6%であったのに対して急増している。太平洋諸島人は6.9%である。

 やはり白人が圧倒的多数派を占め、ネーティブは少数派にあり、混血化はほとんど進んでいないことが見て取れます。

 ・・・

 「先住民族の権利に関する宣言」の投票行動の背景として、つまりほぼ全ての『ラテンアメリカ国家』が賛同し、アメリカ・カナダの『アングロアメリカ国家』および豪・ニュージーランド旧大英連邦アングロサクソン国家だけが、反対に回った背景には、この民族構成の顕著な違いを無視することはできません。

 『ラテンアメリカ国家』の指導者の多くには少数民族の血が流れているのに比し、4カ国のアングロサクソン国家においては、ネーティブは極めて少数派に追いたてられ、歴代の権力者はそれに対峙する形で多数派のアングロサクソンから選出されてきたわけです。

 問題は、ではなぜこのような人種構成の差異が生じたのか、という歴史的背景であります。



●禁欲的なプロテスタンティズムの信仰が、少数民族の人種隔離政策を促したのではないか

 私はこれらアングロサクソン国家4カ国において、カナダという例外はありながらほとんどネーティブと白人による混血化が進められなかった史実を説明するのに、彼ら共通の宗教であるキリスト教新教・プロテスタントとその倫理観に注目してみたいのです。

 ブクマでもmanothe様が「やはりプロ倫読むべきかなあ」と述べられていましたが、ここで、ドイツの社会学マックス・ヴェーバーによって唱えられた「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」、俗に言う「プロ倫」を押さえておきましょう。

 例によって、フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』から。

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」ドイツ語初版本「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の『精神』」(Die protestantische Ethik und der 'Geist' des Kapitalismus)は、ドイツの社会学マックス・ヴェーバーによって1904年〜1905年に著された論文。研究者や学生はしばしば略してプロ倫と呼ぶ。

プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていたという、逆説的な論理を提出し、近代資本主義の成立を論じた。

[編集] 論旨
オランダ、イギリス、アメリカなどカルヴィニズムの影響が強い国では合理主義や資本主義が発達したが、イタリア、スペインのようなカトリック国やルター主義の強いドイツでは資本主義化が立ち遅れた。こうした現象は偶然ではなく、資本主義の「精神」とカルヴィニズムの間に因果関係があるとヴェーバーは考えた。ここでいう資本主義の「精神」とは、単なる拝金主義や利益の追求ではなく、合理的な経営・経済活動を支える精神あるいは行動様式である。

ヴェーバーによると、次のようになる。カルヴァンの予定説では、救済される人間は予め決定されており、人間の意志や努力、善行の有無などで変更することはできない。禁欲的労働(世俗内禁欲)に励むことによって社会に貢献し、この世に神の栄光をあらわすことによって、ようやく自分が救われているという確信を持つことができるようになる。また、サクラメントなどの呪術は救済に一切関係がないので禁止され、合理的な精神を育てるようになった(魔術からの解放)。

このような職務遂行の精神や合理主義は、近代的・合理的な資本主義の「精神」に適合していた(ヴェーバーは資本主義の「精神」を体現した人物としてベンジャミン・フランクリンを挙げている)。禁欲的労働によって蓄えられた金は、禁欲であるから浪費されることもなく、再び営利追求のために使われることになる。

こうして(結果的に)プロテスタンティズムの信仰が資本主義の発展に作用したが、近代化とともに信仰が薄れてゆくと、営利追求自体が自己目的化するようになった。元々「内からの動機」であった営利追求が、「外圧的動機」に変貌していった。

(後略)

出典: フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』より 抜粋
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%86%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%80%AB%E7%90%86%E3%81%A8%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E7%B2%BE%E7%A5%9E

 マックス・ヴェーバーは「プロ倫」において「プロテスタントの世俗内禁欲が資本主義の「精神」に適合性を持っていた」ことを唱えているわけですが、多くのアングロサクソン植民地において、白人とネーティブの混血化が進まなかった事実は、プロテスタンティズムの信仰と密接に因果しているのではないでしょうか。

 キリスト旧教・カソリックであったスペインやポルトガル宗主国としたメキシコなど中南米諸国が混血化が顕著に進んだ事実、ケベックなどフランス系(つまりカソリック教徒)を含んでいるカナダにおいて例外的に混血化が起きていた史実を合わせて考えると、禁欲的なプロテスタンティズムの信仰が、少数民族の人種隔離政策を促し、これらの国ではネーティブを保護地区・自治地区に追い込み、白人との棲み分け政策が進められたのではないでしょうか。

 ここで留意すべきは、現在の倫理観でもって当時のプロテスタントの政策を安直に批判することは避けるべきでありましょう、カソリック宗主国の植民地で混血化が進んだことも、プロテスタント宗主国の植民地で人種隔離政策が採られたことも、今日の善悪の判断で表層的な評価はすべきではないでしょう。

 なぜならカソリック宗主国の植民地で混血化が進む過程においても、そこにはネーティブにとって悲惨な「文化的破壊」が同時に進んでいたのは容易に想像がつきますし、海を渡って異民族が一方的に侵略し支配していった基本的スキームに両者はかわりはないからです。

 ただ、禁欲的なプロテスタンティズムの信仰が、少数民族の人種隔離政策を促し、これらの国ではネーティブを保護地区・自治地区に追い込み、白人との棲み分け政策が進められたと仮定すれば、現在のこれらの諸国がその政策の延長線上で先進的なネーティブ対策を現在講じていることも矛盾無く理解できうると思うのです。

 ・・・

 禁欲的なプロテスタンティズムの信仰が、少数民族の人種隔離政策を促したという仮説を考察してみましたが、みなさまはいかがお考えでしょうか。

 このエントリーがこの問題における読者の皆様の考察の一助となれば幸いです。



(木走まさみず)



<関連テキスト>
■[国際]国連「先住民族の権利に関する宣言」に世界で4カ国だけ反対していた国々
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20080325